【第3回】天才詐欺師は転生してもラクに暮らしたい

「転生……ねえ。にわかには信じられないけど」


 あの後、僕が取った行動は〝正直に全部話す〟だった。

 人に心を開かせ情報を引き出す手段は、何も騙したり操ったりだけじゃない。

 正直に話して自分の弱みを見せることも有効な方法の一つだ。


「目が覚めた時にはこうなっててさ」


 そう言って肩を竦めてみせる。

 文字通り、お手上げという意味で。

 魔法のある世界でも信じられないようなこと、とはおかしな話だ。

 こっちからすれば魔法の存在自体が信じられないようなことだというのに。


「ちなみにロジーと繋がってるって話も嘘。君のことはもちろん、この世界についても何も知らないんだ」

「えっ、でもさっき私の隠し事を言い当てて……そう、まるで占い師みたいに!」


 目を輝かせるお姉さんに手をひらひら振って否定する。

 というかこっちの世界にもいるんだ、占い師。


「そう見えるように振る舞ってたからだよ。あれは全部トリックだ、種も仕掛けもある」

「トリックで人の心が読めるわけない」

「別に心を読んでるんじゃないよ。お姉さんの背格好や無意識なしぐさ、会話の内容から情報を引き出しただけだ。占いになんて頼らなくてもできる」

「……じゃあ、私を騙してたってこと?」

「僕は占い師じゃなくて、詐欺師だからね」


 お姉さんが怪訝そうな顔でこちらを睨む。


「ごほん。話を戻すけど、僕は目が覚めたばかりで右も左も分からない。だから自分の情報を人知れず集める必要があったんだ」

「どうしてこそこそと? 普通に聞いてくれれば私は――」

「たとえばお姉さんがロジーを意識不明にした犯人だったら……いや、犯人だったけど、それは一度忘れよう」


 彼女の後悔は少なくとも本物だ。

 そしていつの日かロジーが目覚めることを心の底から願っていた。


「理由は何でもいいけど、ロジーに目覚められたら困る立場だったらどうする? 今回の件で言えば、ロジーが目覚めたのを知ってるのは自分だけという状況で」


 顎に手を当てて考え始める。


「困る立場だったら、か。どうにかしてもう一回眠らせるか、いっそ……あっ」

「そう、『自分はロジーじゃない』と僕が言ったところで信じようとは思わない」

「だからあんなことを……」

「本当に申し訳ないと思ってるよ。ただ、僕も必死だったってことを分かってほしい」


 手を差し出して和解の握手を求める。

 関係が変化する節目には、強い印象を残すためにこうした物理的接触を挟んでおきたかった。


「うん、私の方こそごめんなさい。もちろんロジーくんに対しても」


 お姉さんと握手する。

 左手を添えて少し強めに握ってから手を放した。


「そういえば、自己紹介してなかったね。私はハンナ、よろしく」

「よろしく、ハンナさん。僕は――」


 口を開けたまま硬直する。

 傍から見ればマヌケな光景だろうけど僕は至って大真面目だ。


「どうしたの?」


 ハンナさんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 たれ目がちな目元の大きなクマがよく見えた。


「……思い出せないんだ、自分の名前」

「ええっ!?」


 知識や経験は思い出せる。

 出会ってきた客、有名人、固有名詞も思い出せる。

 ただ一つ、自分の名前だけはどうしても思い出せない。

 人生をやり直すなら昔の名前は不要、そういうことなのだろうか。


「あー、いや、別に思い出せないからって困ることは何も無いよ。ほら、今の僕って記憶喪失みたいなものだから」

「あ、そ、そうね。確かに……?」

「一年間も眠ってたせいで、とか言えば多分皆信じるだろうし」

「息をするように嘘をつこうとする辺り、本当に詐欺師なのね」


 あ、そこで納得するんだ。

 別にいいけど。


「ひとまず僕はロジーとして生きていくことにするよ。本物のロジーには悪いけど、体を返す手段が無いんじゃ今はそうするしかないからね」

「うん、そうしてあげて。私でよければ力になるから」


 ありがたい申し出だった。

 僕が生きていくにはとにかくこの世界の知識が必要だ。

 となれば現状目指すは王立ロメリア魔導学園とやらへの入学か。

 一年眠っていた関係で二年次からの編入にはなるものの、入学試験で特待生枠に入れるくらいだからロジーは優秀で、学園側にもその記録が残っているはず。

 とりあえずはどうにかなりそうだ。


「それじゃあ、最初にいくつか教えてほしいな。ロジーのこと、この世界のこと」

「うん、分かった」


      ◆◆◆


 僕とハンナさんは部屋を出て待合室に来ていた。

 町の一角にある診療所にしては上等な佇まいだ。

 さっきから医者の姿が見えないのは往診にでも行ってるからだろう。

 受付らしきところにもそんなようなことが書かれた立て札があった。


「そういえば、文字が読めるみたいだ」

「文字って、ノルティア語のこと?」

「ノル……なんて?」

「ノルティア語。ノルティアはこの土地の名前でもあるの。意味は『神様が恋した土地』らしいよ。小さい頃にお母さんに聞いたことがある」


 ふむ、ノルティアね。

 この辺一帯の地方の名前なのか、それとも世界全体の名前なのか。

 どちらかは分からないけど、便宜上『異世界ノルティア』と呼ぶことにしよう。

 最初から言葉が通じてたおかげか意識してなかったけど、このノルティア語という言語は僕の知る限り元いた世界には無かったものだ。

 種類的には文字が音を表す表音文字、英語のアルファベットに近い。

 試しにいくつか例文を思い浮かべてみると、自然にノルティア語での文章を作ることができた。

 会話だけでなく読み書きも問題なさそうなのは大助かりだ。

 この脳の記憶力がロジーと僕のどちらに依存するかは分からないけど、新しい言語を一から覚えようと思ったら最低でも数ヵ月はかかってしまう。

 もしかしたらマリーちゃんのサービスかもしれないな。


「地図とかは無いの?」

「あっはは、そんなのこんなところにあるわけないじゃない。高級品よ?」


 ハンナさんは呆れたように笑って言う。

 地図が高級品ときたか。

 さっきの立て札も木の板に直接書かれていたところを見ると、印刷技術どころか製紙技術も発展していない可能性がありそうだ。

 となると、やはりこのタロットカードの異質さが際立つ。

 ハンナさんに背を向けつつ、ポケットから一枚引いてみると正位置の『魔術師』だった。

 杖を持った胡散臭い男が描かれたカードは、印刷とも手書きともつかない手法で刻まれている。


「そもそもここが異世界ならタロットなんて文化があるわけない。でも、この感じはどう見ても……」


 僕の常識が及ばない範囲――魔法という技術体系の産物だ。

 これが世界に広く普及しているのであれば、元いた世界とはだいぶ勝手が違いそうだ。

 知識云々の前に、まずは一般常識を身に着ける必要があるか。


「一人でぶつぶつ言って、どうしたの?」

「いや、何でもないよ。地図はおいおい見る機会がありそうだから今はいいや」


 上手いことロメリア魔導学園に潜りこめれば地図の一つや二つ見るのは容易だろう。


「じゃあ次はロジーについて教えてほしいな。僕の想像だと頼れるような身寄りがいない気がするんだけど、どう?」

「……ええ、ロジーくんはその、口減らしでこの村に置き去りにされた子供だったから」


 ハンナさんは悲しそうな顔で窓の外に目を向ける。

 視線を追っていくと一軒の家屋が見えた。

 まず造りが違う。他より明らかに高い技術で建てられたものと分かる。


「あれは?」

「孤児院よ。ここはトレア王国の領地なんだけど、その王女様がわざわざ私財を投じて建ててくださったものなの。ロジーくんも一年前まではあそこに住んでたんだよ」


 民思いの王女様ってわけか。

 ハンナさんの表情から深い尊敬の念が見て取れる。


「そういえばロジーくん、時々お手伝いに来るテトラさんによく懐いてたっけ。まあ、お目当ては王都土産の魔導具の方だったかもしれないけど」


 魔導具に興味を持ち始めるのは普通何歳くらいなのかは分からないけど、苦笑するハンナさんを見る限りロジーはずいぶんと早かったか、あるいは普通以上の興味を示していたかだろう。

 名門と思われる学園に特待生として選ばれていたくらいだ、きっとどちらもか。

 それにしてもロジーが孤児とはね。

 王女が自ら孤児院を建てるくらいには差し迫った問題になっているんだろう。


「ちなみに、ロジーって名前は本名?」


 ロジーといえば元いた世界では多くの場合女性に使われる名前だ。

 同じ理屈が通用するかどうかは疑問だけど、本名を縮めたあだ名の可能性もある。


「うーん、どうだろう。この村に置き去りにされたのは自分がロジーって呼ばれてたことしか分からないくらいの歳だったから」

「ということは姓も無かったり?」

「うん。今はこんなご時世だから、無い子の方が多いくらいじゃないかな」


 孤児が一般的とはまた世も末だ。

 そりゃあ王女も私財だなんだと言ってる場合じゃないだろう。

 今はどうにかやっていけたとしても、子供が育てられない環境となれば少子高齢化は一気に進む。

 放置すればいつ国が傾いてもおかしくない。


「なるほどね。頼れるあてが無いとなると、学費は自分で調達するしかなさそうだ」

「学費?」

「うん、王立ロメリア魔導学園とやらに入ろうと思って。勉強するなら学校でしょう?」


 あっけらかんと言う僕に対し、ハンナさんは信じられないものでも見るように目を見開いた。

 そんなにおかしなことを言ったかな。


「ちょ、ちょっと待ってロジーくん! あそこの入学金がいくらか分かってる!?」

「いや、知らないけど。いくらなの?」

「五百万リチアよ!? 一人だったら十年は働かずに暮らせる額なんだから!」


 リチアというのがお金の単位だろう。

 つまり、単純計算で一人が一ヵ月生きるのに必要な額は四万リチア程度といったところか。

 これを指標として逆算していけば物価についても分かりそうだ。


「入学金ということは授業料はまた別に払う必要がある?」

「もちろん! そっちは年間でおよそ百万リチア、ロジーくんは二年から入るにしても卒業までに合計七百万リチアも必要よ!」


 肩を怒らせて言うハンナさんを手で宥める。

 まあ確かにそんな余裕が彼女の家庭にあるわけがない。

 だからこその特待生枠か。

 そりゃあ他人の人生を犠牲にしてでも手にしたい気持ちは分かる。


「それについては何とかするよ」

「何とかって……何とかできたら私も弟を学園に通わせてあげられてるんだけど」

「大丈夫、手段を選ばなきゃ方法はいくらでもあるよ。それより、新学期が始まるまであとどれくらい? なるべくならその時期に間に合わせたくて」

「三ヵ月も無いんじゃないかな」

「三ヵ月ね、ありがとう」


 ということは入学試験なんかの日取りを考えると実質二ヵ月も無いくらいか。

 元の世界と勝手が違う以上そう上手くはいかないだろうけど、それでも僕にはインチキ占い師としてのスキルと経験がある。

 なぜ別人に成り代わる形で人生をやり直すことになったかは分からない。ただ、分からなくてもできることはある。

 今度こそヘマをせずに、これからの人生をラクに暮らそう。

 さあ、まずは何から始めようかな。

 僕は窓の外の景色に目を向けながら、二ヵ月以内にお金と後ろ盾を手に入れる算段を始めた。

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