第17話 実力テスト


 そして実力テストの日がやって来た。

 新たに学んだことでなく、これまで中等部で学んできた内容での学力を測るテストだ。

 とっいっても、中等部を経験したことのない人間にとっては、どんな意気込みで挑めばいいのかわからないのだった。初めてのことなので緊張はしているが、どうも周りの雰囲気が理解できない。

 やけに殺気立っている。


「なあ、ジュドー、ロベルト、テストってこんなに殺伐とした空気なのか?」


 クラスのほとんどの人間が、ぶつぶつと何かをつぶやきながらノートなどを食い入るようにみているのだ。だんだん自分に自信がなくなってっ来た。きっと最下位になる。そんな予感がする。


「……さあ、シュライゼンのテストってのはよくわかんないけど、……命削ってるなって感じで恐いな。あのユーリでさえぴりついているし」


 ロベルトが小声で良いながら、斜め前の席へ視線をやる。いつも柔らかな微笑をたたえているユーリでさえ、近寄れない雰囲気だった。


「ちょっとトイレいってこよ。開始までまだ時間あるしな」


 そんな暇がったら単語の一つでも確認すればいいのだが、息が詰まって仕方がない。


「俺も行く」


「んじゃ俺も」


 ジュドーとロベルトもついてきた。廊下にでて三人同時に息を吐く。それを見て、三人とも笑った。


「あー、気が詰まる。思ったよりも名門校って大変なんだな」


 と、ロベルトが言った。全くの同感だった。

 トイレの後、クラスに戻る途中で、少し先に良く見知った姿があった。分身でもしたかのような背格好が廊下の窓際にある。ロキとネロだ。


「よ、お前らも気分転換か?」


 ジュドーが手を軽く振りながら話しかけると、ロキとネロは小さく手を挙げて合図をよこした。


「ちょっと情報交換だよ」


 と、ロキかネロか分からないが答えた。


「情報提供? カンニングの相談かよ」


 ジュドーが軽口をたたく。いつの間にか際どい軽口を言い合えるまで仲良くなっていたようだ。なんだか悔しいぞ。無性に悔しい。


「違うって。状況の伝達ってやつ。さっきアナベルに宣戦布告されてさ」


「っていうと? お前に勝つ! ってか?」


「いや、……コーカルの実力っていうのがどれほどのものかこれでやっとわかるな、って言われてさ。あー、これってシュライゼン対ホロウって捉えられてるんだなーって思ったから、ネロにもそれを伝えてたってわけさ」


「なにかのツテで、俺らがシュライゼンで負けたってコーカルに知れたら、地元の友達にめちゃくちゃいじられるのが目に見える」


「ほんとそれ。ハロルドとかな」


「そうそう、ハロルドとかだよ」


 誰だかわからないけれど、ロキとネロの表情が険しいので、仲の悪いライバルなのだろうかと邪推した。


「だから作戦変更するかどうかの相談?」


「作戦もなにも、もうテスト直前じゃないか、相談しても意味ないだろ」


 ジュドーも言う。


「筆記はな」


 と、ネロのほうがいった。


「っていうと? 筆記以外なんかあるっけ?」


「あるって。魔法の実技」


「午後の最後にさ」


「あー」


「あー」


「あー」


 すっかり頭から抜けていた。魔法など使えないただの貴族にとっては、有って無いようなものだったのだ。魔導師系貴族にとってはそれこそが本番といっていいだろうけれど。

 けれど、それ以外にとっては呪文の暗唱ができるかどうかのテストみたいなものだと聞いていた。


「でも、それこそもう、どうにもできないんじゃ?」


「そこなんだよ」


「そこなんだよ」


 双子の声が重なった。面白い。


「そこなんだよなー」


「そこなんだよなー」


 そして同じことをつぶやきながら窓の外を見たのだ。もはや彼らの頭の中は魔法のことで一杯のようだった。


「んじゃ、お互い頑張ろーぜ」


 ジュドーがそんな二人の背中を軽く叩いて歩き出す。

 それに倣って教室に入ると、予鈴が鳴った。実力テストが始まる。


 国語、数学、化学、生物、外国語三種類、歴史、魔法学、薬学、地理。

 筆記試験はあっという間に終わった。

 クラスのほとんどの生徒は一気に力が抜けて、疲れと解放感がないまぜになった空気で満ちた。


「終わったー」


「ハールお疲れ」


「ユーリもな」


 やっといつもの優しい笑みをユーリが浮かべてくれている。


「あとはちゃちゃっと午後の実技を終わらせて、食堂でなんか甘い物食べようよ」


「ユーリ甘いモノ好きなのかよ」


「好きだけど、今はそうじゃなくて、なんか甘いものが脳に足りてない気がするんだ! ああ、疲れた」


 そう顔を覆って机にうつ伏せた。

 その時だった。


「すまない。少し声を抑えてくれないか。今、集中が途切れそうなんだ」


 と近くから注意を受けてしまった。


「あ、すまない」


 注意をしてきたのは、手袋をはめた生徒だ。首元も、黒いレースのインナーで隠している。もしかしから飾り襟かチョーカーかもしれない。

 つまるところ、魔導師系貴族だ。

 さらさらのストレート金髪を切りそろえた、かわいらしいい風貌の男子生徒だ。

 その生徒はすぐに正面を向き、なにやら指を動かしながらブツブツとつぶやき始めた。

 ほかにも、ケープをしている黒髪の女子生徒は手で見えないボールでも持っているような恰好で動きを止めているし、他にも手を組んで祈りをささげているような生徒もいた。


「魔導師系貴族にとってはこれからが一番大事だったな。しまった」


 ユーリが口元を抑えながら小声で言った。


「……、けど、うちのクラスの魔導師系って、あんまりそれっぽくなくね?」


「しっ、たぶんそれ、当人にとってはコンプレックスだろうからあまり言うなよ」


「そうなのか?」


 ユーリは無言でうなずいた。

 そして担任が教室にやってくる。


「では実技試験に移動する。魔法の実技に関して道具を持つものは今回は二つまで許可する。すぐに廊下に並ぶように」

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