第四話『足りないもの』(前編)
あ、ぁ、あ ぁ……。
……一体、なんでまた、
どーしてまた、
こんな事になっちゃってるんだぁ~?
……はぁぁ。
ため息をどれだけ
「はい、ソコ! ため息吐かない。アタマも抱えない!」
「いや、吐きますし、抱えますし」
「吐いたって抱えたって何も解決しないんだし。さっ、チャッチャと解決しようじゃないのさ、チャチャっとテキパキほいほいっと!」
「むーりーでーすぅー」
見上げると、ベリーショートで真っ赤な髪をした先輩が、のん気な微笑を浮かべながら、スチール机の上を検分していた。
ただでさえ背が高い上に、どう見ても日本人じゃない外見の、しかも今日が初対面の先輩を前に、既に私はどうしようもないほど緊張しちゃっていた。
しかも、それだけじゃなしに……。
チラリ。右を見る。
田中先生、鈴木先生、山田先生、山形先生……。
チラリ、左を見る。
佐藤先生、藤田先生、吉田先生、蒲池先生……。
そしてシスター・稿辺、事務員の榊さん、それと、えーと、えーと……。
カンベンして~!
第四話『足りないもの』
(初稿:2004.02.17)
ここは、早朝の第一職員室。
まだ先生がたの全員が揃っている時間じゃないし、生徒だってほとんど登校はしていない。
時計の針がさしているのは、七時をちょっと過ぎたくらい。
不思議にリズミカルな鳩の声、雀のさえずり、あとは朝練の声が校庭から小さく響く程度で、校内もほぼ、無音に静まっている。
そんな中、私はというと、もう、小動物のようにこの職員室の片隅で縮こまっていた。
だって、そりゃそーでしょ?
無理だって!
何も考えられないって!
のーみそ働かないって!
職員室の全員とはいわなくても、これだけ大勢の大人、しかも先生たちに囲まれて、隣にいるのは見知らぬ先輩で。
この中じゃ、立場も年齢も(ついでに、身長だって)一番ちっちゃいのは間違いなく私。
しかも、わけもわからず手を引っ張られてきて、着いたと思ったらいきなり「事件」って。
えーと。
「今はねェ、生徒を勝手に入れて良いような状態じゃあないでしょ? さぁ、君も教室に戻った戻った」
呆れ声の田中先生が、誰に同意を求めているのかわからない調子で、不機嫌そうに吐き捨てる。いや、私にそんな事いわれても、その。
戻りたいのは、ヤマヤマなのですが。
「咲山まで一緒か? いかんぞ、君みたいな真面目な子が、こんなのと関わってたんじゃ」
こんなの、って。佐藤先生から「こんなの」扱いされてますけど、カレンさん。
「ははは……なるほど、巴は真面目な子なんだ」
眼鏡の奥の瞳を細め、笑いながら、赤毛の先輩──
「ああ、田中先生。探偵舎の子は私が呼びましたの」
山田先生が、フォローするように割って入る。ホっとして良いのか、頭を抱えていいのか。
いや、呼んだ、って。どうなの、それ。
「それにね佐藤先生、お言葉ですが探偵舎は優秀な子ばかりですわよ?」
「そうそう」
赤毛の先輩が手袋をはめながら、相槌を打つ。
「いや藍澤、そこで自分でうなずいてどうする。お前、国語の成績ならビリから数えた方が早かったんだぞ? わかってるのか?」
「Oh! ワータシ、にーホん語ワーカリマセ~ン」
「おめー日本語ペラペラじゃねーか」
「ちぇっ、ガイジンのふり、失敗~っと」
縮まってばかりいてもダメだと思い、私も、そっと手を挙げた。
「あ、あのぅ~。これって、警察の方をですね、その……呼ぶんでしょうか? 呼ばないんでしょうか?」
ここで先生がた一同、ウ~ムと腕を組んで考え込んだ。
いや、あの。
これは、通報するべきでしょう、フツー。
状況から見て、どう考えても盗難事件なんですから。
いや、まだ盗難と決まってはいないけど、仮に何も盗まれていなかったとしても、立派な器物破損と不法侵入じゃないの?
……なんで、こんな事になっちゃったんだ?
ため息ついでに、考え込む。
★
寄宿生の赫田部長なら、朝イチからでもきっと部室にいるに違いない、そうアタリをつけて、「たのもう!」とばかりに意気込んで、サァ何としても「入部はキッパリ、お断りします!」と、ハッキリキッパリ口にしようと──そう思って、始発に乗って早朝一番、探偵舎の扉の前に立ったというのに。
部室からは、もう既に、誰かの話し声が聞こえていた。
「変な雅号だな、何て読むの? 傘……ミドリ?」
「縁と緑は違う文字よ。あなたったら、相変わらず漢字が読めないわねェ! いずれにせよ、この近辺の人なのは確かよね。それも、我が校に対してピンスポットすぎるわ……」
「そこはまだ、断定の材料に乏しいけどね」
「そうかしら? ねえご覧なさい? この辺り……一見してファンタジックな情景描写でも、暗号的に読み解けるじゃない? ある意味イーハトーヴォとかイバラードのような転換ね。ヨネザアドでも良いかしら」
「なにそれ。でも、ちょっとワクワクするね、これ。パターン認識と解析なら得意だよ。相似不変と自己回帰特徴は数値化して分析し易いんだ。文書解析ってヤツはさ、どこの鑑識でも重要ポジションの一つだしね。一丁、小手調べにやってみよっかね?」
……何語?
「ワビサビの心が絶無のあなたじゃ無理無理。……っと、その前に」
何だかよくわからないけど(ちょっと中学生とは思えないような話の内容だけど)、会話が途切れた。今だ。
おなかに力を入れて、さあ、先ずは挨拶っと、
「おはようご……」
ガチャッ。
「ああ、きたきたホントだ」
「でしょ?」
挨拶をいい終わる前に、扉が開けられていた。
「あわわ、あの。でしょ、って、その……」
いきなり出鼻をくじかれた私の前に、にゅっと立っていたのが、軽く一七〇以上ありそうな背丈の、彫像のような顔をした赤毛の女性。
「hello, how do you do?」
「あ、アイふぁいんせんきゅう!」
もう、私はその瞬間にスッカリ固まってしまった。
カトリックの学校で、外国人の生徒もそこそこの数が通っているのも知っているけど、中一の語学力では、普段は遠目に眺めるくらいが精々だから、こうして面と向かうだけで思考停止してしまう。
辛うじて微動する微かな脳みそで、精一杯のツッコミをした。
「いや、あの……その声、さっきから赫田先輩と、日本語でお話ししていましたよね?」
「うん。ちぇっ、ガイジンのふり、失敗~っと。ちなみに今の君の返答はネイティブ的にはアウトね。で、ちさちゃん、この子?」
フリ?
手にしていた雑誌をパタリと置き、不敵な微笑みで、重厚な机の前の赫田部長はニヤリと笑い、カチンコチンな私に片手をさしのべた。
「おはよう、巴さん。ようこそ探偵舎へ、歓迎致しますわ」
「おは、ようございます。あの、」
歓迎、って。あ~。
困ったなぁ、どうしよう。
「へ~、なるほど。ちっちゃいね! この子が例の、トモエちゃん……ね?」
流暢な日本語で、透けるように白い肌の先輩が顔を近づける。なんだかドキドキする。
落ち着いて、落ち着いて……。そりゃーちっちゃいのも確かですけど、むしろアナタがおっきいんじゃないですか、なんて、面と向かって口に出せやしない。
「あ、はじめまして。一年藤組の咲山巴と……」
「知ってるよ」
近づいたついでに、ひょいと首ねっこでも掴むように、赤毛の彼女は私の背中から肩へと腕を回し、廊下の外へと歩みだした。
そのまま私もトトトっと、押し出されて行く。
「さて、じゃ~ちさちゃん、この子借りてくよー?」
「どうぞどうぞ。ごゆっくり。私はもう少し、こちらの件を調べておくわ」
うちわのようにパタパタと雑誌をふり、じつに素っ気なく赫田部長は私たちを見送る。
「え? えッ!?」
もう、問答無用じゃないですか。
あの。何なんですか、それ!?
「あの……私、どこへ連れて行かれるんでしょうか?」
「部活ー」
うわ、もう完全に頭数に入れられてるじゃないですか!
道すがら、彼女──藍澤カレンと名乗る先輩は、私にごくごく簡単な自己紹介をした。
母親が日本人で、父親が外国人。数学とか理系、技術系の事が得意。そして彼女もまた、「探偵舎」に所属する先輩で……と、それくらいの、ほんとうに簡素な自己紹介だった。
そもそも、私から先輩に何かを訊くようなネタフリなんて、からっきし出来ないし。
「あ~『藍澤さん』とか呼ばないでよし、カレンでいーよ、カレンで。外人ヅラしてる相手を漢字の苗字で呼ぶのって、やっぱヘンだもんね。いや、そーゆーヘンな子も、他にもいるにはいるんだけども、ふふふ……」
「あ。いやその……」
返答し辛いし、相づちも打ち辛いです。
とりあえず、美人さんではあっても「可憐」って感じじゃないのだけは、確かだけど。
口笛と鼻歌を混ぜながらロンドンデリーの歌をハミングしつつ、私には一切何の説明もナシで、散歩のように楽し気に、まっすぐ職員室に向かう彼女は、印象だけでいうなら「やんちゃ坊主」って雰囲気だった。
美人だけど。
っていうか、ガイジンって色々ずるい気がする。
「ガイジンっつーか、エレメンタリーの上級……こっちじゃ小五か。それまでは『日系人』だったんだけどね。今じゃ『ハーフ』だよ。出世魚のように呼び名がかわるんだな」
「いや、年齢じゃなくて場所によって呼び名が変わったのなら、その表現は違うと思いますけど。えーっと、カレンってお名前だと……」
どこ系だっけ、えーと……。
「英国……じゃなくて、」
「その、敵かな」
敵って。
「うちの爺ちゃんはアイルランド系移民かな。ああ、いわれてみれば、アイリッシュな名前だよね、確かに。今じゃだいぶ和平プロセス進んでるそうだけどさ。本当だったら、前世紀で解決してる筈だったんだけどねー」
ケルト的な感じはしない。もっとも、私の知ってるのはエンヤの曲のイメージくらいだけど。
「んで、婆ちゃんがイタリア人。だから、カトリックの学校で、私を隔離できるトコって選択で、ココを選んだんだろなー」
「隔離……ですか?」
「修道院送りにならなかっただけマシだよ。さんざん家ん中の色んな物、バラしちゃったからなァ、物理的にも、データ的にも」
バラした?
「巴のことは聞いてるよ。密室の解決とか、電車の事件とか。なかなかスゴイ子だなーってさ。だから、期待してんだ」
先輩はさっくり話題を切り替えた。
「あの。それって、確実に買いかぶりですよぉ」
「どっちゃにしろ、私にゃそーゆー才能はないんだ。技術屋の宿命ってゆーか、とにかく帰納的にしかモノを考えられない
「はあ……?」
困った。
正直、この先輩とどう対応して良いのだろう。
変わり者なのは確かだけど、ていうか、目に見えてわかるくらい何もかも、人種も外見も服装すらもカワリモノなんだけど(だいたい、シックな赤ラインの黒セーラーに、工具ベルトを腰に巻いているって何なの……?)、部長とはまた、かなり質の違う変人だ。
しんと静まりかえった朝の廊下。冬まではまだ遠いけど、そろそろ底冷えもしてくる季節。
こんな朝からでも、それでも何人かの生徒の姿はある。
「あら咲山さん。お早いのね。カレン先輩、おはようございます」
「あ、仁科さん。おはようございます」
あなたの名前、あんなコトがあったせいで、もうちゃ~んと覚えましたから!
清楚でお嬢様言葉な仁科さんが、隣に立っていた地味めな女の子との立ち話を中断して、私とカレンさんに、じつに丁寧にアタマをさげる。
「えーと、誰だっけ? まあいいや」
ニコニコと笑顔で、カレンさんはご無体な言葉を仁科さんにかける。
「……いえ、『調べられる』よりは、カレン先輩にはこのままお忘れ頂いたままで結構ですわ。それにしても、こんな早朝から探偵舎の活動ですの? 咲山さん共々」
「うん」
「いえ!」
真反対の言葉がカレンさんとハモる。
苦笑する仁科さんに対して、これといって関心なさそうだったカレンさんは、めざとく彼女の手にしていた雑誌に目をやる。
あれ、これってさっき部長も持ってた……?
「あら、いけない。校内に勉学と関係のない私物を持ち込むのは、禁止でしたわね、ごめんなさい」
「あ、いや私物はべつにいーって。私なんてどーなるってんだコレ。あはは」
腰に巻いた工具ベルトをカレンさんはポンと叩く。……いや、確かにこんな物を持ち込む女子中学生なんて、他にはいませんですけど!
何ていうか、並の校則違反のレベルを越えているというか……。
「文芸部の方でも、その雑誌が何か話題になってたんだ?」
「あ、それもありますけど……ちさと先輩から、その……」
仁科さん、また何か、あの部長様からパシらされているのだろうか。疑う事も知らないような、真面目そうなお嬢様だものなぁ。
「何だ、ちさちゃん、別口からすでに絡め手の捜査をはじめてたんだな。ふむ……」
「あの。一体、この雑誌って何なんですか?」
さすがに、私も口を挟んでみた。自分だけ蚊帳の外にいるのも微妙に居心地が悪い。
「何って、文芸誌でしょ」
いやそれは見ただけでわかるコトですけど……。ぶっきらぼうなカレンさんに苦笑して、仁科さんが続ける。
「ええ、短歌・俳句・詩歌の、ちょっとマニアックな本ですけど。それが、どうやらこの辺りのかたが、この半年ほど連続入選してますのよ。年間の大賞もその方に決まったようで」
「この辺り……って、入賞者の住所とか出ているんですね」
「いえ、詩の内容にですの。雅号と、所在地は県名しか出てませんし。お若い方のようですから、もしかするとミシェールの生徒さんじゃないのかしら、って。うちの部でも話題騒然ですのよ」
「いやまー、そういった文藝文學とかって、私ゃ全然わかんないんだ、カラッキシさ。じゃ、私らは地味な件を追ってるから」
さくっと話を切り上げて、カレンさんはまた私の肩に腕をかけ、とととっと進む。私はあわてて仁科さんたちにペコリを頭を下げる。
っていうか、せめて会釈くらいはしましょうよ、カレンさん!
「うちの部でも話題騒然、ね」
カレンさんは、まるで関心ないような顔でいながら、クスっと含み笑い。
「まあ、つまりちさちゃんはちさちゃんで、ああやって何か探求中ってコトね」
「あ、さっきの雑誌のことですか?」
「あの子が今いってたのって、私とちさちゃんで『解析』した事なんだよ。あのテキスト、ある種の暗号的っていうか、隠喩やアナグラムや修辞技法で二重、三重に意味を含ませる言葉遊びをしていたんだ。そうそうわかる事じゃないのに、あの子がああもペラペラ話してたってなると、発信源は間違いなくちさちゃんで、文芸部も抱き込んで『正体探し』でもしてるってコトかな」
う~ん。
「なるほど、ああいった人心掌握や口コミ利用の人海戦術ってのは、まさにちさちゃんの
別に悪いコトしてるでもなし、自分から名乗る気のない人の正体を暴くのは、さすがにちょっと、悪趣味かも。
そして、そのまま説明もナシで赤毛の先輩に連れてこられた先が、この職員室だった。
「ちわー、探偵屋でーす!」
深刻な顔でピリピリした雰囲気の職員室に、いきなりそんな口上で乗り込んでゆくこの先輩も先輩だ。
一斉に突き刺さる、先生たちの視線。
ハタとみると、割れた窓ガラス。
スチール机の下に、倒れた機械。ちらばったノート類。
その瞬間に、何が起きたのか、何故、探偵舎が呼ばれたのかに、ピーンときた。
……いや、あのっ! 私に何をやれっていうのよ、ちょっと!
もうホント、勘弁して!
★
「さて、先生。どうしましょう? 警察を呼ぶなら、現場の保全が第一だと思いますけど」
「とにかく、テスト前のこの時期にですね、警察が校内にってのは、少しその……」
泥棒が校内に侵入したという事実の方が、よっぽど不安にさせると思いますけど……。
一階の南側、校庭に面した窓の、半月型のスライド錠の近くに、丸く割れた穴がある。
片手を突っ込むのに充分な大きさだ。
「被害はどの程度なんですか?」
「パっと観てわかる範囲だと、そこのガラスと、それと……パソコンのハードディスクが一台、床に落ちて壊れてるだけかね」
「だけ?」
「金庫やロッカーに、一部動かした形跡はあったんだが……中は無事だよ。あとは、これから調べてみない事には何ともいえないんだが……」
「で。警察は呼ぶんですか、呼ばないんですか?」
先輩は手にしたドライバーを片手にくるくる回しながら、先生がた一同を眺めている。
「そうですねぇ……」
黒衣に身を包んだシスターが、すっと人垣を割るように一歩、進み出た。
「じゃあ、カレンさんにお任せするわね」
「え?」
「よっしゃ」
シスターがそう口にすると同時に、先輩は透明なテープを机にペタペタ貼り、ガンマンのように巻いたベルトから、小さなビンや化粧用のハケを次から次へ取り出す。
いや、これはその、ふつーは、警察を……。
「あの、すみません先輩、それって、『探偵』のやる事というより、『鑑識』の調査なんじゃないでしょうか……?」
「そ。私はね、そっちの方の専門なのヨ」
画素数の多そうなゴっツいデジカメを素早く組み立て、パシャリと撮影し、白手袋をはめ、床に落ちたハードディスクにかかったガラスの破片を丹念にハケではたき、持ち上げてしばし検分しながら、目にもとまらぬ速さでそれを分解する。
「いや、でも調査っていっても……」
中学生の女の子に、何ができるというのか。
「シスター、それは幾ら何でも……」
やや呆れる佐藤先生。いや、私もそこは同じ気持ちなんですけど。
「これが誰かの悪戯か何かでしたら、事を大きく荒立てる必要もないでしょう? 少なくとも、大きな被害は出ていませんもの」
「まだ被害を把握できてないだけで、この後何か重大な問題が出てきたらどうするんですか」
「だから、その時には私らの方できっちり犯人捜しだしますってば」
……そんな大口叩いて良いんですか、カレンさん。
「ちゅーコトで、物的証拠とかは私にまかせて。他のコトは、ぜーんぶ巴にまかせたから」
「はぃ?」
「適材適所。内情だの内面だの心理だの、そーゆーの私はいっさい、考えるのに向いてないし。つーか、考えないし。聴聞とか、理由だ動機だ犯人だを考える役目は巴、私は物証だけ突き詰めんの。オッケー?」
「いやあの、私、部員じゃ……」
いや、まあ……理由はどうあれ、そのつもりがあってもなくても、結果的に私が電車の中で『探偵舎』の名を、勝手に利用したのは事実かもしれない。
だからこそ、私には少しばかりの負い目もある。今更、それを知らん顔で、逃げてもいられないかもだけど。でも──。
「そうね、じゃあ順番に、咲山さんに報告しましょうか」
仕切るように山田先生が前に出た。
「え。あ、いやあの、ええぇっと」
だ、だから山田先生! 中坊の一年の娘っこに、何を……!?
「あ、あのぉぅ、ぁ、ええっとぉ……」
「あなたがシドロモドロになって、どうするの」
「は、はいぃ……」
オトナで、しかも教師相手に「聞き込み」って。できないって!
とはいえ、もはや観念するしかない。殆ど自動書記のように、あわあわと教職員の皆さまの供述を機械的にメモに取る。
耳の右から左に抜けてゆくだけで、何も考えられない。
だいたい、怪しい所なんて、自己申告なんだからそれぞれ、誰にも何もありはしないし。矛盾点をつくとかアリバイの隙間を埋めるとか、そんなの検証しようもないですし。
ふつうにふつうの先生たちの、現場の発見時の報告を聞いて、何をどうしろというのですか。
カレンさんはというと、てきぱきと割れた窓をつぶさにルーペで観察している。
「外側からクロステープを貼って、打撃で割ってるね。窓の位置から考えて、手を突っ込んで鍵をあけるにはそれなりの身長か、何か足場が要るかな。外側に痕跡はないようだけど……それと衣類クズ、白い繊維がある。軍手だね。さて」
鼻歌まじりで、今度は小さな筒を取り出し、ハードディスクの周辺にパウダーをまぶす。
「それは?」
「アルミ粉。ああ、指紋データなら職員のも生徒のも全員分あるから」
「えッ!?」
い、いつのまに?
ていうか、……指紋全員分って……!?
「最近のCCDは高性能なんだよ、民生品でも充分にイケる。指紋認証システムなんて、今日びそこら中にも売ってあるし。照合なんて、すぐ済むって」
そういって、小さなパソコン(?)を工具ベルトから取り出す。私のお弁当箱より小さい。
「うわ、あ、あのっ……?」
「寮に置いたサーバーに全部データ入れてるんだ。それにアクセスして、っと……」
一定距離を保つようなミニ三脚つきの小さなデジカメを繋げて、カシャカシャと撮影を始めている。
ちょっと信じられない。
口をぽかんと開けて、目を丸くしている私の周りで、同じく先生たちも呆然としていた。
中学生の女の子が、ここまでやっちゃう?
「指紋のデータって、そ、そんな……!?」
「そんな物、どこにだって着いてるじゃんさ」
「どこにでも、って、そりゃそうですけど、それを特定して採取なんて、ふつーは……」
「ふつーはね。私だけだったら勿論、無理。でも、人心掌握と人海戦術が可能なコミュ力のあるちさちゃんがいれば、そこは解決なのだ」
……私の知らない間に、私の指紋とかを、クラスの誰かが勝手に採取なんて、ものすごくゾっとする話じゃないですか……。
「まあ私にしてみりゃ、指紋も眼紋もDNAも全部戸籍といっしょに登録して、国で管理してりゃ良いって思うんだけどねー。そーゆーのイヤがる人も多いってのがね、信じられないけどねー」
「そっちの方が信じられないですって! ディストピアですよ、それじゃ!」
「私にゃ、ユートピアだと思うんだけどなァ。それにまあ、指紋だけじゃなく……」
楽し気に、カレンさんはキーボードをカチャカチャと叩く。
……こ、この人……私の予想をはるかに上回るド変人かも知れないわ……。
「例えばパーソナルデータだって色々、ホラ。これ巴の校内成績とかね」
「ちょっ、そ、ソレっ!? プライバシーの侵害ですよ!」
ありえない。
しんじらんない。
「私しか見ないからダイジョーブ。……へえ、すごいな。試験科目全部で
「わーっ! ど、どうして、そのっ!」
「試験の成績とかは、昔なら壁に順位や点数を張り出してたそうだね。酷いモンだ。今でこそ、張り出しはヤメたけど、職員室で許可を取れば、試験結果の閲覧はできなくもないんだよ。それをこう、チョイっと……」
「う~っ……!?」
そ、そーゆーのは、やっちゃいけない事じゃないの~っ!
「おっ? アハハ、もしかしてその表情、怒ってる? カワイイね。まー、得手不得手を知るのは、その人を知るのに重要だからさ。まぁ、コッチだけ知ってるのも不公平かな、じゃ、これでオアイコだ。ほい、これ私のデータ」
「いや、そんなの別に……」
チラっと目に入ったデータで、「そりゃ変だわ」って気分が、ますます大きくなった。
この人、数学や理科だと学年一位だ。他は……赤点に近い。
いや、あの……英語が赤点って!?
生まれはしっかり「アメリカ」って書いてあるじゃないですか! 日本籍だけど。
しかも、学年が「二年」!? 二年生で、三年生の赫田部長を「ちさちゃん」って呼んでたの……!?
「とりあえず徹底解析とデータ蓄積、そこから真相を掴むコトって、わりと大切なんだなー」
「科学調査と統計累積ですか……今だと、地方警察の科捜研で取り入れてる、プロファイルなんかもそうですけど……えーと」
「詳しいなァ。ま、こーゆーのも総合して、探偵の仕事だね。知ってるでしょ? ホームズはまず第一に、科学捜査の達人でもあるんだな」
「えーと……。でも、それだったら私はべつに」
何の役にも立てませんが、と続けようとして、口ごもった。
「キミはあれだ、すぐコトバを飲み込むクセがあるね」
「うっ」
「コレをいいたい、でもいうとまずいかも、って、すぐ相手の顔色とか心理を考えて遠慮しちゃうっポイ」
……まったくだ。
飄々としていて、この人、観察眼だって結構高いかも。
カレンさんだって探偵の一員なんだから、口では推理なんて無理とかいってても、そういった推理力があるのも当然だろう。
……確かに、遠慮がちとか引っ込み思案という以前に、私には、押しが足りない。
そういう性格なんだからしょうがない、とは思うけど。
そして、心の中をいい当てられるのって、やっぱり、あまり良い気持ちはしない。
「いや、あのですね。捜査かもしれませんけども……あの。今カレンさんのやっているソレって、ある意味では『現場を荒らす』のと同じじゃないですか?」
「うん。まーでも、一任されちゃったしサ。それに警察、呼べると思う?」
「被害が殆どないなら、そう事を大きくしたくないのは確かでしょうけど。一応女子校ですし。でも、不法侵入なんてキモチ悪い事件をウヤムヤになんて……」
「ん。じゃあ巴はコレ、外部の侵入者の犯行だって、思う?」
「……難しいですね。外部の犯行だと『思いたい』ですけど……」
内部のせいってなると、正直ちょっと面倒だ。
「外部の侵入者ってなると、それはそれで厄介だよ。ここ、女子校だしさ」
「セキュリティはしっかりしてますもんね。敷地内に、女子寮だってあるんだし」
「そ。あ、私も女子寮住まいね。パンツとか盗まれちゃ大変だわ、あはは」
カレンさん、あまりそういった女子っぽいセリフが似合うタイプでもないのだけれど……。
まあ、確かにそれで校内に賊が忍び込んだとなると、大問題だけど。
でも、犯人像も何も、まだ雲を掴むような話だし。
「ざっと考えて、内部犯行に限定したって、疑おうと思えばそれこそ、何百人も被疑者がいるじゃないですか。職員さんだけでなく、校内にはそれこそ寄宿舎だってありますし。寮母さんの目を盗んで行動、なんて可能性までアリにしちゃえば、犯行時間の制限なんてほとんど無視できますし」
「絞り込めない?」
「無理です」
それに──こんな状況でアタマ働きませんってば!
そこまで私の神経、太くないし。
だいたい、「コレ」は私の出る幕じゃない。
さっさとここから逃げ出したい気分の方が、正直なところ、今は大きい。
「始業は八時半だし、まだ時間あるね。じゃ、先生、ちょっと給湯室でお茶いれてきま~す」
「あ、お茶なら私が」
一歩出ようとした事務員の榊さんを手で制して、カレンさんは私の肩をポンと叩く。
「じゃー巴、一緒にいこか。職員室のすぐ近くだし」
「は、はい……」
私が逃げ出したい事を、察したのだろうか……。
職員室のはす向かい、ちょっと離れた先の、半開きの扉をくぐり、うなぎの寝床のような細長い給湯室へと、相変わらず首ねっこを掴むような形で肩に腕を回され、トトトっと私は連れ込まれる。
ヤカンに瞬間湯沸し器のお湯を入れ、カレンさんは適当にコンロにかける。時間短縮のためだろうか。効率的なのか非効率的なのか、よくわからない。
私はというと、やる事も思いつかないので、お盆にいくつかの湯のみを並べていた。
いち、にい、さん……えーっと、幾つだ?
国語の田中先生、保体の鈴木先生、社会の山田先生、数学の山形先生、英語の佐藤先生、I分野の藤田先生、II分野の吉田先生、音楽の蒲池先生、シスター、事務員の榊さん、それと、えーと……。
「それと警備員の舟田さんと坂田さんだね」
「あ、そうですか。お名前まではちょっと……」
そんなにいっぺんにアタマに入らないし。犯人探しをするわけじゃなし。
……するまでもない、か。
「さて、整理するか。先ず私から。見ての通り故意に、完全に叩きつけて破壊されてて、復旧のしようもナシ。基板部の破損ならまだ直せるけど、ディスク部分が叩き割られてるんじゃお手上げかな」
「ハードディスクって、割れるものなんですか」
「うん。まあ普通、ディスク部分はごつい鉄板に挟まれて、停止中なら少々の震動じゃ微動だにしないんだけどね。これはアルミ基板じゃないし。そして当然のように職員の指紋しかナシ」
「手袋一つあればどうにかなりますからね……他に何か痕跡はありましたか?」
「うん、まあその軍手の糸クズは窓だけじゃなく、机からも出てきた。粘着テープも軍手も、どこにでもある物だけど……」
「職員室にもある備品ですよね」
「そそ。わかってるんだ」
「……えーと、被害の方も他にはなくて……金庫や貴重品入れのロッカーには動かした跡があったみたいですけど、中身は無事で……」
「壊されてたワケじゃなし、夜間から早朝にかけてなら、中身カラだよね?」
そもそも、職員室に金目の物なんて最初っからないっぽい。
「まあ指紋はごまかせるとして、足跡の方はどうだろなァ。こっちも目にみえての痕跡はなし。体重の軽い犯人が、上履きにでも履き替えて……って線も、ないでもないけど……」
「ないでもないって事は、あるんですか?」
「窓の
「まあ、職員室ならもともと丁寧に掃除はされてますよね。先生がたの机の上は壮絶に散らかってますけど……」
「いや、『犯行後』にも軽く掃除はされてる。あるべき位置にガラス片もないし、ガラス片が含まれた雑巾が床にあった。だから痕跡があったのかなかったのかも不明」
……つまり、カレンさんも「なかった」と考えているわけか。
どんな場合でも「物証」は重要だし、だから犯人が痕跡を消すのも当然だけど、かといって疎明と類推――「この状況なら犯人はこの人しかいない」って憶測論だけで、誰かを犯人扱いするわけにもいかないし。
困る。
「とはいえ『痕跡を消した痕跡』があるのは重要、ってのはわかるね。そっちは?」
「ええと、ハードディスク自体にも大したデータはないそうです。せいぜい一年生用の、印刷前の数学のテスト版下くらいで」
「テスト問題を盗み出す……ような話でもなさそうだなァ」
「ですね。進捗状況は主任のマシンに着け届けてるからそれは間違いなくて、一日もあれば作り直せるって、山形先生はおっしゃってましたし」
今日の午前中にでも印刷に出す予定が、お陰で明日に延びるそうだけど。余計な労力を必要とされるって意味なら、先生の日給一日分も被害総額に加算、といえなくもないけど。
「作り直しって、サーバーにもあげないで、あのぶっ壊された手元のローカルにバックアップごと置いてたのかな。ま、管理ログもあるから、そこは間違いないだろうけど。そうなると……」
「テスト以外の何か標的になるようなデータが、こっそり入っていた可能性……でしょうか?」
「そこはどうかな。リムーバブル扱いで外部でデータを出し入れしてたなら、その可能性もあるけど、繋げて認識させてる時点で、そこに他に何が入ってたか、何を消したり足したりしたかの記録はメインのログに残ってるわけだから、隠滅したいデータがあって壊した、ってセンは考え難いなァ」
「そういった知識は、部外者なら持ってないでしょうけど……」
「内部犯行なら、それが無意味な事だからやらない、外部の者の仕業だ、って考えるならそれはそれで短絡的だよね」
「だいたい、それなら人目につく所でワザワザ壊さないで、どこかに持ってっちゃった方が早いですもんね、ハードディスクなんて小っちゃいんだし。とはいえ……他になくなってるモノがあるでなし、実害だって、殆どないに等しいですよね、これって」
「いや実際壊されてるじゃん、ガラスとハードディスクと。私にしてみりゃ『ガラス二枚』だな。まあ、あのハードディスクじたい、精々数千円の安物だけどさ。1プラッタのやや旧式の」
「そりゃ、そうですけど……すみません、ハイテクの専門用語はちょっとわかりません……」
いずれにせよ、どうもこの事件、私は気乗りがしない。
「そして第一発見者は藤田先生で、職員室の鍵は宿直室にあって、教師なら誰でも手にできるようです。普段から鍵を持ってるのは、シスターと学年主任の佐藤先生と伊藤先生……は、まだ出勤してないですね」
「第一職員室は一年二年か。あとは、警備員さんの詰所にも鍵はあるよね」
「鍵をあけて、発見したのが六時半くらいだそうです」
「時間はソレ以前か。とりあえず鍵を簡単に手にできる立場の人は、逆に被疑者から外していい、って思えるんだけど……」
「けど……ですよねえ。そこはやっぱり、何ともいえないっていうか」
う~ん。
「で、どう?」
主語もなく、カレンさんは私に尋ねる。
つまり──「職員室では話しにくい」と判断したってコトか。
推理はしないとかいってて、何だかんだでカレンさんには、既に「絞れている」ってわけか……。
少し、考える。この段階では決定打はないし、幾らでも考えられるけど……、
仮に、外部の侵入者の犯行なら……?
目的が、ちょっとわからない。塀や金網、警備を潜って侵入は難しいし、そのリスクに見合う物なんて、職員室にはないはず。
酷い考え方をするなら、賊ならまだ女子寮に忍び込む方が、得る物はあるだろう。
そうなると、内部の……それも、教職員が、正直一番怪しい。
照合の結果が出るまでは、何ともいえないけど、職員室にある備品で職員室に侵入なんて、バカげてる。だいたい『工作』の跡が、ヘンすぎる。
……でも、やっぱり、あまりこれは、考えたくない。
「どう、って。えーと。……あの、やっぱりコレは、私じゃ無理です」
「ん?」
意外そうな顔を、カレンさんは私に向ける。
「まったくワカラナイって話?」
「わかるかも知れないけど、わかる為の材料がなさ過ぎるんです」
「だから、ソレは私が探すってば」
「探したって、探し切れるモノじゃないですよ」
今、ただ目に付いただけの材料で適当な事をいうわけにはいかないし。
それに、百人いれば百の事情だってある。それらを一つ一つ紐解いて、個人毎に動機の特定とアリバイの有無を調べていたのでは、どれだけ時間がかかることか。だいたい……。
「相手の心情とか、いちいち考えてちゃ何もできないよ」
ドキリとした。
核心を突かれた気がした。
「さっきもいったよね。お互いの役目」
「そんなコトいわれましても、ですね……」
事故ならともかく、これが故意の犯罪なのは一目瞭然で、これがもし外部の物盗りじゃないのなら、犯人は生徒か教師って話じゃない?
犯人が誰かを特定してしまえば、自主退学の勧告や、免職にもなるかも知れない。
……それを、私が?
イヤすぎる。
だからこそ。
私は、これを、「推理したくない」んだ……。
「さっきもいいましたし、何度でもいいます、無理です」
「無理じゃないよ。世の中の大抵の事象なんてのはね、足し引き掛け割り、そんな風にシンプルに、答だけ割り出せば良いだけのコトさ」
「できないです、私には。……カレンさんはできるんですか? 誰かの行動を暴いて、それがその人を窮地に追い込むかも知れないって、わかってて……」
「できるよ。これまでも、何度もやってきた。それも『探偵』の役目の一つさ。調べ、解きほぐし、真相を掴む。暴き出す。しなきゃいけないのは、ただそれだけだって」
私には、そこまでは割り切れない。
「量子論じゃないんだよ。巴が確定しようがしまいが、既に存在する『答』はかわらない」
「でも……」
「もう、ある程度の答えは出てるんだろ?」
……頭がまるで働かなくても、こんなの「考えるまでもない」事だ。
「わからないならわからないで仕方ない。でも巴は『わかる』子なんだ。わかる子が、考えを停止して、それを放棄しちゃダメだ」
「……何もそれで進展する事もなく、誰かを不幸にするだけの結果になったとしても、ですか? 私は、そんなのは……」
「ああ。真相がどれだけ残酷な結果だろうと、直視する。しなきゃいけない。私だって、さんざんそれをやってきた。それが、探偵の使命だからね」
ぐっと間近に近付くカレンさんの顔は、綺麗だけど、威圧感があった。
ドキドキする。
──カレンさんは……この瞳で、何を見てきたんだろう。彼女が過去に見てきた「残酷な結果」って……それは何だったんだろう。
私は……私は、「それ」を、直視できなかった。
「私じゃ、ダメなんだ。目の前のモノを徹底解析する才能しかない。心情だの理由だのを、いちいち思い入れたり考察したりって方向には、脳がからっきし働かない。人間には、向き不向きって物もあるんだよ。そして、巴はそれができる子だ。だから……」
「……むりです」
絞るように、私は小さな声を喉から漏らした。
正直、「これ」は、わからない。
今、私にわかるのは、状況としてハードディスクを壊したのが「誰か」だけ。
かといって、壊した人が犯人だとも、今は断言できない。
まだ、今の材料だけでは無理。決定打となる何かが、足りないから。
「無理じゃない。それが巴の能力で、才能だ」
「そんな才能なんて、ないです」
「あるよ。昨日の会話、聞いたよ。録音で。探偵舎にくる前から、巴は既に、確実に『探偵』だったと思う。そうでなきゃ、ああは喋れないし、ああいった思考を咄嗟にはできない。昨日唐突に、探偵の才能を突然変異的に発揮しました、なんて、蓋然性の導出からしても、私には考えられない」
「……盗聴ですか。酷いですよ」
「部室で部内の会話を部長が録音してて、公表するでもなし、それには何の問題もないさ。コンビニのカメラに向かって『盗撮だ!』って怒る奴がいないようなモンさ」
「それは屁理屈ですって……!」
屁理屈に関しては、私が他人様の事をどうこうと責められるいわれもないけれど。
……倫理観の面で、間違いなくカレンさんや赫田部長は、どこか「ぶっ壊れている」のも間違いないと思う。
同時に、彼女らには何の悪気だってないのも理解できる。だから、面と向かっては怒ったり、文句をつけたり、ヘソを曲げたりもできない。いや、やろうと思えばできるのだろうけど、「理解できてしまえる」点で、抗議が私にはできない。
つまり、私もどこか、ぶっ壊れているのかも。
ガチャっと給湯室のドアが開いた。
「ちょ、あのっ……大変なの、きて!」
事務員の榊さんが、かなり慌てた表情で手招きをしている。
「……何です?」
「犯人だって子が、名乗り出てきたの」
「はぁ!?」
思わずカレンさんと顔を見合わせた。
……生徒が?
「……そんな筈は……、どうしよう? ああ、そうだ、湯呑み一個増やさないと」
「いや、そこじゃないでしょ、今ひつよーなコトは!」
首ねっこを掴むようにグイっと、カレンさんは私を引っ張った。
「行こ!」
犯人? 生徒が?
しかも、名乗りって?
想定してない。
ていうか、ありっこない。
なんで?
「……こりゃ、ボヤボヤしてもいられないかもな」
「……犯人、名乗り出たんなら、もう探偵はお払い箱なんじゃないですか」
「それで良いって、思ってる?」
「……思いません」
っていうか、こんな事になっちゃったら……私、降りられないじゃないの!?
「う~……」
「ははは、ワカリ易い子だな。今、巴が感じてるのは正義感? 『その子を犯人にしたくない』って事?」
「……誰も犯人になんか、したくないです」
「でも、いるんだよ。『犯人』は、確実に。事故なんかじゃなく、故意。これはもう、確定してるんだ」
「……うぅ~」
だいたい、提示されていない動機で、理にかなわない行動の謎を解明できるわけがない。
探偵役の預かり知らぬ所での、個人毎の心理まで把握なんて、できっこない。ホワイダニットはこの事件で究明なんて、無理。だからこそ、「誰」が、「どうやって」の二点。それだけが全ての筈なのに。
ちょっとだけ、よぎった。私が全容を把握できないのと同じく、その「名乗り出た子」だって、――本当に犯人ってワケじゃないのなら――本来事件の事は「知りようがない」筈じゃないの?
なら、どうして名乗り出られた?
……それがあり得るとするなら、それって相当にアンフェアなんじゃないですか?
「わかるよね。悩んだり迷ったりしても、何も進まない。調査員は、調べる。技術屋は、精査する。じゃあ、探偵は? 巴はどのカテゴリーだ?」
「……ふつうの女子中学生です」
「だったら、私もふつうの女子中学生だよ」
「いえ、それはないです」
「そう。だから、巴だって、それはないんだ」
う~。
視線が重なる。虹彩に引き込まれるように、まっすぐに、鳶色の瞳が私の目の前に。
「だから、私は精査をする。過不足なく、状況をしらみ潰しに物証を拾い集める。適材適所、役割分担だ。探偵の巴はそれを基に、やるべき事をやれば良い」
「……私に、何をしろって言うんですか?」
「探偵のやる事なんて、一つに決まってるさ」
まっすぐに――その瞳が、私の瞳の真芯を捉えた。
「暴け、巴」
(後編につづく)
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