第5話 とある都会の貴族の少年

 寮に行くと、そこにはすでにそれぞれのグループが出来上がっているように感じて、自分の出遅れ感がひしひしと感じられた。

 友達もできずにボッチだったらこの先どうやって生きてゆこう。

 不安に思いながら割り振られた部屋を探して階段を登った。

 部屋にはすでに荷物が運び込まれているので、その確認と荷解きそしてから、寮生活の説明を受けるために定められた時刻にホールに集合しなくてはいけない。


 寮の部屋は四階の中央。

 ドアには寮生の名前が刻まれている。

 ハール・ミッヒャー

 アナベル・クロムウェル

 どんな奴だろう。クロムウェルという名前は聞いたことがない。いや、そもそも田舎の三男坊だと他の貴族の名前なんて全然知らないんだけれど。

 そっと中に入ると、正面の大きな窓と、その左右の壁につけられて置かれたベッドが目に入った。

 同じ部屋にベッドがあるのかよ。

 一応、ベッドにはカーテンもあるらしく、夜寝るときには閉めておけるようだ。


「あ、こんちは」


 いきなり左側の壁の影から顔がひょっこり出てきた。


「ハール・ミッヒャー? 俺はアナベル・クロムウェル。同室、よろしく」


「よ、よろしく」


「壁際の机にネームプレートが付いてたから、俺は左側らしい。シャワー室側。そっちはトイレ側みたいだな」


「あ、そうななんだ……わかった」


 部屋に入ってすぐ左側にはシャワールーム、右側がレストルームだった。

 そしてベッドの手前に机と棚。正面の窓の下には大きめのタンスが二つ並んでいる。

 最初は無言で荷物整理をしていたが、それも終わると俺はベッドに腰かけた。

 先に部屋に入っていたアナベルはとっくに荷解きを終えて、ベッドに転がって本を読んでいる。

 俺は無言で荷解きを始めた。


「終わったか?」


 荷解きが一段落したところで、アナベルが本を置いて話しかけてきた。


「じゃあ改めて自己紹介しよう。アナベル・クロムウェルだ。クロムウェル侯爵家の長男」


「侯爵? 上位貴族じゃないか。俺はミッヒャー伯爵家の三男、ハールだ。なんだか緊張するよ」


「これから四年間一緒なんだ、仲よくしてほしい」


「俺も。学校でも話しかけていいか?」


「もちろん。俺も話しかけていいか?」


「当然さ。アナベル、お前はもう友達はできたのか?」


「できたかっていうか、中等部からの友達がいる」


「ああ、そうか進学組か。俺は今まで学校に通っていなかったから」


「へえ、まあそういう奴も多いよな。俺も寮生活は初めてなんだ。緊張してるよ。中等部のやつらともバラバラになったし、たぶん意図的に分けてると思う」


「じゃあ、伯爵家と侯爵家っていう階級の違う子供を同室にするのも理由があってのことかな」


「侯爵家と伯爵家なら別にさほどの差があるわけじゃないし、そこは分かんないけど。公爵と男爵が一緒だったりしたら、なかなかの冒険心があって面白いね」


「こっわ。恐いこと言うね」


「あはは、さすがにそれはないと思うけどな」


 それからアナベルと毒にも薬にもならない話をして時間をつぶし、ホールに集合するために部屋を出た。

 ホールは四つの寮の合同施設だ。

 新入生がそれぞれの寮のにわかれて並び、その反対側に向かい合いように先輩たちが並んでいる。

 先輩たちの前には四名の生徒が立っていて、どうやら寮監でありスカラーであるようだ。


「新入生諸君、入学おめでとう。私は南の星の監督生、カルロ。これから寮生活の規則について説明するから、心して聞くように」


 南の星の寮監が大声で寮訓などを説明しているとき、横にいたアナベルが耳打ちをした。


「カルロ・フォール。フォール男爵家の次男だ。男爵家だけど、父であるフォール男爵は公爵家の末弟。つまり公爵家ゆかりの高位貴族だ」


「男爵家だけど、高位貴族ってあるのか」


「そ。爵位だけでは測ることができない真の階級っていうのが、貴族社会にはあるんだよ。初めての学校生活なら戸惑うこともあるだろけど、分かんなかったら俺に聞いてくれ。これでも詳しいほうなんだ」


「サンキュ。恩に着るよ」


 南の星の寮監の話しがおわると、今度は西の海の寮監が自己紹介を始めた。続いて、北の雨、東の風。

 寮の成績順での挨拶らしい。

 勉強の成績、運動、芸術での成績、他、様々な要素で点が与えられ、二か月に一度順位がい入れ替わる。そして年度の最後に総合順位が決められるのだった。

 昨年度の総合優勝は南の星だったようだ。

 それから食事が始まった。

 大きな食堂に寮ごとに分かれて座る。

 夕食は基本的に食堂で取るが、試験期間などに限り、部屋に持ち帰って取ることを許される。


「なあ、あれって新入生代表の生徒だよな」


 アナベルが遠くの席にいる茶髪イケメンを見つけていった。


「うーん、ここからじゃよくわかんないな。双子の弟のほうかもしれないし」


「……。ハール、お前、あの生徒について詳しいのか?」


「いや、知らないけど。ちょっとだけ話したんだ。弟のほうと。ロキ・リンミーって言ってた。アナベルは知らないのか?」


「……知らない。中等部にも初等部にも幼年部にもいなかった。ハールと同じ高等部からの生徒だ。なのに新入生代表の挨拶をしただろ、……ちょっと気になるんだよね」


 ということは、本来なら新入生代表は進学組から出るはずなのだろう。


「そういや、ロキ・リンミーが言ってたな、自分たちはコネ入学だって」


「コネ? コネで入れるほどの地位があるのか、あのリンミーってのは」


「え、さ、さあ?」


 なんだかアナベルの機嫌が悪くなった気がする。


「子爵家の次男だって言ってたけど」


「子爵がコネ? ……」


「……あのカルロ先輩みたく、公爵家とか王家とかにゆかりの貴族なのかもな?」


「……かもな」


 どうやら本当に貴族社会には表からは見えない面倒な事柄があるらしい。

 この学校でやっていけるかな。

 不安しかない。


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