第2話 とある貴族の双子のおはなし

 人間と魔物が共存する世界にも稀な国、カンバリア共和国。その古都、コーカル市には建国当初から存在する貴族がいる。

 リンミー家という。

 階級は子爵。

 領地はない。

 領地なしにして爵位持ちという奇妙な一族であるが、奇妙さはさらに続く。

 爵位はあれど子爵という下位貴族なのだが、貴族社会のなかでの発言力はかなり強かった。かといってここ最近目立った功績も武勲もない。

 建国当初に王家になにか良いことをして大事にされているのだろう、きっと穏やかな田舎貴族なのだろう、そのように多くの国民は思ってしまうのだが、これがまた苛烈なほどに金持ちである。巨大な企業をあまた所有し、いたるところに私有地を持ち、それらから生み出される価値あるものたちの権利によってえげつないほどに儲けている。

 しかも、コーカル市の市長は歴代のほとんどがリンミー家から輩出されているのだった。

 首都に匹敵する巨大な都市の頂点に君臨する市長には、それ相応の巨大な権力はあった。

 莫大な金と権力を持つ、領地なしの下位貴族は、国民からは「田舎の穏やかな古い貴族様」と愛され、貴族たちからは「敵に回しても味方にしても扱いが難しい面倒なやつら」と警戒されていたのだった。


 そんなリンミー家の本拠地はもちろんコーカル市にある。

 コーカル市の閑静な住宅街の小さな森のような敷地にご立派な城が建っている。

 正確には、リンミー家の城の周りに名家や金持ちたちが豪邸をぶっ建てていったので、閑静な高級住宅街ができたのであるが。それもはるか昔のことだ。

 今現在そのリンミー家の城には直系男子の令息がいた。

 年齢は十三歳。

 いや、今日で十四歳だ。

 双子だった。


「お呼びですか、お父様」


「お呼びですか、お父様」


「遅い」


 父の待つ部屋に入った瞬間に、二人は緑色の目に睨まれた。


「申し訳ございません」


「申し訳ございません」


 謝ったのだが、父、ジル・リンミー卿の機嫌が回復したようには見えなかった。


「呼び出してどれだけの時間が経ったと思っている?」


「二時間ですかね」


「ええ、きっと二時間ですね」


「私はお前たちにすぐ来るように伝えたはずだが」


「そうですね。リンミー家の男児たるもの、身だしなみを整えてからでなければ目上の方々の前に出ることなどはばかれますから」


 双子の右のほうが答える。


「どこにいた」


 と父が畳みかけるように訊ね、今度は左の方が答えた。


「庭です。少々風が強く、汚れてしまいましたので」


「庭で何をしていた? 汚れるようなこととはなんだ」


「そうですね、少し、……園芸などを」


「またか!」


 父は額に手を当てて肩を落とした。


「お前は?」


「僕は少々、……園芸などを」


「嘘をつけ、お前は石拾いでもしてたんだろうが!」


「石拾いか。じゃあ僕がやっていた園芸はだいぶ貴族的ですよね」


 やったね、と双子の片方が笑い、石拾いと言われたほうは唇を突き出した。


「黙れ! 何が園芸だ、物は言いようだな! お前ら二人そろいもそろって、全く、本当に、……」


 呆れたのかそれとも怒っているのか、沈黙してしまった父の前で、双子はなんでもないような顔で立っていた。

 髪は茶色、そして緑の瞳。どちらもリンミー家の血統の色だったが、父と違う点は、双子の緑の瞳の虹彩に金色が混じるところだろう。じっとみていると平衡感覚が狂いそうな気分になる。

 双子はその奇妙な目で父をみつめ、次の言葉を待っていた。


「それで、お父様。なにかあったのですか」


「もしかして誕生日のお祝いのお言葉でもいただけるのですか」


「そうだな。誕生日、おめでとう」


 思いがけない返事に双子は驚いた。


「お前たちはこれで十四歳になった。十四まで何事もなく育ってくれたことは、父として嬉しく思う。そして感慨深い」


「ありがとうございます……」


「ありがとうございます……」


「成績も優秀であるし、健康であり、武術や芸術にも苦手でありながらも頑張っている。父として本当に鼻が高い息子たちだ」


 父からの祝いの言葉などに驚き若干感動をしているのだが、嫌な予感がする。双子はなにかから逃げられないことを悟った。


「お前たちならば、王都の貴族学院に行っても、十分やってゆけるだろう」


 王都。

 貴族学院。


「あ、父上、ワタクシ野ばらの刺が刺さったせいでどうやら熱が、」


「あ、父上、ワタクシ石を足の小指に落としてから疼くような痛みが引かず、」


「新学期から王都ヘリロトにある王立シュライゼン学院に通うように手続きは整えた」


「お待ちくださいお父様! あそこはかなり難しい入学試験があり、受験者数も多く、何十倍という倍率があると聞きますが!」


「俺たちは試験も面接も受けていませんし、このまま今のコーカルの学校に進むと思っていましたし、その書類も提出したはずですが!」


「試験? 倍率? そんなものリンミー家の名を前にしてなんの意味があるというのだ?」


 地方の下級貴族とは思えぬ発言だったが、双子はその裏に隠された重みをヒシっと腹の奥に感じたのだった。


「……コネですか」


「……裏口ですか」


「家柄とこれまでの内申点。つまり推薦入学だ。言っただろうが、優秀な息子をもって嬉しいとな」


「……」


「……」


「いいか、お前たち。シュライゼン学院にて、きちんと、リンミー家の者として、過ごすこと。わかったな?」


「……」


「……」


「返事は!」


「はい……」


「はい……」


「よろしい。期待しているぞ、ネロ、ロキ」


 その後すぐに退出を許可された双子、ネロ・リンミーとロキ・リンミーは、廊下で呆然と立ち尽くした。

 王都の貴族学院に、送り込まれる。

 これは、これは、お仕置きだ!


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