第八話『大いなる迷惑』(前編)


 第八話『大いなる迷惑』

  (初稿:2004.07.01)




「うわっ!」

「む」


 いけない、思わず「うわっ」なんていっちゃった!


 H駅ホームの夕刻の雑踏、改札を抜けた所で、ばったりと知弥子先輩と出会ってしまった。


 赤ラインに漆黒のセーラーが、驚くほどによく似合う、市松人形のようなストレートの長い黒髪。

 無表情で陶器のような綺麗な顔。妖しさと美しさをオーラのように放っている。同性でも、見とれるほどの美少女だ。

 小脇には、革カバンのかわりに大きめのボストンバックを不釣合いに抱えている。

 ……これで、おかしな性格でさえなければなぁ……。


 考えてみれば先輩も同じ市内。バイクが壊れているからには、電車でミシェールに通学していることになる。発着時刻から考えても、出会う確立は決して低くはない。

 低くはないんだけど、ミシェールの生徒は同じ車両に固まって乗っていることが多いのだから、普通なら気付きそうなものだけど……。

 いや、この人が団体行動はしそうにないか。


「あ、いやその。こ、こんばんわ」


 慌ててとりつくろう。いくら何でも、開口一番に先輩に対して「うわ」は失礼だし。


「ああ、そうか。なるほどこれは好都合。うむ、ちょうど良い所に。来い」


 ぽんっと肩を抱かれて、ぐいぐいと引っ張られる。


「え? えええっ?」


 いや、あの、何なんですかっ!


 胸がばくばく高まっている。一体、何を……?

 知弥子先輩のことは、正直よくわからない。会うのも、これで二度目なんだし。

 おかしな噂や悪い評判ばかり耳にするので、気が気じゃない。どれもこれも、虫も殺さぬお嬢様学校の、ミシェールの生徒とは思えないような話ばかりだ。

 だいたい初対面からして、頭をわしづかみにされてがくんがくんシェイクされたのだから、これからも何をされるかわかった物じゃない。


「ええっと、あの、どちらに行くんでしょうか? 私、早く帰らないとその、晩御飯……」

「まだ宵の口。巴はあるのか、門限」

「八時より遅く帰ったことありませんから、特にないですけど……」


 つまり私は、両親から信用されているのだ。門限はないけど、遅く帰るわけにもいかないし。時計は六時半ほど。冬にさしかかった時期なので、もう空は青黒い。


「じゃあ問題ない。すぐ済む」


 そういって、先輩は片手をあげてタクシーを停める。


 って、タクシーって!

 帰りどうするんですか!


 行く先の番地だけ告げて、どっかと腰を座席に落とす。


「とりあえず一人で遂行するのは難しいと思っていた所に、巴がいたのはありがたい」

「いや、あの、だから何を……?」

「行けばわかる」

「行ってからじゃ断れないじゃないですか!」

「断るのか、高二の先輩の頼みを。後輩が。中等部の一年が」

「……えーとー」


 おもいっきり脅しじゃないか。


 高二と中一の年齢差は、正直、圧倒的すぎる。何を話していいのかもわからない。

 私の目からみると、女性的なプロポーションでやや長身な知弥子先輩は、充分に大人に見えるけど、私はまだどう見ても子供っぽい。

 年齢差からして、例えば私から見て小学三年生の子を見るような目線でしか相手を見ていないだろうから、子供扱いされても、犬猫とか物のような扱いをされても文句をいえないというか、仕方がないような点も、ちょっとはある。あるけど、やっぱり納得いかない。

 後輩の人権無視だ。


「むくれているな」

「……そりゃあ」


 遠慮なしのようでいて、他人の心をはかる観察力はあるのだろうか。


「安心しろ、巴を悪いようにはしない。少なくとも五体満足で帰れる、問題ない。何なら後でお駄賃もやる」


 お駄賃って、あの~。


「いやあの、何か問題あるほうがオカシイじゃないですかソレ!」

「私は無事と限らない。撃たれる可能性も考慮しないといけない。ケプラーベスト以外の防弾防刃具が無いから頭、手足は避けきれないと危険だ」

「は?」


 何をいってるんだろう、この人……。



「……あの。私に用事って、何か推理とかですか? 一応断っておきますが、私はそんな大した才能や能力はありません」

「ほう」


 何が「ほう」なのかよくわからない、感情の入ってない声で先輩は相槌をうつ。


「探偵舎の先輩たちは、ちょっと私を買いかぶりすぎです。私はそんなに、お役に立てるようなことは……」


 ちさと部長にしろ、カレンさんにしろ、どうも私を過剰に評価してる。


 安楽椅子探偵とは、あくまで「納得の行く結論を考察する」だけで、実際に確認がとれないかぎりは、どんな考えを出しても憶測にすぎないんだ。

 たまたまが、何度かうまく繋がっただけで、私はそれほどすごい頭の持ち主でもない。


「事象の正否は検証のみで成り立つもので、推論、考察は過程の道すじを組み立てるだけですから、つまり『AはBである』『BはCである』『すなわち、AはCである』……推理というのは、その媒概念、Bって物を見つけて、本来繋がらないAとCを結びつける論理のことで……」


 いちいち勉強の話にしてしまう自分の真面目っぷりにも、いっててチョット恥ずかしくなってくる。


「いや、巴が勉強できるのはわかった。数学はどうでもいい」


 あっさり、話をぶった切られた。


「……スミマセン」


 ……いや、まあ、今のは私も悪い。


 いくら、先輩の前で話すことが思いつかないからといってもなぁ。


「うむ。べつに今回、巴の推理力には最初っから何も期待してない」

「……そうですか」


 じゃあ、一体、私に何の用なんだろう?


 期待してない、と正面からいわれると、それはそれでムっときてしまう。

 う~ん、何か話題……。

 乗りなれないタクシーで、あまり接点のない先輩と二人っきり、しかも目的もわからない状況、加えて無口な相手と来たもんだ。居心地が悪い。どうしよう?

 私と知弥子さんの共通の話題なんて、探偵舎の話だけだし。


「あ、そういえば部長たちが、私の歓迎会と三年生の追い出し会を兼ねて、何か催しをするっていってましたけど……」

「中等部のだろう。私は関係ない」

「でも、ちさと部長のことだから、きっと香織先輩も呼びますよ。そうなったら知弥子先輩も……」

「あの小型犬のようなやかましい女と一緒にいられるか。香織の神経をうたがう」


 小型犬って。……えーと。


「高等部の探偵舎メンバーは、香織さんと知弥子さんの二人だけなんですか?」

「あと一人、いてもいなくても良いヤツがいる。香織の幼馴染で、単に掃除係だ」

「あ、それは知りませんでした」


 メモを取る。中等部で、私、二年のカレンさんと宝堂姉妹、三年の花子さんとちさと部長、そして高等部の香織部長と知弥子さん、そしてもう一人……。


「九人かぁ、結構な大所帯だったんですね」

「私を含め、いないも同然のやつが多いし数に意味はない」


 えーと。

 やっぱり、協調性がない人だ。


 宝堂姉妹の言う「一匹狼な人」って意味が、今ではよくわかる。確かに、部活にホイホイ姿を現すタイプの人でもない。

 知弥子さんにとっては、香織先輩以外の部員の姿は目に入っていないのかもしれない。


 そんな意味では、私が目にとまった、というのは、喜ばしいことなのか、困ったことなのか、ちょっと今のところはわからない。

 迷惑ってほどじゃないけど。


 車窓から見える景色は、見慣れたものからどんどん見慣れない物へかわって行く。Y駅手前の住宅街へと進んで行く。この辺りなら、バスでも十数分で自宅に戻れるけど、どっちにしろ遅くなるのは困りものだ。


「だいたい探偵舎の『部活』に興味はない。香織たちは推理に頼りすぎだ。そんな悠長なことで解決できる物は、限られている」

「いや、探偵から推理とっちゃ何も残らないじゃないですか」

「推理というのは、結果から原因を探ることだろう」

「ええ、まあ……」

「つまり、『何か起きてから』の後の祭りだ。前向きじゃない」

「そりゃそうですけど。いや、でも、何も起こってないのに探偵の出番はないじゃないですか」

「起こる前に、粉砕する」

「いや、それ探偵じゃないですし。えーと、正義の味方ですよ」

「なら、それで良い。考えるより先に行動。巴は安楽椅子探偵で構わないだろうが、私はそうじゃない」

「……行動派の、何っていったら良いのかな、そう、ハードボイルド探偵、ですか」


 ホームズよりマーロウ、ってことなのかな? 女の子なのに。

 確かに、無口で影のある雰囲気はソレっぽいけど、バーボンの瓶や拳銃の似合う感じではない。っていうか、そんなのの似合う女の子はいない。

 第一、変な性格でも、知弥子さんはとびきりに美人なのだ。……ホント、もったいない。


 ハードボイルドっていうものも、結構扱いのむつかしい言葉で、そもそも固茹で卵ハードボイルドとは「人間の性格」を指す、たとえ表現。ゆるがない、今時ふうにいうならブレのない確固たる精神や肉体を持つ存在を指す言葉で、元々はヘミングウェイあたりからある「様式美」を表すものでもあるから、特定ジャンルを指すものでもないし、そもそも「推理物」に限らないのだけど。

 少なくともミステリー・ジャンルにおいては、「一人称探偵の、調査、捜査物」って括り……いや、今となっては、それだけには収まらないのかな?

 イメージ的に、冒険小説、暴力小説って見方をされがちだけど、ロス・マクドナルドなんかは、当時は流行小説ゆえに、ミステリーマニアからの酷評も多かったそうだけど、私はむしろ、横溝正史に近い構成の本格推理だと思うし。


「ここで降りる」


 公園の前でタクシーを停めた。


 周囲は住宅街だけど、公園と、その手前に倉庫が並んでいる細い通りだけに、このスポットだけは極端に暗く、人通りも少ない。公園の蛍光灯も切れ掛かっていて、真っ暗に近い。


「あの……」


 尋ね終わる前に、しゅるっと絹ずれの音を立てて先輩は赤いスカーフを外した。


「待ってろ」


 そのままスタスタと公園の便所へ入って行く。

 ……ガマンしてたの?


 取り残され、あっけにとられていいのかボーゼンとしていいのか、それともプンスカ怒っていいのか、困ったままに周囲を眺める。


 民家、マンションの類は向こうっ側で、灯りが遠く煌々と輝いてみえる。

 こちら側はホントに何もなく、こわい。女の子の一人歩きなんてできそうにない場所だ。急に、ぶるりと震えが来た。

 そりゃ、チカンに襲われるような感じじゃないけどさ……いやいやいや、世の中わかんないよ。ロリコンとかいるんだし。

 時計を見ると、すっかり七時を過ぎている。どうしよう……。


 急にどんどん心細くなって来る。気をまぎらわすように、周囲をキョロキョロ見回す。


 目の前には、何々興産・何々電子と、難しい漢字でかかれた看板の出た、三階建てほどの小さなビルが、倉庫の真ん中に挟まれている。

 窓に灯りはなく、玄関先に小さな黄色いライトと監視カメラ、そしてドアには赤いLEDがチカチカ輝いている。数字キーのデジタルロックだ。

 さすが電子関係の会社だ、ハイテクだなぁ、と感心していると、トイレから黒い影が出て来た。


 ……えッ?

 びっくりして身構える。誰ッ!?


「うむ待たせた」


 知弥子さんの声だ。


 ……何だ、こりゃ?

 すらりとした体に、ぴったりフィットするスリムの黒ジャージ。

 一瞬、全身タイツかと思った。ロゴやラインのような目立つものがない、黒一色だ。

 バストやヒップのラインは、さすがというしかない膨らみの曲線を描き、ウエストはきゅーっと細い。

 キュッと革手袋をはめ、ブーツの留め金をパチンとはめる。長い黒髪はぐるりと丸めて、後頭部にゴムバンドでとめている。


「あ、あのぉ……?」


 魚釣りの人みたいな黒いベストを羽織り、これもパチンパチンと音をたてて留める。この厚みは……え、防弾チョッキ?


「よし、用意は整った。これを頼む」


 ポンっとボストンバッグを私に投げる。

 うわっ、重ッ!


「えーと、何なんですか? それ、どう見てもその、キャッツアイっていうか峰不二子っていうか、何なんだろ、えーっと……」


 つまり、『忍び込みスタイル』だ。


「見張りをたのむ」

「は?」

「だから、見張りだ。それと荷物もち。クイック&ラン。襲撃、即時離脱、合流、着替えて逃走を行う。一箇所に荷物を置くより、移動可能な相手をポーターにする方が便利。連絡はケータイでつける。わかったな?」

「は? っていうか、え、な、ななななんですかソレ!?」

「わかれ」

 ……えーと。つまり、えーと。知弥子さんは、これからこの、謎の建物に侵入して、そして逃げる。私はその片棒を担げ、と……。そーゆー話?


「ちょっ! いや、それ犯罪です、住居不法侵入罪ですって!」


 刑法一三〇条、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金。

 未成年だから軽減されるといっても、充分に補導項目だ。

 そんな私の声にお構いナシに、知弥子先輩はバッグから平然と、バールのような物やガラス切りを取り出しはじめた。

 って、何だよその「バールのような物」って!

 っていうか、こんな重いバッグをよく小脇に……。


「こないだの、女の投げ殺された事件、覚えているだろう」

「……はい」


 知弥子さんと出会った時の事件だ。


「あれの背後関係を洗っていた。薬物の密輸と精製、販売を、この電子部品の輸入販売会社を隠れみのにやっているらしいことを突き止めた。表向きには台湾や大陸から、周辺機器やパーツを運んでることになっている」


 漢字が難しくて読めないのは、繁字体の漢字のせいか。


「いや、あの。そんなのどうやって調べたんですか?」

「地道に、まめに。十中八九間違いない」

「間違いないって……、間違いあったらどうするんですか!」

「だから、間違いあるかどうか、それを調べる。ルートから考えて、ここしかプールできるポイントがない」


 ……呆れる。

 っていうか女子高生が一体、何をムチャなことを!?


「いや。だからそれ、侵入は犯罪……」

「悪党相手だから構うものか、物的証拠が必要だ」

「いやそーゆーのは警察に……」

「だから証拠もなしに警察も動かない。女子供がタレ込んだところで相手にされるか。ましてや、警察は下調べをして検察から令状を取らないと、踏み込むこともできない」

「それ『正しい手順』ですし」

「手順の正しい正しくないは関係ない。敵は狡猾だ。内偵で私服警官が張り込んでみろ、すぐに場を変え、とんずらだ。私が調べることが出来たのは、セーラー服のお陰。その姿なら、そこの住宅街へ行き帰りする娘っ子と同じだ」


 いや、あなたも娘っ子だし。


「とにかく、現物さえ見つかれば警察を動かすのも一発だ。ここは隠れみのだけに、夕刻の五時六時までは事務所として人がいる。残業はない。それ以降は、夜の十時まで人の出入りはナシ。夕刻から十時迄、近所に普通に人通りもあるし、一般にみんな起きてる時間だ、忍び込むヤツもいないと安心してるんだろう。今がチャンスだ。しかし、ビル内に灯りがないからといって誰もいないとは限らないから、用心は必要」

「いや、あの、だーかーらー!」


 勝手にヒトンチに忍び込むのは犯罪だって!


 知弥子さんは、透明な幅広のビニールテープ、クロステープ、細身の黒いビニールテープやランボーナイフ、ロープを次々に取り出す。


「とりあえず、窓をぶち破る。一階は無理だ、窓に鉄柵、扉はハイテク。ロープをかけて二階から入る」

「いやそれ、器物破損ですって! 器物損壊! はんざいーっ!」


 刑法二六一条、並びに民法七〇九条。三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金、そして賠償。


 やる気まんまんで、黒い目抜き帽まで取り出した。被るとマスクメンのレスラーみたいになるやつだ。もう、呆れていいのかびっくりしていいのか、足がガクガク震えて来た。

 ほんっと、何考えてんだぁ!? この人っ!


「目には目を、犯罪者には犯罪をだ。こいつらはキッチリとっ捕まらなきゃいけない」

「先輩が正義感の強い人なのは、わかります、でも! それは正義じゃありません! いいですか? 犯罪ですよ犯罪! 社会のルールにも法律にも、ちゃんと従わないと駄目なんですよ! たとえどんなに正義感からの行動でも!」

「大声」


 しーっ、と知弥子さんは指を唇の前に立てる。


 あ~も~! 恥ずかしがって良いのか怒って良いのか。

 心臓がドキドキする。どうして良いのかわからない。


「いいか。この前の女にしてもそうだが、これを野放しにするってことは、誰かが必ず死ぬ、殺されるって話だ」

「そうとは限らな……いや、えーと……」

「限るんだ。人を破滅させる。女子供が殺される。弱者は強者に吸い上げられ、甘い汁を吸うのは必ず悪党だ。確かに、薬をさばくヤクザなんてゴロゴロいる。ここにしたって氷山の一角だ。しかし、今ここでこいつらを見逃してしまえば、何人かが死ぬ。何人かが確実に、その人生をドブに捨てる。ドラッグを買うようなヤツは心の弱いヤツだ。そんなのが何人破滅しようが知ったことか。だが、誰もが心の強さを持てるわけはない。弱さに付け込まれる。付け入る隙をやつらは作る。だからこそ、起きる前に、誰かが破滅する前に──」


 ギリっと音を立てて、知弥子先輩は革手袋を握る。パシンっと音を立てて、拳と掌を叩き合わせる。


「──叩き潰す」


 ……私は、ぶるっと背中から震えが来た。


 怖いとか、そんなのじゃない。

 ──この人……カッコイイ。

 いや、間違ってるけど!

 何なんだろう。

 高校生の女の子の考えるようなことでもないし、やるようなことでもない。無茶苦茶だ。しかし、無茶苦茶なりに、この人は徹底的な『正義感』で動いている。

 問題は、その正義感がムチャ過ぎるって話だ。

 法もルールもお構いナシの、自分だけの正義、自分だけのルールで生きている。

 自分勝手、というなら確かにそうだけど、それは、利己主義な、誰かを踏みつけようとか食い物にしようとするような勝手さじゃない。誰かを救う為の、何か事件を起こさせない為のものだ。

 私は、ついさっき迄、この先輩のことをよくわからなかった。

 いや、今でもサッパリわからない。

 ムチャ過ぎる。

 でも、今、ちょっと前の印象から大きく私の中で変わったことが、一つある。

 私は、この先輩のことを、「好き」かも知れない。

 だからこそ──彼女を『犯罪者』にしてはいけないんだ。


 さて、どうしよう?

 どうしてくれたものか。

 考え込む。

 知弥子先輩は、二階の窓を破って侵入する気まんまんだ。

 この時点でもう、不法侵入と器物破損が確定、相手がどうあれ、捕まれば補導されるし、もし何も証拠が出てこないならホントに「補導され損」だ。

 かといって、捕まらなければいい、バレずにトンズラできれば良い、って話でもないはず。

 たしかに正義感からの行動なのはわかる。

 しかし、犯罪は犯罪だから止めなきゃいけない。

 そもそも、侵入したからといってそううまく証拠が見つかるとも限らないのだから。

 何より、危険すぎる。


「常時稼働のパソコンだかサーバーだかを置いてるから、電気のメーターだけでは中に人がいるかどうか、わからない。誰かいるなら厄介だ、いや、人数の問題じゃない。少々の相手なら勝てる。問題は武器の有無。銃を出されたら勝てない」

「いや、あのっ! 勝てるとか何とか、女の子に一体何が……」

「並のチンピラなら素手でも負ける気はしない。私が一対一で『こいつには勝てない』と思った相手は、後にも先にも香織だけだ」

「は?」


 あのお嬢様が?


「外見に騙されるな、ヤツは化け物だ。古武術の達人。そのうえ警察関係の知り合いも多いからな、やろうと思えば拳銃ぐらい持ち出せるな。うむ香織を連れてくる手もあったか。しかし、これ以上ヤツに借りは作れない」

「いやあの、メチャメチャいわないで下さいよ! っていうかそれウソでしょ?」


 ほら吹きなのか、笑えない冗談なのか。ポーカーフェイスだから丸っきりわからない。

 そもそも、本気で侵入する気かどうかも、まだわからない。信じられない。

 でも、あきらかにこの用意、この準備、この感じは、もう今にも見知らぬ人様の家屋に窓ガラスを蹴破って、侵入する気まんまんに見える

 一体、どうしよう……?


「まあ、剣道三倍段と言うから、三人までならこれで充分」


 バールのような物をポンポンと手で鳴らしながら、ゆらりと知弥子さんは建物に進もうとした。


「いや、だーかーらーっ! 待って下さいよぉ!」


 慌てて背中を引っ張る。ああ、もぉ!

 どうしよう……?

 一体どうやって、不法侵入や器物損壊をさせずに証拠を得れば良いのだろうか?

 壊さず、入らず、となると……一番ラクなのは通報、でも、何も起きてない時に、何も証拠がない時に、「あやしい」ってだけで通報しても無駄だ。

 何か起きてからなら、それは有効だ。

 いや、「起きてから」じゃ意味ないってば!

 いや、待てよ……?


「う~ん……」

「考えても無駄だ。推理力の役に立つ話じゃない」


 そう面と向かっていわれると、しゃくにさわる。

 どうしよう、何か……ないだろうか?

 私に出来ることなんて、「考える」ことだけなのだから。

 一つ、思いついた。


「……じゃあ、ギリッギリだけど(いや、アウトな気もするけど)侵入も破壊もしなけりゃいいんですよ、ウン。それがあった!」

「ん? どうやって?」


「入り口を『開ける』んです、それだけで充分のはず、です」


 赤いランプの輝く、デジタルロックのナンバー鍵を、遠くからじっと睨む。

 そう、の『番号』さえわかれば……?



         (後編につづく)

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