【第4回】天才詐欺師は新しい世界で仕事を探す


   第二章



 目覚めた村でハンナさんと別れてから一週間が経った。

 少しでも学費の足しにしてほしいとお金を持たせようとしてくれたけど、彼女の栄養状態を見るとさすがの僕も気が咎めたので丁重にお断りした。

 お金を集めるためにはお金のある場所に行く必要がある。

 聞いた話では、あの村の生活水準は周辺でもかなり低い方だという。

 そんな場所に留まっていては五百万リチアなんて夢のまた夢だ。


 そんなわけで行商人の馬車に潜り込み、積荷の食料を失敬しながら、ここ――カシアの街に辿り着いた。

 基本平屋で木造が主流だったあの村とは違い、がっしりとしたレンガ造りの家屋が多く立ち並んでいる。

 中には二階建て以上の集合住宅や鐘塔のような背の高い建物もあり、人々の身なりや持ち物などを見ても文明レベルは高いように思えた。

 注目すべきは通行人のほとんどが身に着けているアクセサリーだろう。

 ブレスレット、ネックレス、イヤリング――形は様々あれど、あれらがただの装飾品でないことは一目で分かる。

 たとえば、すぐそこで家を建てている一団が眺めている図面。

 紙に描かれたものでも板に刻まれたものでもなく、空中に浮かび上がった光の帯によって形作られている。

 使用者と思われる男がブレスレットに触れてから手をかざすと、帯は揺らめきながら立方体へと姿を変え、平面図が立体図へと切り替わった。

 当然ながら理屈は分からない。

 驚いているのは僕だけなところを見ると、どうやらこの世界ではごく当たり前の出来事のようだ。


「なるほど、あれが魔法……」


 この世界の人間が僕のいた世界を訪れたなら、車やスマートフォンを見て同じようなことを思うのだろうか。

 そんな神秘との遭遇にいちいち困惑しながら街を歩き回っていると、偶然通りがかった市場で見覚えのある野菜や果物を見つけることができた。

 よく知る食べ物があると安堵する傍らで、どう見ても食用とは思えない甲殻が発達した謎の甲虫が飛ぶように売れていたりと、この世界の食文化に対しては早くも不安の種が尽きない。

 ……とはいえ、自分が口にするものを選べるほど余裕があるかと言えばそうではなかった。

 そもそも今の僕は素寒貧の無一文。

 今日の宿どころかパンのひとかけらすら買えない僕は、街のはずれで一人ぼーっとしている。 

 働かざる者食うべからずという言葉の通り、この世界では子供といえど労働という対価なしに食べ物にはありつけない。

 活気もお金もありそうなこの街であってもそれは同じだった。

 うん、まあそうだよね。

 身元不明の子供なんてどう考えても怪しいし、どんなに働かせてほしいと頼んでも門前払いなのは当たり前だ。

 まあ、ここまではほとんど予想通り。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 僕はこの街にとってのイレギュラーだ。

 子供ということもあって、普通に仕事をしようと思えばそこそこハードルが高い。

そこはそれ、イレギュラーにはイレギュラーの、それも子供という外見を活かした働き口がある。

 むしろそっちの方が実入りもいいし、僕もやりやすいと一石二鳥だ。

 この街は交易や旅の中間地点として人の出入りが激しいと聞いた。

 つまり、夜になればまずアレが開かれることだろう。

 昼の仕事を探すついでにあちこち見て回って、いくつか候補地を確認してきた。

 後は夜になるのを待つだけだ。

 空腹に鳴き出す腹の虫を宥めつつ、僕はその時が来るのをじっと待った。


 それから数時間後、周辺の家々から漂ってくる夕飯の匂いになんとか耐えきった僕は、昼間物色しておいた候補地へ向けて移動を開始する。

 ガス灯のような街灯のおかげで夜でも明るいのは非常に助かる。

 地下に張り巡らされている地脈から抽出された魔力によって光っているらしい。

 自然のガス管みたいなものだろうか。

 そんなことを考えていたら早々に一軒目に着いた。


「……ここはハズレ、と」


 いい感じに奥まった路地には、簡素な椅子とテーブルが並べられて即席のビアガーデンが出来上がっていた。

 かなり盛況なようでほとんどの席が埋まっている。

 メインストリートに近いこの場所は少し目立ちすぎるか。

 次は離れた場所に行ってみよう。

 と考えてみたものの、二軒目、三軒目ともに空振りに終わる。

 アレといえば路地裏なんて、少し安直すぎただろうか。


「お前さんまた行くのか、性懲りもねえ」

「あんだとぉう!? この前は調子が悪かっただけだ、今日こそは目にもの見せてくれるわ!」


 と、そんな会話を聞いたのは望み薄な四軒目に足を向けた時だった。


 ――見つけた。


 心の中でほくそ笑みながら、僕は二人組の酔っぱらいの後をつける。

 まさかつけられてるとは思ってもいないのか、二人組はまるで無警戒のまま覚束ない足取りで歩みを進めていく。

 やがて辿り着いたのは一軒目に見たはずのビアガーデン。

 カウンターで店主と思しき中年の男と二言三言話してから何かを受け取り、そのまま横を抜けて店の奥へと消えていった。

 なるほど、ビアガーデンは隠れ蓑で本命はあの階段を降りた先か。

 何か受け取っていたところを見ると恐らく合言葉のような注文があって、それを知らなきゃ奥には通されない仕組みだろう。

 さてさて、どうしたものか。

 ここで見張ってれば合言葉くらいはすぐ分かるだろうけど、それを言ったところで素直に通してくれるとも思えない。

 とすれば、あの店主から崩しにかかるのが一番かな。

 上手くいけば繋ぎ役にもなってくれるだろうし。


「こんばんは」

「はいはい! ……おや?」


 顔を上げた店主は左右を見渡し不思議そうに首を捻る。

 コンコン、とカウンターを小突くとようやく視線が下へ向いた。


「おやおやこれは失礼、こんなに可愛いお客さんだったとは!」


 自然な笑顔だ。

 一筋縄ではいかないかもしれない。警戒レベルを一段階引き上げる。


「でもごめんね、うちの店はすこーしお客さんには早いかもしれないなあ。大人になったらまた来てよ、サービスするからさ!」


 言いながらミートパイの小さな切れ端がのった小皿を差し出してくる。

 せっかくなので指で摘んで口に放り込むと、店主は小さくウインクをした。

 鼻を抜けていくバターの香りに身震いする。

 今日初めての食事に全身が歓喜の声を上げていた。


「ごちそうさま、おじさん。ところで僕を雇ってみる気はない?」

「雇う? ははは、そういうことだったか! でもごめんね、お酒を出す店で子供を働かせてるなんて知れたら、おじさん捕まっちゃうんだ」

「へー、地下でやってる違法賭博は捕まらないの?」


 親指についたパイ生地を舐めながら言うと、店主の表情から笑顔が剥がれ落ちる。

 鋭い目つきで周囲に視線をやり、僕の他に誰かいないかを入念に確認していた。


「安心していいよ。僕は一人だし、衛兵にここをチクるつもりもないから」

「……いっちょ前の口利くじゃねえかボウズ。どこでそれを知った」

「飲んだくれの労働者層をカモにしてる時点で情報漏れは時間の問題だよ。近いうちに引っ越しした方がいいかもね、もしかしたら衛兵がガサ入れに……おっと、やっぱりワイロはちゃんと渡してるんだ」

「ちっ、どういうつもりだか知らねえが――」

「だから最初から言ってるはずだよ、僕を雇う気はないかって」


 カウンターを回り、よく鍛えられた丸太のような腕をこちらへ伸ばそうとする店主。

 あれで殴られたら痛いじゃ済まないだろうなあなんてことを考えながら、僕はおどけて肩を竦めてみせる。


「子供のディーラーっていいものだよ? 多少不利な結果が出てもイカサマを疑う人は少ないんだ。だってプライドが許さないからね。こんなガキに自分が騙されるわけないってみんな思ってるから」


 黙って聞いていた店主は何度か視線を泳がせる。

 少なくとも検討の余地はあるといった様子だ。

 もう一息か。


「……ボウズ、お前イカサマに自信はあるか?」

「ゲームを見てみないことにはなんとも。ただ、おじさんみたいなの相手に一人でこんなことやってるわけだし、本番でヘマすることはないって思ってくれていいよ」


 店主は口の端を吊り上げる。

 交渉成立だね。


「ロジーだ、よろしく」


 そう言って手を差し出すと、ちゃっかりしてるとでも言いたげな顔で笑われる。

 その後、心底呆れた様子で握り返された。


「俺はガイズ。ついてきな、ボウズ」


 踵を返し店の奥へと向かうガイズに続く。

 こうして僕は、どうにかこうにか次のステップへ進めるのだった。


       ◆◆◆


 ガイズに連れられ階段を降りると、そこは一見ただの倉庫のような部屋だった。

偽装工作はできてるってわけだ。

 前情報も無しに踏み込んだだけじゃ摘発するのは無理だろう。

 ガードマンはガタイのいい男と長身の男の二人。

 倉庫整理を装いつつ客以外が入り込まないよう目を光らせていた。


「あれ、ガイズさん? そっちのガキは?」


 ガタイのいい方がこちらに目を向け、僕を指さして言う。

 長身の方も僕を認めるや、訝しげな顔で値踏みするような視線を向けてきた。


「ディーラー志望だってよ。おもしろそうだったんで試しに連れてきた」


 二人はへえ、と短く答える。


「旦那といいガイズさんといい、ガキに仕事任せすぎですよ。ここはいつから孤児院になったんですかねえ?」

「ははっ、確かに! あの嬢ちゃんもケンカはできるみてえだがまだまだガキだ。危なっかしくて見てられねえよ、なあ?」


 どうやら僕以外にもここで働いてる子供がいるようだ。

 ここの情報を色々聞き出すにはちょうどいい。


「そんなことより、早くその孤児院とやらに案内してくれないかな。その壁の向こうなんでしょ?」


 僕がそう言って指さすと二人が顔を見合わせてから壁に目を向ける。

 長身の方がこちらを向くとき、視線が一瞬だけそこに寄り道をしてたから間違いない。


「……こういうやつだ」


 呆れたように溜息を吐くガイズ。


「このガキ……いったい何を!?」

「こいつは手触りまで再現するAランクの上物だぞ……? 魔導具での干渉も無しに見ただけでって、いったいどうなってんだ……?」


 どうもこうも、いくら見た目では絶対に分からない完璧な偽装を施していたとしても、その存在を知ってる人間が情報を隠しきれない以上見破るのは簡単だ。

 それに、よく見てみればここにいる四人の誰でもない複数の足跡が、なぜか壁に向かって歩いてるのが分かる。

 目ざとい人はすぐに気がつくだろうし、これくらいは消しておかないと。


「おい、いいからさっさと開けろ」


 しばらく狼狽えたままの二人に、ガイズは急かすように顎で壁を示す。

 長身はわけが分からないといった表情のまま、ポケットから青い棒状の何かを取り出した。


「なるほど、魔法で隠蔽してたんだね」

「あ? なんだボウズ、お前〝魔法〟と〝魔導〟の違いも知らねえのか」

「……」


 押し黙る僕に対し、ガイズは驚いたように眉を上げた。


「ったく、いいか? お前の言う〝魔法〟ってのは、道具に頼らず自分の体一つで魔力を操る技術のことだ」


 それに対して、と顎で示されたのは例の青い棒。

 よく見てみれば鉱石のようなまだら模様があり、先端には金色の装飾が施されている。


「……〝帳は下り、幕は上がる〟」


 長身が短く言うと、棒を握った手元から先端にかけて光が走る。

 直後、壁にノイズのようなものが走ったかと思えば一瞬で掻き消え、その向こうから鉄製の扉が現れた。


「ああして魔導具に魔力を流して使う魔法を〝魔導〟と呼ぶ。まあ、厳密に言えばどっちも魔法なんだがな」

「と言うと?」

「魔導具は魔法を発動するのに必要な詠唱やら魔法陣やら、そういうめんどくせえ工程を記録してるだけだ。要はその記録を活用して魔法を使ってるわけだから、魔法の素質が無いやつに魔導具は使えねえ。結局呼び方が違うだけだな」


 ……なるほど、話の流れから何となく理解できてきた。


「魔導具無しで魔法が使えたのなんて、それこそ街の外にウジャウジャ魔物がいたような頃の世代だ。俺の爺さん婆さんでギリギリってところか」

「つまり、誰でも苦労せずに魔法が使える魔導具が作られたから、今はそっちが主流で魔法はとっくに衰退してる……ってこと?」

「まあそういうこった。ただ、治療系の魔法だけは便利なんで覚えるやつもいる」


 治療系の魔導具は高くて買えねえからって理由もあるがな、と続けてガイズは笑う。


「しかしまあ……扉を隠してたのは認識阻害系の中でもかなり上等なAランクの魔導具だ。効果は折り紙付きのはずなんだがな……まさか、こんな初歩中の初歩も知らねえやつに見破られるとはな」

「……ええ、末恐ろしいガキですね」


 そう言うガタイのいい男に僕は手を差し出す。


「ガキじゃなくてロジーだよ、よろしく」

「んお、お、おお。俺はベイだ」


 戸惑うベイの手を握る。

 ところどころ手の皮が厚くなっていた。

 何か重いものを握って振り回していた人間にありがちな手だ。


「元兵士だね。参考までにどんな武器で戦ってたか教えてくれる?」

「バトルアックスだが……お前、そんなことまで分かっちまうのか?」


 この手の感触は斧か、よし覚えておこう。


「ありがとうベイ。知られたくない秘密まで暴き立てるつもりはないから安心してよ」


 背伸びをして肩から腕にかけて軽く二回叩く。

 今後のために筋肉のつき方も多少確認しておいた。

 それから長身の男の方へ振り向くと露骨にビクつかれる。

 推測だけどこっちは魔導具を扱う系だね。

 自信のあった偽装を見破られて精神的に参ってる。


「さっきはごめんね。あの壁を見破ったトリックの種明かしをしてあげるよ」

「は……トリック?」

「そ、ここ見て。いくつも足跡があるでしょ?」


 膝をついて地面を指さす。

 長身の男も膝を折ってしゃがみ、僕と同じ目の高さになった。


「ああ、確かに」

「この行き先を辿っていくと……ほら、全部があの壁に向かってる。だから僕はあそこに扉があるって分かったんだ」


 あまりに単純な種明かしに長身は目頭を押さえ長い息を吐いた。

 がっくりと落とした両の肩に手を添える。


「これから僕もここで働かせてもらうわけだし、定期的に消しておくことをおすすめするよ。大丈夫、見た目では全然分からなかったから、お兄さんの腕は本物だ」

「そ、そうか?」


 長身の表情に明るさが戻ってきた。

 落としてから上げる。

 人心掌握の基本中の基本だけど、こうも上手く決まると気持ちがいい。


「もちろん、これからよろしく。僕はロジーだ」

「俺はロイ。さっきは侮ってすまん、歓迎するよ」


 実に友好的な握手をする。

 こちらは特に変わった点はない、成人男性の普通の手だった。

 さて、思わぬ時間を取ってしまったものの順調な滑り出しと言える。

 ここで学費の全額を稼ぐのは無理だろうけど、情報収集をするにはこういうイリーガルな組織の方が何かとやりやすい。

 少しだけ仲良くなった二人に別れを告げ、ガイズと共に熱気溢れる賭博場に足を踏み入れるのだった。


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