第五話 『le Duo du Regret』 (後編)

★前編のあらすじ★


 瀬戸内を一望する、前は海、後ろは山の僻所に建つ、私立のカトリック系女学校「聖ミシェール女学園」。

 いわゆる「お嬢様学校」とも揶揄されるその学校の、中等部一年生、咲山さきやまともえは、持ち前の推理力の高さから、『探偵舎』と呼ばれる奇妙な部に引き込まれる。

 今日は、二学期中間テストの最終日。この午前中に早引けして、校内で転倒して怪我を負った教師の事故現場の調査を、巴は双子の二年生、宝堂ほうどう大子だいこ福子ふくこ姉妹と供に開始する。

 果たして、この事件の真相は……?

 というより、これって「」なの?




          *



 おそらく、宝堂姉妹の考えたトリックとは――かなり現実性の薄い「機械式トリック」だと思う。


「さすがに雨どいの筒に、穴とかは開いてないと思いますよ。仮に、外側からカモフラージュしてたとして、それを交換して元に戻すのは素人じゃ無理ですし。事件からまだ、何時間と経ってませんよね? 見て来ましょうか?」


 カタパルトとか雨どいっていったら、まあ、それしかないし。

 っていうか、「何も言う前」もなにも、あれだけ珍推理を展開されていましたら、まあ……。


「あと、例えば証拠隠滅可能の小道具……それこそ、氷とかを用意するのも現実的じゃないですね。ほぼ突発的ともいえる、三時限目と四時限目の間に先生が早引けを申し出ることを、事前に知った上で仕掛けないと無理だと思います。それに、練習も何度かここでしなきゃいけない。こんな目立つ場所で、ですか?」

「ん~……そうかぁ」

「ん~……そうかぁ」


 してやられたり、な表情で双子が小首を傾げる。いや、してやったりなワケじゃないんですけども、私。


「目標の位置が固定されている、ってアイディアは面白いと思います。それなら機械式トリックで、射出して、被害者に命中させることもできるでしょうし」


 そう、この「碁盤の目のような場所」だからこそ思いつける、そして、組み立てだ。


「総合して、時限式のトリックとして氷を使う──大きめの氷を屋上から置いて、溶けて、雨どいの上から滑り落ちて勢い良く落下し、何か弁を斜めにとりつけて、側面に穴を開けておけば、そこから発射される仕掛け、とかでしょうか? 遠隔でヒーターを操作できれば時間の微調整も可能かも知れません。こういった機械トリックなら、犯人像はあいまいにできますけど……」


 うん、ちょっと、ね。

 さすがに、これはね……。


「うん。場所を指定して呼び出して、例えばケータイで、長電話をするとか……それで時間を調整すれば、できなくもないかな、って考えてみたの」

「っていうか、よくわかったわね、私 (たち)の考えてたコト……」

「小説か何かに使った方が良いですよ、なるべくトンデモ系の。現実的じゃない致命点があります。呼び出しや誘導、時間の調整、そこもまあ、私たちの知らない個々人の間での、何らかの調整が可能だったとしましょう。それでも、被害者がちょっとでも動いたらアウトです。ケータイだからこそ、被害者を目的ポイントまで誘導できるのは確かですが、同時にケータイなら『話しながら』でも、歩けますし」


 ベンチの特定の箇所に座ってとかならまだしも、この碁盤の目の真ん中で数分間ほど棒立ちを被害者に強要するのは、いくら何でも無茶すぎです……。


「命中が目的じゃなくて威嚇とか……何かが自分の方に不意に飛んでくるなら、充分おっかないじゃない? 命中しちゃったの、たまたまかも。それこそ事故で……」

「脅したいなら、そんな大仕掛けより、車のタイヤの下に釘を刺した板を敷くとか、もっとお手軽で楽ちんな方法もありますし」

「うわー、えげつないなぁ」

「うわー、えげつないなぁ」

「……すみません」


 あと、そこで左右から声を揃えられると、その……。


「そこは、巴さんが謝ることじゃないわ」


 フフっと大子さん(たぶん)は苦笑する。


「とにかく、打ち出された弾や矢があるなら、いくら『溶けて消える凶器』であろうと、それが即時に消えるとも限らないですし。発見者も、介抱して救急車を呼んだ人も、複数いますからね」

「そうね。それに、誰かをそうそう疑いたくはないものね、やっぱり、このアイディアは全然ダメだわ」


 いや、延々誰かを疑うトリックばっかりなんですけど……。


 う~ん。

 何ていったら、良いのだろう。

 現実感がない。現実性が薄い。

 この双子の先輩たちは、頭の回る方だし、今、ここで調査をしているのも、真剣にやっているはずだけど、まじめに考えているにしては、いちいち途方もなさすぎる。

 彼女たちが何故、探偵舎に入ったのかは、少しだけ、わかる。

 この姉妹は、結構こういった、推理とかトリックとか、そんな馬鹿げたアイディアを考えるのが好きな人たちなんだ。

 ただ、それが現実に根ざしていない。

 観察力や、プロファイルに関しては確かな人たちなのに。

 う~ん……。


「この前に起きた、職員室での事件ですけど……」


 ふっと思い立って、私は口を開く。


「それが、どうかしたの?」

「それが、どうかしたの?」

「アレって、ようは『誰かのせいにしたくない』から、犯人未定義のまま『外部の犯行』にみせかけたんですよね」


 先生が、自分の受け持ちの生徒のために、直前でテストを破棄したくて、やってしまった事件。……不正行為かもしれないけど、それは、心因的にも、責められるような事件ではなかった。

 そう思えてしまうのは、私が甘っちょろい考えの持ち主だからかも、だけど。


「今回は、逆向き……かな? 誰かのせいにしたい人もいる、って」

「誰でもないことを証明しなきゃね」


 疑われているのが「誰」かがハッキリしているなら、尚更だと思う。


「でも、先輩たちの考え方だと、『誰か』のせいになっちゃいますよ。途方もないし、漫画じみてますけど」

「う~ん……そっか、ダメだなぁ」

「ダメよねぇ」

「いや、『未定義』の『誰か』なんですよ、先輩たちの考え方って。この学校の生徒、職員、その他関係者、その、誰のせいにもなり得ない考え方なんです。例えば『謎の怪人』? そんな、不思議な闖入者の」


 早い話、子供じみている。

 でも、カレンさんや部長と違い、『まじめ』にズレている。

 不思議な人たちだ。


「……結局、何をどうやったって、何の証拠も出てこないと思いますよ。『トリック』とは、結局はゴマカシですから。誰かの手で塗られた『嘘』の絵が、事実の上に描かれた状態なら、きっとその『ほころび』を、探すことはできるかも知れませんけど……私が思うに、これは事故です。たぶん、先生個人の、体調の問題だと思う。それも、結構深刻な物かも」


 見通しは良い場所で、段差もない。

 そもそも、体調不良で早引けしたのだから、その点は疑うべくもないかも。


「そうお歳を召した先生でもないけど……三〇代後半だし。過労も考えにくいな。答案は他の先生が作ったもので、後の仕事は採点だから、これからよね。むしろ、テスト期間の間は半分休みのようなものだし」

「う~ん……診断結果が出ないと、素人判断では何ともいえませんけど」


 事前に大きな病気を抱えていたとは思えない。突発の劇症となると限られている。I型……いや、どうだろう?


「カレンに聞いてみるね」


 先輩はケータイを取り出す。


「あー、あの、校則で校内は禁止じゃ……」

「うん、もう放課後だから」


 その考え方、部長に毒されてますって!


「……うん、先生のデータは、もう調べてたみたい。職員室でのヒアリングで、あくまで本人の口頭の弁でだけど、学校保健法で、先生がたも毎年健康診断をするでしょ? 戸田先生は特に問題も、持病もなし、きわめて健康だっておっしゃってたそうよ、周囲には」

「抜け目ないですね、カレンさん。まあこの学校なら福利厚生もしっかりしてるでしょうし、何か問題ある場合にそれを隠すことは考えにくいですね」


 ……っていうか、そんな個人情報に関わる話で、そうも簡単に聴取ができるって……。先生がたも口が軽いというか、幾ら何でも、それってどうなんですか……?


「アリバイ面ではどうなんです? その、知弥子先輩が何で通学してるのか。そんな時間に帰ったなら、たとえば駅員さんに……」

「徒歩で校門の外に出て、近くに留めてあるバイクで帰ったと思う」

「ばいく?」


 ……女子高生が?

 え。ここ、校則でバイク通学OKなの?


「となると、あとは動機面……は、まあ、さすがに無理ですねぇ。考えようも、材料も糸口も何もナシですし……」


 目的が見えない。


「うん、目的は何かというなら……香織さんに関してなんでしょうね」

「えっ?」

「だから、この『依頼者』の」


 あ、そうか。

 依頼者がいない限り、本来、こんなのは「事件」でもないし。


「でも、弓塚先輩は、その……知弥子先輩とは友達で、信用しているんですよね?」

「誰かが誰かを疑っている、という事実。それを現すだけで、充分に精神的負担になるわ」


 う~ん。私には、ピンと来ない。


「巴さんは、頭が良い子でしょ? それに、物事を割り切るのにも慣れていると思う」

「いや、そんなことは……」

「巴さんほど、物事をキッパリ見通せる人なんて、そうそうはいないの。白か黒かわかんない噂だって、漠然と信じちゃう人は多いから。無根拠なウワサだって、広めようと思ったら、広まる物なのね」


 買いかぶりだ。私は、そんなに凄くはない。

 むしろ、ダメな方だ。

 いや、かなりダメだ。

 いつだって。いつでも。私は足を引っ張るばかりで、考えも浅くて。夢想癖ばかりが強くて。いつまで経っても、あの人には遠く及ばない――。


「どうしたの?」


 心配そうに覗き込む、大子さん(?)の顔。

 ハっと気がついて、私は顔をあげる。


 額に脂汗が浮いている。

 ……思い出していた。

 思い出さないようにしてたのに。

 考えないようにしてたのに。


 部長やカレンさんや、大子さん福子さんを前にしてドキドキするのは、まあ、しょうがない。自分の性別がどうであれ、可愛い女の子を前にしてドキドキしない人は、そうはいないと思う。


 でも、私の場合はきっと違う。


 性質は違うけど──きっと、思い出しているんだ。

「綺麗な女の子」を前にした時の、緊張感。

 あの子も──。


 スゥっと――目の前が暗くなる。

 引き込まれる。

 思い出さないようにしていた、あのことを。

 あの時の、出来事を。

 今では、それが現実なのか、悪夢なのかすら、わからない――。


 あの、夏。


 小学六年生の夏。


 私は、逃げたんだ。

 耳をふさいで。

 目を閉じて。

 口をつぐんで。

「なかったこと」にして。


 私には、だから……『探偵』の資格なんてないんだ、最初っから。


 あの子のこと。

 ぐるぐると、にじむ渦のように、頭の奥から浮かび上がる。思い出す。

 彼女は、微笑んでいた。

 透けるような白い肌に、柔らかな雀色の髪。

 とても綺麗な子だった。


 彼女の両手が、血に染まっている。

 丸い月が輝いて、路面電車の音が遠くに、ガタン、ゴトンと過ぎてゆく。


 ──トモエさん、御免ね──


 鈴の音を転がすような、あの子の声。

 きれいな声。

 謝らないでいいよ。

 むしろ、謝らないといけないのは私なんだ。

 私は──知ってしまった。


 ──そう、私が──


 いわなくていいよ。

 聞きたくない。


 心臓が高鳴る。


 どくん、どくん、ただ自分の鼓動だけが聞こえる。


 彼女が近づく。

 私に、一歩、また一歩。

 体が動かない。

 震えている。


 私はあなたのことが大好きなのに。


 私は、ここで、殺されるんだろうか。

 あなたに。

 でも──。



「どうしたの?」


 心配そうに覗き込む、大子さん(?)の顔。

 ハっと気がついて、私は顔をあげる。

 額に脂汗が浮いている。


 ……思い出していた。


 思い出さないようにしてたのに。


 考えないようにしてたのに。


 夜に咲く花のように、白く、小さく揺れているあの子の姿。

 いつまでも脳裏から消えない、あの姿を、必死で振り払う。


「……私は、やっぱり、……ダメだ。探偵舎の皆さんとは、違います。私には……正義とか、そんな感情に根ざした行動なんて執れないし。そんな器じゃ、ないんです」

「どうして?」

「……私は、卑怯者だから。事件の解決? そんなこと、できるワケないです。誰かのことを考えるより、自分のことで精一杯で、そして……逃げ出して。誤魔化して。なかったことにして。私が誰かの、何かの真相に近づけるだなんて、やっぱり、そんなこと、」


 


 私は、それを、誰にもいえなくて

 いわなくて

 

 そのまま、逃げてしまった。


 目耳を塞いで。


 なかったことにして。


 そんな人間に、「」なんて

 つとまるわけが、ないじゃない。


「そうじゃないと思う。誰だって、逃げたくなることはあるよ。それは仕方がないし、それに、本当にあなたが『それで良い』って思ってるなら、最初っから探偵舎には近寄らないはずよ? 聞いたわ、電車の事件の時だって……」

「余計なこと、しただけです。あれだって、私の出る幕じゃ……」

「何があったのかは知らないけど、そんなに怯えて、脂汗を浮かべてる巴さんの姿も、やっぱり『嘘』だと思うな。その姿だって、自分を偽ってると思う。過剰に自分を責めている。あのね、誰だってそんなに強くはないし、完璧でもないの」


 こんな完璧な娘さん(たち)に、そんなコトいわれましても……。


「そりゃあ、当然弱いです、弱くって当たり前です。フツーの女の子ですし、私。もう、最初っから。だから、私はそんな、超人みたいに振舞えないですし。部長のいう『探偵』って、超人の話ですよね。それこそ、物語に出て来るような」

「うん、そうね。前時代的なシチュエーションに、血ぬられた因縁と伝承……」

「複雑な血脈に潜む家系図の秘密。欲望と殺意、数奇なる運命の歯車……」

「そして、隠された謎のメッセージ!」


 小気味よく、朗らかに、左右からおだやかな話じゃないコトを、先輩たちが楽しそうに口にする。


「奇怪な連続見立て殺人に、外連ケレン味あふれる、大仕掛けにして大胆不敵なトリックの数々!」

「そこに颯爽と現れる、超絶推理のスーパーヒーロー。そんなゴシック・ミステリーの探偵像よね、ちさとさんの口にする『名探偵』って。とっても、素敵じゃない?」


 大げさにふるまった後、二人は可憐な顔でクスクスと笑う。いや、もう、ええっと……。

 苦笑を喉の奥でかみ殺す。さっきまでの緊張が、ウソみたいにほぐれてくる。


「現実離れしてるし、子供じみてるわよね。わかってる。でも、ちさとさんは本気で、そんな探偵像を復古させようとしているの。すごい人でしょ?」

「すごいっていうか、おかしい人ですよぉ」


 だいたい、ちさと先輩はそれに足りるようなタイプの人じゃないと思う。面白い人だとは思うけど、う~ん……。


「ふふっ、ホラ。そうやってちゃんと突っ込める。私には、巴さんは強い子に見えるな。自分でいうほど、弱くはないと思う」

「……ゼンゼン。あの、私、……小学校の時、不登校児だったんです」

「えっ?」

「えっ?」


 意外そうな顔を二人が私に向ける。


「小六の二学期から、学校、ゼンゼン行かなくなっちゃったんです。本当なら、内申だって悪くなってておかしくなかったのに。担任の先生も、困らせちゃったと思います」


「どうして……?」

「誰の顔も、見たくなかったんです……」

「それでも、ここに入学できたんだ」

「やることもないから、家では教科書や参考書ばっかり読んでました。……ホント、私ってバカだしダメだと思う。とにかく、知ってる子が誰もいない、遠くの学校に行きたかったんです。できれば寄宿学校の。さすがに、中学生で親元を離れて寮生活なんて、両親から反対されましたけど……」


 そんな意味では、部長やカレンさんは凄い。


「じゃあ、巴さんにとっては、ここは『逃避先』だったんだ」

「……」


 押し黙る。

 確かに、その通りかも。

 この学校は、私が「逃げ出して来た先」なんだ。

 髪も切って、前とは違うような姿で、違うような態度で、私は何もかも、リセットして、やり直そうと思ったんだ。


「でも、良かったと思う。だって、ここは良い学校だもの。結果論だけど、巴さんの選択は間違ってなかったわ」

「……良い学校だとは思いますけど」


 ぼんやりと、普段は目にしない高校校舎や中庭を眺める。やがては、私もこっちに進級するのだろう。

 目に美しく、安らぎを感じる佇まいで、歴史の厚みだってたずさえている。学校っていうか庭園だもの、これ。


「それにね、巴さん。それはもう、終わったことなんでしょ?」

「……私の中では、終わってないんです、まだ」

「……そうなんだ。でも、確かに忘れたふりだってできないだろうけど、切り替えていかなくちゃ。過去から目をそらしても、何も変わらないと思う」

「変えなくて良いです。逃げてるだけだから。逃げ続けていれば、それで……」

「逃げ切れないと思う。だって、追いかけてるのって、結局は、自分自身じゃない?」


 ぎくり、とした。


「自分で自分はごまかせないよ」

「……ええと」


 うん、ずっと。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 それを「思い出して」いるのは、私自身。

 後悔と、自責と。


「だから、自分を好きにならないとダメだと思う。詳しいことまではわからないけど、巴さんは、もっと自信を持っていいよ」

「持てないです。コンプレックスの塊ですし」

「巴さんって、不思議な子だな。普通ちょっとでも頭に自信があったり、物事の真相を見抜く力があるなら、もっと人より前に出てもおかしくないのに」

「そんなこと、できませんし」

「できるよ。何があったのかは知らないし、詮索もしないけど、何かにひきずられて、こだわって? それって、自分で過去の自分のことが、許せないからなんじゃ、ないかな、って」


 ……これも。

 うん。きっと、その分析は間違っていない。

 逃げ出したというのに、逃げ出してしまった私自身を、きっと私が許せないでいる。だけど――。


「宝堂先輩たちは……うん、愚問ですね」

「いつも、一緒にいるからね。大子姉様のことも大好きだから、自分で自分も嫌いにはなれないわ」


 うんうん、と隣で福子さんもうなずく。


「良いですね、それって」

「でも、私だって、誤魔化したり、偽ったり、ウソで固めて生きているのは間違いないの」

「……」


 確かに。

 宝堂姉妹は、ちょっと人として「出来過ぎてる」気がする。

 でも、そうまでして、自分を優等生っぽく、お嬢様っぽく見てもらうよう振舞うため、打算的に考えているような人にも思えない。

 何かの信念で、彼女たちは「正しく在ろう」としているように、見える。


 私は──どうなんだろうか。


 正しく?

 毅然と?

 襟をただして?

 ……真面目で融通がきかないって点は、確かにあると思うけど、それは正義感じゃない。私は……どうなんだろう。


 誇れるような人間じゃない。

 ずるくて、他人と関わらないよう、心を閉ざして生きていた。

 自分で自分を見つめて生きて行くことができないでいた。


「……あの、話を今回の調査の件に戻します。……無根拠な噂とか、そんなのって、どうでも良いんじゃないでしょうか? 知らんぷりしていれば。何もしてないのが事実なら、何も変わらないんだし。お話を伺っていると、知弥子さんってかたは、あまりそーゆー噂を気にするタイプの人じゃ、ないような気がしますし」


 部長とカレンさんの態度を見てると、尚更。

 むしろ、動くのは余計なお節介なんじゃなかろうか。宝堂姉妹にしても、そして、たぶん弓塚先輩も。ゴミ箱に依頼書を捨てたことくらいしかわからないけど、その行為も含めて、おそらくあの人なら、今頃何か余計なお節介は焼いていると思う。


「ん……。そうねぇ。ねえ、巴さん。この学校って、真面目な子ばっかりよね。何故だと思う?」


 急にそんな話を振られて、少し考え込む。


「えっ? ええと。……お嬢様学校だから?」

「巴さんは、自分で自分のことを『お嬢様』だと思う?」


 ぶるんぶるんと首を激しく左右に振った。

 めっそうもない。


「定義が難しいわよね。私立だから、ある程度裕福な家庭は多いと思うし、入試のレベルも高いほうだけど、そう特別な学校でもないでしょう?」


 確かに。英才教育とか帝王学とかいった雰囲気でもないし、箱入り娘の生産工場のような、時代錯誤の礼法学校のような雰囲気でもなし。

 開放感のある敷地で、生徒は皆、のびのびとしているし、厳しく注意されたり怒られることも滅多にない。

 それもそのはずで、校則を破るような生徒もまた、少ないせいだ。


「上から押さえ付けているんじゃなくて、自主的な物よね、ここの校風は」

「ですね。ある意味では……周りで誰もやってないから自分も、ってカンジかな。世間の逆のパターンですね」

「かしこい子が多い、ってことね。でも、それはある意味では、可哀想なことなのかも知れない。ここに来るまでは、みんなそれぞれ、母校では成績の良い子だったんだから」

「ああ、そうか」


 トップからビリになっちゃうような子もいる。

 優等生なのに、おちこぼれる子だって。


「頭の良い子ってね、とにかく徹底的に真面目か、そうでなきゃ、どこかネジが飛んだように面白い子か、両極端だと思うの。探偵舎は後者の子が多いけど……」


 うん。


「この学校の七、八割はまじめな子かな。そして、どこか飛んじゃってる子は、何か一点、自分に自信のある長所や趣味に打ち込める子なら、どんどん奇抜な方向で自分を磨いて行けると思うけど……」


 まさにソレって、カレンさんだ。


「何も見つけられなかった人は……辛いかも知れませんね」

「でも、目に見えて非行に走ったりする子もいないと思うの。プライドは高いでしょうし」

「そうか……」


 そんな子にとって、この学校って、どうなんだろう。

 私は勉強こそついて行けてるけど、「分不相応な学校」って意識は、常にある。

 自分の身に余る学校と思いながら、必死について行くために勉強している子にとって、この学校は「優しい場所」ではないかも知れない。

 心に余裕がなくなって、それでいて、退屈で、変化のない学校。

 回りの子はみんな真面目。

 ……辛い場所なのかもしれない。

 何かに紛らわすことができれば、きっとそれも変わるのかもしれないけど。

 何に?

 例えば、何かに打ち込む?

 誰かに憧れる?

 誰かを──憎む?

 私には想像がつかない。


「私は、この学校が好き。だから、この学校の、他の生徒も、この学校を好きでいて欲しいの」

「人それぞれですよ。愛校心とか、そんなのって」

「自分は自分、他人は他人。そう考えるのね?」

「……はい」

「うぅん、そこまで、巴さんは冷たい子じゃないと思う」

「買いかぶりですって」

「ソレも、無理をしてるかな。誰がどうしようと構わない人に、誰かの心はわからないもん。巴さんは──わかり過ぎちゃう子なんだな、きっと」


 そこも、いい当てられた気がした。

 わかる、というワケじゃない。想像力が旺盛なだけで、入り込み易くて、わかったつもりになるだけ……だけど。


「例えば、誰かを疑ったり、怨んだり。そんな気持ちを持ちながら学園生活を続けるのは、きっとつまらないと思うの。素敵な風景も、よどんで見えるようになる」

「そうね。嬉しい気持ちも、爽やかな気分も、きっと全て濁ってしまう。自分で自分をつまらなくさせていることに気付けないまま、生きてゆくのは──不幸なことだと、思う」

「……お二人とも、うらやましい考え方です。あ、イヤミとかじゃなくって」

「うん。おめでたい考え方よね。苦労知らずの小娘の。でも、私はそれを正しいことだと信じてる。余計なお節介かもしれないけど、だから、そんなイヤな思いが誰かの中にあるのなら、それを『解決』したい、って……探偵舎に入ったのは、そのせいかな」


 前向きな人たちだ。

 この、依頼書を書いた生徒の気持ちって、何なんだろう。

 あるのかないのかわからない事件で、誰かを疑って、密告するのって。それを……悪い人だとか、根性の汚い人だと一方的には決め付けられない。

 ……そうか。

 不安なんだ、きっと。


「……知弥子さんって、もしかしなくても、頭の良い人ですよね? そんな、授業態度が悪いとか、試験をサボっちゃうとかで、それでもここに通っていられるのなら」


 高校なら即行、退学モノだ。


「ちゃんと授業に出ていたらきっと優等生かな。飲み込みは早いし、頭の回転も良い人よ」

「それで、弓塚先輩と友達で、同じ部で。弓塚先輩も、たぶん優等生ですよね」

「高等部の中ではトップみたい。生徒会からも色々誘われているけど、いつも断っているそうよ。探偵舎の部長だから、他のことは出来ない、って」


 高等部の探偵舎って、確かほとんど休眠部っていってたじゃないですか。いいの? それ。


「学園のマドンナとか、アイドル? 違うかな、でも、きっと弓塚先輩には憧れてる人も、いるんじゃないでしょうかね」

「大勢いるみたいね」


 ちさと部長の態度を見ても、ソレは何となくわかる。


「優等生と、アウトローのおちこぼれ、親友で同じ部。しかも、おちこぼれは実は優秀ってカンジかぁ……。それ、色んな人から憧れられたり、怨まれたりしてそうだなぁ」

「うん。しかも、知弥子さんも美人だし」


 美少女部かよ!


 フツーな女の子の私としては、居心地の悪い倶楽部かも知れない。


「だから……私たちが余計な真似をしないでも、香織さんならきっと上手く解決しちゃうと思う。でも、だからといって、何もしないでいるのもイヤだわ。『こんなこともあろうかと』って、何かもう一手、用意しておくのが、私たちの役目だと思ってる」


 縁の下の力持ちだ。

 そうか──この姉妹が、なんでこんな調査に乗り出したのか、徒労に近いことを真面目に取り組んでいるのかも。わかった気がした。


「何もないなら何もないで仕方ないけど、何もできそうにないってことも、わかったわね」

「はい。……こんなので、いいのかな?」

「いいと思う」


 優しい微笑みを、二人は私に向ける。

 この人たちは、やっぱり心底、「善い人」なんだ、ってわかる。


 だからこそ……彼女たちが心の中にしまい込んでいる、一点の『』が──きっと、それは辛い物なんだってことも、わかる。


 いうべきなのか。

 黙っているべきなのか。


 余計なお世話だ。知らない顔をしているべきなんだ。

 そう、いつものように、

 見て見ぬフリをして……、

 ……私は……。


「わからない。……大子さんも福子さんも……そんなに、前向きで、まじめで……私にはマネできないような人なのに」

「だから、それも買いかぶり。ウソなの、今の私たちって」

「私だって、ウソです。今の私は……」

「違うと思う。巴さんは、真面目で、毅然とした子だもの。見て見ぬフリなんてできない子だから。あなたは──ずっと、後悔してるんじゃないかな。したくないのに、してしまったことのせいで。私 |(たち)には、ソレはわかるな。だって……」


 ──なら。


「同じ、だと思うからですか?」


 一瞬、姉妹はひるんだ。


「……も、後悔はしているんですね。でも、前向きに生きようとしている。私……そんな風に生きられるのかな」

「……うん。後悔、してる。どうやったって、それはもう取り返せないことだから」


 少し迷い、私はそっと、つぶやいた。


「あの。本当の『大子さん』は……もう、この世には居ないんですね?」


 暫く、姉妹は黙ったままだった。


「どうして……」


 信じられない、といった顔のまま、二人は私を見つめていた。


「これは、想像です。間違っていたら、ごめんなさい。あの……であるならお名前の由来……『大福』にも納得がいきますけど、仏教等で最も多く使われる、ありがたい単語は『福徳』です。 現世利益を指す言葉ですね。大をつける場合はそこにつながります。即ち、『大福徳』……あの、お二人のうち、もしかすると、どちらかが『徳子さん』なんでしょうか?」


 食べ物でもなし、そして「大福」は、普通は商家でよく使われる言葉だ。

 あらゆる仏教語で「大」のつく言葉は幾らでもある。大師、大日、大山、大乗、大聖、キリがない程。「大」がbig、moreとかveryの意なら、「福」の方にこそ由来の根拠がある。そうなれば、字義の範囲はかなり狭められる。

 大福天、福天大権現の天狗伝説も考えてみたけど、「」となると、それは当てはまらない。

 大福様が布袋尊とするなら禅宗、福禄寿とするなら同じく禅院、または源流は中国の道教。密教の設定では、ありえない。


 そして七福神なら戦勝と『福徳』の祈願に祭られる多聞天がいる。剣と宝塔を構えたインドの神様だ。宝堂の苗字にも繋がる由来が多く、私の住むH市には多宝堂とセットの毘沙門天のお堂もある。

 そう──私は『』から、仏教具の本を部室で調べてたんだ。


「私の目の前で、少なくとも四回、お二人は入れ替わっています。悪戯心で入れ替わるならわかるけど、意識しない時でも、宝堂先輩はお互いを『大子姉様』と呼んでいました……お二人にとって、話しかける時は常に、相手は『大子姉様』なんですね」


 誰か他の人が目の前にいる時は、役割を決めなくちゃいけない。だから、『大子姉様』と話しかけられた時に、その役割が確定し、お互いが大子、福子の位置づけを覚える。


「数珠繰りの癖は、そのカウントにも使っているわけですね。……本当の目的は、供養だと思いますけど」

「……すごいね。何故、わかっちゃうんだろ」

「二人だけなのに『入れ替わりトリック』が成立するなら、それは『もう一人』が居なければなりませんし」


 何より、こんな真面目な人たちが、何故。私の疑問は、そこからだった。


 一卵性の『三つ子』も、遺伝的に双子の多い家系には時折生まれる。それ専門のクラブやホームページだって、確かあったと思う。


そう信心深いわけじゃない、そんな先輩たちが、肌身はなさず、真言密教のお数珠を持ち歩く意味を考えると……供養、贖罪。亡くなった人への想い、そして、ウソをつき続けることへの許しと救いを求めているのではないかって、そう思ったんです」


 数珠の形は宗派毎に違う。先輩たちの『ロザリオ』は、真言宗・八宗独特の形だ。そして、一般の信徒の持ち歩くような物でもない。


「菩提樹ですね、年季の入った。それに……」


 宝石よりは安いにしても普通の材質の中では最上級の物で、仏徳の一番確かな物とされている。


「いわゆる一般用の二七珠の四半繰りや、女性用の小さな平玉水晶五十四珠の半操りの数珠ではなく、一〇八珠。僧籍用の、本連ですね」

「本格的なお念珠を持っているのは、その宗派に近しい者しかいない、ってことね。巴さん、いい勘してる」

「親が熱心な檀家や在家信徒ならわかりますが、娘をカトリックに通わせてて、さすがにそれはないです」

「これって、子供の頃に渡されて、肌身離さず持ってたお念珠なの。でも、クリスチャンの学校で持って歩くわけにもいかないから、小さなクロスをつけてロザリオにしちゃったんだ。とってもバチ当たりだよね」


 瀬戸内一帯には、弘法大師の由来がうじゃうじゃあるんだから、密教寺院は珍しい物ではないけど。


「普通、子供の名前なんて適当ですよ。でも、適当にはつけない職種の人もいます。適当じゃないなら『意味』がある。由来に、願いに」


 偽り続けながら生きている。

 自分ではない誰かの名前を借りて。

 それは、どんな気持ちなんだろう。

 私にはわからない。いや──少しだけ、理解できる。

 何かを隠し通して生きようとしたこと、その決意……。


「大子姉様は……」


 しばらく迷い、そして先輩たちは口を開く。


「私たちの中では、たぶん最初に自我を確立したんだろうな。私たちはいつも頼ってて、だから必然的に、姉様はお姉さんっぽく振舞おうとしてたのかも知れないわ」

「ほんの何分かの差なのにね。でも、姉と妹って役割が出来たから……」


 役割にあわせて、人はその性質を変える。

 盤上の駒のようなものだ。


「ご両親は……気付かなかったんでしょうか?」

「わからない。ショックの方が大きかったから、あの事故の時は気付いてなかったと思う。今は……どうなんだろ? 気付いてて黙っているのかもしれない。わからなくなったのかも知れない。私たちはずっと、そんな風に生きてきたから……」

「でも──いつまでも、そんな風に偽って、生きていて良いとは、思えないです」

「……」


 宝堂姉妹は、何もいわなかった。


「徳子さんの名前で、大子さんは供養されたんですね?」


 同じ血、同じ顔、同じ遺伝子。

 幼い頃に彼女たちにある「差」は、名前と、生まれ順だけだったはず。

 いいかえれば、誰がどれでも同じことなのかもしれない。それが、風化するほど過去の話であるのなら。

 ……でも、違う。

 風化なんて、しない。

 彼女たちは、常にその思い出と供に生きて来たのだから。

 それは、きっと……

 悲しいことなんだ。


「……巴さん、でも、私たちは、そうやって生きて来たの、ずっと。今更それを変えることなんて出来ないわ」

「取り戻すことだって、できないの。例えば、今から『ゴメンなさい、死んだのは大子姉様でした。今日から私が徳子です』なんて、いえる? 書き換えられる?」

「むつかしい……でしょうね……」


 そう。

 とりかえしようのないことを、幼い姉妹はしてしまったんだ。

 寂しかったから。

 大好きなお姉さんの死を、受け入れられなかったから。

 一番身近にいた、甘えることも頼ることもできる相手が居なくなること。それは、子供にとって、耐えられないことだったに違いない。

 それを、私は責めることなんて、できない。

 実際、それで誰か迷惑を被ってもいないんだし。

 ……でも、やっぱり、ダメだ。それは、違う。


「忘れることなんて、できるわけないですよ」

「……ええ」

「忘れられるわけ、ないじゃないですか、『自分が誰なのか』を」


 そう。だから私は、二人の中に「大子さん」は『』って、わかったんだ。


「先輩たちは……福子さんは、一度にお姉さんと妹さんを亡くしたようなものです。徳子さんは、大子姉さんと一緒に、自分の本当の名前ごと亡くしたような物ですね」


 覚えているはずだ。

 昔のことだから、いつも入れ替わってるからといって、どっちが誰なのかを忘れるなんて、『本人』には、ありえない。


「隠し続けようとしたこと、きっと、ソレは辛かったと思います」

「……うん」

「隠してることを、『知ってしまう』ことだって、辛いんです。私は……その、辛さから逃げようとしてた。知らない顔をして。なかったことにして。でも……」


 でも、違う。二人は、逃げていたんじゃない。辛いけど、間違っているけど、だからこそ「正しく在りたい」と思っていたんだ。大子お姉さんの名で生きることに、恥じないだけの人間として。

 私は、どうなんだろう?

 私は──過去から逃げようとしただけだった。


「……そうか。状況や境遇は、わからないけど……巴さんも、同じように『辛い』何かがあったのね」

「先輩づらして、悟ったようなことをいって、ゴメンなさい……。そうと知らずに、部長も私たちも、巴さんを探偵舎に引きこんでしまったのね」


 うぅん……部長は、何か知ってると思うけど。


「謝らないで良いです。私、逃げていたから。でも……逃げて、逃げ続けられる物じゃないってことも、ホントは……お二人のおっしゃる通り、私も気付いてたんです」


 じゃあ、どうすればいい?

 どうすれば?

 どうにも。

 私には、立ち向かう力がない。

 闘う意思がない。

 だけど──。


 二人は、ずっと闘い続けてきたんだ、過去と。

 自分たちの過ちと。


 どうやったって、取り戻せない。取り返せない。そんな、幼い頃の過ちに対して。

 常にそれは「現在いま」と共にあって、常に現実で、偽りの中にいるからこそ、誠実であろうとしていた、この姉妹の背負って来た物。

 私とは、やっぱり、質が違う。


「先輩たちは、間違った選択で生きてきたと思う。それで良いわけないです。……責められることじゃないけど、それは……悲しいことです。お二人にとって」

「……うん。そうね、私たちだって……誤魔化して、誤魔化しきれるものでもないわね。でも、もう今更、取り戻せないの」

「だから、ほんの少しだけ……」


 そっと、私は両手を伸ばす。


「二人で背負って来た物を、私にも。それで、ちょっとは軽くなるはずです」


 私の後悔。二人の後悔。質は違うけど、でも。


 立ち向かわなきゃいけない。

 変えていかなきゃいけない。


 ただお互いで、安易にそれをなぐさめてしまわないように。過去にだけ目を向けて、あるいは背けて、生きないように。

 取り返せないけど、書き換えることは無理だけど、だからこそ、未来を創って行かなくちゃいけないのかもしれない。


 私は……それができるのだろうか。

 いや、しなくちゃいけないんだ。

 きっと。


 ほんの少し悲しそうな微笑みを浮かべながら、大子さんと福子さんは、私の手をとった。




          *




「まあ、そうそう事件なんてあるワケないわね」


 結局、戸田先生は外科から内科へ緊急入院したという知らせを持って、部長は私たち三人の前に立ち、つまらなそうにつぶやいた。


「巴さんの推理通りじゃない?」


 小声で福子さんがつぶやく。推理っていうか、ただの推察だけど。


「面識のない先生だけど、なにかお見舞い……いや、迷惑かな」

「たぶん香織お姉さまがなにか手を回してるわよ。知弥子さんにもね。手紙の主に対しても、それとなく抜け目なくね」


 う~む。


「私たち……火消しに回る役にも立たなかったなァ」


 双子がそう、苦笑する。徒労かな……いや、違う。


「いいの。何かある時には常に探偵舎は動いてる、って。それがみんなの目から見て解ればね。大福姉妹なら何をやったって目立つじゃない?」


 広告塔ですか。


「あの、部長。まとめて呼ばないで、個々の人格を尊重してあげましょうよ……」

「だって、区別ないじゃない。どっちだって良いのよ、この二人なら!」


 チラりと部長は双子のロザリオに目をやって、含み笑うような表情を浮かべ、足早に立ち去って行った。

 ……やれやれ。

 事件がないことが事件なら、捜査の姿勢を見せるだけで、目的も完了するワケだ。してやられたような、そうでないような……。


 左右には、微笑む姉妹の顔。


 うん。でも、確かに──徒労じゃなかった。

 そんな気がする。




           To Be Continued







         ★






 EXTRA EPISODE 05






「Bonjour~」


 ぬぁッ?


 金髪の娘さんが、カバンをとりに探偵舎に近寄った私に、イキナリ話しかけてきた。


「ぼ、ぼんじゅーる……あああ、あいきゃんと、違うや、あいあむ、ぷわー、あっといんぐりっ……じゃないや、フレンチ、ああっフランス語っ!?」


 わかるワケないじゃん中一で!

 CATVのアニメ専門チャンネルで見た、昔のアニメの『お蝶婦人』のミニチュアのような、豊かな巻き毛の金髪さんは、微笑みながら近寄って来る。どどど、どうしよぉぉぉ!?


「Etes-vous le membre de la piece ici?」

「ぼ、ぼんじゅーるまどまぜーる、ごごご、ゴメンなさい、わかりません!」

「降参するの早いよぉー」


 日本語、喋れるじゃないの!

 ……っていうか、こんなやりとり、すっごく既視感あるし!


「ああ、ホントにいっぱいいっぱいなんだ、巴ちゃんよね?」

「ぅぅ……な、なんで、そんなので知れ渡ってんですかぁ……!?」


 私=いっぱいいっぱいな子、って認識で吹聴されているのかしら?


「私、ここの先輩だから。中等部三年、鈴木です、ヨロシク」

「……花子さん、ですか?」


 待って。何ですかその、反則な名前と外見は!

 カレンさんの例もあるんだから、気付くべきだったか……。


ことづかってきたからさ。高等部の先輩いたら伝えようと思ったんだけど……ちさと達、もうみんな帰ったかなー?」

「高等部の先輩はそもそも、今日は見てないですよ」

「あーそっか。じゃ、仕方ないワ」


 困ったような顔をしながら、それでもさっさと諦めたようだ。


「うん、巴ちゃん中々いいキャラしてるわ。演劇部に来ない?」


 そう、聞いた話だと、演劇部部長とかけもちなんだ、この花子先輩って人。

 部員が五人いないと、部活として認めて貰えないからってことで(漫画ではよく見るシチュエーションだけど、そんなの現実にあるんだ……)、ちさと先輩が演劇部ヒラ部員とかけもちすることで、交換で探偵舎に入ってるって聞いた。

 だから、まあ、ちさと先輩は「部長同士」なせいで、邪険にしていたのかも。

 何たって、この人相手じゃ、いばれないもん。


「ヤですよぉ! 探偵の部活だって、正直持て余してるんですから」

「あはは、そりゃあそうだ。でもさ、探偵の方は、これからもちゃーんと続けるんでしょ?」

「……はい」


 決めたから。


「もし気が向いたら、手が空いてる時でイイから演劇部も覗いてみてね。面白いわよ~。ちさと、演技してるしさ、大真面目に」

「ある意味、毎日みてますよ」


 ていうかホント、あの部長は間違いなく演劇部向けの人材じゃないか。


「あはは、そりゃそーだ」


 明るい感じの人だ。カレンさんもそうだけど、なんていうか、ラテンの血とか入ってるせいだろうか?

 そうか、茶髪、赤毛、金髪。そんな中にいたんじゃ、宝堂先輩たちは間違いなく黒髪だ。どうにもハデな色の部じゃないか、ここって。


「あの、ことづけって何なんでしょう?」

「ああ、今日、病院に運ばれた先生ね、どうやら糖尿病の合併症らしいの」

「トウニョウ?」

「痩せてるタイプだから、自覚がなかったんでしょうね。急な視力低下と足のケイレンかなー、倒れたのは。入院が遅れたら危なかったらしいよ」

「そうか……これからはインシュリン注射を手放せない生活になっちゃいますね、大変だ」


 生活習慣とは無関係に、遺伝的に突如発症する、確かIDDM(Ⅰ型糖尿病)ってヤツだろうか。食べても食べても体重が減少し、疲れ易くなる……痩せ型の人は案外、意識しない病気だ。

 突発的な病気だから、事前の健康診断でもわからない。

 気が立っていたのも、神経質なのも、そこら辺にあったのかもしれない。意識していない健康の不調状態で、授業態度の悪い生徒を目の前にしては、衝突することだってあっただろう。

 もちろん、それは知弥子先輩にだって悪いところはあったと思うけど。


「う~ん……心配ですね」

「気の毒だとは思うけど、一ヶ月も入院はしないし。インシュリンの投与と、血糖値のコントロールさえうまくやれば、自分の意思で健康を管理できる病気よ。くも膜下出血とか、そんなのじゃなくて良かったわ。いや、病気に良いも悪いもないけどね!」

「まったくです」


 それに、美味しい物の殆どに制限がかけられる生活って思うと、ソレは本当に気の毒だ。


「戸田先生は高等部の演劇部の顧問もしてたから、合同でお見舞いに行くことに決めたんだけどね。さて、どうしよ」

「うーん……」


 私には、何もいえない。ただ、知弥子さんへの疑いは、放っといても確実に晴れるのは確かだろうけど、だからといって、それは喜ばしい話でもないし。


「で、ここに来たのは相談のためじゃなくって、一言注意しにね」

「え、何をですか?」

「だから、戸田先生がカンカンに怒ってたのよ。病室から連絡してきたの」

「え、カンカンって、な、なんでですか!?」

「お見舞いの差し入れと称して、とんでもない物が送られてきたそーなのよ、入院先で移送されてすぐに」


 とんでもない物……?


「……それ、ここと関係ある話なんですか? え~っと、どなたからでしょう!?」

「知弥子先輩」

「……えーと」


 なんで?

 どこで、知ったんだ?


「あの……差し入れって、何を?」

「大福」

「ギャフン」


 糖尿病で入院してる相手に非常識っていうか、鬼ですか!

 狂犬みたいな女の子って部長の形容、あながち間違ってないかも……。


「まあサイリウム餅のノンカーボらしいけどね。蓋あけていきなりソレじゃ、怒るって」

「う~ん……ソレ、イヤガラセっていうより、もしかすると親切のつもりだったとか……」

「色が紅白だったのよ」

「判断、難しいなァ……」


 わからないでやってた、わかった上でやってた、どのケースを想定しても、根本的にヒドい気がする。


 ダメだ。


 私じゃ、知弥子さんって人のプロファイルは不可能だ。

 何だか、何から何までメチャメチャ過ぎる。


「まー、探偵舎の子は一人残らずカワリモノだから、私にゃ計り知れないわ、あははっ! 巴ちゃんだって、なんだかタダモノじゃないじゃない?」

「わ、わたしはフツーです、フツーっ!」

「どうかなァ~? うん、アナタって知弥子先輩と気が合いそう。ちさとと相性悪そう、あははっ」


 ……なんだか、決意の端から思いっきり不安になって来たんですけど……。

 私、この部に居て、本当に大丈夫なんだろうか……?


         To Be Continued

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