【幽谷荘】には13の部屋がある⑥
掲げたる明星に 思い馳せ
七色を描け ああ 星望
明日を照らせ ああ 星望
目指したる栄光に 架かる橋
未来に繋げ ああ 星望
「……何故二番の歌詞なんだ。時間的には三番の方が合ってるし、歌を暗号に入れるなら一番でも良いだろうに」
「何か意図があるんだ……でも星望高校にい行けば真意も分かるだろう。行こう」
僕は釈然としない様子の繭弓を引き連れ、実家跡を去った。次に目指すは僕の通う星望高校だ。
星望高校は街を見下ろす丘の上にある。登校には街の中心からややズレた辺りから伸びる、少々勾配のキツい坂道を登らなければならない。運動神経がお世辞にも良いとは言えない僕は毎日ヒィヒィ言わされているのだが、今回は繭弓が憑依しているからか、これまでの苦労が嘘のようにスイスイ脚が進む。やはり三倍速い健脚は伊達では無い。
「さて、日付がそろそろ変わりそうだな。犯人の野郎、待ちぼうけして眠ってなきゃ良いが……」
「何言ってんの、眠ってた方が良いでしょ。なるべく暴力はしない方向で、犯人から火々谷さんを救出したい」
「甘ったれてんなお前。犯罪行為した奴に垂れる憐憫を持つなんざ」
「拳を振るうだけの力と根性が無いだけさ」
繭弓は突然僕の身体を引き止める。憑依していると
「どうやら穿刀……お前の望みは叶いそうも無いな」
「僕も直感で分かるさ……
辺りは暗いが、繭弓が憑依しているからか夜目が効く。目の前にグダグダに着崩した制服の集団……しめて十人ほどが僕を待ち構えていた。
「────【棗沢】」
「予想より遥かに遅せぇんだよ手前ェ」
集団の首と思しき野郎が威勢よく吠える。一人だけ出で立ちが違う。コイツは……強い。
「待ちくたびれて手下を三人ばかしサンドバッグにしたが────どうだ、お前はウォーミングアップして来たか」
「僕はランニングして来た」
言下、不良達からどっと笑いが出る。
僕の言った事がおかしかった様である。
「ひょろひょろの癖にランニングとか」
「腕っ節どころか頭まで弱いのかよ」
「上半身鍛えて出直せや」
「なぁ穿刀……アイツらに言わせっ放しで良いのか?お前の意思でのす?それとも私の力でとっちめる?」
「────二人で一緒に潰す」
僕の口許が、勝手にニヤついた気がした。
「手前ェ……ぶつくさ何言ってやが」
私の身体は軽々、助走無しで五メートルの間合いを跳躍で詰めた。勢いそのままに一人目を飛び蹴りで黙らせる。
「なっ────?!」
蹴りの反動は私を宙に浮かせ、ムーンサルトの要領で、殴りかかってきた不良二人を回避した。背後を取ったならこちらのものだ。がら空きの首すじに手刀を食らわせてのし、倒れた仲間を抱える様に受け止めたもう一方も、守る術を失った顔面に
その間僅か五秒。見えているだけで全員なら、後七、八人ほどか。
「
鉄パイプを握りしめた野郎が迫り来る。目の前まで引き付けて────。
「……ッッ!!」
────飛び掛って来た所を懐に潜り込み、正面から腹部に一発。鉄パイプを握る手が緩んだのを捉えて手首に空中前転からの踵落としを打ち込み、不良から鉄パイプを奪い取った。鉄パイプを棍棒か如意棒かの如く振り回し、脳天を叩いて三人を次々と気絶させる。
鉄パイプを地面に縦に突き、私は不良が思い切り振り抜いて来た釘バットを避けた。当てられたら堪ったものでは無い。
頭上を取った私は叩かれた箇所がベッコリと凹んだ鉄パイプを手放し、脚で頭を挟み込んで捻りを入れながら、残り二人となった不良を睨み付けた。
「手前……思ったよりやるじゃねぇか」
「そんな手前に一つ教えてやる。俺達はそれなりの大金で雇われた。この意味が……馬鹿に分かるか?」
「お前らが言うほど馬鹿では無いつもりだけどな。どうやら天才の君たちは勘違いしているらしい」
情報の漏洩は、
「本当の馬鹿はルール違反も平然とやるものだ」
僕は二人のうちの片割れに飛びかかり殴った。先ほど一人目を倒した時と同じ様に、一蹴りで間合いを詰めて。
もう一人の方────先ほどから僕が『強い』と要注意していた方────はそんな無茶な動きをしていたはずの僕を、確かに目で追い掛けている。動体視力が人間のそれではない。一体何なんだコイツは。
「面白いなお前、少し興味が出てきた」
ソイツは僕に背を向けた。そしてくるりと顔だけ振り返り、物凄い剣幕で投げ掛けた。
「────俺の機嫌を良くした対価だ。今日はこの辺にしとく。だが忘れんじゃねぇぞ」
お前の事は俺、
強い不良────斧棠はそう言って坂を悠々と降りていった。僕は緊張の糸が解けて、気付けば不良を殴ったまま固まっていた身体を起こす。
「……アイツ、僕を止めるくらい出来そうだったけど」
「あえてそうしなかったんだろうな。何のつもりかは分からないが────兎に角、先を急ごう。囚われのシンデレラを……火々谷さんを助けに行こうぜ」
坂道を駆け上がる。月光が雲から顔を出して、花道を
「火々谷さん……無事でいてくれ……!!」
坂道を登りきると、目の前に巨大な建造物が現れる。月明かりで見える範囲はさほど広くないが────見た所、三階の一角に明かりが見える。
「あそこは……生徒会室?」
「そんなまさかな……」
僕らは玄関に鍵が掛かっているのを確認して、体育館から侵入を試みた。そこは普段、放課後は男子バスケットボール部が練習で使っており、換気の為に開けっ放しにしてあるのだ。これと言って悪い話を聞かないし素行もそれなりの彼らだが、少々尻拭かずな所がある。彼らなら鍵の閉め忘れもあるだろう。
「……思った通りだ。ここから校内に入れる」
「お前、意外と自分の学校大好きなのな。知ってなきゃそうそう出てくるアイディアじゃ無いぜ」
「使う事無いと思ってた知識って……思ってもみない場面で使う事あるんだよなぁ……」
しみじみ思いながら、僕らは学校内部へ。体育館から渡り廊下を突っ切り、玄関の手前まで出てきて僕は物陰に身を潜める。
「数学の
「それは有り得る話だけど……だとしたら職員室にするんじゃないか?それにほら、あの先生からは何の邪気も感じられない。忘れ物でも取りに来た帰りなんだろうさ」
繭弓の言う通り、先生は体育館では無く玄関の方へ駆け足で出て行った。
「ほらな?」
「……三階へ急ごう。他の人には、なるべく会わない様に」
僕らはそこから誰かに会う事も無く、階段を登り、生徒会室の前までやって来た。
「恐らくはここに真犯人がいる。穿刀……心の準備は出来たか?」
「もう後戻りする理由が無い。ドアを開けて、運命と状況に任せるしかないんだ。
────『賽は投げられた』んだから」
僕は覚悟を口に出す様に繭弓に言い、ドアを引っ張って開けた。人影は一つだけ、僕の事を待ち受けていた。
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