裏切り4
僕は席に着いて運ばれてくる料理を餌を待つ犬のように眺めていた。
どうやら今日の献立はロールキャベツのようだ。
湯気がたち込めるコンソメスープの中に挽き肉をキャベツで包み込んだものを半身浴させ、無意識に鼻腔を撫でる香りは僕の食欲を直接刺激した。
これらを作る食材はどこから調達してきてるのか気になるところではあるけど、答えを知ったところで何もならないので聞くのはやめた。
「見てるだけで美味しそう」
「見た目だけじゃないよ。味も自信あるんだから。たぶん」
語尾に保険の一言を付け加えたのは、やっぱり他の人に食べてもらったことがないからだろう。
僕から言わせてもらえば、そこら辺の雑草をサラダと言って出されてもメアが作ったものであれば美味しいと言い切れる自信がある。
でも実際にメアの料理は絶品だ。
この前食べたシチューとフレンチトーストだけでも断言できる。
料理ができる家庭的女の子タイプだよ。
これは女子力ポイント高い。
「それじゃ、いただきます」
「どーぞ」
僕はロールキャベツを口へと頬張った。
……うん、やっぱり美味い。
噛むたびにキャベツの甘味と閉じ込められていた肉の旨味が溢れてくる。
コンソメスープにも胡椒が入ってるのかな。
ちょっとしたパンチが効いててマッチしてる。
「最高。メアは料理の天才だね」
「そんなことないよ。でも、口に合うようだったら良かった」
謙遜しながらも嬉しそうに笑うメア。
守りたい、この笑顔。
「話は変わるんだけど、メアって結局この城から出ることはできるの?」
あの地下を作ったのがメア本人なら、城の敷地内から出られないという話も嘘になる。
だってあの地下は柵よりも外側にあったんだ。
もしも敷地内から出られないのなら作れるはずがないんだから。
「できないよ。私の役目はこのお城に残されている宝具を守り抜くこと。だからここから出ることは許されないの」
「でもメアが作った地下は柵の外側にあるじゃないか」
「あれは柵を私が作ったの。その……トーシローに敷地外だって錯覚させるために」
「なるほど騙すために」
「うっ……なんでわざわざ言い直すのよぉいじわる……」
バツの悪そうな顔をするメア。
超可愛い。
この顔だけでご飯何杯もいける。
宝具を守ること……ってことは、実際にここには特別な宝が置いてあるってことか。
本来のシナリオからすれば、メアを倒すことでその宝を手に入れることができるってことだろう。
もしかしたらメールに書いてあった特別報酬も……?
いや、あれは現実世界の話だから、メールの件とはまた別か。
「どんな宝なんだろう……」
「気になる?」
「そりゃまぁ……。僕も色んな宝を手に入れてきたけど、この世界の黒幕たるメアが守る宝っていったら気になるでしょ」
「別に黒幕じゃないけど……。じゃあトーシローにあげる」
「マジか貰える…………ええ!? くれんの!?」
何そのさらっとした爆弾発言!
そんな簡単に人にあげていいものなの!?
「私が持ってても仕方ないし……それに、トーシローのことを騙したお詫びだよ」
「や、それはご飯で充分だって言ったのに……」
でも……くれるっていうのなら……ねぇ?
基本的にどのゲームでもそうだけど、レベルアップできる時はレベルアップしておいた方がいいからね。
強くなれるうちに強くならないと、何かが起きてからでは遅いから。
「ちょっと待ってて。取ってくるから」
そう言って部屋から出て行くメア。
5分ほど経って僕がロールキャベツを丁度食べ終えた頃、メアが金色の小さな箱を持って部屋に戻ってきた。
いかにも伝説の宝が入ってますと言わんばかりに装飾がこなされた箱だった。
でもちょっと小さすぎるな。
両手で包めるサイズだよ。
肉まんぐらいの大きさ。
「はい。これが私が守ってきた宝具『
メアが箱を開けると、そこには一つの指輪が入っていた。
赤色で、特に装飾もされていないシンプルな指輪。
だけどその赤色はまるで炎が蠢いているかのように動いている。
まるで何か別の意思を感じるようだ。
「思ったよりも普通だね」
「私も効果はよく分からないの。ただ、これはSS級として登録されている宝具だということだけ知ってる」
「なるほど……」
見れば見るほど吸い込まれそうな模様をしている。
SS級というからには何か凄い効果がありそうだ。
「本当に貰っていいの?」
「うん」
僕は箱から指輪を取り、自分の指に嵌めた。
大きさはピッタリ。
というか、指輪が指の大きさに合わせて変化したといったほうが正しいか。
「どう?」
「…………メアから指輪貰うとか、実質これプロポーズだよね」
「えっ? あっ!!」
え、気付いてなかったの?
指輪プレゼントするってことはそういうことでしょ?
僕はもちろんそのつもりだったから左手の薬指に嵌めてるけどね。
見てこれ。
婚約指輪。
「や、やっぱり返して!」
「絶対に嫌だ!!」
「かたくな!? 今までで一番声大きいんだけど!」
「メアの気持ち、確かに受け取ったよ!」
「やめてよ気持ち悪い!」
ぐはっ!!
女の子の気持ち悪いは……素直に効く。
今の一言だけで僕のメンタルは粉々に砕け散った。
指輪を見て回復しなければ…………!
「き、急に無言で指輪見ないでよ」
「心を……癒してるんだ」
「指輪にそんな効果ないよね!?」
プラシーボ効果ってやつさ。
メアからの贈り物であれば、どんなものでも癒しの効果があると僕は信じてる。
「じゃあ代わりと言ってはなんだけど、僕からもメアにプレゼント」
そう言って僕は表示盤のアイテム欄から赤い花を取り出し、メアに差し出した。
これは僕がメアの作った洞窟の中でSS級の宝だと思って回収したものだ。
「これって……」
「元々はメアのものだったかもしれないけど、一応僕が手に入れたものだからね、僕からの気持ちだよ」
「でもこれ宝じゃなくて、その辺りに生えてた適当な花なんだけど」
「えっ!」
そ、そんな……!
レア度が低いものだとは思ってたけど、まさか宝ですらないなんて……!
僕はそんなゴミをメアに渡してしまったのか!
「ご、ごめん! これはナシ! また今度ちゃんとしたのを渡すから!」
「…………ううん、これがいい」
メアはじっと花を見てたかと思いきや、大切に握りしめた。
僕としては複雑な気分だ。
S級の宝だと思って渡したものが、ただの花だったんだから。
「でも、そんな何も使えないもの……」
「そんなことないよ。これは…………トーシローが私のために取ってきてくれたものだもの。何かの効果を期待しているわけじゃなくて、トーシローの気持ちが込もってる。それだけで嬉しい」
おお……さすが僕の女神。
なんて眩しい笑顔なんだ。
その笑顔だけで僕は100倍のお返しを貰ったのと同じだ。
「………………」
「………………」
メアも少し気恥ずかしいのか、お互いに沈黙が続いてしまった。
「……あ、それじゃあ明日とかさ、お城の中を案内してよ。僕はまだ当分元の世界に帰れないと思うし」
「しょ、しょうがないなぁ。トーシローがそこまで言うんだったら案内してあげる」
「別にそこまで言ってないけど……」
こうして僕はメアと共に暮らすことになったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます