火々谷 美緒は燃え尽きない⑦

 意外な事が幾つかあった。

 まず、牛王寺さんがかなり精力的にアルバイトをしている事。

 そして、そのバイト先が偶然、僕の行きつけの古本屋だった事。バイト中は長い髪をポニーテールに束ね、件の種族的特徴である牛の耳と角、そしてその可愛らしい顔がハッキリと拝める事。

 ────【赤柱堂】の店主が、牛王寺さんのお祖父さんだった事。


「今お祖父ちゃん腰痛めてて……それで私が代わりに店番してたの」

「そういう事だったのかぁ……そうとは知らず、随分と長居しちゃった」

「やっぱり私じゃダメ、だった……?」

「いや、全然そんな事は無いよ。そりゃあもちろん、店主と話してみたかったけれども。重い病気とかじゃなくて安心した」

「そっか……」


 彼女は彼女で、『同じくらいの歳の子がよく店に来る』という話はお祖父さんから聞いていたそうだが、それがよりによって僕だとは思いもしなかったらしい。そりゃそうだ、店主に名乗った事も無ければ、同じくらいの年齢の人間などごまんといるのだから。

 僕は彼女が『予言が出来る』旨の発言で傷付いているとばかり思っていたのだが、どうやら全部が僕のせいでは無かったらしい。あの時は昔いじめられていた時の事を思い出して発作が出た故に、僕から離れたのだという。

 どちらにせよきっかけを作ってしまった事には変わり無いので、僕は謝った。


「……件の予言ってね、かしても出てこないの。昔は急かされて、出なかったら頭から水をかけられたり、不都合な予言を出したら集団で無視してくるし……」

「ひどいな……」

「でも、御剣君は悪気があった訳じゃないでしょう?こちらこそごめんなさい。あれから心配してくれてたのに、私ったら……」

『た、大変じゃぁぁぁぁぁ!!!』


 店の奥から、しゃがれた声が聞こえてきた。言葉通り大変なのだろう。


「ごめん御剣君、お祖父ちゃんが────」

「問題ない!行ってあげて」


 牛王寺さんは頷いて、一旦店の奥に消えた。

 数十秒後、青ざめた表情で牛王寺さんが店の方に戻ってきた。雲に隠れたのか、陽射しが翳り店内も異様に静かになる。


「────御剣君、すぐに家に帰って」

「どうしたの牛王寺さん……やっぱり僕、機嫌損ねて────」

「良いから帰ってッ!今すぐにッッ!!」




 御剣君はジタバタと【赤柱堂】を後にした。


「……そんな言い方で良かったのか、黎夢」

「……御剣君の為なら……これで良いの」


 お祖父ちゃん・赤柱あかしら繁礼しげのりの部屋で付けっぱなしにされたテレビ。その画面で流されているニュースでは、煌々と燃え盛る住宅街の一角と、その家から出た重体の被害者として『御剣 錐』という名前と、今年中学校三年になる少女の顔写真がでかでかと公開されているのだった────。




 僕はこの時、僕の知り得ない所で起こっている事の重大さに気付きもしないで、牛王寺さんの『すぐに帰って』という言葉の意味も履き違え、釈然としないまま、また本を買う事も出来ずに歩いて帰路に着いていた。

 辺りは本屋の中とは違ってやけに騒がしく、僕は鬱々とした感情の遣り場も無く、この喧騒に流されるまま、家に帰る為に路地を抜ける。


 ────何台もの消防車のサイレン、消魂けたたましい怒号、天まで届きそうなほどの黒煙……どれもが僕や周辺住民にとっては非日常の災いであり、誰かを呼ぶ声や糾弾する声、蔑む声、嗤う声、……僕を呼ぶ声。現世に顕れた混沌の中で辛うじて掬い上げられたのは、嗚咽の余りまともな単語も口に出せぬ父と母の姿だった。


「お父さん……お母さん……。何でこんな……」


 僕はがっくりと力が抜けてしまって、今目の前で燃え盛る火を見る事しか出来なかった────。




 後から消防士に聞いた話だが、火の手の強さから見て、火元は恐らく僕の家……しかも僕の部屋だったという。暖房器具を使ってはいなかった事から、漏電による引火なのでは、という話だった。

 この火事で最終的に僕の家は全焼、隣近所も十数棟が飛び火・半焼する大きめの火災になってしまった。僕の妹・錐を含む数人が意識不明の重体になり、僕の父と母は諸々の手続きに追われる事となった。

 僕も高校生活が危うくなったのだが、『いざという時の為に』と母がちゃっかり郷里の祖母に頼って作った貯金で、留年こそしなければどうにか高校生活が送れるだけの額を用意していたのだという。やけに冴えている母の頭脳と、祖母の化け物じみた資金繰りのお陰で僕は高校生活をこれまで通りとはいかずとも送れる事になった。

 だが父曰く、『マンションに入るとなったら本を持っていけない』らしく、父の提案で僕は一人学生寮に入る事となった。

 金曜日は学校に連絡の上休ませて貰い、土日のうちに僕は引越しをする事に。

 大半が焼け落ちてしまったから【赤柱堂】の店主にも助力してもらい教科書を新調。本に塗れた生活を送るべく色々調べて、一つだけ条件に当てはまる学生寮を見つけ────。


 日曜日、【幽谷ゆうこく荘】という古びた木の看板に胸踊る思いで、僕はその戸を叩いた。


「すみませーん、新しく入居する御剣です」


 僕は奥から人が出てくる気配に、背筋をピンと伸ばす。これからしばらくここに住まうのだ、失礼の無いようにしなければ。


「……あれ、御剣君!?」

「火々谷さん!!?」


 ……どうやら、平穏な日々とはいかない様である。

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