第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その3)
2.
歩きながら、綺羅さんは私たちに簡単な自己紹介をした。本家の当主の一人娘で、年齢は私たちと大差ないように見えて、来年早々には十九になるとか。中三か高一くらいにしかみえない、小柄で可愛らしい人なので、ちょっと驚く。
「未熟児だったから。病弱で学校にも通えなくて、だから義務教育中もずっと自宅学習で。制服のあなた達がとても羨ましいわ。だって、セーラー服は女の子の憧れのひとつでしょ?」
ふむ、と1ミリの同情の様子も部長は見せず、
「失礼ですけど、あなたがそう病弱そうにもみえませんわ」
「こう見えても、いつ死んでもおかしくない体なの。だから、少しは好きにしたいと思って、通信で高卒認定は取ったし、センターへの願書も一応は出したけど、大学に進んでも通えそうにないし、どうしようか迷ってる所なの」
深刻そうな話も明るく語る。何というか、綺羅さんはとらえどころのない人だ。
正直な所、何を考えているのか。家族の訃報を受けて、こんな態度でいられるものだろうか?
「――お婆様、変死っておっしゃってたわね。あなたはそれに、何とも感じませんの?」
「事情がわかるまでは、保留ね。お年寄りなら、お餅を詰まらせようが湯船で茹だろうが変死は変死じゃない。精々あるのは、どういった状況かの興味くらいよね?」
「……常識人としてなら『不謹慎よ!』と一言ピシっと申し上げたい所ですけど、残念ながら私もそこはあなたと全く同意見なのが困る所ね」
いや部長、全然駄目ですって、それ!
「いつお迎えが来てもおかしくないお婆様と、いつ死んでもおかしくない私に、『死』に対してそれ以上の感慨なんてないわ。私たちは常にそれと隣り合わせに過ごして来たんですもの」
……ええっと、何て申して良いのやら。
ああ、そうか……。もう、常識で語っては駄目なんだ、この人も、部長も……。
いうまでもなく我が部の部長は
確かに、見ず知らずの赤の他人の訃報に際して、私たちが必要以上に
そもそも「探偵」という非常識な存在の一員として行動している私に、これ以上口の挟みようがない。
綺羅さんは
西洋人形を和装したようにも見える姿で、見た目も綺麗なのに……何だか、こんな状況で見せる「穏やかさ」は、妙に不安にさせられる。
そして、大杉家の人々といい、お婆さんといい、さっきの力輝さんといい、この村の人の風貌は「純和風の日本の田舎」という雰囲気をも打ち消してくれる。
「こっちよ、村まで直接降りられるわ」
綺羅さんの先導で、毘沙門塔の裏手から続く急勾配の石段を、私たちは降りる。
「……ええっと、綺羅さん、ここを登っていらしたの?」
少しばかり訝しむ部長の声に、確かに、降りるだけならまだ良いけど(後で足が痛くなりそうだけど)、登るのはかなり大変そうに思う。身体が弱いといった端からこんな山道を案内じゃ、部長が怪訝に思うのも無理はないけど。
「皆さんと同じく杉峰楼側からリフトを使ったわ、病弱ですもの」
「ですよねえ。旅館のかたが綺羅さんの行方を解っていないと、さすがにピンスポットで力輝さんが綺羅さんを呼びに来られるわけはないですし」
うんうん、と私もそう相槌を打つと、部長が頬を赤らめながら声をあげた。
「……っ、そ、それって気付かないでいた私が間抜けみたいじゃない!」
「え?」
って、それは別に恥ずかしがるようなことでもないし、何より、黙っていれば良いだけなのに正直に告白しちゃうんだ……。やっぱりその、ちさとさんは変なフェアさがある人だ。
「ふふ、部長さんは
「あ、はい……」
うん、確かに。そして、この短いやりとりだけでわかる。綺羅さんは……誤魔化しの効くような人じゃない、『確かな観察眼と理知的な思考をもつ人』だという事。
ぱきぱきと枯れ枝や落ち葉を鳴らしながら、不安な足元をおそるおそる踏みしめつつの山からの眺めは、ビニールハウスと休耕地の群れの中にポツポツと点在する、庭付きのモダンな住宅群。うん。全く伝奇とか土俗の
田舎というより、やっぱり新興の住宅地って感じ。
「和装でリフトって、すごいですわね」
「セーラー服でリフトもすごいわね」
「失礼、綺羅さんは、いつもお召し物はそのような訪問着で?」
「そんな訳ないじゃない。あなたたちが来るって、祐二さんから聞いたから」
「あらまあ、偶然を装っておきながら、随分とサービスが行き届いてますわね!」
部長と綺羅さんの微笑みながらの会話は、なんていうか、その……。
降りること十数分。
視点が下がり、近づくとともに、たとえば玄関先のNHKのステッカー、猫避けのペットボトル、電柱には基地局。そういった見慣れた物の数々が目に入ると、部長にはガッカリだろうけど、安心もする。
そう、ここはいつもの私の見慣れた日常とは少しだけ違う、やっぱり普通の日常。
「なによ、あのピンクの看板」
「はい?」
またしても、部長がみるみる不機嫌な顔に変わって行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます