第11話 変態は苛立たせる


「アナベル・クロムウェルって誰だ?」


「ふはは、それ最高だな!」


 ネロの疑問に金髪半裸変態野郎が笑い声を上げた。


「アナベルに聞かせたら顔を真っ赤にして怒るんじゃないのか? ネロ、アナベル・クロムウェルってのは、シュライゼンの主席だったやつだよ。侯爵家で、プライドも高い。ロキはアナベルのお株を奪ったみたいなもんだからだ」


「そうなのか? ロキのやつなんかやらかした?」


「新入生代表を奪っただろ?」


「それは俺だけど」


「でも同じリンミーで、同じ顔だ」


「別個体なんだけどな」


「ネロは誰から嫌がらせされてるんだ? 俺に言ってくれればどうにかしてやったのに」


「お前みたいなやつには借りを作りたくない派なんで」


「ははは、分かってるねー、これだから正統派貴族ってヤんになる」


 結局すべてマーライヒに持っていかれてしまっている。

 俺は少しイラついてきたし、ロベルトが非常にイライラしているのが分かった。

 ジュドーは興味を失ったのか、ネロの机から本を手に取り中身を読み始めていた。


「あー、えっと、ネロ・リンミー? ハールの話では、魔導師系貴族からちょっかい出されているって聞いたんだけど、それって……」


 ユーリが聞きにくそうに口にした。

 目はマーライヒを見ている。

 するとマーライヒはヒュウと口笛を吹いた。


「ああ、それを心配してくれてたのか。ありがとう。こんなことはコーカルの学校ではなかったから困ってたんだ。そもそも魔法なのかどうなのか定かじゃないし」


「そうそう、ユーリはシュライゼンからの進学組だし、魔導師系に詳しいんじゃないかなって思ってさ。それにジュドーもロベルトも頼りになるし」


「ほんとか。迷惑にならないかな」


 ユーリがそれに答えた。


「大丈夫だよ。それに俺たちもネロと仲良くなりたいって思ってるんだ。新入生代表と仲良くなれるのは、ステータス的にもいいだろう? 下心有りだよ」


「あのアナベルを負かした男だしね。将来有望?」


 マーライヒが余計な口を挟む。


「マーライヒ・シュゼットヒル。いい加減に黙ってくれないか? 君がこれほどおしゃべりだとは思わなかったね」


「俺はおしゃべりな男なんだよ。好きな奴の前ではね」


「お前の好きな奴というのは、将来有望なご主人様ってことかな?」


「少なくとも、アナベルやお前の前では膝をつく気はない」


 なんなんだ。めちゃくちゃブリザードが吹きすさんでいる気がする。ネロは無表情だ。

 マーライヒ・シュゼットヒルはアナベルやユーリとなにがあったのだろうか。


「で、どんなふうに困ってるんだ?」


 本をめくりながらジュドーが訊ねた。


「変な人形に付きまとわれているんだ」


「人形? まさか魔法で操られたぬいぐるみが夜な夜な首を絞めてきたり?」


「コーハスの館か」


「このネタが分かるのか。お前も読んだことあるのか?」


「一年くらい前にな」


「同じ作家のは読んだことあるか?」


「全部じゃないけど。結構怖いし、あの作家の本」


 ジュドーは読書家らしい。俺も読んだことがあるが、めちゃくちゃ怖くて最後まで読めなかったから、この話には入らないでおこう。


「あんな怪奇現象じゃなくて、もっとぬるい感じのだよ。一見女子生徒にしか見えないんだけど、明らかに人間じゃないやつが付きまとってくるんだ。ハールと一緒にきたときもついてきて、いい加減にしてほしいから顔をつかんで怒鳴ったら消滅した。ビビった。そんな感じの、人間のような人間じゃないものは気が付くと周りを取り囲んで色々聞いてくるんだ。魔法石がどうのとか、指輪がどうのとか。指輪なんてつけてないっつーの!」


 ネロは自分の手を見せながら叫んでいる。


「まじで恐い! 目的もわかんないし、意味が分かんない!」


「ああ、それで毎日寮に逃げ込んでくるわけか。お前のそばだと静かでいいとか言って」


 マーライヒが懲りずに口をはさんでくる。


「いや、お前の場合はまた別。お前、なんか結界張ってるだろ? だから」


「なんで分かったんだい?」


「静かになるからな。異様に」


「……へえ、分かるんだ」


「わかるだろ、普通。異様な空間。空間魔法得意だろ」


「分かるんだ」


「分かってなかったら椅子を出せだなんて言わないね」


「なあ、それってロキも同じ?」


「なにが」


「分かること」


「なにが分かるかどうかは分かんないけども、同じだろ、きっと。……その点は羨ましいね。そっちはお前がいるから、とても静かだろうな、と」


「ネロのクラスのほうが多いと思うんだけれどね」


「マーライヒ、ネロ、なんの話をしているんだい?」


 ユーリがにこやかな顔で訊ねたが、これは非常にイラついているように見えた。


「ああ、俺にもちょっとわかんないんだ。マーライヒの言うことは、だいたいわからない」


 ネロはさらっと酷いことをいう。こういうやつなのだと理解した。


「ふはは、単にクラス構成のことを俺は言ってんの。ユーリ、お前は分かってるだろ? 今回のクラス編成の特色」


「……」


「今回は成績を平均にするクラス編成でも特殊だ。ユーリ、お前のクラスは学力優先型。つまり一般科目の成績優秀者を集めているクラス。ネロのクラスは魔術優先型。つまり、魔導師系を集めているクラス。んで、俺のクラスはその両方。魔導士と貴族を半々にしているクラス。これで、総合的に成績を均している。お前のクラスは魔法系の授業では最下位になるだろうけれど、一般科目ではトップを目指せる。ネロのクラスは、一般科目では最下位かもしれないけれど、魔法系の授業ではトップを目指せる。俺のクラスは、どっちつかずの二位。でも総合成績ではトップを取れる可能性が高い」


「じゃあ、ネロのにへんな人形を差し向けているのは同じクラスのやつって可能性が高いのかな」


 俺が言えば、ネロが首を傾げた。


「けど、その人形っぽいのは、チャイムが鳴ると廊下に出てゆくんだ。術者の元にもどるにしてはおかしくないか?」


「むしろ自然だろ? チャイムが鳴ってそのままクラスにとどまっても、本当に人形だったら、座る席もなくてずっと立ちっぱなしなのか?」


「ああ、そうか。……クラスに戻るふりして消したりしてるのかもな」


「ってういうか、なんで目をつけられたんだろうな」


 ロベルトが腕組みをして首を傾げた。


「なにか心当たりは?」


「そうだなぁ、新入生代表になったくらいしかないかな? こっちには友達も知り合いもいないし」


「待てよ、それだとアナベルがなにかしてるって言うのか? そんなことしないと思う、あいつは」


 俺は反論した。アナベルはいいやつだ、と思いたい。


「そうだな、アナベルは違うだろうな」


 意外にもマーライヒも俺に同意した。


「あいつの狙いは完全にロキだし。それにアナベルは魔法は使えない。ネロの言う人形っていうのが本当に魔法で作り上げられたものなら、相当な術者だ。普通の貴族のアナベルには逆立ちしたってできるもんじゃない。あいつもお付きの魔導士を引きいれるなんてできる身分じゃないからな」


 では、やはりかなり上位の魔導師系貴族が相手なのだろうか。


「うーん、……魔導師系貴族ねぇ、俺、何かやったかなぁ?」


 ネロは心当たりが全くなさそうで、眉根を寄せてうなっていた。


「親から、絶対に魔導師系とは問題起こすなって言われているから、あえて近寄っていないんだけどなぁ」


 確かに俺も父から、魔法使いに気をつけろ、と釘を刺されていた。どこの親も一緒なのだなとほっこりした半面、もしかして、魔導士系貴族が多いらしいクラスで魔導師系を無視していないだろうな、と不安になった。ごくごく自然に魔導師系貴族の生徒から怒りを買っていたりして。

 だとしたら、変わらなければなたないのはネロであり、そして俺も含めた貴族のほうだ。


 それから夕飯の時間まで、俺たちは色んな事をグダグダと話していた。

 自己紹介をさらに掘り進んだようなものだ。

 そうなるとマーライヒは口を挟んでこない。金髪変態ウザ野郎だが、ミステリアスなところがある。

 ネロと似たところもあるかもしれない。ネロもどこか本心を隠しているような、影を感じるのだ。

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