火々谷 美緒は燃え尽きない④
何とも後味の悪い部活初日だった。途中までは楽しい雰囲気だったのに、最後の先生の言葉で総崩れしてしまった。
『来年の事を言うと鬼が笑う』……オカルト研究同好会としてはこれ以上怖い話も無い。正真正銘の妖怪である顧問の教師から、妖怪の中でもとりわけ畏れられている鬼を引き合いにして先行きを不安にさせられたのだ。
後から火々谷さんが『じゃあ私、鬼に笑われない様に頑張らなきゃ!』と繕おうと必死に冗談をかましたが、結局部員の間に流れる不穏な空気を完全に拭い切るには至らなかった。
「ああいう所が、照宮先生の悪い所だよなぁ……」
部活初日という事もあって早めの解散になってしまった訳だが、火々谷さんは家の料理当番の為早めの帰宅、凪下君は学習塾、先生は新設した部活の備品確認とそれぞれ用事があった。何も無いのは僕だけ。虚しい様な恥ずかしい様な、何とも言えない気分である。
そんな感情を紛らわす為に、僕は図書室に来ていた。
この高校の自慢の一つである図書室。最早『室』というより『館』の方が正しいのでは、と思うほどの広さと圧倒的な蔵書数。本の虫、読書を愛する者なら絶対居心地が良く、僕なんかは最早『住める』という領域に至っている。割と本気で。
「…………」
図書室に入ると、普段なら図書委員の挨拶が飛んでくるのだが、今回はどうやら当番が空席らしい。放課後だからか、深い静寂と傾いて少し鋭い陽射しが辺りを漂っている。
僕は『鬼は何故人を襲うのか』『世界に跨る神秘の金属』『古代文字で見る!原始的信仰のすゝめ』と、如何にも怪しげな本をこれ以外にも十冊ほど、『0』の棚から手に取った。僕が読みたい本の大抵はこの棚にある。
「よし、……後は図書委員を待つか」
無論、委員不在なのに無断で借りるのは反則だ。校則に違反したら、凪下君に小言の一つや二つくらい言われてしまうだろうし、何より良くない行いだと思う。考え方によっては窃盗と同じなのだから。
……とはいえ、職務を放棄している委員も委員である。自分で志願したかどうかまでは分からないが、任された仕事を全うしないのは如何なものだろう。たとえ嫌な事でも、やり切れば評価される訳だし、本人にとって少なくとも損にはならないのだ。
そんな愚痴を内心で垂れつつ、僕は傍らの棚にあった小説を手に取ろうと手を伸ばした。
ぷにょん。
紙にしてはヤケに柔らかい感触に行き当たる。何故そんな所にこんな柔らかいものが……。
「あ……っ」
「……っ!!?」
そこにはヤケに身長の高い制服姿があって、僕の手は彼女のプリーツスカートの上から太ももをガッツリ掴んでいたのである。それにしてもヤケに柔らかい……じゃなくて。
「ごごごごめんなさい!そ、そこの本棚の本を取ろうとしてそれで」
「わ、わわわ、私こそ無言で横から……あの……そろそろ手を離してくれると」
「あっ、本当にごめんなさい」
言われてすぐ手を引っ込めて、僕は掌に残る感触にドギマギしながらも彼女の顔を窺った。
……何がとは言わないが、あまりに大きいそれのせいで顔がほとんど見えない。それじゃなくても前髪が長くて表情がほとんど見えないと言うのに。
「あっ……あの……その本、借りるの……?」
「あぁこれ。図書委員を待ってるんだ」
「それ……図書委員、私なんだけど……」
やっちまった。そうとは知ら無かったとは言え、職務怠慢だと遠回しに言ってしまった様なものでは無いか。
「一年D組、図書委員の
一年D組と聞いて僕は驚いた。
「僕達、同じクラスだ」
お互いに意識した事も無ければ、知らない事で損をした訳でも無い。結局の所、今まで知らない同士だった所で困らなかった故の無知だったのだ。だからと言って同じクラスであるという事を認識し、理解した後の気まずさが無知だったくらいで拭えるはずも無い。数秒にも十数分にも思える空虚が流れた後、ようやっと口を開けたのは僕の方からだった。
「あ……あのさ、牛王寺さん」
「えっ、な、何?」
「おすすめの本とか……あるかな。この通り、僕はいつもオカルトの本ばっかりだから。偶には他のジャンルも良いかなぁ、って思ったんだけど、良く分かんなくて」
「あ……それじゃあ、私幾つか持ってくるね……?」
足音すら立てず、牛王寺さんは静かに移動し始めた。かなりの高身長(目測だが恐らく二メートル近い)で驚いてしまったが、よく見るとスカートの裾から脚以外にもう一本、細く長いものが力無く垂れていた。
「尻尾……?牛王寺さん、もしかして妖なの?」
「ふぇっ!?あ、わ、わわ私、おかしい、かな────?」
「全然。尻尾からして、牛の妖かな?」
「え、えっと……『
「勿論!妖の中でも結構有名だよ。『予言したり』────」
バタン。
牛王寺さんは物凄いスピードで図書室を飛び出していった。『予言』というワードに反応した様だったが、彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。他に多い訳でも無し、十分誇れる能力だと思うのだが……。
結局僕はその日、牛王寺さんがそれきり戻って来なかった為に本を借りる事は叶わず。
残りの暇な時間を家でぐーたら、悠々自適に過ごす事に────なるはずだったのだが。
ピンポーン。
玄関チャイムが鳴り、帰宅後三十分と
「はーい」
『お初にお目にかかりますー。今度引っ越して来ました
挨拶に伺ったんですが、親御さんいらっしゃいますか?』
「いいえ、今のところ僕だけですが」
この時、僕は何となく嘘をついた。妹を余所者に会わせるという行為に、何となく嫌な気持ちがしたのである。
「うちの親に、何か?」
「粗末なものですが────まぁ、ここに置いておきますね」
「わざわざありがとうございます」
「それではー」
その日、墓を破るとかいう罰当たりな苗字の人を初めて見た訳だが(仕事着のままで、ネームプレートに漢字が書いてあった)、僕はその会話の中で妙な点があった事に背筋がヒヤッとしていた。
画面内に映し出された墓破さんは明らかに男性だったのに、インターホンから放たれた声はまるっきり女性のものだったのである。
妹を出さなくて良かった────僕はこのえも言われぬ不安に、そう決着を付けて忘れる事にした。
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