火々谷 美緒は燃え尽きない⑤

「ねぇおにい

「どうしたきり


 晩御飯の時間が近くなり、妹が部屋から出てきた。


「今日お母さん『居残り』だけど────ご飯どうすんの?」

「えっ今日だった!?やっべぇ、すっかり忘れてた!!」


 僕の母・珠子たまこは市立博物館の学芸員である。【妖の認知】以前から妖怪や神話について研究していた彼女だが、ここ数ヶ月の間にこれまでの研究成果が再評価され、今では幾つもの機関に依頼を受けて論文をしたためる人気の研究者となった。その為に時折『居残り』と称して論文用の研究に没頭する事があるのだが、それが今日だというのを僕はすっかり忘れていた。


「まったく色ボケ穿刀せんと……」

「なっ、何言ってるんだ。彼女がいるなんていつ言ったんだよ」

「見てれば分かるわ。何年同じ屋根の下、同じ釜の飯を食ってきたと思ってんの」


 言い返す言葉も無い。仕方なく僕は錐に全てを話す事にした。すると錐は急に頭を垂れて震え出した。兄の恋愛事情に吐き気でも催したのだろうか。


「────ぷっ」

「は?」

「ぶぁはははははッッ!!お兄が!クラスのヒロインと!?無い無い!世界が終わっても無い!!ひぃは、はひっ、あはははは!」


 酷い。本当の事なのにまるで信用していない。本当に僕は彼女と交際しているのに。


 ピロリン。

 僕はこの時来た通知音に希望を見た気がした。


「ほら錐、彼女から連絡が来たぞ」

「嘘────でしょ……!?」


 有り得ない、という顔をしている。そこまで信用無かったんか僕。


『穿刀くん!今日は色々あったけど、これから一緒に部活盛り上げてこーね^^

 ……あと、出来れば図書室のオカルト本をいくつか借りれたら嬉しいかな!私行ってみたんだけど、借り方がイマイチ分からなかったから……代わりにお願い!orz』


「うっせやろ穿刀のアニキ……こんな文体からキラキラオーラ出よるキャッピキャピの陽キャJKとホンマに付き合っとるんか」

「なんでエセ関西弁になるんだよ。……そうだよ。僕もとうとう非リア卒業したのさ」


 そう言いながら、僕は火々谷さんに返信を打っていく。


『わざわざありがとう。実は僕も行ってはみたんだけど、図書委員がいなくてさ……汗

 今日は結局借りれなかったし、明日は祝日だからまた明後日行ってみるよ!

 それはそうと、僕の妹が火々谷さんの顔見てみたいって言うんだけど……写真とか送って貰っても大丈夫?』


「何妹を利用して彼女の写真GETしようとしてるんよ助平」

「違うし!本当に彼女だっていう証明!男子の成りすましの可能性を考えなかったのか」

「なるほどその手が!」


 ピロリン。

 写真が一枚送られてくる。カントリー風のオシャレで可愛い雰囲気の部屋、絵本やら参考書が種類別に整列した本棚、何故かメガネをかけた、破壊力抜群のモコモコした部屋着ショットが送られてきた。


「うわ、なまらめんこい……!!」


 妹も思わず方言が出るほどの顔面偏差値の高さ。女子力の塊が画面越しに僕と錐の心を打つ。


「本当にこんな美少女と……お兄が……!?大変だ、早く晩飯作らなきゃ」

「えっなんで?」

「────お赤飯炊かなきゃ☆」


 そりゃ確かにおめでたいのかも知れないけどさ。お赤飯の出番では無いだろ。多分。


「まぁ……晩飯考えるの面倒だし良いか」




 蛇足かも知れないが、この後すぐに帰宅した父親・錬次朗れんじろうから妹がしつこく追及された。親ですら僕のおめでたい話とは思わなかった辺り、僕の家庭内での位置は一体何なのだろう。何だか悲しくなってしまったが、翌日また火々谷さんと会うのを糧に今日は眠る事にしたのだった。

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