第4話 とある田舎の貴族の少年
王都ヘリロトにある、選ばれし者のみが通うことが許される王立学院。シュライゼン。
王侯貴族の令息令嬢だけが通える由緒正しき学院である。
もちろん、身分に関係なく成績優秀者が通う学校や公立校、魔導師系の専門学校や舞踊学校など様々な学校がある。だが、シュライゼンだけは別格だった。
どんなに頭がよかろうとも、どんなに魔力があろうとも、どんなにダンスがうまくとも、王侯貴族であれば絶対にシュライゼンを目指す。
よってシュライゼンには身分の高い者達が、己と家の栄誉の為に集い、彼らが秘めている真の才能は、未知。才能よりも、頭脳よりも、家柄。そんな奇怪な世界である。
ただし、その学力などの平均は一般的な進学校よりも高いとされる。貴族の中でもえりすぐりが集まるからだ。
なので、狭き門を潜り抜け晴れてシュライゼンの生徒になれたものは、己を誇りと思う。そしてその入学式と卒業式は盛大なものとなるのだ。
生徒の両親はもちろん出席するし、王族も招待される。運が良ければ国王が祝辞を述べるだろう。
当然、市民たちからの注目も高かった。
そして今年の新入生には、平民も混じる。
異例のことだった。
「なあ、どれが平民のやつかわかるか?」
俺ハール・ミッヒャーは隣の列の生徒にこそっと訊ねた。入学式の最中だ。
隣の列のやつは茶髪に緑の目をしている、なかなかのイケメン君だった。俺は金髪だが、平均そこそこの顔をしているのでちょっと悔しい。
「さあ? 興味ないな」
茶髪イケメン君はクールだった。
「ほんとか? 俺は興味ある」
「なんで」
「そりゃ、珍しいからに決まってるだろ。どんな能力があるかも気になるしな」
「能力?」
「そそ。魔法とか? 使えるんじゃないかな。平民だしさ」
「平民なら魔法を使えるっていう理屈がちょっと理解できないけど」
「はぁ? 何言ってるんだよ。貴族じゃないんだから、平民なら魔法を使えそうだって思うじゃないか。それくらいの特殊性がないと入学なんてしなくないか?」
「特殊? 魔導師系貴族なら魔法くらい使えるだろ?」
「……魔導師系貴族? はは、それなんちゃって貴族じゃんか。って、あれ? もしかして、お前がその平民だったりするか?」
「いや。一応子爵家だ」
「そっか。俺は伯爵家の三男」
「俺は次男。長男はあそこにいる」
イケメンは視線を正面に向ける。
するとそこには全く同じ顔の男子生徒がいた。壇上で、新入生代表を述べている。あまりにもそっくりすぎて、俺はぶしつけにも何度も見比べてしまった。
「双子なんだ」
双子にしても似すぎてやしないか。でも双子だし、そんなものか。
「……兄が新入生代表か。……、」
「その沈黙は兄弟格差を感じての憐憫か?」
「いや、そうじゃないけど」
「なら安心しろよ。俺も兄も、コネ入学だからな」
表情一つ変えずにとんでもないことをキッパリ言い切るので、俺の周りは変な静寂に包まれた。
-- ……以上。新入生代表。ネロ・リンミー --
茶髪イケメンの兄の声が響いた。
弟のほうがキロっと俺に目を向けた。少しだけ息をのんだ。緑だと思っていたその瞳の中に金色が混じっていて、その金がゆっくりと動いている気がする。
「ロキ・リンミーだ。よろしく」
笑いもせずにロキが名を告げた。
「ハール・ミッヒャーだよ……、よろしく」
ミッヒャー伯爵家の領地は国境沿にある。もちろん今までは領地の城で暮らしていた。勉強は主に家庭教師とサマースクール。サマースクールでほかの貴族の同年代の友達を何人か作ったが、こうやって学校生活を送るのは初めてのことだ。
たぶん他の生徒も同じなんじゃないだろうか。
しかも寮生活だ。
どいつもこいつも緊張している。
友達はできるだろうか、寮の同室者と仲良くできるだろうか。
寮の部屋は相部屋がほとんどだ。王族や公爵家あたりなら個室執事乳母付きだったりするらしいが、伯爵家程度では相部屋で、付添人など当然いない。
新入生は百人で、クラスは三つ。貴族の子供って結構いるんだなと感心していた。しかもこの学園からあぶれたやつもいるんだろうから、同世代の貴族は千人以上いるのかもしれない。
「当然爵位無しとか騎士家なんかも合わせてだろうけど、はあ、背伸びしないで地元の学校に行っておけばよかったな。田舎の伯爵家の三男ってのは肩身狭いね」
あー、いやだいやだ。
入学式を終え、クラスに移動する。そこで担任の話などを聞いた。
ロキ・リンミーはいなかった。ネロ・リンミーもいない。平民の生徒がいるかもわからなかった。髪の毛の色も様々だった。金髪や茶髪が多いが、中には青い者や赤い者もいる。少しピンクがかった髪もいるが、地毛だろうか。指定制服以外に、黒いケープようなものを羽織っているものや、手袋をしているものがいたが、意外と制服規定は緩いのだろうか。シュライゼンはもっと厳格な規律があると思っていたので、これは少々意外だ。
担任の話が終わると、名目上は解散となった。
「寮の発表が済んでいます。寮にてさらに学校生活の説明があります。自分の寮を確認したら、指定されている時間前には寮に移るように」
担任の言葉通り、廊下には寮の発表がされていた。
北の雨、東の風、南の星、西の海。
四つの寮のうち、俺は西の海だった。同室の生徒は隣のクラスらしい。寮の部屋で初顔合わせになるのか。緊張する。
クラスメイトともろくに話せなかったし、入学初日としては落第点だ。これから貴族社会でうまくやっていけるだろうか。
ま、のし上がって見せるけどさ。いや、できるだけ努力する。うん、そこそこに。
「ハール! こちらですよ!」
校舎を出ると母の声が聞こえた。
父と一緒にいる。
周りの生徒たちも両親や兄弟たちと合流し緊張がほどけた表情で過ごしていた。
そして保護者たちは皆、着飾っていた。
「どうでしたか? お友達はできましたか?」
母に訊ねられて俺はヒヤリとした。できてない。
「えっと、……別のクラスのやつですけど、いろいろ話せる奴はできました」
悪い、ロキ・リンミー。今友達認定をさせてもらった。
「子爵家の次男だって話ですが、頭はいいと思います」
たぶん。双子だし。いや、兄弟格差とかあるんだろうか。わからないが、まあいいや。
けど頭の良し悪しよりも、両親としてはもっと爵位の上の生徒と仲良くなってほしいだろうと思った。
「そうか。気が合う友達になるといいな」
父が嬉しそうにしている。
「家柄が同等程度の友達というのが一番いい。いや、その家柄に差があっても親友と言う者はもちろんできるぞ? だが、な」
「ですわね。王弟ご一家のお子様とか、緊張しますしね」
なんと、王弟一家のプリンスかプリンセスがいるらしい。
「と言っても、庶子だからな」
「あ、もしかして平民の新入生というのはその王弟ご一家の庶子の方ですか?」
「まさか。平民出とはいえ、妃はご側室として王族に入られた。最初からではないから、王女は庶子と言われるが、今はきちんと王族の一員だよ。平民と一緒にしては不敬にあたる」
「そ、そうなんですね。気をつけます」
そして、女の子なのか。後で探そう。かわいいといいな。
「田舎の領地では中央の情報はなかなかはいってこないですから、いい機会だと思って色々ろ学んでごらんなさい? きっと将来に役立つ思いますから」
「はい、母上」
「頑張って入ったのだから、良い学生生活を送ってくれ」
「はい、父上」
俺はなんだか急に寂しくなってきたので、涙が出そうになる前に自ら離れることにした。
「あ、そろそろ寮の部屋に行かないといけない時間になりますので」
「そうか。頑張れよ」
「はい、頑張ります。では、また長期休暇で帰りますから」
「待っているわ、ハール」
俺は両親と軽い抱擁を交わした。畜生。寂しくなってきた。本当に退散しなくては。
後ろ髪惹かれる思いで両親のもとから離れたが、
「ハール」
と父に呼び止められた。
「な、なんでしょうか」
「王弟ご一家のお子様も注意だが、他にも要注意の令息や令嬢がいる。王族公爵以外にも、特に気をつけなければいけないのは、……」
「いけないのは?」
「いや、なんでもない。気にするな」
「気になります」
「……、あまり偏見を持たせるのは良くないのだが、父からのアドバイスを一つしておくと……」
父は非常に言いにくそうに、小声でつぶやいた。
「精霊使いには、近寄るな」
「え?」
「以上だ。さあ、行ってこい」
背中を叩かれて送り出される。
俺は気をとりなおし、両親に手を振りながら寮まで走った。
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