裏切り2

【メア目線】



 地下へと潜っていく彼の姿を見ながら、私の心はチクリと痛みを訴える。


 私は彼に酷い嘘をついた。

 あの地下には彼を封印するための魔法陣が用意されている。

 あそこにあるのはSS級の宝なんかじゃなく、その辺りに生えていたただの花だ。


 それを準備したのも私自身。


 私がお城の敷地内から出ることが出来ないのは本当だけど、あの地下への入り口は本当はまだお城の敷地内で、昨日の夜に私が魔法で作りあげたものだ。

 彼は殺しても城の中で生き返ってしまう以上、残された手は彼を封印することしかない。

 だから私は彼に嘘をついて、あの中へ一人で進んでもらった。


「…………だって仕方がないじゃない」


 一人で私は呟いた。


 ここへ来る人はみんな私を殺しに来る人達だけ。

 トーシローだって、最初は私を殺しにきた。

 だから彼も殺せばここから居なくなってくれると思ったのに、どういうわけか彼はこのお城に縛られていた。

 まるで私と同じように。


 だから彼を封印するため、私自身を信用してもらうために夕飯をご馳走して、優しく接した。


 …………誰かと一緒に食べる夕飯は、正直楽しかったよ。

 作った料理を褒めてもらったことなんてなかったし。


 でも、それとこれとは話が別。

 私を殺そうとしていた人を、どうして信用することができるというの?

 私は喉元にナイフを突きつけられているような状態。昨日も警戒心からか一睡も出来なかったのに。


 だからトーシローには悪いけど、私がこのお城から出ることができるまで、地下で封印されていてもらうつもり。

 私がここから出ることが出来たら、その時は封印を解いてあげる。


「……悪く思わないでね。置いてけぼりにはしないから」


 私は踵を返して、城の中へと戻った。



 その日の夕飯は、静かすぎると感じた。

 ただ、食べるために作られた食事。

 美味しく作れたとは思う。

 でも何かが足りない。

 調味料や味付けの話じゃない。

 一度知った楽しみを奪われたような、そんな気持ち。


 私はそれが何か気付いていたけど、気付かないフリをした。

 それを認めてしまうと自分の正当性を見失ってしまうようで、彼を求めてしまいそうで。


 そんな事を考えている自分が嫌になる。


 私を狙う人は居なくなった。

 それなのに、どうして今日も寝付くことが出来ないんだろう。


 自分のやったことに罪悪感を感じているから?

 慣れない嘘をついて、彼を貶めたから?


 今まで感じたことのない感情が、私の心に渦巻く。


「他の人達が来た時にはこんな風に思ったことがないのに、なんで彼は…………?」


 彼が美味しそうにご飯を食べている姿が浮かんだ。

 夜も朝も、幸せそうに私の作った食事を口に頬張っていた。


「………………はっ!」


 自然と私の頬が緩んでしまっていたことに気が付いて、足をバタつかせて悶えた。




 次の日になってもトーシローは帰ってこなかった。

 封印魔法は成功しているのだと確信すると同時に、そわそわと落ち着かない気持ちになる。


「…………少し見に行こうかな」


 結局、私は自分でトーシローを罠に嵌めておきながら心配で見に行こうとしているのだ。

 滑稽に他ならない。


 城を抜け、柵を越えて地下入り口前へとやってきた。

 全て私が作ったもので、途中に罠もなければモンスターもいない。

 なんの躊躇もする必要はない。


閃光花火フラッシュバン


 トーシローが使った魔法と同じものを使用する。

 私の周りが照らされた。


 階段を降り、ひたすらの直進。


 その一番奥、こっそり覗くと彼はいた。


 光の鞭によって体が拘束されている。

 はずなのに、トーシローはもがいていた。


 必死に拘束から逃れようと前に進んでは、引っ張り戻されて地面に叩きつけられていた。


「くそ…………諦めてたまるか……」


(嘘……まさか昨日からずっと抵抗していたの……?)


 ほぼ丸1日経っている。

 彼が心配で見にきたはずなのに、私の想像とは大きくかけ離れていた彼の姿を見て、私の心は大きく動揺した。


 本当はしおれた彼の姿を見て食事だけでも持ってきてあげようと思っていた。

 だけどそこにいた彼の姿は、萎れるどころか首だけになってももがき続けようとしている。

 何が一体彼をそこまで突き動かすのか。


「私に対する……憎悪……」


 当たり前だ。

 彼は私に裏切られたんだ。

 信用してここにきたら、騙されて封印される。

 そんなの誰だって怒るに決まってる。


 トーシローがここまで抗う原動力はきっと、私に対する復讐心に違いない。

 彼の封印は解けない。

 そうすればきっと今後、トーシローは私を殺そうと躍起になるだろう。

 私だって何度も人を殺して平気でいられるほど、メンタルは強くない。


 どうせ元から一人だったんだ。

 これからもずっと、私は一人で──────。


「メアが…………待ってるんだ! メアのためにも絶対にこれを届けてみせる! 僕は諦めない!」


「え──────?」


 トーシローの言葉に私は目を丸くした。


 今、私のためって……?


 どうして?

 どうして彼はそこまでするの?

 体中傷だらけになりながら、どうしてそこまで抗おうとするの?


「ぬあああああああ!!」


「なんで……」


 分からない。

 城から出ること叶わず、人と話すことの少ない私には彼の気持ちが分からない。


 私は歯の奥をギリっと噛みしめながら、気付けばトーシローの前へと歩みを進めていた。


 トーシローは突然現れた私の姿を見てギョッとしたまま固まった。

 どうしてここにいるのか、そんな風に言いたげだった。


「………………」


「………………」


 なんて言葉を掛けたらいいか分からなかった。

 近くで見ると、顔が傷だらけになっているのがなおさらよく分かった。


「メ、メア? ここには来れないはずじゃ…….」


「どうして、そこまでするの?」


「え?」


「トーシローにとって私は殺す相手だったんでしょ? どうしてそんな相手のためにそこまでするの?」


 トーシローに対して詰問した。

 彼は状況がまだ理解できていないようだったけど、私だって彼の行動が理解できなかった。


「どうしてって…………メアの笑顔が見たいから?」


「なっ……!?」


 なんの躊躇いもなく彼は言った。


「僕がこれをメアに渡すことができれば、喜んでもらえるでしょ? そのためなら僕は何でも───」


「この封印魔法を作ったのが私だったとしても?」


「えっ」


 たぶんトーシローはこの地下を作ったのが私だとは気付いていなかった。


「私がアナタを封印するために、騙したの」


「そ……そうなんだ」


 悲しげな表情を見せた彼を見て、私の心がチクリと痛みを感じた。


「でも……それも仕方ないことかもね。僕は君に酷いことをしたんだ。少しでも贖罪になればとメアのために宝を取りにきたけどさ、騙されてたなんて、勝手に一人で浮かれて僕、馬鹿みたいだ」


「そ…………」


 そんなことない、と言いかけて踏みとどまった。

 罠を仕掛けた張本人が否定するなんて、馬鹿げているもの。


「まぁでも、最後にメアが会いに来てくれて嬉しいよ。このまま一人で理由も分からず放置されるよりかはさ」


 そう言って明るく笑う彼に、何故か私はイラッとした。


「どうしてそんなに楽観的でいられるの!? 私はアナタを騙したんだよ!? トーシローの目的は私を殺すことなんじゃないの!?」


 息を荒げてまくし立てる私の姿に、トーシローは目を見開いて驚きながらも、柔らかい笑みを浮かべた。


「目的は確かにそうだったよ。でもなんていうか……理由は全然違うというか……」


「理由…………?」


「いやでも、本人の前でこれを言うのはちょっと……」


 急に照れ臭そうに話すトーシロー。

 何が言いたいのか全然分からなかった。


「何よ。ハッキリ言いなさいよ」


「まぁその……なんて言うか……僕は君を倒せば、僕の世界でメアに関するスペシャル報酬を貰えるって言われてここに来たんだよ」


「……………………へ?」


 ポカンとあいた口が塞がらなかった。

 私に関する……報酬?


「何それ、賞金とかそういうこと?」


「いやいや、僕の予想ではきっとメアのフィギュアとか抱き枕とかそういう……」


「フィ、フィギュア!? だ、抱き枕!?」


「あれ、知らなかった? メアは僕たちの世界じゃ大人気さ!! 君のフィギュアもいくつも発売されていて、僕は全種類持ってる!!」


「え、ええ? えええ?」


 全然分かんない。

 トーシローは何を言ってるの!?

 なんで急に私の話になってるの!?


「この際だからもうハッキリ言うよ。僕は…………メアのことが大好きだ!!!」


「……ふぇっ?」


 思わず間の抜けた返事をしてしまった。

 思考が停止する。


「もう一度言おう! 僕はメアが大好きだ!!」


「はっ? ちょっ……ええ!?」


「何度でも言うよ!! 僕はメアが───」


「分かったから! 分かったからもうやめて!!」


 顔が急激に火照っていくのを感じる。

 誰かに好意を向けられた事自体初めてで、ましてやそれが告白だなんて……頭の整理が追いつかない。


(どうしよう……! 顔戻んない……!)


「ちなみに僕はメアのフィギュアを、保存用、鑑賞用、布教用、そして実用用と所持している!!」


「実用用ってなによ!? この変態!!」


気付いたらトーシローの頬を勢いよく叩いていた。

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