出会い3

「落ち着いた?」


「……はい」


 彼女に慰められてすこし平常心を取り戻してきたのはいいけど、なんか少し恥ずかしくなってきたな。


「でも僕、これからどうしていけばいいんですかね……」


「…………」


 思わず弱音が出てしまった。

 元の世界に帰ることができなくなってしまい、さらには死んでもこの城の中で蘇生をしてしまう以上、元のベイジン王国に帰ることすらできない。

 そもそも死にたくない。

 痛いし。

 怖いし。


「あ、あのさ」


「なに?」


「メアにとっては僕がいることは迷惑なんだよね?」


「まぁそうね」


 だよねー。

 自分を殺そうとした相手を迷惑じゃないなんて、思えるわけがないよね。

 なに当たり前のことを僕は聞いてるんだ。


「ちなみになんだけど…………ここからベイジン王国まで帰るとしたらどういうルートがあるの?」


「そうね…………クレーター荒野を通るのが一番かしらね」


「あ、無理だ」


 そのクレーター荒野で自分さっき死んだんで。

 もう一度通ろうとは思えないです。


「ダメだ…………いよいよ帰れない…………」


「まったく……しょうがないわね」


 メアが僕の方へと近づいてきて、じっと僕の表情を読み取るように見てきた。

 僕は改めてその距離感の近さにメアのことを直視できず目線を少し逸らした。


「な…………何?」


「まぁその……なんていうか…………私、今日夕食を作りすぎちゃったのよね。だから捨てるのももったいないし…………あなたが良ければなんだけど……食べる?」


「え…………?」


 なんてことだろう。

 メアの手作りのご飯が頂けるだって?

 待ってくれ頭の整理が追い付かない。

 これは既に、特別報酬に該当するんじゃなかろうか。

 僕の知らないだけで、ここは現実だったのかもしれない。


「も、もちろん!! むしろいいの!?」


「か、勘違いしないでよね! たまたま作りすぎただけで、あなたのために作ったわけじゃないんだから!」


「いやまぁそれはそうなんだろうけど、でも嬉しいよ! 僕は君に酷いことをしようとしたのに、助けてくれるなんて」


「いつまでもここでウジウジされてても気分が悪いの。それに、あなたにも聞きたいことがあるしね」


「ははは…………]


 僕はメアの厚意を素直に受け入れることにした。

 メアは僕に手を差し伸べてくれた。


「ねぇ、名前は?」


「僕はトーシロー」


「私は…………名乗らなくてもあなたは知っているみたいね」


僕はメアの手を取って立ち上がり、玉座の奥にある扉へと案内してもらった。

 先ほどメアを探しに行くときに通った長い廊下を、今度はメアと一緒に歩いていく。

 扉を3つほど通り過ぎた後、右側にある部屋へと入ると長方形の机にキッチンのような流し台が設置されているところだった。


 お風呂場といい、リビングのようなこの部屋といい、どうやら廊下を隔てて部屋分けされているみたいだ。

 メアはここに一人で住んでいるんだろうか?


「さっき作ったものを準備するから、座って待ってて」


 僕はメアに指示された席に着いた。

 少し冷静になった僕は改めて考えてみる。


 まず、僕がこの世界から抜け出せなくなった理由について。

 VRMMOのハードウェアが世の中に浸透してから、この手のバグというかニュースは聞いたことがない。

 だから安全性については当初こそ懸念の声が上がっていたものの、最近では全く聞かない。

 強制ログアウトされこそすれ、ログアウトできなくなるなんて前例がないはずだ。


 それに痛覚。

 意識を仮想世界に引き込むわけだから、痛覚を感じるようにすることができる技術ももちろんあることも知っている。

 中にはそれを許容しているVRMMOもあると噂されているほどだ。

 でもそれを使用者本人の受諾もなしに取り入れることはあり得ない。

 ましてや有名VRMMOであるマジトレが、突然としてそんなことをするとは思えない。


(バグだとか、そんな単純なものじゃないのかもしれない)


 全てはあのメールから始まった。

 あの特別イベントだというメール、果たして本当に運営からだったんだろうか。

 …………そういえば、あのメールには送り主が書かれていなかった。

 運営のサービス終了メールのすぐ後に届いたから反射的に運営からだと思い込んでいたけど、あれは本当に運営からのメールだったんだろうか?


「お待たせ」


 僕が考えにふけっている間に、メアがお皿に盛りつけた夕飯を持ってきた。

 どうやらクリームシチューのようだ。

 それに多少のサラダ。

 基本ベースは僕たちが食べているものと同じもののようだ。


 僕の前にコトリと置かれたシチューは出来立てかのように湯気を立てており、まったりとした甘い匂いが僕の鼻腔を突いてきた。


「すごい…………普通にうまそうだ」


「普通にってなによ、失礼ねー」


 メアは僕の真向かいの席に着いた。

 僕は手を合わせ、一言頂きますと言ってからスプーンを持ったところで致命的なことに気が付いた。


(そういえば…………味覚ってなくね?)


 VRMMOの世界で食事をしたからといって現実世界で実際にお腹が膨れるわけではないし、ほかの世界はともかくマジトレの世界で食事と言ったら回復魔法薬とか薬草くらいのものだ。

 どちらも無味無臭で、傷も大して治らないのであまり使ったことがない。


 だからこのシチューも味がしないかもしれない。

 もしそうだったら、僕はなんてリアクションをとればいいんだろう。


「味がしないから分かりませーん」なんて言った日には、僕はまたしても帰れと言われかねない。


 メアが僕が食べる瞬間を今か今かと見ていた。

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