裏切り3

 頬がヒリヒリする。

 たぶん紅葉型に赤くなっていると思う。


「痛いよ」


「あ、あなたが変なこと言うからでしょ!」


「実用用ってポーズをとらせて写真撮ったりすることだけど、え、メアは何に対して怒ったの?」


「っっっっ!!!!」


 メアの顔がより一層赤くなった。


「何を想像したのねぇ、一体どんなエロいこと想像したの?」


「う、うるさいばかぁ!」


 またビンタが飛んでくると思って反射的に目を瞑ったけれど、顔に衝撃が飛んでくることはなかった。


「あ、あれ? うわっ」


 うっすらと目を開けると同時に、僕を拘束していた光の縄が消え、前のめりに無様に倒れた。


 メアが解除してくれた?


「…………トーシローが悪い人じゃないってこと、信じてあげる」


「本当?」


 メアはコクリと頷いた。

 どうやら、僕はメアから信頼を勝ち取ったみたいだ。

 ログオフも出来ない、死ぬこともできない僕は下手したら永遠にここに拘束されたままかとも思ったけど。


「でも、メアは僕をここに封印するつもりで騙したんでしょう? 一体どうして見にくる気になったの?」


「それは…………」


 僕の質問に口をつむんでしまった。

 どうやら言いたくはないみたいだ。

 理由はどうあれ、メアに信用してもらえただけで十分だ。

 深くは聞く必要もない。


「言いたくなかったら大丈夫。さ、お城に戻ろう」


「…………しかったから」


「え?」


「トーシローと食べるご飯が、楽しかったから」


 少し恥ずかしそうに俯いたままメアが言った。


 ……何だろうこの気持ち。

 すごい胸がギュッとする。

 思わず笑顔になる。


「僕も楽しいよ!!」


 こんなにも満たされた生活が来ると思わなかった。

 好きな人がいる人はきっと、こんな素敵な毎日を送っているんだろう。

 僕にとってこれは初めての経験で、とても形容し難い気持ちになる。


 大切にしたい。


 この心が時間と共に薄れてしまわないように、今をしっかりと心の中に焼き付けるんだ。




 ──────




 城へと戻る途中、メアはずっと口を塞いだままだった。


 僕を騙したという負い目を感じているのだろうか。

 それなら気にすることなんてないのに。

 僕にとってメアにどうされようとも、苦痛に感じることなんて何もないし、全てを受け入れることができる。


 あ、でも無視されたりとか、そういう心にクる系の奴は勘弁してほしい。

 僕のガラスよりも脆い心が砕け散る自信がある。

 無視された後に優しくしてくれればすぐに蘇生できる自信もあるけどね!


 メアの後に続いたまま城へと戻り、部屋へと戻るのかと思ったら、案内されたところは大浴場だった。


 マジで?

 初手から混浴とかキメちゃう感じ?

 もうっ、メアったら大胆なんだから!

 洗いっことかしちゃう流れですか!?


「お手柔らかにお願いします……!」


「え? な、何よ。なんのこと?」


「え? 混浴じゃないの?」


「!! 違うよバカっ!」


 また派手に否定された。


 二人でお風呂場に来たらそうだと思うじゃん……!

 僕の純情な気持ちを弄ばれた……!

 でもそれがいい!


「じゃあ何で? 僕は装備を変更すれば鎧は脱げるし、全負傷回復ダメージレストを使えば体の汚れも無くなるよ?」


「じゃあその魔法の使用回数が無くなったらどうするの?」


「………………」


 死ぬしか……ない?

 ここには魔法商なんているわけもないだろうし、死ねばゲームの仕様で魔法の使用回数が回復する。


 いやでも、あんな痛い思いを何度もしろと?


 無理無理無理!!


 勘弁してよ、もう二度とあんな痛い目にあうのはこりごりだ!


 それならそもそも魔法を使わなければ良いのでは?

 そもそもの目的であるメア討伐はもうやらないし、戦う理由がないのなら魔法も使うことないし。


 戦うこと……ないよね?


「どうせ、死ぬしかないとか思ってるんじゃない?」


「そ、そりゃあ方法がそれしかないわけだし……でも魔法を使わなければいいだけだし」


「なら私はどうして何回も魔法を使えてると思う? トーシローみたいにこの城へ来る人はたまにいたんだよ? その度に死んでると思う?」


「…………思わない」


 そっか。

 メアは一度も死んだことはないはずだ。

 回数が少ないはずのS級とかA級魔法を連発してたらすぐに枯渇するのに、躊躇いもなく使っていた。


 ということはだよ、魔法使用回数を回復する手立てがこの城にはあるということ?


「もしかしてこの温泉……」


「そ。この温泉にはね、不思議と魔法使用回数を回復させる効果があるの」


 だからメアは僕と戦った後には、必ず温泉に浸かっていたのか……。

 どっかのヒロインみたいにお風呂が好きなだけかと思ってたよ。


「だから、この温泉を使わせてあげる。言っておくけど、私以外にこの温泉を使うのはトーシローが初めてなんだからね」


「何その情報。そんなの聞いたら僕も思わず興奮してきちゃうんだけど」


「やっぱり死んで回復させた方がいいんじゃない?」


「ごめんなさい!!」


 突然の殺人予告に思わず縮みあがる。

 メアを怒らせたら僕の四肢は簡単にもげちゃうだろう。


 でも本物のファンって、その人からの痛みを全て快感に変えられる人のことじゃない?

 だからいずれは僕もメアに腕を切り落とされても笑って喜んで……。


 いや無理。

 絶対無理。

 変わらず泣き叫ぶと思う。

 普通に暮らしてて腕や首を切り落とされる痛みなんて、早々味わうものじゃないからね。

 僕ぐらいのものでしょ。

 3回も死ぬ痛みを味わってんの。


「とにかく、温泉に浸かると意外とリラックスできるんだから、疲れを癒すといいよ。その…………私のせいなわけだし」


 やっぱり負い目感じてるっぽいな……。

 なんとかして気にしてないって言いたいけど……。


 ん〜、そうだ。


「じゃあ僕が温泉に浸かってる間に、メアはまたご飯作ってよ」


「え?」


「二日間何も食べてないからお腹空いてさ、やっぱりまたメアのご飯が食べたくなったんだ」


 本当はお腹が空いてることなんてない。

 この世界にいる限り、僕が食事を必要とすることはないみたいだ。

 でも味覚はある。

 メアのご飯はとても美味しいし、お腹が膨れなくとも幸福指数は刺激される。


「だからお願いだよ。また、メアのご飯を食べさせてくれない?」


「そ……そういうことなら任せて! トーシローが驚くような料理を作ってあげる!」


「うん、楽しみ」


 綻ぶような笑顔を見せながら、メアは大浴場から出て行った。


 やっぱりメアはずっと孤独に一人でいたからか、誰かに頼られることが嬉しいみたいだ。

 とてもじゃないけどAIには見えないな。

 本当に一人のプレイヤーとして存在しているみたいだ。


 そんな彼女と一緒の時を過ごすことができる。

 僕にとっては充分宝物に該当するほどの思い出だ。


 どこまでがバグで、どこまでが運営の仕様なのか分からない。

 システムが復旧してログオフが可能になるまで、しばらくはこの生活を満喫させてもらおう。

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