第12話 ネコチャンと絆と一問一答
ある日曜日の朝、私が目を覚ましてリビングに向かうと、案の定というか定型通りというか、オジサンがすでにそこにいた。
オジサンは床の上に座ってネコチャンと向き合い、何やら顔をしかめている。ネコチャンも背中の毛が震えているようだ。
そしてオジサンの横では、40代くらいのきれいな女性と、小学校高学年くらいのかわいい女の子が、やっぱり床に正座していた。
私は驚いた。そして急いで洗面所に向かい、寝間着のジャージからこざっぱりとした格好に着替えて再度リビングに顔を出した。
「あの~、どちらさまでしょうか……」
声をかけると、何やら集中していたらしい女性2人はハッと私の方を向いた。
「下僕さんでいらっしゃいますね? お邪魔しております。こちらのオジサンの家内と娘でございます」
「えっ! オジサンの!?」
長らく別居中だというオジサンの家族らしい。とすると、妻子がいるという彼の話は本当だったのか……そして、彼女たちはなぜ私の家に、日曜の朝から押しかけているのだろうか。
「あのー、ネコチャン」
「シッ! お黙りなさい」
いきなり叱られてしまった。
よく見ると、ネコチャンとオジサンの間には、封を切ったちゅ~るが置かれている。
さては、また「我慢をする訓練」でもやっているのか……と私は察した。しかし、オジサンの妻子はなぜここにいるのだろう?
疑問符が頭から飛び出しているような私の表情を見てか、オジサンの奥さんが話しかけてきた。
「突然お邪魔してすみません。実は夫が、『かわいいものを甘やかさないようになった』と申しますので、こうしてその様子を見ておりました」
「えっ? それだけを見に来られたんですか?」
「そうです。この訓練が上手くいけば、ふたたび私たちと暮らせると申しまして……」
そう言いながら、奥さんは泣き崩れた。娘さんが小さな手でその肩を支える。夫のこんなわけのわからん姿を見せられれば、泣きたくもなるだろう。私は彼女たちに同情した。
「下僕よ!」
突然ネコチャンが大声をあげた。
「何でしょう」
「ちゅ~るが気になって仕方ありません! 何か私の意識を逸らせるようなことをするのです!」
「はぁ!?」
私は突然の無茶ぶりにギョッとした。
「し、しかし何をすれば……じゃあ、ウクレレを……」
「無駄です! 下僕のウクレレ弾き語りは、私はすべて聞き流すことにしています!」
ネコチャンがなかなかひどいことを言った。
「一問一答です! 私に質問をしなさい! せっかくだからウェブ小説に関係あるような質問をしなさい!」
「は、はぁ……」
私は戸惑いつつも、質問を投げかけることにした。
「じゃあ、文章の頭は一字下げますか?」と、私は尋ねた。
「やらない人も多いようですが、私は下げる方が好きです」と、ネコチャンが鼻をピクピク動かしながら答えた。
「一人称と三人称、どちらが好きですか?」と、私は尋ねた。
「どっちにもいい面があるので、どちらとは言えません」と、ネコチャンが床を揉みながら答えた。
「『いっかげつ』はどう表記しますか?」と、私は尋ねた。
「統一されていれば何でもいいでしょう。私は『1ヵ月』派です」と、ネコチャンがヨダレをたらしながら答えた。
「メールは『打つ』ですか? 『書く』ですか?」と、私は尋ねた。
「私は『打つ』派です」とネコチャンがしっぽを激しく床に打ち付けながら答えた。
「スマートフォンと書きますか? それともスマホですか?」と、私は尋ねた。
「一人称ならスマホ、三人称ならスマートフォンです」と、ネコチャンがマナーモードのように震えながら答えた。
「降車しますか? それとも下車しますか?」と、私は尋ねた。
「どっちも大体同じではないでしょうか。厳密には違うかもしれませんが……」と、ネコチャンが荒っぽく顔を洗いながら答えた。
「絆は暖かい? それとも温かい?」と、私は尋ねた。
「絆は強いです!」と、ネコチャンが首を振りながら答えた。
「きのことたけのこ、どっちが好きですか?」と、私は尋ねた。
「どちらも食べないので知りません!」とネコチャンが牙をむき、私のアキレス腱を噛んだ。
「いったい!」
私が悲鳴をあげたそのとき、「あっ! 10分経ちました!」と奥さんが声を上げた。
「や、やったー!」
正座していたオジサンが立ち上がる。そこに奥さんと娘さんが駆け寄り、3人はかたく抱き合った。
「とうとうやりましたね……」
ネコチャンが床の上にがくりと崩れ落ちた。
私はちゅ~るを戸棚に放り込むと、急いでネコチャンを抱えて、お気に入りのキャットタワーに載せてやった。
「ネコチャン、ありがとうございます!」
オジサンが涙にむせびながら、ネコチャンの下でひれ伏した。
「おかげで、家族の絆を取り戻すことができました!」
「だから言ったでしょう。絆は強いのだと……」
ネコチャンはそう言うと、がくっと首を垂れ、鼻をプープー鳴らしながら爆睡し始めた。集中力を使いすぎて疲れたようだ。
「もうこの子を甘やかしすぎて、駄目にしたりしないわね! だってこんなにかわいいネコチャンに、ちゅ~るをあげなかったんですもの!」
奥さんが両目に涙を溜めて言った。さっき泣き崩れたのは一体何だったのだ。まさかシリアスのつもりだったのか。さすがはオジサンの嫁である。
「ああ! これからはまた一緒に暮らそう!」
「パパー!」
抱き合って泣く3人の姿を、私は妙な虚脱感と共に眺めていた。
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