第八話『大いなる迷惑』(後編)

★前編のあらすじ★


 瀬戸内を一望する風光明媚な地に建つお嬢様学校「聖ミシェール女学園」に通う巴は、探偵舎の高等部の先輩・知弥子と、帰宅途中の駅でばったり出会う。

「良い所に。手伝え」と引っ張り出された先は、麻薬を取引しているらしい、ヤクザの無人の事務所だった。

 証拠を掴み犯罪を暴く為に、窓を蹴破って侵入する気まんまんの知弥子をおさえ、どうにか事を荒立てないよう考える巴だったが……?




          *



「開ける?」

「開けるんです。その、扉を。えーっと、オペラグラスか何か、ありますか?」

「ほれ」


 知弥子さんはバッグから、妙にゴツゴツとした双眼鏡を取り出す。どうやら、赤外線に対応した暗視ゴーグルのようだ。なんでこんな本格的な物を女子高生が……。


「倍率もかなり良いぞ。この位置ならばっちりだ」

「あ、ホントだ」


 暗いのに、ナンバーまでくっきり見える。


  123

  456

  789

  *0#


(※上記は横書き表示の場合です。縦書き表示の場合は

  369#

  2580

  147* )



 つまり、電話と同じ並びだ。


「というか、そんなことして何になる。意味がない」


 ぶっきらぼうに、相変わらず一切感情を感じさせない言葉を知弥子さんは吐く。


「ですから、鍵を開けるだけ開けちゃえば良いんですよ。それなら、不法侵入にもならないし、器物破損にもならないし……いや、厳密にはそうでないかもしれないけど、とにかく施錠されてないのに気がついたらきっと、心配になって移し出したり、何かアクションを起こしますよ」


 十時には誰か来るはずだから、その時点で騒ぎになる。それまで身を隠していれば良い。


「開ける? どうやって?」

「だから、ナンバーを……」

「推理なんかで番号がわかるか。万一開いたとしても、それに気づいてヤツらがどう反応すると思う? 自分のミスか、そうでなきゃ鍵屋を呼んで文句いって付け替えて終わりって可能性も、大だ。どう出るかまではわからん」

「それはそうですけど……」


 確かに、推理なんかでわかるほど簡単な話じゃないかもしれない。どう出るかも、わからない。未来の予想なんてできない。

 でも『過去』なら――人の行動には必ず『結果』が、痕跡が残る。それを探り、考え、煮詰めて行けば、必ず答えは出る。……はず。


「そして、巴に別にそんな推理は頼んでない。今はただ、見張れ」

「ですけど……『施錠し忘れる』はさすがにないでしょう。いずれにせよ、それで警察を呼ばなければ、中に何かあると考えておかしくないです」


 中に何か、警察に見られては困るものが有るか無いかは、それでわかる。表向き、、、には反社会勢力の関係会社ではないはずだから、「警察を呼べない立場」ではないのだし。

 危ない橋をわたるよりも確実だ。


「ふむ、それは確かにそうだが……」


 知弥子さんも少し考える素振りを見せた。しかし、すぐそんな態度もやめた。


「いや、無理だね」

「なんでですか」

「ナンバーも、実は少し調べた。何度か、開錠して人が入る所も見た」

「番号、盗み見できましたか?」

「できたというか……二度ほど見た。カードと併用するようなタイプじゃなく、ナンバーを押すだけだったからな。利用できればそれに越したことはない。しかし、二度とも番号が違う。最初の時は4で始まってたが、二度目の時は6だった」

「じゃあ……」

「そう、もし事前に調べていたとしても、今日、今、同じナンバーとは限らないという話。だから、二階からブチ破って入ろうと……」

「いや、だーかーらー!」


 だいたい、入り口がこんなに厳重なら、二階だってきっと警報機はついているだろう。

 こんな格好でガラスを割って侵入して、それで警報が鳴り響いたら、もし、何も警察に怪しまれるような証拠品がないなら、即時突き出されておしまいだ。

 この近所中の人だって集まって来るだろうし、幾ら顔を隠しても、背格好で女の子なのは丸バレだろう。っていうか、うらやましいくらいに女性的なプロポーションなんだし!

 そしてミシェールの制服でタクシーに乗ってここまで来ているから、すぐに割り出され、補導され、場合によっては退学させられるかも知れない。

 そう考えてみると、やっぱり知弥子さんは無計画というか、無鉄砲だ。

 無鉄砲っていうか、メチャクチャだ。

 とにかく、まずは情報集めが先決か。ナンバーロックのメーカーと型番を確認し、ケータイを取り出す。


「なんだ、ネットで調べるのか」

「ネットより便利な人がいます。餅は餅屋」


 素早くカレンさんに電話した。


『ん、なぁに巴? 珍しいねこんな時間に。あー歓迎会、どこで何やるかまだ決まってないってゆーか、ちさちゃんから変な宿題だされてさー』

「いや、その話は後で……あの、すみません、ちょっと調べて欲しいことが……」


 どこで何をしているのかは、さすがにいえない。ただ、部活内容が内容だけに、ちょっとした頭の体操とでも思ってもらえるのが便利なところだ。

 メーカーと型番を伝える。ナンバー鍵の構造や仕様がわかれば、何か対策があるのかも知れない。

 カチャカチャとキーボードを叩く音がする。検索しているらしい。


『ん、それ研究施設? かなり特殊な鍵だよソレ』

「え? いや……」

『そのメーカーのはかなりしっかりしてるね。ナンバー鍵もピンキリなんだよ。そのデジタルロックだと、施錠のメカニズム部分はかなり堅牢で、外部からは高出力のバーナーで焼き切るしかないね。ネジ穴もなし、電源が切れてもデッドボトル……鋼鉄の太いカンヌキが、二本ハマっててピクリともしない構造になる。その上、内部からもロックをかけられるんだ。安易に出入りできない場所用だね』

「なるほど……」


 つまり、ナンバーがわからない限り絶対開けられそうにない。


「内部もか。じゃあ二階から中に入っても、玄関からそうそう逃げられないわけだ」


 横から知弥子さんの一言。そっちの心配かいな。


『今どきのシリンダー鍵なんて、出稼ぎ窃盗団なら一発だからね。ハイテク施錠は賢明だよ。ある程度の器具さえあれば、一般的な鍵なんて今日び即時、開けられちゃう。内側のツマミをいじっちゃうサムターン回しって、今や大量に手口が存在するしね。他にも、鍵穴に丸い金属板を使ってるタイプは、隙間に器具をつっこむカム送りって手があるんだ。旧来の鍵は、今じゃ開け放しも同然だよ』


 新聞受けを破壊して突っ込む、鍵のある位置をバーナーで焼ききる、ドアノブごと大きなプライヤー(ペンチ)でねじり壊す、幾らでもそういった手口があるのは、私もTVの特番で目にしたことがある。


『施錠のシステムを頑丈にするってことは解錠も面倒になるって話で、そうなると認証自体は鍵の抜き差しや持ち運びより、デジタル認証のがラクっちゃラクになるわけね。今日び車のキーだって、キーレスやスマートキーが当たり前ってなってきてる。まあ反面クラックされたらオシマイって点もあるけどね、そこまでさすがに簡単じゃないんだ、デジタル認証は』

「ええっと……はい、何となくはわかります」


 やっぱり簡単には割れそうにない、って話か……。


「で、デジタルロックの利点ってのはね、開けにくい点より、むしろオンラインで情報が繋がってる点にあるんだ。スイッチや電源を不意に“切る”だけでも非常事態のサインを送るから、安易に壊せないんだ』


 確かに、時々みかけるプラ製のデジタルロックは、ハンマーでも壊せそうだ。『鍵』である点より、警報機として優れているという点か。

 そして、そこまで厳重に守っているからには、ここに薬物がらみの何かがある可能性は確かに高いのかも。


「確か、この前の事件って、……ヤクザから薬物をちょろまかした人がやった事件ですよね?」


 ケータイのマイク部分に指を置いて、知弥子さんに聞く。


「うむ。まあヘロインは人気薄の商品だけに発覚が遅れていたようだが。大抵のヤクザのシノギは、アッパー系のに今はシフトしてる」

「つまり、失敗に懲りて厳重にしてる、と考えていいわけですね」


 見た目、まだ真新しい。

 ケータイからカレンさんの声が響く。


『巴、もしもーし? ああ、今資料みつけた。ええっとね、デフォだと桁数は4~8まで、入力してエンターキーね。だいたい4回入力ミスをすると、警報が鳴り響く仕掛けだね。更にはオンラインで、任意二箇所まで非常警報を通達できるようになっている。普通はそのうち一本を警備会社、あるいは警察に繋げるんだけどね』

「だいたい4回、っていうのは?」

『うん、失敗回数のリミットは4回から8回まで、これも設定で可変可能。マスター認証を持ってる人で回線から設定できるみたいだね。基本的にはオンラインでのハッキングは、まず困難かな』


 そんなことをいわれても、私にハッキングの技術なんてそもそもないですし。

 最悪を常に想定するなら、「失敗は3回まで」と考えた方が良い。4回目で鳴り響くことになる。


「あの……知弥子さん、以前に盗み見たナンバーって、わかりますか?」

「わすれた」

「ギャフン」

「要らない番号だろう、ソレは」

「そりゃそうですけど……う~ん……」


 とにかく、幾ら何でもヒントが無さすぎる。


「あ、どっちも『4ケタ』なのは覚えてる」

「そうか……最低でも一万パターンかぁ」


 基本的に出入りする人が何人かいて、しかも一定ではないはずだ。

 少し考える。ナンバーロックの利点とは何だろう?

 それは、鍵を持ち歩かないで良いこと。合鍵を作らないで良いこと。

 一度設定するとメーカーに頼まないと番号を変えられない物じゃなくて、この鍵の場合は再設定可能な点、そこも重要だ。

 つまり、出入りする人員が入れ替わったり、誰かを時に、すぐに新しい番号に出来る点。常に連絡の取れる相手だけを出入りできるように管理可能だ。


「……いいかえれば、覚え易いナンバーじゃないと、成り立たないわけですね」

「だから4ケタか。まあ、バカじゃないなら覚えられるな」


 覚えてない人にいわれても。


「ん、設定はネットからです?」

『うん。メーカーのサーバーに認証かけてて、四重の高度な暗号化で……』

「いや、わかんないですからその説明はいいです。有り難うございました」


 そういって、私はカレンさんとの電話を切る。

 つまり──。


「パソコンに慣れた人が操作するって点は、頭に入れてて良いかも」

「む?」

「キーナンバーが絞れるかも、って話です」


 パソコンのテンキー配列は、


 789

 456

 123

 0


 つまり、電話とは逆順。


(※横書き表示の場合です。縦書き表示の場合は

  963

  852

  7410)


 重なっているのは真ん中の列、4、5、6だけ。0は機種によるけど、左寄りの大き目のキーに割り振ってあることも多いので、位置的にズレるのもままある。


「キーの操作って、『位置』で認識する物じゃないですか。とっさの操作で、数字4ケタを押さなければいけない時に、誤操作を減らしたいなら、真ん中の列を中心に設定する可能性が高いですよ」


 それに――知弥子さんが見た番号は「4」と「6」だ。

 加えて、ランプはついているけど極端に暗い。

 センサー式のライトもみえるけど、あれは近づいた人の顔をカメラにはっきり映すためのもので、手元を照らすタイプではない。


「それをいうなら、パソコンを使う人間だって電話ぐらい使う」

「ケータイで誰かに電話をする時に、番号をいちいち毎回押しますか?」

「む」


 どこかにかける時は、殆どはアドレス帳に登録された相手の名前から、短縮で一発だ。それか、自分にかかって来た相手への返信。改まって電話番号をプッシュしてかける機会は、初回にかけなければいけない相手だけ。


「つまり、慣れてる人にとって、キーボードのテンキーの方が圧倒的に叩いた経験がある筈です。ケータイやスマホとかの端末ならむしろ、アルファベットや五十音用の指の位置が頭に入っていますよ。定期的にナンバーを変えられるなら、何度か失敗して、押し易いキーのみにしている可能性も、あるかもしれません」

「可能性、か。……ふむ」


 すすっと知弥子さんは扉の前に進む。


「え? えッ!?」


 知弥子さんは深く目抜き帽をスポっと被り、見た目がすっかり銀行強盗だ。透明の幅広粘着テープを取り出し、ナイフですぱっと切って、扉の前に立つ。センサーに反応し、扉の上のランプが頭を照らすように灯った。


 黄色い光の中に、黒い影が浮かぶ。


「圧着しなきゃ反応しないはずだ」


 撫でるように、そっとテープをキーに被せ、ぺりりっと引っ剥がす。そして、クルリと振り返り、ダッシュで戻って来た。


「……うわぁぁ! び、びっくりしたあ!」


 あまりのことに、気が動転した。心臓がばっくんばっくん高鳴っている。


「あ、あのですねっ! 何かやるなら先にいって下さいよ!」

「うむ。まあとにかく、番号はホラ、この通りに」


 目抜き帽を脱ぎ、何かの瓶を取り出して、白い粉末をぱーっとテープにかけ、フッと息を吹きかける。


「ほら、指紋の有無」

「……うわぁ」


 真ん中の一列のキーだけ、粉がぱらぱら剥がれている。指の脂のせいだ。普通のテンキーと違い、ナンバーロックの場合は、正解以外の数字が押されることは通常、ありえない。


「何か出てきた時にすり替えようと思って、持って来たパウダーが役に立ったな」


 知弥子さんは粉をパンパンと払いながら、テープを見せる。4、5、6。この三つの部分だけ剥がれ、あとは横のエンターと、下の0や記号キーに少し触れた痕跡がある。何かの設定制御だろう。


「ビンゴとはいえ、正直これは偶然だ」

「……そう、ですね……」

「高かろうと低かろうと、『可能性』は確認を取れない限り『ただの可能性』だ。正解じゃない。今のキーの話にしても、相手がもし、まめに指先確認しながらキーを叩く性分だったら、配置はランダムでも良かった」


 頭で考えるより、行動をとることが重要……それは、確かにそうだ。


「事象の正否は検証のみで成り立つもの……まったく、その通りですよね」


 聞いてないようで、先輩は私の話をちゃんと聞いていたんだ。赤面する。

 ただの当てずっぽうや、無限の可能性の中で「妥当性」を度外視した推論は、推理とはいえない。

 私は、わりとそこを「見切り発車」で、直感的に予断で決め付けてしまう悪い癖があると思う。

 この前、知弥子先輩と初めて会ったときも、それを幾つかやってしまった。今にして思うと、自分の愚かさと、そそっかしさとに、赤面するしかない。


 憶測も予断も過程の仮定としては有効ね――


 ちさとさんの言葉を思い出す。……そんなワケ、ないよ。直感的な予断で何かをズバリ言い当てるなんて、それこそエスパーの領域で、彼女のいう「名探偵」なんて、非現実的な「超人」のことじゃないか。


「とにかく、パターンはこれで絞れるか? 面白そうだからもう少し付き合うが、どうにもならないならさっさと乗り込む」

「いやっ、あのですね、えーとー」


 とにかく、この少ないヒントから正解の番号を探さなくっちゃ。

 この456の組み合わせで4桁、までは絞りこめた。

 しかし、ここから先がもう、わからない。

 何かあと一手足りない。何かヒントは……?


「なんとかここまで絞っても、まだ三十六パターンか……」


 しかも、4回間違えば警報が鳴る。

 また、この「三十六パターン」は3つの数字での4ケタだから、今現在に数字を1~2個のみにしている可能性も捨てきれない。その場合は更に三十六と三パターン。


「合計で七十五パターン、うぅぅ……」


 時計を眺める。もうじき8時になりそうだ。あああああ、お母さんに怒られるぅ~。

 いや、怒られるとか、そんなんじゃなくて。十時までまだ時間があるとはいえ、あと二時間そこらで解けるものだろうか?


 ……ちょっと考えただけでパスワード・クラッキングが簡単にできるようなら、そもそもナンバーキーの意味なんてない。そんなの、わかっていることだけど!


「ああ~……せめて、三つフルの確証を得て、二度押すキーさえわかれば十二パターンまで減らせるのになぁ」


 愚痴が漏れる。焦る。どうしよう? 気持ち、4のキーの脂が多い気がする。


「よくそんな、パターン計算がすぐにできるな」


 いや、ソレそんなに難しい話じゃないですし。


「どっちにせよ、低い確率に賭けて何の意味がある。頭で考えてたって駄目だ」


 いや、確かにそうだけど。


「必要なのは、確実な結果だ」

「あの、お言葉ですけど、知弥子先輩のやろうとしてたことの方が、めっちゃめちゃバクチめいてましたけど!」


 テープの粉の散り具合を睨む。脂の量の多いボタンが二度押しだろうけど……これを頼りに考えるのも、殆どバクチだ。


「そうでもない。巴のお陰で、何をどうすれば確実にイケるか、ヒントを掴めた」


 にやっと、不敵な笑みが見えたような気がした。

 いや、無表情だ。不敵な笑みみたいなのはいつもの顔だ。

 いつもの顔……の、筈だけど……何故か、今の一瞬に、知弥子先輩の顔がそんな風に見えた。

 ……何か、悪巧みでもしているのだろうか?


「失敗可能の回数は4回までだったな、残機数」

「……はい?」

「つまり、4ケタを4回、16以上か。まあ、そこはどうでもいいな」


 そういって、目抜き帽を被り、すたすたと知弥子さんは扉に進む。


 え?

 え?

 な、何を……?


 小型の監視カメラの回る真正面に、黒い影が立つ。

 センサーに反応し、ライトがパっとついた。

 黒づくめの怪人は、堂々とナンバーロックの前に立ち……平然と、でたらめにキーを叩きはじめた。

 でたらめっていうか、16連射でだだだだだっとキーを叩いてる。


「うわあぁぁああぁっ!?」


 ジリリリリリリリリリリリリーン!


 けたましく、警報が鳴り響く。

 頭が割れるほどの音量だ。

 呆然。

 もう、目が点。

 アゴがぽかーんと外れるほど開いて、何が何だか、何がどうなってるのか、私にはもうサッパリだった。


「ぼやっとするな、それッずらかれっ!」


 だだだっと知弥子さんは戻って来て、私の腕を掴む。


 引っ張られるがままに、ダッシュで公園の奥の木陰に逃げ、潜んだ。


 鳴り響く警報に、がやがやと付近住民も集まってくる。

 信じらんない。

 私は、気が動転して放心した状態から、どうにか落ち着いて来た。

 落ち着いて来たっていうか、どっくんどっくん心臓が鳴り響いている。

 手を胸に置く。落ち着け……落ち着け……。

 ……一体、何考えてんだぁ!? この人っ!

 警報が鳴り響いても、それで警察が来るでもなく、一分としないうちにキキキーっとブレーキ音を鳴らして、何台かの車が集まった。


 白いヘルメットに青ラインの、民営の警備員の人と、ガラの悪そうな青年数人が集まって来た。


「おいコラ、見世物じゃねーんだぞ!」


 短い金髪の人が、野次馬に怒鳴りつける。くもの子を散らすように、ギャラリーは去って行く。

 扉が開いてないことを確認し、警備員も帰らせる。後に残るのは、派手な柄のシャツにトレパンの数名。周囲をキョロキョロと見回している。


「む……無茶苦茶だぁー!」


 頭を抱える。

 も~、何もかも台無しじゃないか!

 カメラに映った姿を確認されたら、こんな所に潜んでるだけでも危ない。逃げ場はどうしよう?

 植え込みの陰でしゃがんでいる状態だけど、膝もがくがく震えている。


「ふむ、って部分は正解かも知れない。これで、一つ無駄な博打をしないで済んだ」


 と、涼しい顔の知弥子さん。

 ……え?


 暗視グラスを覗き込みながら、駆けつけたチンピラがナンバーを押す指を眺めていた。


「だから、推理なんかでわかるか。んだ」


 ……えええええええええ?


「いや、えーと……あの……」


 いや、確かにそうだ。そうだけど……でも!


「いや、あのですねえ! 忍び込むにはそりゃ、ナンバーがいるけど! もう中に人がいるんだし! 無理です。帰りましょうよ、今日は失敗ですって!」


 そう、引き際が肝心だ。


「三人か。うん、勝てる。あの薄着だから銃を持ってないのも判ったし。インターホンを使って確認していないから、中も無人。そして、入り方もわかったから、窓を破るよりラクだ。万全だ」


 バールのようなものを肩にトントンっと担ぎ、知弥子先輩は鼻歌まじりで、真正面から進んで行った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……ガシャン。


 呆然。


 軽く、頬をつねる。

 痛い。


 今、何が起きたんだ? 先輩、……何をやってるんだ!?


 ガシャン!


 ドカッ!


 何か物音が。そして悲鳴、怒鳴り声……。


 さっきあんなことがあったばかりだから、野次馬も来ない。真正面から正解のナンバーを押して入ったから、警報も鳴らない。


 ……頭がクラクラ来る。

 なんか……完敗だ。

 っていうか、めちゃくちゃだ。


 しばらく放心したまま、蒼い顔のまま、さすがにそっと、ケータイに手を伸ばす。


 血の気が引いて、指が真っ白だ。失神しそうにふらふらな脳みそで、私は私にとれる最善の策を、私にできる唯一の仕事に、手をかけた。


 1、1、0。


 警察に通報した。


「暴力小説のオプだって、まだ頭使うよ……。推理関係ないじゃん……この人!」




         To Be Continued







         ★






 EXTRA EPISODE 08






 あはははは。

 こんなに面白い巴は見たことが無い。


「っていうかもぉ! お母さんに怒られてお父さんに怒られておまわりさんに怒られてあああもおお何なんですか、何なんなんですかぁ、あの人はぁああ!」


 目がグルグル回りっぱなしで、とっちらかってテンパってる。


「しかし、凄いわねえ、見てごらんなさいよカレン。末端価格で五億円ですって。こんなちっちゃな記事だけにしちゃダメじゃない、大事件よ。しかも、肝心なことは何も書いてないわよ、コレ」


 ちさちゃんはさも面白そうに、新聞をバサっと広げて大げさに読み上げている。

 記事には、指定暴力団系の関連会社から、薬物が押収されたことだけが書かれていた。

 当然、「そこで暴れていた女子高生」のことなんて、カケラも触れていない。


「良いんじゃないの? うまいコト、不問にされてさ。これで窓を破って侵入だったら、そう簡単に返して貰えなかったかもね、しっかし……よくあんなナンバーロック解除できたなぁ、すっげぇなぁ」


 しみじみと感心する。

 そう簡単に、推理だけで解読できたんじゃ、鍵屋だって商売あがったりだろう。巴は一体、どんな手を使ったんだろう?


「ああああいや、あのぅ、ええっとぉ~」


 まだグルグルまわってる。あはは。


「てっきり、何かのクイズみたいな話かと思ったら、ほんとにナンバー・クラックやってたとは思わなかったよ」

「ぅぅぅ~」

「あの先輩が口にしそうな嘘なら、おおかた予想つくわよ、チカンにむりやり引っぱり込まれて、抵抗して護身術でやっつけた、物音をききつけた後輩に通報してもらった、って、そんな話にしているんじゃないの? あらっ! ついでにこんなところにイケナイお薬が! あはははは」

「いや部長、だいたい合ってます、その口裏……」


 はぁ、とため息を巴が吐く。


「これで巴さんも少しは懲りたでしょ? 狂犬みたいな女だ、って。私のいった意味、おわかり?」

「狂犬ならまだ可愛いですよ、所詮ワンちゃんじゃないですか!」


 いや、その論理はメチャクチャだ。


「しかし、部の維持継続を祝っての歓迎会とか、どうすんだろ。あの人招待しても来るかなぁ?」

「呼ばないでいいわよ」

「いや、それはあんまりだし」


 遅ればせながら一年生の巴の入部と、早めながら三年生の進学を祝うっていう、まあ単に騒ぎたい口実だろうけど、その催しを、二年生の私と大福姉妹の三人でセッティングしろ、っていう宿題を、ちさちゃんに出されて、少しばかり頭を痛めている。高等部の先輩たちも無視するわけにいかないだろうし。

 とりあえず、驚かす内容にしないとダメ、ありきたりなのもダメって「縛り」で、一年生と三年生にはナイショで進めないといけないらしい。どうしたものか。

 会場だけなら大福姉妹のお寺さんに、幾らでも広いスペースは借りられるけど、そーゆーのもダメだろうしなぁ。

 ともかく、巴の入部で来年度も最低四人は確保できてるから、あと一人入部すれば維持もできる。高等部の方は、どうなるんだろうか。

 今の三人がいる所に、ちさちゃんと花ちゃんが入れば五人になる。……って、花ちゃん高校にあがっても探偵舎には入るのかなぁ? 休眠部からアクティブな部活に……は、なりそうにもないしなァ、う~ん。


「おい」


 ノックもなくガチャっと扉が開いた。


「……あ、珍しい。お久しぶりです、知弥子先輩」


 美人なのに近寄りがたいオーラを放ちながら、無表情な先輩が現れた。噂をすれば何とやら……っていうか、ちさちゃんのいる時間に探偵舎に顔を出すなんて、ホント珍しい。

 私の挨拶にはまるっきりシカトだ。困った人だが、まあ、しょうがない。

 悪い人じゃない。不器用なんだ。似たような系の私にはわかる。

 つかつかっと、片手にフルーツ牛乳をブラさげて、先輩は巴に近づく。


「してやられた、また香織に借りを作ったか。あいつが裏で手を回したようだ、どうりで数時間で帰れたわけだ」


 え~? そんな簡単に開放されちゃって良いモノなの?


「それは、『してやられた』じゃなくて、むしろ香織お姉さまに感謝すべき話じゃありませんの? 知弥子先輩」


 ちさちゃんすらも無視して(まあ、この二人は犬猿の仲だけど)、知弥子先輩はそのまま巴を睨むように立ちはだかる。

 だいたいチンピラをボコ殴りにしておいて、不問で返されるってのも凄い話だ。そんな女子高生、いないって。フツー。


「まあともかく、無事でよかったわけだ、双方」

「……よく無事でいられたものだとびっくりですよぉ」


 巴も、すっかり泣きそうな声だ。そりゃそうだ。

 しばらく無言で、じっと巴を睨んでいた知弥子先輩は、ぽんっと、巴の頭にフルーツ牛乳の瓶を乗せた。


 「……あーの~……」

 「お駄賃」


 そのまま、クルっときびすを返して知弥子先輩は部室を出て行った。

 おなかを押さえて笑い転げる私とちさちゃんの前で、頭にフルーツ牛乳の瓶を乗せた巴は、ただボーゼンと突っ立っていた。


         To Be Continued

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