第6話 ハールとネロ
翌日から始まった学院生活。俺にとって順調だった。
まず隣の席のやつにさりげなく挨拶ができた。そこから会話が始まり、次にやってきた近く席のやつにも挨拶をして、そっち側で出来上がっているグループとも打ち解けられた。
中には俺と同じく初めての学校の生徒もいたし、他の学校からの編入組もいた。
シュライゼンからの進学組は意外と少ないらしい。
「エリート中のエリートでも、落ちこぼれが出るってわけだよ。四分の一くらいしか上に上がれてないんじゃないかな。しかも、定員数もぐっと減る。中等部は二百人くらい卒業生がいたけれど、今回は全部で百人しか入ってないしさ」
そう言ったのは、アナベルと同じく中等部から進学組のユーリだ。ちょっとおっとりした感じのイケメンである。普通顔の俺には嫉妬対象でしかないが、いいやつだと思う。
「じゃあお前とアナベルはかなりの成績上位者ってわけなんだなー」
「アナベル・クロムウェルを知っているのか?」
「寮で同室なんだ」
「へえ、アナベルは学年主席で卒業した秀才だよ。俺は別に成績上位者ではないけど、総合的にボーダーラインを越えたんじゃないのかな。音楽コンクールのフルート部門で個人優勝したことがあるから、それが大きいと思うよ」
「お前もすごいやつだな!」
俺は家庭教師にみっちり試験勉強をさせられて泥臭く入学したタイプだから、こういった優雅な感じの貴族は同じ貴族でも別世界の住人に思える。
「なあ、コネ入学ってあると思うか?」
俺はユーリに聞いてみた。
「コネ? ないんじゃないかな。あ、王家や公爵家は試験無しで入るから、それは一種のコネかもしれないけれど」
「子爵家がコネってのは、さすがにないよな」
「子爵かあ……ないんじゃないか? でもどうして」
「ほら、新入生代表のネロ・リンミー? コネって話しだから」
「え?」
失言だったことに気が付いたのは、周りのどよめきを聞いてからだった。
「それ、本当なのか?」
「いや、双子の弟のロキ・リンミーがそう言ってて、けど、そんなわけないよな。ちょっと気になっただけなんだ」
「そうだよ。コネで主席入学なんてあるわけがない。ロキ・リンミーとやらは謙遜していったんだと思うよ。……それに、そんなことをいったらアナベルが傷つくと思うんだ。本来ならあいつが新入生代表の挨拶をするつもりだったろうから。あとさ、リンミーにとってもそんな噂が広がるのは良くないはずだろ。コネかどうかは、……入学直後の実力テストでわかるし」
実力テスト。
入学一週間後に学力と身体能力、芸術力などの総合能力を測る試験がある。
新入生にとってはそれが初めての「点」が付くテストだ。自分の取った得点が寮の点数に反映される。貢献度によって寮での扱いが変わってくる。
「そうだな。俺の失言だった。このことは忘れてくれ」
そうはいったが、もう手遅れだったかもしれない。噂は広がるのが早い。
俺は放課後、隣のクラスに向かった。
三つあるクラスのうち、俺と同じクラスにリンミーはどちらもいない。当然他二つにいるわけだが、クラス割の紙はすでにはがされていた。
俺のクラスは一組だ。隣は二組で、その隣が三組となる。
二組の廊下の窓から教室内を覗き込めば、その顔は反対側の窓際の席にあった。
どっちのリンミーだろう。
リンミーの周りには誰もいない。孤立しているのだろうか。本人はスンとすました顔で本を読んでいた。
「なあ、あそこにいるやつって、リンミーだろ?」
俺は近くにいた女子に聞いた。これが女子と初めての会話である。ドキドキして心臓が爆発しそうだった。
「そうだけれど?」
「どっちのリンミー?」
「どっちのって……?」
どうやら双子だとは知らないようだった。
「リンミーの名前、分かる?」
「…………」
なぜだか沈黙された。知らないのかな。
「えーと、リンミーって……仲間外れにでもされているのか?」
「……、結果的には、そうなってるだけ、って感じかしら」
「結果的?」
「近寄りがたいのよ。正体不明の新入生代表だったし。中には知ってる生徒もいるみたいなんだけれど、誰も詳細を口にしないのよね。だから、かしら。……あなた、話しかけるの?」
「あ、うん。まあ、そうかな」
「じゃあ一緒に行ってもいい?」
「もちろん」
特に断ることもない。教室に入ると、その女子と一緒に窓際に向かった。
「あー、すみません、ロキ? ネロ? どっちかな?」
「ネロだけど」
ロキではなかった。
「そ、そっか。俺は、ハール・ミッヒャー。よろしく」
「よろしく。……ネロ・リンミーだ。で、……誰?」
「あ、だからハール・ミッヒャーだけど」
「それは聞いたけど。……用件は?」
「……その、ロキじゃないんだなーと、思って」
「ああ、間違えたのか。ロキなら隣のクラスのリンミーだ」
「お、おう。そっか、……。えっと、けどネロのほうにも用があるんだよ」
「なに」
「その、謝ろうと思って」
「俺に何かしたのか、お前」
「うん」
「何したんだ、俺に」
この場では言いにくく、俺はネロ・リンミーを中庭に呼び出した。女子生徒もついてきた。
広い中庭の木の陰。
ネロ・リンミーがゆっくりと顔を動かして、辺りを見回している。きょろきょろではなく、実にゆっくりとだ。
「ネロ、変な噂を流した。申し訳ない」
「万死に値するな」
しれっと恐いことを言われた。
「本当に申し訳なかった」
俺は頭を下げた。
「入学式の時、ロキ・リンミーに話しかけたんだ。そしたら自分たちはコネ入学だって言ったから、クラスのやつとかにコネ入学なんてできるのか? なんて聞いてしまったんだよ。それでもしかしたら、変な噂が流れている可能性がある。本当に、ごめん」
「うわ、最悪だな。いじめの対象になるのは決定的じゃないか。あーあ」
「本当にごめん」
「まあいいよ。本当にコネ入学だし」
「え」
「俺もロキも入学試験なんて受けていないし、入学式の前に紙を渡されて、名前が呼ばれたら壇上に上がって読めって言われただけだ」
「そうなのか? 俺は、必死に勉強して、この学校に入ったんだ。そんなことってマジであるのか?」
「俺とロキのこと、ムカつくならそのままムカついていじめるなりなんなりしてくれていいぞ。それを理由に前の学校に戻ってやる」
「そんなことしないって。それに、進学組の話だと、コネとかは本当に無理ってはなしだ。特に子爵家だと、そんな権力……。だから、変な噂が立ったら困るだろ……、ごめん」
「いいって。本当にコネだし」
ネロはコネ入学だと言ってひかなかった。変な奴だ。
「それよりさ、その、隣にいるやつ、……なんだ?」
と、ネロは言った。
横にいるのは、ネロと同じクラスの女子生徒だ。さっきから一言も発してない。見れば、ポーッとした顔でネロを見ている。
なんだ、イケメンってムカつく。
と思った時だ。
「お前、なんのつもりだ?」
そう言ってネロがその女性生徒の顔を正面から思いっきり掴んだ。
「え、おい、なにやって、」
あまりの出来事に声を上げようとしたとき、その女性とがパチンと音を立てて消えたのだった。
「………ヒっ……………!」
さらなるあまりの出来事に俺は今度は声を失った。
目の前で、人間が一人消滅した。
ネロも手を宙でおかしな感じで掲げたまま、立ちすくんでいる。その顔は間違って馬糞を踏んでしまったかのようだった。そして、
「ふ、ふはは、これが、これが貴族学校ってやつか。そうかそうか、ふははは、あはははははは、そうかそうか」
笑い出した。
「ど、ど、どうしたんだよ、なんなんだよ」
「魔導師系貴族のいたずらってやつかなんかだろ」
「え? 魔導師系貴族の?」
「今のはなんかの魔法だろ。なんの魔法か知らないけれどな」
「魔法を使って、女子生徒に化けてたってことか?」
「わかんないね! 俺は魔導師でもなんでもないただの貴族だからな!」
そういえば、別れ際に父が言っていた。
魔法使いには、気をつけろ、と。
あれ? 精霊使いだったかな?
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