【第7回】天才詐欺師は聖騎士を喰らう

 僕はシャッフルしたカードを三枚ずつ、自分とレナードに配り、ブーストカードを提示する。


「お客様、ルールのご説明は必要ですか?」

「いいや、必要ない。さっき見て覚えた。……ったく、元老院の怪物ジジイを相手にしてる気分だ」


 ぼやくレナードを一瞥してからテーブルに視線を落とす。

 ブーストカードは土。

 手札は水、土、風が一枚ずつ。

 だったら――


「それじゃあ手札交換を。僕は全部だ」

「俺は二枚で」


 出揃った時点で伏せられたカードをめくる。

 レナードの交換カードは炎と水が一枚ずつ、セオリー通りだ。

 対する僕はブーストカードである土を捨てている。

 それを見たレナードの眉が一瞬上下した。


「再配布だ。僕は三枚、君が二枚」


 カードを戻してシャッフルした後、交換した枚数分配り直す。

 さて手札は……おっと。

 炎が二枚、クリスタルが一枚。まさかの三枚役だ。


「ベットタイムだ。僕はそのままレイズして三枚賭けるよ」


 レナードがじっと僕の顔を見ている。

 そんなにカードの良し悪しを知りたいなら教えてあげよう。

 僕は笑顔で応え、「まだのせてもいいんだよ?」とでも言うように手元の二枚のチップを弄ぶ。


「……ちっ、フォールドだ」


 さすがに初戦で危険は冒せないと判断したのか、レナードは憎々しげにチップを一枚投げて寄越した。

 これで僕のチップは六枚、レナードが四枚だ。

 幸先の良いスタートを切れた。

 どうせ自信がないフリをして控えめにいったとしても、奪えたチップはせいぜい二枚がいいところだろう。

 そして重要なのは、相手が降りた場合手札の公開を行わなくていいこと。

 初戦からクリスタルを含む三枚役なんて公開しようものなら、やつにイカサマに対しての警戒心を植え付けることになった。

 イカサマはここぞという時に一回だけだ。確実に殺しきるその瞬間に使う。


「後ろ向きだねレナード。そんなことしてたら、あと四回で僕の勝ちだ」

「言ってろ。それより、さっさと次のカードを配ってくれ」


 僕はカードを裏向きのまま回収しシャッフルする。

 勝負は二戦目。

 ブーストカードは風で、僕の手札は土が二枚と水が一枚。

 土の二枚役が揃っているものの、ブーストカードが風のため不利……というわけでもない。

 役として成立するのは各属性四枚のうち二枚以上から。

 ブーストカードとして一枚使用されていれば、山札から配られるのは最大で三枚。クリスタルを入れれば四枚だ。

 単純に場に出回る枚数が一枚少なく、二枚以上揃えられる可能性が普通より低い状態ではむしろ属性的に不利なカードの方がゲーム的に有利だったりする。

 揃えられれば強いカードも、揃わなければ恐れる必要はない。


「それじゃあ手札交換だね。僕は一枚」


 今回はセオリー通り水のカードを伏せて前に出す。

 レナードはブーストカードと僕の顔、そして自分の手札を見比べるように何度か視線を往復させていた。

 さっきはブーストカードと同じ属性を含め全て交換した僕が今度は一枚しか出さない。

 普通の心理なら今の時点でもいいカードが入ってることを疑うはずだ。


「俺は手札交換無しだ」

「……へえ」


 不敵に笑うレナードに伏せた水のカードを公開し、山札に戻してシャッフルしてから一枚引く。

 カードは水か。

 まあいい、交換したカードが戻ってくるのはポーカーなんかでもよくあることだ。

さて、ここでベットタイムだけど、状況は僕がやや不利。

 手札交換は言ってみれば諸刃の剣だ。

 カードの強さを底上げできるチャンスと引き換えに、対戦相手にかなりの情報を与えてしまう。

 たとえ手札で勝っていたとしても、警戒されて降りられてしまっては意味が無い。

 たとえば今なら、僕が水以外のカードを求めていること、最低でも水以外の二枚役を持っている可能性があること、そして二枚役でないもう一枚が水以外である可能性が高いことが分かる。

 山札の枚数はさほど多くない。自分の手札の情報と照らし合わせれば色々なことが見えてくるはずだ。


「さてベットだな、俺はレイズして三枚賭ける」


 なるほど、さっきの意趣返しというわけか。


「もし負けたら君のチップは一枚だよ? 最低ベットは一枚からだから――」

「降りられないって言うんだろ? 構わない。なぜならこの勝負は俺の勝ちだからだ」


 やけに自信満々だ。おもしろい。


「レイズ、チップ一枚」


 目の前に四枚のチップを積み上げると、笑みを浮かべていたレナードの唇が微かに上を向いた。


「おや、不服そうだね」

「……なぜそう思う」

「君の手札はそれほど強くないから、本当は僕にフォールドさせたかった。でも、万が一負けるようなことがあっても一枚はチップが残るようにしていた、違う?」


 レナードの駆け引きのクセはセミブラフ。

 弱い手札ならすぐ降りる堅実さと、少しでも勝ちの目がある手札なら強気で押す豪胆さを併せ持っている。

 多少強い手札を持ってる相手を降ろすためには、示した自信に強い説得力が必要だ。

 だからこそのカード交換無し、そして強気のレイズ。

 でも、そんな中途半端じゃダメなんだ。


「今までの経験がそうさせるのかもしれないけど、ビビらせようとしてるのに自分が助かる保険なんてかけてちゃダメだ。君自身が君の勝利を確信していなければ、相手を騙すなんてできっこないんだから」

「……まるで見てきたように言うんだな」

「人を形作ってるのはそれまでの経験だよ。だから、人を見ればその経験だってある程度までは分かる」

「だったらお前は、嘘と駆け引きの世界で生きてきたってことか?」


 意外なことに、レナードの方から僕へ踏み込んでくる。

 これは駆け引きじゃない。単純な疑問を投げかけているだけだ。


「……そうだね、色々あって今はここで厄介になってるけど」


 言葉を濁すように言うと、レナードはしばらく瞑目した後大きく嘆息した。

 しかし、その後の表情にはどこか清々しさがある。

 何かを吹っ切ったような、重い荷物から解放されたような、そんな感じだ。


「……なるほど、お前の言う通りだ。俺は無意識のうちに保険をかけてたんだな、だから何もかも上手くいかない……いや、いくはずがなかったというわけか」

「別に保険をかけるのは悪いことじゃないよ。僕はそれを怠ったせいで今ここにいるわけだからね。ただ、自分が破滅するでもない状況で保険をかけて失敗するのは愚か者のすることだ」


 深紅の瞳がこちらを真っ直ぐに見ている。

 僕に敬意を払うように、そして何かを学び取ろうとするように。


「分かった。だったら俺がすべきはこう、だろ?」


 レナードは満足げに手元のチップを賭ける。

 それでいい。そこで降りたら君は前に進めないままだ。


「あ、あれ……?」


 そこで僕は違和感を覚える。

 僕はどうしてあの場面でレイズしたんだ。

 僕の手札は微妙、レナードは最良ではないもののそこそこ強い気配があった。

 絶対勝てないというほどではないものの、無理に戦いにいくメリットは全く無かったと言っていい。

 そして、単純にレナードを降ろさせたかったのならわざわざ意図を説明してやる必要は無かった。

 何より、どうして僕は自分の話をレナードにした?

 それどころか、先行きを案じて助言までしている。

 占い師としてのクセ?

 いや、ギャンブルを吹っ掛けられた段階で精神的に叩き潰してやるつもりだった。

 そして一つの解答に思い当たる。


「……人たらしめ」


 狙ってやったわけじゃない。

 恐らく天性の素質、人間性だ。

 知らず知らずのうちに緩まされ、疑問を投げかけたあの一瞬で僕の心に入り込み、敵対心を完全に削ぎ落としていった。

 それを狙ってできたら僕以上の詐欺師になれる。

 ギャンブルだろうとなんだろうと、僕に勝ち目はないだろう。


「この勝負は君の勝ちだね、ほら」

「え、は?」


 チップを差し出すとレナードが狼狽える。


「君はブースト含めて風の三枚役、僕は土の二枚役。今回カードの強さでは勝てなかった。コールした時点で君の勝ちだ」


 そう言って手札を開いてみせるとレナードもそれに倣う。

 風二枚、炎一枚。レナードの勝ちだ。


「……どうして俺の手札を」

「それは秘密、教えたら勝率が九割くらいになっちゃうから」


 カードを回収してシャッフルする。

 次は三戦目、ここから最後まで僕の負けは無い。

 計画は変わっちゃったけど、レナードには穏便に出ていってもらうことにしよう。


       ◆◆◆


「レイズ、二枚で」


 三戦目、僕はカード交換の直後、手持ちのチップを全て賭けた。

 ブーストカードは再び風、僕の手札はクリスタルを含めた風の二枚役。

 クリスタルを二枚役にする場合、手札にあるどちらか一方の属性を選べる。

 まあ、今回はブーストカードが風の時点で風を選ばない手はない。


「おい、引いたカードを見ないのか?」

「ああ、その必要は無いからね」


 そう言って挑発するとレナードが頬を引きつらせる。


「コールだ、お前はもう賭けるチップが無いからさっさと手札を開け」


 僕とレナードは同時に手札を開く。

 レナードは水の二枚役。有利不利無しの三枚役を持っている僕の勝ちだ。


「……ちっ、運の良いやつめ」


 これでチップは四対六。

 最短であと二戦か。


「なんなんだお前は。勝負慣れしすぎてる」


 特に表情を変えずにカードを回収してシャッフルしていると、レナードが呆れたように言う。


「僕にとってはギャンブルも日常会話もさして変わらない。そういった意味では君の言う通りかもね」


 相手が何を考えているか、どんな隠し事をしているか、僕の言葉にどんな反応をするか。

 そんな気は無くても、人が目の前にいればつい観察してしまうクセがついている。


「……歳は十かそこらか、とてもじゃないが信じられない」

「孤児らしいから正確な歳は知らないけど、まあそのくらいじゃないかな」

何でもないように言った僕に、レナードが眉根を寄せる。

「すまない、余計なことを言った」

「別にいいよ。この辺じゃ珍しくないでしょ、孤児なんて」

「珍しくないからといって軽んじていいわけがない!」


 不意に声を荒げたレナードに視線が集まる。

 騒音の中でもよく通るほど勢いのある声だ。

 はっと我に返ったレナードは一度唇を舐めるとばつが悪そうに下を向く。


「……はあ、君が孤児に対して割り切れない何かを持ってるのは分かった。ただ、ここはカジノだ。治世の講釈なら王都でやってくれないかな」

「お前だって被害者だろう、どうしてそう無関心でいられる」


 自分のことじゃないはずなのに、心底悔しそうな声だ。

 怒りを押し殺したような表情に僕は再び嘆息する。


「孤児だから不幸? 家族がいたらそれだけで幸せ? 視野が狭すぎるよ、お坊ちゃん」

「なっ……!」

「この先僕に一度でも勝てたら考えを改めよう。今はゲーム中なんだから、ゲームに集中してくれなきゃ困る」


 話が長くなりそうなので返事を待たずに四戦目のカードを配る。

 ブーストカードは炎。

 手札は土が二枚、風が一枚だ。

 僕は迷わず風を交換に出す。

 対するレナードは土と風の二枚を交換に出した。


「僕が一枚、君が二枚だね」


 引いたカードは土。

 これで三枚役になった。

 レナードが炎か風を三枚持っていない限り僕の負けは無いし、そもそも風は一枚交換に出していることからその線も無い。

 ……とまあ、そんな理屈はさておき、僕の勝ちはもう決まってるんだけどね。

 後はどう勝負に乗せるかだけど、やつは今冷静さを欠いている。

 強いカードが手札に入れば――


「レイズ、チップ四枚だ」


 ほら、こうなる。


「さっきよりも自信があるみたいだね。いいよ、コールだ」


 僕は再び全財産であるチップ四枚を積み上げる。


「ショーダウン、僕は土の三枚役だ」

「……くそっ!」


 レナードが手札を投げ捨てる。

 もはや見るまでもない。彼は水の三枚役、僕の土は有利属性なので僕の勝ち。

これで形勢逆転。

 チップは八対二になった。


「まあ今回は仕方ないかな。ブーストカードの有利属性である水が三枚も揃って、なおかつ一度も炎のカードを見てなかったら、僕の手札は炎と思っちゃうのも無理はない」


 もはやイカサマを疑う余裕もないだろう。

 ただでさえ冷静でないのに加え、僕だけじゃなく自分にも三枚役が入ってる現状、ただ運が悪かったと思う他ない。


「ロジー」


 と、これまでずっとゲームの成り行きを見守っていたリーシャが初めて口を開いた。

 そっと耳打ちしてくると、仄かに甘い匂いが鼻孔をくすぐる。


「……カード、配り直す時、上から引いてなかった」


 バレてたか。

 まあ、この手のイカサマは横から見てる方が気づきやすかったりするし仕方ない。

『山札からカードを引く』という動作は、ほとんどの人間が『山札の一番上からカードを引くもの』と無意識に考えてしまっている。

 だから、一番上から引く時とほとんど同じ動作であれば、『二番目から引いた』としても『一番上から引いた』と脳が勝手に認識を書き換えてしまう。

 よほど警戒して注視していなければ見破るのは難しい。

 カードのイカサマとしては下の下の技だけど、相手の心を乱してやれば十分に通用する。


「ここが無くなったら困るでしょ?」


 コクリと頷くリーシャ。

 肩を掴んで回れ右、怪しまれるとまずいのでそのまま手を振って追い払った。


「さて、これが最後になりそうだね。荷物はまとめ終わったかな?」

「バカ言え、お前だって二枚から巻き返した」

「そう、人生だって同じだ。チップが残ってる限り幸せになるチャンスはある。逆に、チップをたくさん持ってるからといってそれが無くならない保証は無い」

「……何が言いたい」

「結局皆、先行きの見えない世界で生きるしかないってことだよ」


 心にもないことを、と自嘲気味に思いながら、僕は最後のカードを配り始めた。

 五戦目、恐らくこれが最後の勝負だ。

 カードを配り終えてブーストカードを開いた瞬間、周囲から驚きの声が上がった。


「ブーストカードはクリスタルだ。一応説明しておくけど、ベットが終わって互いの手札を確認した後、山札の一番上のカードと交換する。いいね?」

「ああ、分かった」


 今回は僕もつくづくお節介だった。

 観光気分のついでに僕の計画を荒そうとするやつなんて、今までなら容赦なく破滅へ追い込んでいるところだ。

 このレナードという男、放っておけないというか手助けしたくなるというか、とにかく僕には到底真似できない才能を持っている。

 何やら壁にぶつかっていたようだけど、さっきみたいに熱くならなければ今後も上手く生きていけるだろう。


「おい、どうした」

「うん?」


 物思いに耽っているとレナードが不思議そうに声をかけてくる。


「手札を見ないのかと聞いてる」

「ああ、別にいいよ。その方がおもしろいでしょ?」


 僕はここまで一度も手札を見ていない。

 交換する気もないのでこのままだ。


「……正気か?」

「もちろん。ちなみに僕は交換もしないけど、君は何枚交換するの?」


 口元に手を当て悩んでいるレナード。

 当然だ、今回は指標となるべきブーストカードが無い。

 何を選び何を捨てるか、自分の考えで選ぶしかないんだ。


「……『先行きの見えない世界で生きるしかない』」


 レナードが呟く。

 さっきの僕の言葉だ。


「こうなることを予見してたのか、占い師みたいに」

「さてね。ただ、この先どうなるか分からなくて不安なら占い師でも何でも頼ればいいんじゃないかな。きっと君の知らないことをたくさん知ってるはずだ。未来に繋がるいい助言をくれるよ」

「……」


 ふと顔を上げたレナードが僕からリーシャに視線を移す。

 目が合ったのか、そのままテーブルまで来るよう手招きをした。


「えっと、リーシャ……とかいったかな。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「やだ」


 にべもない。


「そこをなんとか頼む、助言が欲しい」

「やだ」


 もはや取り付く島もなかった。

 何か言おうとするレナードを尻目にリーシャは自分の定位置に戻る。

ちょっと哀れだ。


「くくっ」

「笑うな! あークソッ、もう誰でもいい! ちょっと助けてくれ!」


 周囲に喚き散らすレナードに視線が集まり、クスクスという嘲笑が飛んでくる。

 顔を真っ赤にしながらなおも助けを求め続けるレナードに、僕は言いようのない達成感を覚えていた。


「何かお困りかな?」


 そこへ手を差し伸べたのは、僕も予想外の人物だった。


「お前は、アルベス・レトルード……!」


 驚愕に顔を歪めるレナード。

 ギルド『錆の旅団』の長、そして違法カジノ『ラスティソード』のオーナー。

 王都の騎士だというレナードが知らないはずもない。


「あ、いや、アルベスさんこれは、その……」


 そしてその逆も然り。

 アルベスさんほどの人がレナードを知らないはずもない。


「何を狼狽えているロジー、君らしくもない。お客様の前だ、しゃんとしていなさい」


 てっきり忍び込んだレナードについて報告せず、挙句ゲームまでさせていることにお咎めがあるかと思いきや、アルベスさんは微笑みを湛えたままだった。

 そしてテーブルに視線を落とすと、ああ、と納得顔で頷きレナードの隣へ移動する。


「失礼、見せてもらうよ」


 そう言ってアルベスさんはレナードの手札を覗き込んだ。


「ふむ、これは難しいな」

「……あ、ああ、だから助言を求めた。こういう時、普通はどうするんだ?」


 意外なことに、歩み寄ったのはレナードの方からだった。

 アルベスさんが自分を排除するために出てきたわけではないことが分かったからだろうか。


「ロジー、君はこの勝負絶対に降りない。そうだね?」

「ええ、もちろん」


 手札について言及するから、それに応じて僕が降りたら不公平ということか。

 どのみち僕に勝負を降りる気はなかったから問題無い。


「ならいいだろう。レナード君、こういう手札の場合定石は無い。自分の直感、ジンクスに頼るもよし。はたまたベットタイムのハッタリに全てを賭けるもよし。今回ロジーは必ず勝負を受けるから、大切なのは少しでも手札を強くすることだな」

「直感、ジンクス……」

「不服かな? これは言わば〝答え〟はあるが〝解を導く式〟が存在しない問題だ。難しいのは当然だよ。だから我々は選ばなくてはならない」


 我々、という言葉に含みがあったように思う。

 人の上に立つ人間としてのアドバイスだろうか。


「選ぶ、俺が……」

「後は君次第だ、邪魔したね」


 ポン、と肩を叩いてアルベスさんは去っていく。

 様子を見に来た……にしては穏便だ。

 時間的に入り口のベイとロイが無力化されていることに気づく頃だけど、向こうはどうなってるんだろう。

 対してレナードは思案顔。

 視線はカードに向けられていない。何か別のことを考えているのか。


「よし、決めた」


 やがて答えが出たのか、レナードはそう言って水と土を一枚ずつ手札から出す。


「交換だ、カードは二枚」


 僕はカードを戻しシャッフルしてレナードに配り直した。

 最後のベットタイムを始めよう。


「言うまでもないけど、僕はレイズして二枚賭けるよ」

「この期に及んでフォールドなんて選択はない。コールだ」


 表情に先ほどまでの怒りや焦りはない。

 このゲームだけじゃなく、色々なことに正面から向き合う覚悟を決めたといった様子だった。

 もうこれ以上のお節介はいらないだろう。

 さあ、ショーダウンだ。

 遠巻きに見ていたギャラリーがいつの間にか僕たちのテーブルを囲うように立っていた。

 その場の全員が固唾を呑んで見守る中、手札が開かれる。

 僕は土二枚と水一枚、レナードは炎二枚と風一枚。

 歓声が上がる。

 有利不利無しの二枚役、さらにもう一枚も有利不利無し――つまり完全な引き分けという結果だ。


「……えっと、どうなるんだ?」

「ブーストカード次第だね。同じ手札以外で完全な引き分けになった場合、ブーストカードと同じ属性のカードを持っている方が勝つ。だから――」


 僕は山札の一番上に指をかける。


「このカード次第ってこと」


 カードを引く。

 今回はイカサマ無し、本当に一番上のカードを引いた。

 視線が集まる。

 今までゲームに興味が無さそうだったリーシャでさえ真剣な表情で見つめていた。


「オープン」


カードは――


「うおおおおおおおお! ロジーの勝ちだあ!」


 どうやらさっき逃げ出した酔っ払いの一人が戻ってきていたようだ。

 その歓声を皮切りに、あちこちから拍手やら指笛が飛ぶ。


「そういうわけだ、残念だったね」


 カードは水、僕の勝ちだ。


「あんたもやるじゃないか、あの手札から二枚役揃えただけでも上等だよ!」

「いや、俺は!」


 ギャラリーが僕やレナードに群がってくる。

 なるほど、ガイズが言っていたクリスタルがブーストカードになった時が一番盛り上がるっていうのはこのことか。

 まあ、レナードも満更でもない様子だし、これにて一件落着といったところだろう。


「……いやあ、負けた負けた。ここは約束通りおとなしく帰るとするか」

「正直追加料金をもらってもいいくらいにはサービスしたような気がするけど、まあいいか」

「ああ、世話になったよ。本当に。今日はゲーム以上に価値があった」

「それはなにより。というわけで、はい」


 清々しい顔で席を立ったレナードに、僕は何を帰ろうとしてるんだと言わんばかりに右手を伸ばした。


「握手か? んー、まあいいか」


 手が握られようとした瞬間、僕はすっと手を上げる。


「違う、チップの代金だよ。千リチアが十枚で一万リチア」


 静まり返るギャラリーと顔を引きつらせるレナード。

 僕のはじめてのおしごとが終わる瞬間、どこからかアルベスさんの笑い声が聞こえてきた。


       ◆◆◆


「ったく、とんでもないクソガキだったな」


 随分と軽くなった財布を睨みつけながら、レナードは一人宿への道を歩く。

 はあ、と長めに溜息を吐くと、モヤモヤした気分がいくらか晴れたような気がした。


「ロジー……とかいったか。あいつなら……」


 言いながら、レナードは自身が笑みを浮かべていることに気づく。


「……待て、俺は今何を考えた」


 あいつはまだ子供だ、どうかしている。

 そう自嘲するように首を振っても、一度見出してしまった可能性はそう簡単に捨てきれない。

 ここジオラス領の平穏の裏で蠢く何か――それを覆うベールは分厚く、手掛かり一つ掴ませないほど巧妙に隠匿されている。

 ただ眼前の敵を打ち倒すだけの力ではどうすることもできない。それは他でもないレナード自身が一番よく分かっていた。


「だが……」


 レナードはあの鳶色の目を思い出す。

 剣に、武術に、戦いに精通しているからこそ分かった。

 一挙手一投足の全てが読み取られ、自分自身すら意識の及ばない心の深淵にまで見えざる手をねじ込まれるような不快感。

 あんな目をした男を、はたして普通の子供と呼んでいいものか。


「っ」


 ただ思い出しただけだというのに、レナードは強烈な悪寒に総毛立つ。

 異質、異様、異端、異常……思い浮かぶ言葉が陳腐に感じるほど、ロジーという少年は彼にとって埒外の存在だった。


「闇に蠢くものを捜すなら、闇の住人に……か」


 揺らぐ街灯の下、レナードの呟きは誰に届くこともなく夜の闇へと溶けていった。

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