第18話 実技試験


 実技は芸術と剣術と魔法だ。

 芸術は音楽で、声楽かピアノを選べる。今回はピアノ以外の楽器は不可だった。剣術は型のみ。実技といってもどれも初歩の初歩ばかりで緊張をする必要もなかった。いや、やはり緊張はした。他人に見られながら自分の実力を発揮できるほど、肝が据わっていなかったわけだ。

 周りの人間全員が完璧に見える。

 幸いにもクラスごとに分けられていたので、他のクラスの人間と自分を比べずに済んだ。

 クラス内では、特に音楽は一人一人の発表だったので、一際それが目立った。

 そしてユーリは頭一つ抜けて素晴らしかった。堪えきれずといった具合で教師が拍手したほどだ。おそらく他のクラスを合わせてもトップだろう。音楽学校と進学を悩むわけだなと納得した。

 十五分の休憩をはさみ、魔法の実技となった。

 これまでの実技とは異質なほどにより強く空気がぴりついた。

 思わず息をのんだ。緊張からというよりも、周囲からあふれ出ているプレッシャーからだった。

 しかし、実技といったら拍子抜けするほどに簡単。教卓の上に置いてあるワンド《杖》に手をかざし、それが変化するかどうかを試すだけだ。

 そのワンドは非常に魔力への感度が高いらしく、ちょっとの魔力の変化で簡単に動くらしい。

 最初に呼ばれたのは普通の生徒だったのだが、ただ単に手をかざしただけで、コロンと転がって見せたのだ。


「魔法がが使えない者でも、試しになにかの呪文を唱えてみると良い」


 教師がそのように言ったので、その生徒は《ファーメ》と唱えた。

 《ファーメ》は子供でも聞いたことのあるであろう火の魔法の初期魔法だ。

 するとどうだろう、ワンドが少し赤く、まるで熱を持ったかのように色づいたのだ。


「わずかだが熱量に変化があった」


 教師が言う。


「いわゆる一般人、つまり魔術も法術も使えない人間でも、体は魔力や法力を微力ながら作り出している。それらは生命力の一部だからだ。なので高感度ワンドであれば微力な魔法力に反応を示し、術者がきちんと魔法を理解しているのならば、普通は発動しないはずの魔法にも反応を示すわけだ。君は《ファーメ》を唱え、通常であれば発動しないが、このワンドは反応をした。つまり、君はきちんと《ファーメ》の魔法の仕組みを理解していた。単に知識を頭に叩き込んだだけではなく、理解している。これは評価点だ」


 その生徒は驚いたように目を目を見開き、そして嬉しくてたまらないというように表情をゆがめたのだ。

 その喜ぶ気持ちはよくわかった。

 だって、魔法を使うのは、たとえ貴族にとっては卑しいこととはいえ、憧れだからだ。魔法が使えないことにちょっとだけガッカリしている貴族は意外と多いと思う。けれど、魔法っぽいことができるとわかったらがぜんやる気が出てきた。


「それでは、これから基本的な四大元素魔法の初期魔法を唱える実技テストを行う。ワンドに手をかざし、反応が確認されたらば《ファーメ》《マキュー》《ゼピュ》《ゾッカ》の四つの魔法を唱えること。魔法の発現度は目視以外にもワンドから送られてくる情報で記録されるので、見た目に変化がなくとも落ち込まないように。また、その者の持つ魔力量の測定でもあるので、真剣に取り組むように」


 自分の魔力量。

 その言葉に目が輝いた生徒は沢山いたはずだ。

 なにせ魔法の量などどんなきっかけで測定できるかさっぱりわからない。小さい頃に、この子供なんか変だと思われたらそれっぽい機関で調べられるのかもしれないが、まったっく縁がなければ一生分からずじまいだ。

 わくわくが止まらない。


「次、ハール・ミッヒャー!」


「は、はい!」


 名前を呼ばれ、ドキドキしながら教卓まで出た。そして、ドキドキしながらワンドに手をかざす。一瞬、なにも変化はなかった。けれど、ゆっくりと、ほんのわずかだが浮かんだのだ。

 うっひょおぉ!

 そんな変な叫び声が出そうなくらいテンションが上がった。


「では呪文を」


「ひゃ、は、はい!」


《ファーメ》《マキュー》《ゼピュ》

 

 その三つには目視で確認できる変化はなかったが


《ゾッカ》


 と唱えたとき、ワンドからビキッビシッと音が出たのだ。

 ゾッカは土や石といった大地に関する魔法だった。小石の一つでも出てくれるかと思ったが、残念ながら出ず。けれどワンドが反応してくれたのでテンションは爆上げだ。


「よろしい。では席に戻って」


「ありがとうございました」


 興奮冷めやらぬ感情を押し込めて席に戻る。

 それから何人か同じように実技テストを受けていたが、やはりワンドに変化が起きると目に見えてテンションが上がっているのが分かった。

 クラス中が浮足立っている、そういう状態だった。

 が、それは次の生徒の名前が呼ばれた瞬間に消えた。


「次、リチャード・リンド」


「はい」


 その返事は、ピンと張りつめた声だった。

 呼ばれて立ち上がったのは、まるで人形のような金髪の美少年。手袋に黒いインナーのようなもので首を覆った、魔導師系貴族の生徒だった。

 リチャード・リンドは緊張の面持ちで教壇に立ち、一度目をつぶる。そしてカッ目を開くとワンドの上に手をかざした。

 同時だった。

 ワンドは勢いよく、まるでリチャード・リンドの手に張り付くように飛び上がったのだ。

 リチャードはパシッとそれを握り、魔法の杖を繰るように握り直す。

 それはワンドが動くというよりもワンドを操作したような印象だった。


「では魔法を」


《ファーメ》


 唱えた瞬間、ワンドの先端に小さな火の渦があらわれた。

 魔法だ。

 凄い。


《マキュー》


 そして火が消え、今度は小さな水の渦ができる。


《ゼピュ》


 水が消えた。けれど今度はなにも起きない。失敗かと思ったが、ゼピュは風などの大気を操る魔法だ。目に見えるはずがないが、リチャードの切りそろえられた前髪が不自然に乱れ始めた。空気があそこだけ違う動きをしている。



《ゾッカ》


 そして最後に、土魔法。それは本当に目視で確認できる変化はなかった。


「よろしい。魔道具を使った試験は希望するか?」


「はい。このベルを」


 取り出されたのは小さな呼び鈴のようなものだった。


「どのように使う?」


「攻撃系の魔法でもよろしいですか? なにかの的を破壊します」


「許可する。ではこれを破壊してみなさい」


 物騒なことを言い始めたが、教師は当然かのように白い箱を取り出す。


「中学卒業試験程度の対魔法防御呪文がかかっている。これの破壊度はもちろんだが、これ以外への影響があるかどうかも見極めよう。この箱以外に何らかの攻撃がされた場合は減点だ」


「わかりました」


 リチャードはすっとベルを掲げた。

 じっと白い箱を見据え、深い呼吸を繰り返している。

 そしてゆっくりと、小さくベルを揺らした。

 ・・・リィン・・・・リィン・・・・・リィィィン・・・・

 かすかな音が数回耳に届いた。

 何が起こってるんだろう。

 分からないが、リチャードは根気よくベルを鳴らしている。

 そして数分後、変化のない状態にいい加減不憫に思えてきた時だった。

 白い箱にピシっとひびが入り、盛大に爆発したのだ。

 いきなり木っ端みじんに吹き飛んだことに、教室は一瞬凍り付いた。


「よろしい。見事にこの箱のみに力を集中した。評価点だ」


「ありがとうございました」


 リチャードは少し安心したような、けれどりりしい表情で教卓から離れて自分の席へ向かいだした。その姿がかっこよく見えた。

 魔法使いって、魔法使いって、かっこいい!

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