第七話『きつね・たぬき』(後編)

★前編のあらすじ★


 瀬戸内を一望する地に建つ、いわゆるお嬢様学校「聖ミシェール女学園」の女子寮、カトレア館。

 そこに住む「探偵舎」部員カレンは、同じく寮生の「発明部」部員ミキが、出て行く姿を誰も見ていないのに忽然と二階から消失した由香里の謎を究明しようと躍起になっているのを、わりと醒めた目で見ていた。

 そんなルームメイトの「消失事件」よりも、今のカレンには、他のことが気になっていた。後輩の一年生、咲山巴の過去の件――。

 幾ら何でも「連続猟奇殺人」の事件に、小学生の少女が関わるなんてコト、ある?




          *



 この連休中、ここカトレア館も、今日はたったの四人。静かなものだ。

「寮っていうとさ、もっとこー、アウシュビッツみたいな狭ぁーい所にスシ詰めにされると思ってたんだけどね。番号で呼ばれたり無意味に正座させられたり、そんなカンジ」とは、ミキの言葉。


 なんじゃソリャ。

 いや、わかるけど。


 実際にはアットホームで普通の家で、寮母の房子さんは結構高齢だけど、力仕事じゃ小娘どもに引けをとらない程に元気で大柄で、気取らない人柄というか揚鷹おうようというか、ややガサツで乱暴な点を除けば生徒思いの良い人だ。

 そしてこの静かな休日のお昼に、失踪事件だ何だと大騒ぎしているミキもミキだけど。


「とにかく由香里は突如、部屋から消えたことになる。出入り口は私がいたんだし、窓だってコレは抜け出せる物じゃないし」


 由香里の性格的な問題もあるけど、物理的にも内側から施錠されている限り、この窓から抜け出したとは確かに考えようがない。


「まさか、帰省中の子の部屋ん中に潜んでるとは考えられないよね。房子さんから鍵借りて来てもいいけど」


 当然、物音なんてどの部屋からもしない。


「逃げ場がないから、開けて確認されたら終わりでしょ。かくれんぼのつもりなら、それもアリだけど」


 居ない間だって寮母さんが掃除もするのだから、隠れる場所には向いていないのも確かだ。

 コンコンっとドアを叩いて回る。


「ワァ───────────っ!!」


 突如、ミキが大声で叫んだ。


「うわぁ!」

「ウム。反応ないや」

「……びっくりしたぁ!」


 何なんだ、今のミキの大声は。


「いつもの由香里だったら、今のでビビって泣き出してるって」

「うわぁぁ~なに、いまのー!」


 今にも泣きそうな雪重の声が、一階から聞こえてきた。昼食の準備もあるし、私らの探偵ごっこには付きあい切れないらしく、さっさと降りていたようだ。


「……なるほど。確かに、居ないねコリャ」


 泣き出すは大げさにしても、まあ、反応はあるか。


「あのさ、こういった窓を外側から鍵かけるトリックって、ある?」

「ないでもないけど。半月型のクレセント錠なら、小さい穴を開けてワイヤーで……とかさ」

「でも、ねじ回し式じゃなぁ」

「鍵をかけたままの窓そのものを、窓枠ごとパカっと外すのが推理小説にあったな。で、接着剤ぬって外からハメ込むんだよ」

「ワッハッハ」

「はっはっは」

「あほか」

「むぅ」


 ごもっとも。


「もっと違うトリックだなぁ……ん、ワイヤー? そうだ、初歩の初歩だ!」

「え、何?」


 由香里の部屋の扉を開け、ミキは舐めるように周辺を観察する。


「ホラ、扉の木枠! ちっちゃい穴がある。輪っかのついたネジか釘にワイヤーを通せば、幾らでも応用きくよ」

「いや、だから。ピンでメモとかカレンダー貼ったことなら誰だってあるしさ」


 机の上にも、ベッドの脇にもミキは頭を突っ込み始めた。


「いや、今更さぁ……」


 普通はそーゆーのは最初にやっとくべきだろう。

 その辺りが、素人探偵のツメの甘さか。


「ルームメイトが行方不明になってんだぞ? カレンも真剣に探そうや」

「何を? 本気で何か仕掛けでもあると思ってんの?」

「可能性は大だよ。判るだろう? 例えば……何かこう、何かその……まだ見えてない脱出経路もあるかも知れないしさ!」

「無理だよ。今みた通り、窓は無理、他の部屋だって房子さんしか合鍵は持ってないし。床下に一階へ抜ける穴とか、壁に外へ出られる隠し扉だとかを、コッソリ作ってる可能性だって、まあゼロじゃないだろうけど現実的じゃないよ」

「いやまあ、ソレはさすがに無理っていか、バカすぎるよなぁ。つまり……婆さんが起こしに行った時点でもう居なかったって考えるべきか。となると……」

「ふむ。つまり『その時間に由香里はそこに居ました』って、工作か」


 王道パターンだ。


「不在証明の逆……よーするにアリバイ工作、ね。つまり……そこに由香里がいると確認した奴は一人しかいないって話になる」


 つまり、騙されているのは房子さん、という話だ。


「ちょっと待って、それだと由香里はかなり早い時点で寮を抜けたことになるよ。朝、房子さんが……」

「ボイスレコーダーだっ!」


 ミキは、指をぴしっと突きたてた。


「婆さんが扉引いたら動作する仕掛けだよ。最近のは音質良いから、上から毛布でも被ってたらわかんないだろう?」


 普段からボイスレコーダーを使っているミキならすぐにピンと来るだろう。

 確かに、今どきシリコンプレイヤーなら、ここの寮生はみんな持っている。ちゃんとした外部マイク一つあれば高音質での録音再生可能な機種だって少なくはない。


「うん、ピアノ線と洗濯バサミと割り箸か何か、あとテープがあれば作れるな。それとミニスピーカー。再生ボタンを押すように挟んで、つっかい棒を噛ます。それがワイヤーで引っ張られると……」


 ミキはタブレットに指でガリガリと図面を描き始める。さすが発明部。


「高レートのPCMで、モノラルでも布ごしの肉声の代わりなら問題なしか。しかし、だからってそりゃ無理だ」

「なんで?」

「だから、その仕掛けはどこに『残って』るのよ?」


 ぺろっと布団をめくる。


「ホラ、何もない。ないならないで、証拠を消す仕掛けでも? どうやって? 仮に何か、自動巻取りでワイヤーを引っ込めて、ボイスレコーダーを片付けて、エアマットか何かの空気を抜いて仕舞い込む仕掛けがあるとして、そんなの由香里に作れないって。発明部の誰かさんじゃあるまいし」

「人ぎき悪いコトいうなー!」

「そもそも、由香里が寮を出てないっていう証人は、ミキだけじゃない?」

「まて。そうなると、何だか私が犯人みたいじゃないか」


 確かに。

 由香里が玄関から出ていないと主張してるのはミキだけだし、仕掛けを作れそうな能力もあって、ついでにボイスレコーダーも持ち歩いている。


「ま、怪しいっちゃ怪しいけど……」

「あやしむなー!」


 同時に、ミキは私や雪重のアリバイ証人でもあるけども。


「これで自作自演の狂言なら、矛盾だらけじゃないか人の行動として。私ゃ分裂症か。カレンとこの部長じゃあるまいし」

「いや、まてまてまて。ちさちゃんそんなおかしくないって!」


 変な性格だけど。


「いや、あの人しゃべり方とか態度とか、その日によってコロっコロ変わるし」

「何かを常に演じながら生きてる人だからね。演劇部とかけもちだし」


 ちさちゃんが、いちいちオーバーリアクション気味なのも、そのせいだろう。


「日常まで常にソレはおかしいって。その上、高等部の先輩の前でお姉さまぁ~~とかいってて、何あれ。びっくりした」


 香織さんか。──さっき見た名簿を思い出す。


 ──使い方がよくわからないし、勝手に捨てるわけにもいかないから──そういって香織さんに、地下にある複数のサーバー専用機一式を渡されたのは、去年の春。どういった由来やいわくがあるのかは、聞いていない。


 あれからもう、一年半。早いもんだ。

 しかし、なんであんな物が女子校に?

 あの人は色々と謎の多い人だ。これも、考えてもしょうがないか。


「あー。いや、ソレいうなら由香里だって手芸部の先輩にベッタベタに甘えてるしさ」


 女子校には、たまにああいった子がいるのも珍しくはないのだろう。私やミキでは、ちょっと考えられない。


「とにかく、早朝に抜け出してるなら守衛さんが確認してる筈だぜ。頼まなきゃ門あけてもらえないし」

「まあ、そうだけど……って、おい」


 いうが早いか、片手にスマホを取り出してミキは電話をかけていた。


「あ、もしもしぃ、私、中等部二年カトレア館の三木と申します、ハイ。ええっとですね、今朝に、こちらの生徒の──」


 思いっきりヨソ行きの声を作って事務所に確認をとっている。呆れるほど決断も行動も早い。


「うん、今朝は多佳子と紀美子しか出てないって」

「ミキも十分すぎるくらい態度コロッコロ変えてるじゃん! しかし、う~ん」

「外に出てないとすると、どこだろ? 別の寮? 引っ込み思案で他人に話しかけるの苦手なコミュ障の子だから、ここの寮とそのベッタベタの先輩以外に親しい相手はいないんじゃない?」

「コミュ障はお互い様だろーに。ミキも私もさ。じゃあ、学校の方にかな? それこそ、部室とか」

「手芸部の部室で休日に一人、何やるんだよ。編み物や刺繍なんて寮でだってできるよ。ミシンだってここにもあるし。じゃあ、部室にしかないような特殊なミシンや織機で何かやってるってのか? 一人で。無人の部室で。鶴かよアイツ」


 そりゃそうだ。


「カレンや私ならそういった行動もアリだと思うよ。でも由香里だよ? 由香里。本読まない子が図書館にいると思えないし、じゃあ誰もいない教室や部室に一人っきりなら、アイツだと泣き出すよ? オバケ出る~怖いー!」


 それは由香里をバカにし過ぎだ。


「テーブルぅー、片付けようよぉー」


 一階から雪重の声がした。


「むぅ。腹が減っては戦はできぬか。一旦休憩」


 二人して、ギシギシと階段を下りる。


「でもさ、カレン。仕掛けは『あった』筈なんだ」

「まだいうか」

「だって、おかしいじゃない。穴。ドアの『ふち』の木枠だよ?」


 なるほど。


「……そんな所にポスターや写真やカレンダーや付箋や葉書入れのラックを留めても、開閉する度にバサバサ落ちる、ってことね」

「そう。あんな所に何か刺す理由なんて、仕掛け以外に何がある?」

「のれん」

「む」

「レースのカーテンとかね。パっと開けて中を覗かれないようにさ」

「でも、そんなの見たことないぞ由香里の部屋に」

「かけようとして、合わないから外したとか。幾らでも考えられるじゃん」

「……むー。どうもなぁ。どうも、おかしいんだよ、やっぱり」


 ふぅっと、軽く深呼吸してミキに向き直った。


「一番簡単に解決する方法があるよ。ちゃんと全てサヤに収まる解答が」

「ほほう。何か判った?」

「いや、簡単な話。房子さんかミキかどっちかが騙されているとしたら、っていってたでしょ」

「だから、婆さんが……」

「こう考えてはどうかな? ミキがもし、十分でも五分でも『ついウトウト居眠りをしていたら?』綺麗に解決する」

「ちょい、待て!」

「もしそうでないなら、ミキが何らかの、私らには計り知れない理由で『騙そうとしている』ってのもアリだよ」

「ま、待てって! 絶対寝てない! 目、離してない!」

「それを誰が証明できる? その証拠はある?」

「私は私が嘘ついてないことを知ってるんだから私の証人は私だよ!」

「いや、だからソレ、ミキ以外にわかんないし」

「こんなことで私がみんなを騙して何のメリットがあるんだよ! 見ろよこの綺麗な瞳! 嘘いってるように見える? 人を騙してるように見える?」

「目ヤニ……」

「あわわ。いや、あのさぁ! 天地神明に誓って! マリア様に誓って! イエズス様に誓って! 私ゃ嘘だっていってないし、目だって離してないし、居眠りもしてないよ本当に本当に絶対!」

「はいはい、声大きいって」

「無実なのにあらぬ疑いかけられちゃ、声だって大きくなるよ!」

「図星をさされても声は大きくなるよ。ポリグラフとかサイコロジーって分野の科学捜査があってね。嘘発見器や証言の矛盾点を……」

「ああ、もぉラチがあかんっ!」


 たたたっとミキは駆け出した。


「って、どこに行くつもりだよ……!」

「チェンジだ! カレンじゃ探偵役には不足!」


 っていうかチェンジって?


「わかんないと思ってるっしょ。知ってるぞ。ほら、私もズボラだから認証かけてないけどやっぱカレンもだ! ほら、ケチってデータ通信で音声通話できる設定にしてら」

「え? あ、コラっ!」


 いうが早いか、ニヤリと笑いながらミキは私のガジェットを取り上げてヘッドセットを刺した。

 いや認証かけてるけど、しまった、さっき立ち上げたままでロックかけてなかった!


「こらーっ!」


 慌てて追い回してもニヤニヤ笑いながらミキは指でトトトンと液晶を叩き、操作を続ける。


「いいジャン貸しつ貸されつだ。その子の連絡先なんて私ゃ知らないしさ……ああ、あったあった、ちゃんと名前で登録してんじゃん。もしもし、ミシェール探偵舎の咲山さん? 私、二年の先輩で三木っていいますけど、ああ、はい。そうですカレンの……うギっ!」


 追いついて首に腕を回し、ヘッドロックをかけた。


「ぐーるーじーぃ! たーじーげーでー! こーろーさーれーるーぅ」

「勝手にダイイング・メッセージ残すなっつぅの! あーもしもし、巴。気にしないで。ただのバカだから。んじゃ……」


 ミキと頬擦りするように、マイクと片側のヘッドセットに顔を近づけて、早口で断りを入れる。


『何やってるんですか、カレンさん』

「あ、いや大した話じゃ……」

「じけんだよ、事件! 失踪事件! 人体消滅! 寮の子がさっ! だからそれを探……」


 即座にミキが会話に割って入った(いや割って入ってるのは私だけど)。


『しっそう? しょうめつ?』


 きょとんとした巴の声が響く。無理もない。


「ミキだまれ。んじゃ、切るから。また今度ね」


 ホームボタンにのばした手を、ミキは必死でガードする。


「観念しろって。だいたい巴を巻き込んだって何にもなるわけじゃ……」

「だってカレンぜんぜん協力する気ないじゃんよぅ!」

『あーのー……』


 困ったような巴の声が聞こえた。そりゃそうだ。

 幾ら安楽椅子探偵とはいえ、たったこれだけで何かわかれという方が無理だろう。


『よくわかりませんけど、犯人はカレンさんなんですか?』


 うわっ!


「え、犯人? ちょ、ちょっと待って、まだ何も事件の説明なんて……」


 さすがのミキも面くらっていた。


『だってこの通信、カレンさんの端末からですよね? カレンさんの……いや、どんな機械かはわかりませんけど。それを使ってカレンさんじゃなくて、違うかたが私に連絡して来た。カレンさんはそれを阻止しようとしている。事件……ですか? もし事件があったとして……』


 やばい。

 巴は頭が回り過ぎる。


「いや、だから事件なんてないんだよ。ウン、気にしないで。ミキちょっとアタマおかしいだけだし」

「おかしいゆーなー!」

『事件じゃない、ああ、わかりました』


 声の感じからヤバい。ちょっと待て。何でそんな、これだけのやりとりで……。


『えーと、じゃあミキ先輩、気にしないで良いと思います。カレンさんがそうおっしゃるなら問題ないでしょうし、大丈夫ですよ。もし事件になっているとしたら、人がいるだけだと思いますから』


 いや、まったくそうだ。

 巴は頭が回るから、気付いたならここで余計なこともいわないだろう。良い子だ。


「ちょ、ちょっと待ってよ説明されないと納得いかない! え、ナニ? もしかしてあんたとカレンがグルなの?」

「なんでそーなるんだ。巴が知るわけないだろう」

「じゃ、カレンは?」


 まずいな。


『あの……何の話かさっぱりわからないんですけど……カレンさん、どうして説明してあげないんですか?』


 誰に、とは口に出さずに巴はそういった。う~む。


「読めたぞ。そうか、カレンが主犯……または共犯だったのか。あの婆さん話はわかる人だけど、子供の面倒みる立場じゃ、絶対に抱き込めない事情ってのもあるよな。婆さんの目を誤魔化すのが目的だった、ってコトか」

「あー、もぉ~」


 ミキだって頭が回るんだ。バカな真似を平気でいったりやったりする子だけど、バカじゃないバカだから始末に悪い。


「なるほど。だから最初っから『』っていってたんだなコンチキショー!」


 ……やれやれ。


 そう、計画を立てたのは確かに私。

 探偵役が犯人なのと語り手が犯人なのは、推理小説なら反則だ。いや、アガサもクイーンも書いてるけど。


「……あぁ。巴、聞いての通りだよ。済まなかったね。じゃ、切るから」

『私はカレンさんを信用してますけど……でも、百パーセント『大丈夫』っていい切れる自信がある計画なんですね?』

「ん?」

『となると、もっと信用できる共謀者が居るって話ですけど。ルームメイトか、それか、その行方知れずの先輩の出先に、ですね。ああ、えーっと……すみません、やっぱりそれは一応ちゃんと断りを入れた方が良いことだったと思いますよ。幾ら何でも、中学二年生の女子一人で沖縄旅行はちょっと……』

「うわ、ちょ、ちょい待て、巴っ!?」

「お、沖縄ァ!?」


 さすがに面食らった。背筋がゾっとした。

 なんて子なんだ、咲山巴……。

 いや、おかしい。幾らカンが良くてもこれだけのやり取りでそこまで判る?

 事前に知っているか、さもなきゃ超能力者でもない限り……。


「……読めた。さっき急に『犯人』なんて私にいったのは|(はったり)だね? 私の反応から読み取りか。今の沖縄ってのも……」


 大げさに反応してしまった。あそこで巴は確信したに違いない。

 確かに私の態度や、ミキが電話をかけてくる状況は異常だった。

 私が巴に事件の話をしたがらない点で、何かを隠している、または隠そうとしていたのはうかがえた筈だ。


 次に、何故、私がそんな態度を取ったかを、一番整合性のつく考え方で選るなら、私がその事件の当事者であると判断しておかしくはない。それを知る為に、いきなりあんなことをいったのなら、やっぱり巴は大したタマだ。


 一杯くわされた気分だ。

 ただ、場所は当てずっぽうにしてはピンスポットすぎる。


「……ひっかけで私の反応を読んだのはわかる。でも、それだけじゃないでしょ」

『ソレ、探偵舎に初めて行った時、私もちさと先輩からやられましたよ』


 巴もか。私も入部の時に部長にはひっかけられた。もし、同じパターンの応用とするなら……、


「……てことは、今誰かと『通じてる』?」

『ああ、大子先輩と福子先輩が隣に』


 ……それならミキの性格がどんなのかも、場合によっては修学旅行先の部長とも今、同時に連絡を取れている筈か。やられた。

 行動力と素早さに関しては、巴はミキ以上だったようだ。


『えーと。よろしいでしょうか? ミキ先輩が聞いてますけど、なんですね?』

「……うん」

「ぬぉっ、私かァ!」


 早い話が、ミキの存在だけが難所だった。


 悪い奴じゃないけど、隠し事のできるタイプじゃない。顔や態度に即、出るからだ。だからミキは計画には入れられなかった。

 いい換えれば、ミキと、寮母さんの二人だけ騙し切れれば良い話だったんだけど……。


「雪重も共犯かァ!」


 ギロっとミキに睨まれて、直立したまま雪重はビクンと震えていた。

 ウォッチで計測している間に、部屋の仕掛け(シャクに障ることに、それはミキの見破った通りだ、トホホ。ただ、ワイヤーじゃなくセンサーと赤外線だけどね)を、私の「あと頼むね」の一言で即、片付けてくれたのも雪重だ。


「あー、いっとくけど多佳子と紀美子も共犯な」

「うっぎゃー! え、私ハブ!? ハブ!?」

「あの二人が昨日の夕方に由香里を駅まで見送ったんだよ。その後に戻ってきた」

「……てコトは、由香里はもう無断外泊一泊かよ!」


 そう。

 もう、この時点で校則や寮則的にはヤバい。


『沖縄っていうのは、カレンさんが信頼を置いてる人って、そうそう居ないと思ったんですよ。誰かが消えた。親元や親類、友人宅に居るなら最初っから事件にならない。違うどこかで、でも、いえない事情があって、カレンさんが安心してるとなると、今の私だとそこしか思いつかなかっただけです。接点のない友人宅とか、パターンは他にも考えられましたけど。あの、部長もグルなんですか? いや、違うかなァ……』


 むぅ、やっぱりカマかけみたいな物じゃないか。

 正解だけど。


「部長たちには何も話してないよ。今の巴と同じぐらいにね。ただ、現地にちさちゃんと花ちゃん居るから、うまいコトやってくれるだろうって思ったんだ」


 お節介好きで頭の回る、探偵舎の先輩が二人も居るんだ。何とかしてくれる筈だ。


『……う~ん』

「その、居なくなった子……由香里って子はさ、どうしようもない甘えん坊で泣き虫でね、中二なのに。あの子がベッタベタに慕ってる先輩と、長期間離れるだけで、もう目茶目茶へこんでたんだよ」

「うわ、くっだらねぇ理由だなぁおい」

「ミキ、黙れ。大なり小なりホームシックは寮生はみんな持ってるんだよ。まだ義務教育のうちから親元を離れるのは不安も大きいし。由香里はその、仲の良い先輩と毎日会えることが、きっとそれだけが心細さを紛らわす手段だったんだろうな。私は、それをくだらないとはいえないんだよ」

「くだらねェよ! 境遇はみんな同じじゃない? そーゆーのを乗り越えて自立心をやしなうのも、寮で生活する目的の一つだろさ」

「誰もが同じじゃないよ。弱い子が弱くて何が悪い。鍛えて強くなる精神もあるだろうけど、単にへしゃげちゃう子もいるさ。それでも由香里は、勇気出して先輩に会いたいっていい出した。だから協力した。正しいかどうかは置いといて、あの子があんな勇気出して、自分から行動しようとしたのが……嬉しかったんだな」

「あのね、あのね、由香里ちゃんはねっ」


 雪重も近づいてきた。


「先輩と、何か喧嘩しちゃったらしいんだよ。それですごくしょげてて。そんな気分のまま、一週間離れるのが辛かったんだよ」

「頭冷やすのにいい期間じゃん。むしろ、そんな状況で旅先に『来ちゃったー』ってソッチのが引くって。怖ぇーって。ストーカーじゃん」

「そんなデリカシーない考えはミキちゃんだからだよぉ」

「相手にしたって、ふさいだ気分のまま旅行じゃ面白くないだろうし、一概に迷惑とはいい切れないよ。ミキや私とは根本的にタイプが違う子の方が多いんだしさ」


 雪重や由香里のように少女らしい精神って、ちょっとわからない。

 わからないけど、わからないなりにそれは尊重したいって思った。


「でもなぁ……」


 ミキも困っている。その気持ちもわかる。


「間違ってるかどうかより、本人に納得できるかどうかの方が、私には大切に思えたんだよ」

『あの……カレンさん、私には詳しい事情はわかりません、けど……やっぱりこれは早計だったと思いますよ』


 落ち着いた、そして正論をいう巴の声が聞こえる。ああ、確かにそれはわかってる。


『私が部長なら、場合によっては早々にその、居なくなったかたを《追い返す》計画を立てますね。何事もなかったかのように、上手く取り繕うための』

「うん、その可能性も考えた。でも、良いんだよどっちにせよ。やらないで後悔してるより、やるだけやって後悔した方が良い。取り返しのつかないヘマをしようがさ」

『私はそうは思いません』

「良いじゃんよ、誰か死ぬような話じゃなし」

『そう思ってて、友達を亡くしたことがあります』


 さすがに、言葉が続かなかった。

 ……ちょっと待て。

 何だ、そりゃ。


 巴は……どんな人生を歩んで来た子なんだ?

 だが、さすがに訊けない。

 何かが、頭の中に引っかかる。

 何をどうやったって、巴があんな事件と関係あるとも思えない。

 思えないけど──。

 もし、仮に。


 巴って子のすぐ近くであんな事件が起きたのなら……。


 あの子ならきっと、それを『解決してしまう』んじゃないだろうか?


 もし、そんな凶悪な怪事件の最中に、犯人の正体に迫ったり、それを白日のもとに晒せる能力を持った、小学生の女の子がいた場合、その子はどうなるのだろうか。どう、行動をとるのだろうか。そして、犯人は──。


 駄目だ。考えたって、まとまらない。

 話が突飛すぎる。途方もなさすぎる。

 それに、小学生の頃の巴が今ほどの推理力や考察力があるとは限らない。


 まあ小四くらいの私は、ちょっとした電子工作の基板を描けたけど。


『そこまで極端な話じゃなくても、女の子の一人旅なんて危険です。早々に連絡して保護して貰わないと。怒られるだけで済むなら悪くないですよ』


 冷静な判断で中一女子に説教されるのも、先輩としてチョット情けない物がある。


「うん、まぁ……無事かどうかは常にメールで確認してるけど」

「してたのかよ!」

「ミキうるさいよ!」

『部長の出番ですね、じゃあ』

「だね、まあ……ちさちゃんならうまく『解決』してくれるよ、ああ見えてさ」

「いや、あの人おかしいって!」

『おかしいですよね』

「いや、えーとー」


 ふぅ。


 計画はもうズタボロだし、次はミキが房子さんの前で余計な口をすべらさないよう、監視しなきゃいけない。

 今晩までに由香里が戻るなら、まあ、何とかなる話だけど。

 もし、今晩までに戻らなかったら?

 さあ? その時こそ、名探偵に解決を乞うしかないか。

 幸い、私には名探偵のアテなら、ごろごろあるんだから。


         To Be Continued







         ★






 EXTRA EPISODE 07




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「お邪魔しまーす」


 広い立派な和室に通されて、そこが双子の先輩の部屋だと理解するのに、少し時間がかかった。


「悪いわね、巴さん。せっかくの休日なのに」

「悪いわね、巴さん。せっかくの休日なのに」

「いえいえ、慣れてますし」


 それに、定期券があるから交通費がタダで済むのも、休日の過ごし方としては悪くない。


「そして、これが大子姉様ね」


 額縁の一つに、可愛い小さな女の子が三人並んだ写真。真ん中の元気そうな子がきっとそうだ。


 手を合わせ、軽く黙祷する。

 そもそもここは「お寺」なんだから、ご家庭にお寺をミニチュア化して持ち込む「仏壇」はないみたい。本物の本尊さんがあるのだし。


「大子姉様を弔ってくれるのは、私たちの他では巴さんが初めてになるわね」


 少し悲しい言葉だ。

 何故、今日の二人が出たての芸人コンビみたいに色違いの服を着ていたかが瞬間、理解できた。淡いミントブルーと草色のワンピース。たぶんこれから、福子さんと徳子さんは、入れ替わらず「福子・大子」で固定してゆくつもりなんだ。

 少し神妙な気持ちで、黙って三人で額縁の前で手を合わせていると、突然ポケットの中で着信が鳴り響いた。


 パァ~ン♪ パラらららーぱららららーぱららららー♪

 うわっ、まずい。


 双子の先輩は目を丸く見開いている。幾ら世間ズレしたお嬢様でも、今の曲が何なのかは日本人なら誰でも知ってるし。

 初代仮面ライダーのテーマ。

 無性に恥ずかしい。


「あ、し、失礼します……」


 真っ赤になりながら取り出す。あれ? 着信は全て同じ音にしてたけど、電話回線じゃなくてアプリを介してのデータ通話だ。このアイコンはカレンさん……ん~、メールじゃなくて通話は珍しいな。


「はい、も……」

『もしもし、ミシェール探偵舎の咲山さん? 私、二年の先輩で三木っていいますけど』


 あわただしい喋り方で、見知らぬ女性の声がする。


「カレンさんのお友達ですか?」

『ああ、はい。そうですカレンの……うギっ!』

「うぎ?」


 思わず視線を双子の先輩に向ける。

 なにかバタバタ格闘する音と悲鳴が聞こえ、カレンさんに代わる。


「……何やってるんですか、カレンさん」

『あ、いや大した話じゃ……』

『じけんだよ、事件! 失踪事件! 人体消滅! 寮の子がさっ!』


 即座にさっきの人が割って入った。


「あーのー……」


 どんな状況なんだろ?

 恐らく、インカムみたいなマイクつきヘッドホンをさした機械なのはわかる。

 少し考えを整理する。

 見知らぬ誰かが、「探偵舎」の私に何かを相談しようとしている。


 あきらかにカレンさんはそれを妨害しようとしている。

 私と連絡をとる為に、こっそりカレンさんの何かを持ち出して、それをとがめている状況……にしては、変だ。


 ミキさんって人が、私に相談することをカレンさんが「嫌がる」か「遠慮する」かのどっちかみたいだけど、遠慮……するような性格じゃないし、事件が本当に起きているのなら、尚更だ。では「嫌がる」なら、何故?


 失踪? 誰かが消えて人探しって話なら、私に頼むのはおかしい。人手が欲しいなら、まだ宝堂姉妹に頼む方が早い。私が学校の近くにいるなんて知らずに電話を入れて来た筈だ。

 ならば、目的はまさに、探偵――気恥ずかしくも、はからずも、私はカレンさんから過大評価をされている。もしそれが、ミキさんという人にも伝わっていたとして。

 探偵が必要な失踪事件──消滅──何らかの、脱出不能の状況から、誰かが忽然と消えたのだろうか。もし、寮でそんな事件が発生したのなら──


「よくわかりませんけど、犯人はカレンさんなんですか?」


 ちょっと意地の悪い返答を投げてみる。

 思いっきり狼狽しはじめた。なんだかおかしい。

 あ、今のでもしかすると隣の人にもわかっちゃったかも……。


「えーと、じゃあ三木先輩、気にしないで良いと思います」


 事件じゃない──事件にする気のない、何かの計画を、誰かに察知されてしまったという話なのだろう。


「あら、三木さんなの?」


 福子さんが問いかける。マイク部分を指で押さえてうなずいた。


「そうか、カレンとエリカの二人がまた何かしでかしたのね」


 トラブルメーカーっぽい。


「名前だけなら可愛らしいのにね、二人とも」


 宝堂姉妹がため息をつく。エリカっていうのが、三木さんの名前だろうか。

 っていうか大子、福子って名前にやっぱりコンプレックスあったのだろうか。


「三木さん、些細なことで大騒ぎするタイプの人ですか?」

「慌て者だけど、頭は良いし、しっかりした子よ」

「……寮で朝から誰かが居なくなって騒ぎになるような状況って、無断外泊以外に何かあります?」

「さぁ……?」


 何やら電話の向こうで先輩たちがいい争っている。しまった。


『読めたぞ。そうか、カレンが主犯……または共犯だったのか』

『あー、もぉ~』


 ああ、自白しちゃった。悪いコトしちゃったなぁ。

 でも、少し気にかかる。受話器に指を置いて姉妹にたずねた。


「あの、カレンさんと共謀できる誰かって、校外にいますか?」

「カレンは一匹狼な所があるから、ちょっとわからないわ。寮の子か、探偵舎のメンバーくらいだと思うけど……」

「それ、ちょっとまずいかも。寮の方じゃないなら──」

「あ、そうか。外泊って……」


 宝堂姉妹は、素早くケータイを取り出す。


「もしもし、ちさと先輩ですか?」

「もしもし、花子先輩ですか?」


 探偵舎の先輩たちに素早く連絡を取り始めた。うわ、何か以心伝心だ。


 消去法で考えれば単純な話。私たちを除いた探偵舎のメンバーなんて、高等部の先輩を除けば、沖縄に修学旅行中の三年生しかいないのだから。


「私はカレンさんを信用してますけど……」


 念のために聞いておかないと。

 双子姉妹は手でOKサインを作った。やっぱり。


「すみません、──幾ら何でも、中学二年生の女子一人で沖縄旅行は……」


 さすがにカレンさん、びっくりしている。

 ちょっと反則気味かも。


「カレンの寮の子が、こっそり修学旅行先に来ちゃったみたいね。部長の班で、ちょっと騒ぎになってるみたい」


 それの主犯がカレンさんか。う~ん。

 電話口で、他の人の話し声もかすかにする。色々、私には計り知れない事情があったみたいだ。でも、


「あの……やっぱりこれは早計だったと思いますよ」


 事情はどうあれ、ルール違反を誰かに勧めるような話だし。


『──やるだけやって後悔した方がいい。取り返しのつかないヘマをしようがさ』

「私はそうは思いません」

『いいじゃんよ、誰か死ぬような話じゃなし』


 すこし息がつまる。


「そう思ってて、友達をなくしたことがあります」


 事情は違う。状況だって違う。でも、安易に「なるようになる」って考えて、それで取り返しのつかないことだってあるのだから。


 ……ちょっと出すぎたようなことをいってしまった。

 宝堂姉妹も、少し怪訝そうな顔で私を見ている。さすがに、説明し難い。

 電話を切って、ため息をついた。


「部長が何とか丸く収めてくれそうよ。沖縄に押しかけた子も、納得っていうか、仲直りできたみたいだし」

「そうか……良かった」

「それで、巴さんは一体……」


 まずい。


「いや、あのですねぇ……」

「どうしてそんな着メロなの?」

「ぬぁっ」


 ……そこに注視しますか。


「ええっと。昔、仲の良い子がいて……その子の着メロだったんです」


 女の子なのにヒーロー物が大好きで、明るくて元気でメチャメチャで……そして、天才的な狂人。

 連続殺人事件を、間違いなく「」の女の子。

 あの子と比べれば私なんて、ただの「脇役その1」だ。


「その子みたいになりたい、って訳じゃなくて、でも……ちょっとでも、近づいていたかったんです……」


 ──もう、会えないから。


         To Be Continued

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