第10話 ネロと変態
行き先はネロの寮、北の雨だった。
俺とロベルトは西の海、ユーリとジュドーは南の星。
ネロ・リンミーは北の雨、ロキ・リンミーは東の風だ。
「クラスも寮も別々だと寂しかったりしない?」
ユーリが素朴な疑問をネロになげかけている。俺も思っていた質問だった。
「まあ少し寂しいかな」
やっぱり寂しいのか。
「ちょっと周りがうるさいから俺の部屋でもいいか?」
そしてネロはスタスタと自室に向かってゆく。確か寮訓ではほかの寮の部屋に入ってはいけないことになっている。さっそく規則違反をしようとしているネロに俺たちは呆気に取られていた。新入生代表にも選ばれるクールな真面目イケメンだと思っていたからだ。
俺たちは置いていかれそうになり、慌てて追いかけた。
マーライヒ・シュゼットヒル
ネロ・リンミー
そうドアに名前があった。
「マーライヒ……」
それを見てユーリが小さくつぶやいている。
「ただいまー」
ネロがドアを開ける。
「散らかってるけど入ってくれ。ま、散らかしたのは同室の変態だけどな」
「ちょっと変態ってひどくなーい? セクシーって言ってくんないかなー」
「服を着ろ、客だ」
「え? 女子? 連れ込んでいいのは女子だけだよ? 男子だったら追い返してね」
よくわからないけれど、同室の金髪野郎が上半身半裸で入り口までやってきた。背が高くて細マッチョだ。え、同じ十四歳だよな。十六歳くらいに見える。イケメンだ。しかしなんだか癖が強そうだ。
「え、マーライヒ?」
ユーリが呆然とした、信じられないという顔でその金髪露出野郎を見上げている。
「……おや、これはユーリ様ではありませんか」
ユーリを見た上半身半裸の金髪野郎は、すっと表情を変え、冷たい声を出す。
なんだろう、これ。
「ドア全開なんだから小芝居するなら部屋の中に入ってやってくれないか」
ネロの一声で俺たちはドアを閉めた。
向かって左がマーライヒという変態半裸金髪野郎のベッド。右がネロのベッド。
金髪変態野郎のベッドや机や棚には、布やら石やら変な道具やらが散乱していた。
ネロのほうもそれなりに散らかっている。本や本や、本だ。けれどベッドの上には寝具以外のなにもなく、床にはなにも落ちていない。机と棚は本であふれているけれど、他は綺麗である。
マーライヒは机の椅子に逆向きに座り、俺たちをじっと見ている。主に、ユーリを見ている。
「テキトーに座ってくれ。って言っても椅子がないか。マーライヒ、魔法で椅子を出してくれよ」
「俺がこいつらのためにぃい?」
「昨日のボードゲームで俺が勝っただろ」
「じゃあ、これで負けはチャラだな?」
「そうしてやるよ」
すると、目の前に椅子が四つ現れた。
「これでいいか?」
「いいよ。魔導士ってのは便利でいいな」
「将来的にお仕えして欲しいか?」
「いや、間に合ってるよ」
「俺じゃ不満?」
「間に合ってる」
マーライヒはニヤニヤしながらネロを見て、ネロはクールにそれを突っぱねている。なんだろう、なんだか居心地が悪い。ユーリは椅子の上でカチンと凍り付き、若干冷や汗っぽいものを流していた。
「つーかネロってば、いつの間にかこんなに友達作ったんだ? 俺知らなかったなー」
「友達は今んとこハールだけかな。こっちの三人は初見。これから友達になる」
友達って言ってもらえた。不覚にもめちゃくちゃうれしい。
「んじゃ、改めて、俺はネロ・リンミー。出身はコーカルで、子爵家の次男だ。よろしく」
「あれ? ロキが次男じゃないのか?」
「いや? あっちが長男、俺が次男」
するとマーライヒがブハっと音を出して笑った。それにユーリがびくついている。
「お、俺はユーリ・ローレイだ。ローレイ領はヘリロトの隣にある。よければ休暇にでも遊びに来てくれ。俺のうちの屋敷に滞在してくれてもいいし、ホリエナっていう湖にも近い別荘地があるからいいコテージを紹介できる」
「ホリエナか、行ってみたいと思ってるんだ。けど精霊の住処って聞いてるから、……ちょっと怖いかな」
「ホリエナの精霊は美しく気高く、そして優しい。人に悪さなんて絶対しない。見たことはないんだけど。だから怖がらずに遊びに来てほしいよ。ボートにも乗れるし」
「俺はジュドー・オルレイン。侯爵家だ。これといってお勧めできる名所はないけど、郷土料理は美味しいっていう自負がある」
「ロベルト・メイジャーだ。騎士男爵家で、この学校には騎士学校からの編入だ。たまに王室騎士団にも交じっている。これでも剣技には自信があるぜ、ゆくゆくは王室近衛かな」
「はーい、俺のこともきいてー、俺の名前はマーライヒ、」
「いや、お前のことは別に興味ないから」
ネロがすかさずばっさりと切った。
「ネロ酷い。マーライヒ・シュゼットヒル。これでもシュライゼンには幼学部からいるエリートだよ?」
「進学組なんだな。じゃあユーリと一緒か」
俺の言葉にユーリがびくついた。
もしかしてマーライヒとはあまりいい関係ではないのだろうか。
「そーだね。ユーリのことはよーく知っている。ていうか、進学組のことなら大抵のことを知っているかな」
「マーライヒ、こいつらは俺に会いに来てくれたんであってお前の客じゃない。うるさくするなら服を着てどっかに消えてくれよ」
「さっきからネロってば酷すぎじゃない? ロキといい、リンミー家って肝の座り方がはんっぱないね。面白い」
「ロキと一緒にするな。俺はまともなほうのリンミーだ」
ネロとマーライヒのやりとりが続きそうなので、どうにか話の腰を折りたかった。だが俺では役不足だ。マーライヒの濃さに太刀打ちできない。
困っていると、ロベルトが大きめの声で言った。
「ハールからネロが困っていると聞いたんだが、どうなんだ?」
「あ、ああそのことか、」
「ネロもやっぱりやられてたかー」
ネロが返事をしようとしたら、なぜだかマーライヒが割り込んでくる。なんなんだ、こいつ。
「ネロは誰から? ロキは完全にアナベル・クロムウェルから」
それにユーリがビクっとし、俺もビクッとした。アナベルがロキに、なにかをしている。
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