第28話:吸血皇女
すべてを焼き尽くす殲滅の光を目に焼けつけながら、エルスは静かに涙を流していた。初めて好きになった男が決死の覚悟で放った命の輝きと同じ光の奔流。差し伸べられた手を断ったのでもう二度と見られないと思っていた。
「カルム……あなたが、助けてくれたの?」
誰にも聞かれることもなければ答えも返って来ることのない呟き。夜なのに世界に希望を与える星の欠片がキラキラと空から降り注ぐ、幻想的な光景が広がっている。その中心にいる銀髪の青年は剣を振り切った姿勢からゆっくりと身体を起こしている最中にガクンと膝を地面につく。
「アスタ君―――!」
エルスは急いで彼の
彼とともにこの死地を駆け抜けた聖剣はその身を塵と化していて、サラサラと風に流れて飛んでいった。命を燃やしたあの一撃を耐えうるのは
「大丈夫、アスタ君?」
「エル……ス、さん? えぇ、俺は大丈夫ですよ。むしろエルスさんの方こそ大丈夫ですか? 結構やれていましたよね?」
「私を誰だと思っているの? あの程度なんてどうってことないわ。それより、説明してくれるかしら? なんでいきなり大きくなったのか。新しい魔法だと思うけど、卑怯よ……」
少年アスタはからかいながらずっと愛でていたくなる可愛さがあるが、今の青年アスタは精悍な顔立ちの美丈夫でずっと愛でていて欲しいとお願いしたくなる。
「……声が聞こえたんです。カルムさんの声でした。男なら惚れた女くらい自分の手で護ってみせろって。そしてこの魔法、【
破格の魔法だ、とエルスは思った。これがあればいつでもアスタは最強の自分になれる。今の彼の年齢はおおよそ二十代前半。あと十年もすればこの力を手に入れることになるし、今後全盛期を過ぎて老いたとしてもこの魔法があればいつでも彼は一番強かったころに戻れる。まさに神のみに許され魔法だ。とはいえ、吸血鬼となったアスタには関係のない話だ。何故なら吸血鬼の肉体の変容、成長は全盛期で止まる。その後どのような姿を取るかは本人次第だ。
「でも、さすがに連発はできませんね。肉体より精神が持ちそうにありませんから」
「時を越える代償ね。朽ちていく身体は吸血鬼としての強度と回復力で相殺できてもその痛みに心が耐えきれない。使える時間……いえ、回数に制限があるのね?」
「その通りです。体感ですが、使えてあと三回が限界でしょう。五回目を使い、それが終わった時……
言いながら、アスタの身体が淡く輝き出し、その身体が徐々に小さくなっていく。魔力を使い切ったことで魔法が解除されていく。数秒後、精悍な顔立ちの青年からまだ幼く可愛い少年のアスタに戻った。エルスはそんな彼を抱き寄せた。
「大丈夫よ、アスタ君。あなたにもうそんな無茶なことはさせないから。今度は私がちゃんと護るから。君はもう戦わなくていいからね」
「ダメですよ、エルスさん。それはダメです。僕もあなたを護りたいんです。これでも僕は勇者なんですから。あなただけの勇者に僕は―――」
アスタの身体から力が抜けた。意識を失ったようだが無理もない。腹を貫かれたボロボロの状態で無茶苦茶な魔法を使って覚醒して大技を連発。さらに魔力切れが重なれば身体が休眠を求めるのも当然だ。華奢だけど逞しい背中を撫でながらエルスは立ち上がる。
「ま、まだだ……まだ……俺は闘えるぞ……魔王!」
「あれをまともに浴びて生きているなんてね。あなたの方がよほど化け物じゃないかしら?」
鎧は溶けてなくなり、顔を含めた身体の半分以上が光に焼かれたことで黒く爛れている。生きているのが不思議なくらいだが、それでも勇者フユヒコは剣を引きずりながらしっかりとした足取りとエルス達の方へ向かっていく。
「俺をそこのガキと一緒にするなぁ! 俺は異世界から召喚された勇者だが純粋種の力も持っているんだ! だから身体の強度は他の奴等とは段違いなんだよ!」
「純粋種の力も持っている? それはどういう意味かしら? アスタ君の血を取り込んだというのかしら?」
アスタが最強の勇者カルムの血を引く子孫であることをエルスは確信している。初めて会った時に身体強化の魔法を見た時からその予感はあったが、あの黄金の輝きを見せられたら確実だ。声も聞いたと言っていた。血に刻まれた記憶がそうさせたのだ。
つまりカルムの血を引いているアスタは紛れもない純粋種の勇者ということになるのだが、
「ハハハ! 違うな! 間違っているぞ魔王! サイネリア王国にいる勇者因子を持つ子供達は全て
「造られた存在? 真の純粋勇者……? あなた、何を言っているの?」
フユヒコの発言にエルスは戸惑いを覚える。勇者が造られた存在とはどういうことなのか。真の純粋勇者が成長するまでの時間稼ぎとは一体どういうことなのか。それはアスタのことではないのか。
「あんたが大事に抱えているガキもどうやら
「あなたは……何を知っているの? あなた達は何をしているの?」
「決まってんだろう!? 全ては俺達人間が平和に暮らせる世界を作るためだ! そのためにお前ら魔王や魔族は邪魔なんだ! そのための俺やガキどもだ! そして真の純粋勇者が成長した時、お前達は終わりだ!」
呵々大笑するフユヒコに狂気を覚えたエルスはアスタを抱きかかえたまま、魔剣メドラウトを出現させて構えた。ここで捕らえてサイネリア王国が何を企んでいるのか、手足の一、二本斬り落とすことになっても知っていることを洗いざらい吐かせる。
「おしゃべりが過ぎますよ、フユヒコさん」
それを阻むように立ちはだかったのはアスタに斬られたはずの魔法使いマリーゴールド。死んでこそいないが立ち上がることが出来ない重傷を負ったと思っていたが血は止まり、そのような痕はどこにもない。治癒というより自己修復に近い。
「まさかその少年が伝説の勇者、カルム・グロリオサの血を引いているとは思いませんでしたよ。中々いい子を眷属にしたようですね、エーデルワイス姫」
「―――どうしてあなたがカルムの名前を知っているの? それに私のことを姫とも言ったわね。そこの勇者以上に、あなたは一体なんなのかしら?」
「察しが悪いにもほどがありますよ、エーデルワイス姫。吸血鬼でありながら同族のことはもう覚えていないと? それとも……自分以外の吸血鬼を全て殺したと本気で思っているのですか?」
獰猛な微笑を浮かべるマリーゴールド。今のもの言いから彼女が自分と同類とだということに気付いたエーデルワイスだが、それ以上のことはわからない。一体彼女は何者なのか―――
「はぁ……殺した相手の家族などもう覚えていませんか。魔王だった私の父を殺してその力を奪っておきながら、自分は吸血鬼にされた被害者だと。愛する男とも結ばれなかった悲劇のヒロインを気取るか。本当に赦し難い……っ!」
「魔王が父? あなた……もしかしてあいつの―――!?」
「そうよ。私はあなたに滅ぼされた先代魔王ジキリタスの残し子。正統なる魔王の後継者よ。いずれ貴様から取り戻す。そしてその力で吸血鬼族を再興させるわ」
マリーゴールドの告白に衝撃を覚えたのはエルスだけではない。そばに居たフユヒコは身体を震わせていた。
「お前……じゃぁ俺達に近づいてきたのは……待て。勇者創造計画に関わっていたと言ってたな。てことは―――!?」
仲間だと思っていたマリーゴールドが実は魔族で、しかも彼女を推薦してきたのは他でもない国王であるノーゼンガズラ。しかも彼女は初対面の時にこう言っていた。
―――あら、ノーゼンガズラ様か聞いていませんか? 私も例の計画に浅からず携わっているんですよ?―――
「フフフッ。フユヒコさん。あなたのような勘の働く殿方は嫌いじゃありませんが、寿命を縮めますよ?」
「お前、何を言って……ガハッ―――!」
妖しく笑いながらフユヒコの肩に手をかけて引き寄せるとそのまま首筋に牙を立てる。驚愕に顔を歪ませるフユヒコ。エルスはその危険な行為を止めるべく駆け出すが接近を阻む者がまたしても現れる。その人物はボタボタと腹から血を流しながらも気を失っているライとスイレンを両肩に担いでいた。
「あら、ゲンティウスさん。あなた生きていらしたんですね。でもその疵じゃ直に死ぬわね。助けて欲しい?」
首から血を流し、ぐったりとして意識を失ったフユヒコを抱きかかえながらマリーは舌なめずりをする。ゲンティウスは何も言わず、静かに首を縦に振る。フフッ、と笑ってから大木のような首に牙を立てて己の血を流し込む。
「ガハァッ―――! ハァ……ハァ……」
喀血するゲンティウス。肩を激しく揺らしながら肉体の変容に伴う激痛を、歯を食いしばり耐えているうちに腹の傷が徐々に塞がっていく。失った血は戻らないがこれでゲンティウスの命は繋がった。
「フフフッ。それじゃね、エーデルワイス。次は必ずあなたは殺すわ。その時までせいぜいその坊やとの情事を楽しむことね」
そう言い残して。吸血皇女のマリーゴールド率いる侵入者たちは森から一瞬で姿を消した。エルスは魔剣を仕舞いながら嘆息する。
「敵はサイネリア王国そのものか。一難去ってまた一難。面倒なことね」
ぎゅっと眠るアスタを抱きしめる。考えることは山積みだ。
でも今はこの温もりに浸りたい。愛する男を包みながら眠りたかった。
「そのためにもまずは家を直さないといけないわね」
そのためにもまずは闇色の大工集団の生み出して再建築を始めることにした。
欠陥勇者の少年と最強魔王のお姉さん 雨音恵 @Eoria
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