第12話 クラス分けの裏の意図
食事を終えて寮に戻ろうとしたときだった。俺はジュドーに呼び止められた。
内容はネロのことだった。けっこう気になってるようだ。
「なあ、さっき言えなかったんだけどさ、ネロってさ、……魔導師系貴族だったりしないか?」
「え? なんで?」
「いや、なんか……あそこにあった本、……魔術書だっかたら」
魔術書。
「けど、父親から魔導師系とは問題起こすなって言われたって、言ってなかったか?」
「あ、そっか。魔導師系じゃないっていう前提があっての忠告だよな、それって」
「……、うん。まあ、魔導師系でも友達は友達だけど」
「……だよな? 変なこと言って悪かった。ごめんな呼び止めて」
「いや、別にいいよ。気にすんな。じゃ明日な」
「おう、明日」
と、答えたものの、気になって仕方がない。
ネロ・リンミーが魔導師系貴族。それは考えたこともなった。つまりロキ・リンミーも魔導師系貴族。
だとしたら、初めてロキに会ったとき、自分はかなり失礼なことを言ってしまったのではないだろうか。
俺はもんもんとしてろくに寝れなかった。
魔導師系貴族というのは、言ってしまえば蔑称だ。魔導士はもともと貴族に使える従者であるので、たとえ功績によって貴族位や爵位を与えられても、正当なる貴族からは差別されている。
同時に、魔導士には魔導士としての誇りがあり、己を差別する貴族たちに反抗する。時としては見下す。魔法すら使えぬくせに偉そうに、と。
貴族としてのプライドと魔導士としてのプライドは相いれることはない。
「なあ、アナベルちょっといいか?」
就寝時間前の空き時間、勉強をしているアナベルに俺は話しかけた。
「なんだい?」
アナベルは手を止めて振り返ってくれた。
「……ロキ・リンミーと同じクラスなんだよな?」
「そうだよ。ハールはロキと友達なんだろ?」
「まあな」
「そのロキが、どうかしたのか?」
「いや、アナベルって貴族について詳しいんだよな? ロキってどんなやつなのかなーって、思ってさ」
「ああ。情報収集か?」
「そ、そんなんじゃないけどさ」
「友達作るには相手がどんな奴かを知るのも重要だよな。別に変な風には思わないよ。正直に言えば、俺はロキのことはライバル視してる。今度の実力テストでは負けたくないんだ。だから気にしてるんだ。いろいろとね。俺の知ってることは話すから、お前の知ってることも話してくれ」
「あー、まあ、たいしたこと知らないけど」
「だろうね。知ってたら俺に聞いてこないだろうし」
アナベルはからかうように笑った。
「ロキ・リンミーはコーカル市出身の子爵家の令息。赤みがかった茶色の髪に緑色の目をしている。授業態度は真面目。音楽と芸術にかんしては無難。魔法授業は不得手。っていうか、これも俺も不得手だから何とも言えないけどさ」
「魔法が、不得手」
では、ロキ・リンミーは魔導師系貴族ではない?
「そ、だけど正統貴族なら平均的だろうな。実技はできなくて、座学で基本的な知識だけはある、って感じじゃないかな」
「じゃあロキは魔導師系貴族じゃないのか」
そう言えば、アナベルが、「は?」という顔をした。
「どうみたってあいつは正統貴族だろ。しかも嫌味なくらい、まっとうな貴族だ」
「そうなのか? 俺は?」
「お前は正統貴族で、まっとうな田舎のお坊ちゃん」
「あー、なんかショックなんだけどそれ」
「魔導師系貴族は能力が高い奴ほど素顔を見せないからさ、って、そうか。学校生活が初めてなんだったな。黒づくめの集団がいるだろ、あれが魔導師系貴族のやつらだよ」
「たしかに黒ずくめの集団を廊下でよく見かけるし、ネロのクラスでもかなりの数を見たな。それで、ああ魔導師系なんだなと思っていたけど、……、普通の制服着てるやつには魔導師系はいないのか?」
「いない。魔導師系にもプライドってやつがあるから、魔導士だってことを主張してるんだよ。逆に、魔導師系なのに魔導師らしからぬ姿だと裏切りだと思われる。正統貴族でも魔導士っぽい恰好したら、あいつ頭おかしーんじゃないの? って思われるし」
「でも俺のクラスにはいないぞ、黒づくめ」
「仮面してたり、手袋してたり、首が隠れるようなインナー着てたり。丈の長いローブを着てたりするやついないか?」
「手袋、ああ、いるわ。手袋している奴いる」
「その手袋が黒だったら魔導師系だ。能力が高いやつだと全身黒づくめ、顔を隠すようにフードとかヴェールとかかけてる。理由は分かないけど、見るからに胡散臭い」
「そっか。……そういや、俺のクラスは勉強重視のクラスだった。魔力重視は隣のクラスだから、俺のクラスの魔導師系はあまり能力が高くないのかも」
「ハールも気付いてたか、このクラス編成」
正確には、気づいていたのはマーライヒとユーリなのだが。
「問題児クラスと優等生クラスに分けやがった、学校のやつら」
アナベルが憎々し気に吐いた。
「え? どういうことだ? 俺のクラスが勉強特化型、隣のクラスが魔力特化型、アナベルのクラスは総合型だろ?」
「そんな見方もできるけど、実際は違う。俺のクラスは問題児集合型。真ん中のクラスは魔法優等生型。お前のクラスは勉強優等生型だよ。俺のクラスには魔法もかなりできるけど問題行動が多いやつと勉強はかなりできるけど問題行動が多いやつと、学力底辺のやつが集められてるの」
「え、じゃあ、」
「俺は中学時代、正統貴族派の代表だった、って言えば通じるかな」
「理解した」
「俺みたいな成績で突き抜けてるやつと、魔力で突き抜けてるやつを一緒の檻にいれて、他の優秀な生徒を安全に丁寧に育てる……って感じ? シュライゼン進学組の振り分けを見ると見事にそうなんだ。勉強で上の中から中の下くらいのやつがお前の一組、魔法で上の中から中の下くらいが二組のクラス、んで、両方のトップクラスとワーストクラスが俺のいる三組だぞ? そんで編入組で、それぞれのクラスの総合値が平均になるようにしてるんだと思うよ。おそらくトップ入学のネロ・リンミーが学力では最下位になりそうな魔法優等生クラスに振り分けられて、ロキ・リンミーは、お前のクラスにしたら学力平均が崩れるから俺のクラスになった。そう考えると自然なんだ」
「……そう考えると、……、まっとうな正統貴族のリンミー兄弟は……、ハズレくじを引かされたんじゃないかな」
「……」
「魔法不得意なのに、魔法に特化したクラスに振り分けられてるから」
「……そうかもしんないけど、それでつぶれるようならそれまでの才能ってだけだろ」
身もふたもないけれど、アナベルの言うことは間違ってはいない。
ロキとネロが不憫である。しかし同時に、俺はほっとしてしまっていた。
俺は環境に恵まれた。幸運だ。
「で、ハール」
「な、なに」
「なんでロキ・リンミーが魔導師系貴族だなんて思ったんだい?」
「え、あ、いや、」
「なんか隠してるだろ。俺が色々話したんだからさ、お前も話してくれよ」
「たいした話じゃないんだ。ほんとに」
「いいから」
「そ、その……、今日、ネロ・リンミーの部屋に遊びに行ったんだ。あ、他の寮の部屋に入るのが禁止ってのは分かってるから、そこは目をつぶってくれよな。まあ、そこでくだらないことを色々と話したんだけど、ネロの机にあった本が魔術書っぽかったから。……、もしかしてリンミー家は魔導師系貴族だったのかなって思ったんだよ」
「魔術書か。……苦手だから勉強してたんじゃないか? 魔法が不得手なら実技での得点は望めない。その分座学で点を取っておかなきゃいけない。……、となると、あっちも勉強に抜かりはないってことか。ふん」
「あ、そっか。確かに」
「リンミーは編入組だけど、これまで学校には通ってたらしいんだ。だから学校で試験なんかも当然受けていた。傾向と対策を立てて勉強することは当たり前のようにやってるんだろ。……ハール、そういうお前は大丈夫か? 魔法の勉強なんてしたことある?」
「え、……ほとんどないな。家庭教師から魔法史学を少し学んだけど」
「それじゃ貴族学校じゃやっていけないぞ。こっちは魔導士を使役する立場になるんだから、魔法に対しての知識はあったほうがいいんだ。だから魔法が使えなくても魔法学の成績は重要だぞ」
「ま、まじか」
「魔法の授業や試験では魔導師系にはどうあがいても勝てないけど、座学で得点できるだけしておかないと、総合順位で負けるぞ。あっちは魔法に特化して勉強してくるけど、普通の勉強も人並み以上にできる秀才しかいないからな」
それを聞いて俺はやっと危機を感じた。
魔法の授業が重要視されるなら、魔法のつかえない正統貴族はその分のハンデを負っていることになるのだ。どうにか魔法を使って点を稼ぐように頑張るか、それともアナベルのように勉強に突き抜けるか。
俺には、後者しかない気がした。
「……俺も勉強しよっと……」
俺が机に向かおうとすると、アナベルがニヤニヤ笑っていた。
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