出会い2
「アナタが諦めるまで私は何度だって殺すよ。だからもう、諦めて帰って」
「そういうわけにはいかない…………僕がどれだけここに来ることを夢見たと思っているんだ!
鋭い風を発生させて、僕の体にまとわりついている鎖を次々に断ち切り、雷撃神の剣を引き抜いた。
「なら仕方がないわね。可哀想だけど、さよなら」
黒い渦からとてつもない速さで流星が落ちてきた。
(これはかわせない)
直感でそう悟った僕は、ありったけの魔法を出し惜しみ無しで使っていく判断を取った。
絶対に、死んでたまるもんか。
「
巨大な立方体の氷塊が空中に連なって、僕と流星を隔てた。
氷塊と流星が接触し、派手に音を立てて氷塊が破壊されていく。
一つ、二つ、三つと瞬間的に砕かれ、あわや直撃かと思われたが、五つ目に流星がめり込む形で停止した。
「防いだぁ!」
僕は一歩横に移動し、すぐさま反撃の態勢を取る。
「
「
僕の放った左右から包むように現れた黒い炎が、メアが地面より作り出した水壁に阻まれ、全て打ち消されてしまった。
A級の魔法すらもあっさりと相殺されてしまう。
「
「
移動しようとした僕の体に、何百という直径20センチほどの黒い円柱がまるで鉄格子のように、ジャングルジムのように僕の体を貫いた。
「あぐっっっ!!!!!」
鋭い痛みが身体中に響き渡り、体が若干宙に浮いた状態で身動きを封じられ、血が突き刺さった部分からダラダラと流れ出てきて、拷問のワンシーンのように凄惨な姿になっている。
こんな魔法、今まで見たことがない。
「うぐぅ……! は…………反則だこんなの……!」
「S級の宝具だもの。もう分かったでしょ? 諦めて家に帰ってよ」
「い、嫌だ! 絶対に帰らない!」
「はぁ…………私がアナタに何をしたっていうのよ……。どうせ殺しても時間が経ったら復活するんでしょ? じゃあ諦めるまでずっとそうしていて」
うう……!
い、痛すぎる!
首から上は平気だけど、足がぶらついていて全体重が円柱にのしかかるようで、内臓をグリグリと抉られるような痛みが続く。
きっと
「ああ……! 痛い……痛いよぉ……! ううっ……!」
「………………」
メアが少し顔を背けるようにして僕を見ていた。
これが楽しそうな表情であれば、メアは人を虐めるのが大好きなドS人間だと分かるけど、この顔はとてもじゃないけど乗り気ではなさそうだ。
先程のタイミングでもこの魔法は使えたはずだ。
なのに一度は致命傷を負わない鎖で身動きを封じて、諦めて帰るよう促した彼女は、間違いなく心優しい人だ。
そんな彼女の困った顔を、僕は見たいわけじゃない。
幸運にも、このイベントは彼女を倒すまで終わらないみたいだし、ここは一度引き返すのが得策かもしれない。
それに、もっと彼女の戦いに合わせた装備を着用した方がいいかもしれない。
そうだね。
そうしよう。
「わ…………分かった。諦めて一度帰るよ」
「そ、そう? でも一度というか、二度と来ないでね」
突き刺さっていた円柱が全て消え、僕は地面にべちゃりと倒れ込んだ。
「……
回復魔法を使用して、全身から痛みが引いていった。
僕は装備画面を開き、項目の一番下にあるログアウト画面をタップした。
『ログアウトしますか?』
『はい』 『いいえ』
という画面が表示される。
「また、すぐ君に会いにくるよ」
「やめてよ。迷惑なんだからね」
僕は『はい』という項目をタップした。
ブブー!
「…………あれ?」
「どうしたの?」
再び『はい』をタップした。
ブブー!
「え? あれ? なんで?」
「なに?」
「か、帰れない……」
「え〜?」
そんなはずがあるわけない。
これを押せば仮想現実世界からログアウト出来るはずだ。
こんなアラームが鳴ったことなんて今まで一度もなかったし、ログアウトできないなんて、生命の危機にも関わってくる問題でもある。
普通に焦るよ。
「そんなこと言って、嘘ついてるんじゃないでしょうね」
「この僕が、メアに対して嘘付くわけがないよ!」
「いやそれは知らないけど……」
そういえば来る時も変な転送のされ方だった。
あの時に何か不具合が生じた可能性がある……?
だから痛覚も普通に感じるようになったし、ログアウトも出来なくなったってこと?
でも機械の不具合なら、強制的にログアウトされこそ強制的にログインなんてあり得ない。
『メアの討伐に成功するまで棄権は不可となります』
まさか……あの一文が絡んでるのか……?
でもそんな、機械にまで直接影響するなんて、そんな……。
「僕は……帰れないのか?」
突然に、この世界から出ることが出来ないという事実が僕を包むように襲ってきて、不安からか動悸が激しくなる。
今まで、この世界から出れなくなる危険性なんて考えたこともなかった。
当たり前のようにログインして、当たり前のようにログアウトして。
攻撃されても痛みなんて感じるわけがないし、あくまで娯楽の一つとして楽しんできた。
「ねぇ……大丈夫?」
さっきだってそうだ。
急に今まで感じた事がない激しい痛みに正直泣き叫びたくなったけど、それはこの世界はゲームの世界で、僕にはいざとなったら逃げ帰る世界があると思っていたから、何度もメアに挑戦出来たんだ。
それが突然、逃げ帰る場所を失くされて、簡単に殺されてしまうような所に取り残されてしまう。
「ねぇってば」
嗚咽が込み上げてくる。
腕を切り落とされた時の痛み。
体を何百本もの棒が貫く痛み。
そして首を切られて死ぬ時の痛み。
トラウマのように今までの痛みが恐怖となってフラッシュバックする。
僕は帰れない。
「ねぇ!」
「えっ?」
メアに肩を揺すられ、僕はハッとメアの顔を見た。
僕が一目惚れした彼女の顔が、こんなにも近くにある。
なのに僕は喜びという感情を全く感じなかった。
それどころではないというか、これからどうしていけばいいのかという不安に駆られている。
「ヒドイ顔してるよ。帰れないの?」
「…………そうなんだ。メアには分からないかもしれいけど、僕はこの世界の人間じゃないというか……メア達とは違うというか……」
「……なんとなく知ってるわよ。アナタ達が私達とは違うことは」
「え? そ、そうなの?」
「前にも一度、私を殺しに来た人達がいたんだけど」
きっと上位ランカー達のことだ。
「その時は腕を切り落としたりしても、痛みを感じてないのか全く怯むことがなくて、あーヘマしたーとか軽い雰囲気だったの。最初は痛覚を抑える特殊な宝具があるのかとも思ったけど、調べても一切そんな宝具は存在しないし、味方が殺されてもケロッとしてて、まるでゲームを楽しんでるようだったわ。だから思ったの、彼らと私は根本的に命の重さが違うんじゃないかって。だからアナタのことも痛がっているのは私を油断させるための嘘だと思ったし、きっとどこかで生き返ると思ったから首も切り落としたの」
命の重さが違う……。
確かに僕達は死んでもすぐに復活する。
この世界でプレイヤーが倒すのはモンスターだけで、モンスター達は倒されても時間経過で復活する。
AIとして存在している国内のNPCは殺されたりすることはない。
よく考えてみたら、AIの人型と戦うのはゲーム内でもメアだけなんじゃないか?
そのメアがモンスターと同じように復活する保証なんてどこにある?
きっと死んだことがないメアには分からないし、それは僕達プレイヤーにも分からない。
むしろ殺されれば死ぬのが普通だ。
僕は当たり前のようにメアは生き返るものだと思ってたし、そんな前提があるからこそ報酬のためにメアを殺すなんて軽々しく発言した。
でもメアにとってはこの世界こそが現実で、この世界こそが全てで。
僕は結局、好きだ好きだと言っておきながらメアのことをコンピューターの一部としか認識していなかったんだ。
「うっ…………うっ…………」
「ちょっ、な、なんでいきなり泣くの?」
「ごめん……! ごめんなさいメア……!」
「ああもう……! 何でか分からないけど、帰れないからって泣かないでよ、こっちが困るじゃない。ほら、泣かないで。無理に帰れなんて言わないから」
まさかこの歳になって、ゲームの世界で泣くとは思わなかったし、ゲームの世界の女の子に慰められるとも思わなかった。
彼女の優しさが、素直に心に染みた。
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