第8話 それぞれのクラス  それぞれの別の顔

 ロキは翌日ハール・ミッヒャーに謝られた。


「悪い、ロキ! コネ入学って言いふらしてしまったかもしんない!」


 人気のない中庭である。ロキはハールの横にネロの言っていた人形とやらがいないか気になって仕方がなかった。


「いや別にいいよ。コネ入学なのは本当だし」


「それは謙遜なんだろ。なのに変な噂にしちまってたらほんとにごめん。何かあったらいってくれよ、絶対に協力する」


「そうか? ならありがたいけど」


 今日は人形的なものはいないらしい。残念だ。


「田舎貴族の三男だけど、できる限りのことはするよ」


「そんな自分を下げるようなことは言うなよ。俺も田舎貴族の次男だけど、そっちは伯爵だろ。俺よりも上だ」


 ただ、決して裕福ではないようだ。貴族としては普通だ。ごくごく普通の伯爵家。一般市民に比べれば夢のような生活には違いないだろうが。

 ともかくも、ロキはハールにあまり気にしないようにだけ言って教室に戻った。

 教室には少々厄介なグループがいる。

 アナベル・クロムウェルを筆頭にしたシュライゼン進学組。つまりエリート集団だ。

 そしてもう一つ、マーライヒ・シュゼットヒルなる生徒が中心の魔導師系貴族のグループ。

 この二つのグループが激しく敵対しているのだ。一言でいえば学級崩壊寸前だ。

 話を聞く限り、ネロのクラスは平穏らしい。

 羨ましい。

 ロキはギスギスした雰囲気の中、そっと自分の席に着いた。そこはクラスのど真ん中だ。エリート集団は窓際、魔導師系集団は通路側にたむろしているために、ロキの席は二つの感情がぶつかり合う場所である。


「最悪だな」


 そんなつぶやきに、隣の席に座っていた気の弱そうな女子がびくついていた。

 今このクラスでは不用意なつぶやきだけで喧嘩の火種に発展するのだ。


 そして火種がやってきた。


「やあ、ロキ・リンミー。さっきは中庭にいたみたいだけど、何をしていたんだ?」


 アナベル・クロムウェルだ。


「友達と話していただけだけれど?」


「それってハール・ミッヒャーだろ? 俺の寮の同室なんだけど、ハールと君って友達だったんだ? へえ?」


 あいつこんな面倒なやつと同じ部屋だったのか。それを知っていたら呼び出しに応じるのではなかった。ロキは表情を変えずに後悔した。


「君って、コネ入学なのか?」


「ああ、そのことか。そうだよ。ま、正確に言えば推薦入学ってやつだよ。学校指定推薦ってやつかな」


 口から出まかせであるが、父がそんなことを言っていたので、嘘を見抜くような精神系の魔法にかけられても大丈夫なはずだ。

 魔導師系たちがこっちを見ている。

 彼らの中に高度な魔法が使えるものがどれだけいるかしれないが、変に嘘はつかないほうがいいだろう。


「推薦ね。ふーん」


 アナベルはそれだけ言ってロキから離れてゆく。

 楽しい学園生活を期待していたわけではないが、このクラスで友達を作るのは諦めたほうが楽そうだ。

 ロキは無言で本を取り出し、残りの休憩時間を冒険小説を読んで過ごした。





 ネロも本を読んでいた。

 その周りを、ずらりと女子たちが取り囲んでいる。

 他の男子生徒からすれば羨ましい限りなのだろうが、ネロは全く嬉しくなかった。

 なぜなら、全部人間じゃない気がするのだ。みんな、それなりに整った顔立ちなのだが、瞬きをほとんどせずににこにこ笑っている。そして変なことを聞いてくるのだ。


「あなたはどのような魔法石をもっているの? とてもきれいな目ね」


「素敵な目ね。どういったものを食べているの?」


「その指輪はどこでてにいれたものなの? 素敵ね。とても素敵。どこでてにいれたものなの?」


 コワイ。

 ネロはゆっくりと顔を動かし、他の生徒を見た。

 他の生徒たちは思い思いに休憩時間を過ごしていて、クラスのその他大勢のネロになど全く意識を向けていない。

 たまにこっちを見てくれる生徒はいるが、すぐに自分の作業に戻ってしまう。

 いっそのこと、自分からどこかのグループに話しかけてしまおうかと思うのだが、ともかく周りを取り囲んでいる女生徒が怖くて仕方がない。

 これもきっと人形なのだろう。

 どこかの魔導師系の生徒が操っているに違いない。

 そう思いたいが、人形ではなくて本物の人間だったらどうしよう。


「あ、ネロー、ちょっといいかな」


 そこに知った声が届いた。

 ハール・ミッヒャーだ。

 ハールは女子たちを押しのけてネロの机に両手をついた。


「さっきロキにも謝ってきた。朝の休憩時間に行けてよかった。ごめんな、ネロも」


 それだけ言って、じゃ、と帰りそうになったハールにネロはとっさに声をかけた。


「待て」


「ん?」


「……俺も一緒に行っていいか?」


「お? いいけど、どこに?」


「どこでもいい。休憩時間だろ、ちょっと付き合ってっくれよ」


「おお、おおお、もちろん!」


 ハールは嬉しそうに了承してくれたので、ネロも安堵してその女子の輪から逃げ出した。



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