第3話 ロキ ネロ 十四歳
「あああああ、なにだ、なにがいけなかったんだ」
「あああああ、なにだ、なにがばれてしまったんだ」
思い当たるふしはたくさんあるが、どれがその原因なのかさっぱりわからない。二人は頭を抱えた。
父の言う通り、コーカル市にあるとても歴史のある伝統校で二人は勉学に懸命に励んでいた。成績だって悪くない。貴族の子としては少々剣や芸術方面には疎かったが、それでも一般生徒よりも成績は良かったほうだ。
ダンスだって頑張っている。マナーの授業だって頑張っている。
どこにだしても「田舎子爵」の子としては申し分ないだろう。
少々気にかかるのは、魔導師系の子供たちと魔法戦争ごっこを繰り広げているところだろうか。
貴族チームと魔法使いチームに別れての陣取りゲームだ。二人は貴族チームの幹部だった。主に相手チームの魔導師役たちの罠を見つけ出して解除する裏方の役だ。
本当は、表立って対戦する役をやりたかったのだが、あんまり剣がうまくなかったのでしぶしぶ今のポジションにいる。
この魔法戦争ごっこは別に学校内で派閥に別れて敵対している構造というわけではない。ちょっとしたゲームである。勝ち負けの基準なども褒賞などもない。放課後や休み時間を使って、校内の教室をどれだけ自分のチームに所属させられるかを競っているだけに過ぎない。
しかし問題になっていないわけでもなかった。
現に年に数回ほど、どちらかもしくは双方に怪我人が出るくらいの問題にはなっているし、校内の治安の悪化に一役買っている。
二人も何回か校長室に呼ばれて尋問されたことがある。
けれどここ最近は、いわゆる全面戦争は起きていない。
魔法戦争ごっこは今は穏やかに休戦中。
「……まさか学校から放逐されたんじゃ、俺ら」
「そんな、だって俺たち首謀者リストには入ってないはず」
二人はうまくやっていた。
「だよな?」
「だよ?」
であれば一体なぜ。
『きちんと、リンミー家の者として』
『期待している』
父の言葉の裏にある意味がなんだか怖い。
その夜は学校の友人やコーカル市の名士、またいつもは遠くにいる親戚たちがリンミー城にあつまり、ネロとロキの盛大な誕生日を祝ってくれたのだが、とうの主役たちは迫り来るお仕置きに絶望してそれどころではなかった。
「誕生日おめでとう、ロキ、ネロ。とうとう俺に追いついたな」
心ここにあらずの主役に声をかけてきたのは、同級生であり仲のいい友達のハロルドだった。
ハロルドは年度の初めのほうに誕生日を迎えるので、後半組の双子になにかと兄貴風を吹かせることがある。
「っていうか、お前らなんだか暗いな。せっかく女子たちもお祝いに駆けつけてきてくれてるんだし、ホストとして声をかけに行ったらどうだよ。あっちは待ってるぜ。いやー、モテるね、お前ら」
「それどころじゃないんだよ」
「そんな気分じゃないんだよ。大体同級生の女子なんてただのガキじゃないか」
「どうせなら先輩方に先に声をかけたいね。来てないけどな」
「お前らクラスの女子に聞かれたらぶっ殺されるぞ」
そんなことはどうでもいいのだ。
「それよりさ、俺らたぶん高等部には進学しないわ」
「え? なんでだよ。落第? なわけないよな」
「転校、っていうか別の学校の高等部に行くことになる」
「は? なんでだよ。リンミー家っていったらうちの学校の顔みたいなもんじゃないか。どこの学校に行くんだ。あ、もしかして留学か?」
そう、コーカル市では名の通っているリンミー家は、コーカル市で一番由緒正しい学園に通っていることが一種のステータスであった。学校としても、一族としてもだ。
「一種の留学かもな」
「そうだな、留学って考えたほうがしっくりくるかもな」
「っていうことは、外国ってわけじゃないんだな。どこだよ」
「ヘリロト」
「シュライゼン学院」
二人の言葉に、ハロルドは一瞬だけ息を飲んだようだ。
そして絞り出すように言った。
「……、なんだよ。そういうことか」
「最悪だろ?」
「最悪だろ?」
「おめでとう」
「は?」
「は?」
「シュライゼンなんて貴族としては最高のステータスじゃないか! 入りたくても入れない貴族がごまんといるんだぞ! そこに選ばれたのかよ、くそ、なんだよそれ、ムカつく!」
「え?」
「え?」
「俺はシュライゼン不合格組なんだよ!」
「え」
「え」
「あ、だからって気にするな。思い出したらまだ少し悔しいけど、もう気にしてない。幼学部と初等部だったし、中等部受験はしてない。当然今回の高等部もな。そうか、お前ら、受かったんだな」
「ま、まってくれ、シュライゼンってそんなに行きたい学校なのか?」
「そりゃ当然だろ。お前ら行きたくないのか?」
「当たり前だろ。貴族ばっかしかいないんだ」
「絶対に行きたくない」
双子が通うコーカルの学校は一般市民も通える。それでも、細かいクラス分けがあるので当然貴族は貴族の子供が多く集まる科やクラスに入ることになる。
とはいえ、悪名高い貴族学校よりは空気が緩やかだろうと双子は考えていた。
「そりゃあ、地方都市の子爵家って言ったらシュライゼンでは高位ではないかもしんないし、お前ら優秀だけど抜きんでて秀才ってわけでもないし、特筆した才能があるわけでもないし、全体的に、こう、見た目も地味な色合いしているけど、」
「おい、さらに行きたくなくなってきたんだけど」
「ナチュラルにディスッてくんのやめろ」
「確かに言ってて俺も不安になってきたな。でもさ、ネロ、ロキ、お前らならやっていけるって。そして、ちょっとは、貴族っぽくなれるんじゃないか?」
貴族っぽく。
二人はため息をついた。
「やっぱそれかな」
「やっぱそれかな」
「……、ああ、そういうことか」
ハロルドもやっと、二人がなにに悩んでいるかが分かった。
「そうか、お前ら……、貴族っぽくないもんな」
「貴族としての意識はあるんだけど」
「貴族として生きてきてるんだけど」
「貴族としての向上心がないんだよな」
「なにそれ」
「意味わかんない」
「あと、やることなすこと貴族っていうか人としてどうかと思うときあるしな」
「そんなわけあるかよ。こっちはちゃんと、田舎の下位貴族の次男坊っていう意識をもって日々生活をしている」
「俺も、田舎貴族の子爵家の次男坊として、ゆくゆくは生活に困らない程度に手に職をつけようと色々資格とか取ろうと思ってる」
「え、お前そんな抜け駆けしてんのかよ。黙って爵位継いどけよ」
「いや爵位はお前が継ぐんだろ、長男なんだし」
「お前なに勝手に次男宣言してるんだよ。長男としての役目を放棄すんな」
「放棄も何も次男だし」
「次男に長男を押し付けんなよ長男」
「俺は絶対に貴族の集会とか出たくないからな」
「俺だって貴族の中で作り笑いしながら腹の探り合いとかしたくないんだよ」
二人はいつもように長男という『責任』を押し付け合い始めた。そして取っ組み合いの喧嘩になり、誕生日の主役たちは全くめでたくはない注目を集めることになった。
ハロルドは小さくため息をついた後、そっとその場から離れた。
コーカルの名門リンミー家の双子。
リンミー家はコーカルの顔でもあり、誇りでもあった。子爵家といえど、鼻持ちならない王都ヘリロト市民に「まあ、そちらさんはには王家がいますが、こちらにはリンミー様がおりますかねぇ」と言い返してやるくらいには、リンミー家を全面に押し出しているところがある。
その理由は分からないが、昔からそうなのだった。
コーカル市及び周辺の市町村の誇りともいえるリンミーの跡取りがこの調子では、当主も荒療治に出るしかないのかもしれない。
ハロルドは若干の嫉妬があるものの、コーカルの民の一人として、ロキとネロにはなにがなんでもシュライゼンで頑張ってもらいたいと思った。
春。
ネロとロキ、十四の春がとうとうやってきた。つまり十五になる年。カンバリアにおいての高等部入学の年だ。
「やっぱり嫌だ! 貴族学校とか嫌だ!」
「大人しくするからこっちの学校に通う! 貴族学校とか嫌だ!」
「うるさい、さっさと乗れ!」
ロキとネロは最後の力を振り絞って逃走をはかったが、お仕着せ列車の一等車両へとリンミー家当主直々に引きずられながら搭乗し、寝台個室へ放り込まれる。そしてドアが無慈悲に閉められると、なぜだか外から鍵をかけられた。内側から開けられない外付けのカギだった。意味が分からない。
ロキとネロはドアの窓にへばりつき、向こう側にいる父に必死で訴えた。
「貴族のクソガキどもと仲良くできるわけがないです!」
「貴族のクソガキどもと仲良くできるとお思いですか!」
「黙れクソガキども、お前らも貴族のガキなのだ、肝に銘じておけ!」
「貴族のガキと一緒に暮らすとか無理です!」
「貴族のガキと一緒の空気吸うとか無理です!」
「いじめられたらどうするんですか!」
「いじめられますよどうするんですか!」
「相手は鼻持ちならない貴族のガキですよ!」
「相手はお高く留まった貴族のガキですよ!」
「黙れいけ好かないクソガキども! いいか、お前ら絶対問題起こすんじゃないぞ! その貴族のクソガキどもと仲良くなって、貴族としての自覚を得てこい!」
「ああああ!」
「ああああ!」
「いやだあああ!」
「むりだあああ!」
「それとあちらでは魔力を持った魔導師系貴族の子供もいる。そいつらと悶着は起こすなよ。平民でありながら成績優秀者の入学してくる! 問題を起こすなよ!」
「問題起こす前提で心配するなら、大人しくコーカルの学校で手を打ちませんか!」
「っていうか、平民が入ってくるなら貴族学院っていえなくないですか。だったらコーカルの学校とかわりありませんよね!」
「出発だ。元気でな」
「あああああ! お父様スミマセンごめんなさい!」
「あああああ! いい子にしますから許してください!」
父が目の前から去ってゆく。そして、ゆっくりと列車が動きだした。
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