第27話:祈り束ねた希望の剣

 アスタは三人を視界に収めるように半身の体勢で構える。煌々と輝く黄金の闘気が月のない戦場を明るく照らす。しかしこの男が齎す光は安らぎでなく、敵対者に対する断罪。愛する人を傷つけたことへの報復だ。


 ―――いいか、アスタ。【真なる勇血の覚醒マーガレットオーバーレイ】は時間遡行だ。今のお前はいずれ必ず訪れる全盛期・・・の状態になっている。だから、今のお前は誰よりも強い―――


 旭光を煌めかせ、顔と年齢に似合わない咆哮を上げながらゲンティウスが突進してくる。振り下ろされる上段切りを事もなげに片手で受け止めて横に流す。前のめりになりながら、壮年の騎士はすぐさま体勢を整えて足払いに剣を出すが、あろうことかアスタは剣腹を踏みつけることで無力化する。


「―――なっ!?」

「あんたの魔法は一度味わったからな。今の俺にはもう通用しない」


 ゲンティウスの魔法の強みは連撃にある。剣を振れば振るほど威力は増し、回避しても余波で発生する風の刃に身体を刻まれ、動きが鈍れば巻き起こる暴風に自由を奪われて絶命に至る一撃を喰らうことになる。ならどう対処するか。簡単だ。このように強制的に連撃を終わらせればいい。


「その首―――貰うぞ」

「させるかよぉぉお―――!!」


 アスタがゲンティウスの首を撥ねようとした時、空から声が聞こえてきた。声の主はフユヒコ。剣を両手で握りしめて一回転しながら斬りこんでくる。アスタは舌打ちしてすぐさま飛び退く。


 師を庇うよう降りたった勇者フユヒコが勢いそのままに黄金を携える戦士に斬りかかる。


「おらっ! おらっ! おらぁあっ! 調子に乗んなよイケメンがぁ!」

「あんた……黙って戦えないのか?」


 縦に横に、上から下、下から上と高速で振るわれるフユヒコの連撃を一つずつ丁寧に迎撃していくアスタ。碧色に手元が輝いていることから魔法を発動させていることは明らかで、フユヒコは怒りとも焦りとも取れる表情で必死に剣を振るう。


「所詮は魔法に頼った仮初の力か。あんたの魔法じゃ俺を斬ることはできないぞ?」

「だまぁぁれ!! 俺の力が仮初なら今のお前も魔法による仮初だろうがぁ! 盛大なブーメランになってんぞぉ!」

「違いない。だから、こんな戦いはさっさと終わらせる!」


 ―――だけどなアスタ。時を操る魔法は神にのみ許された魔法だ。使えば使うほどお前の身体は朽ちていく。幸いないことにアスタは吸血鬼になったから身体の強度は高いが、その分痛みに精神が耐えられなくなるだろう―――


 フユヒコとの剣戟が十合に到達する頃、受けに回っていたアスタが攻めに転じる。鍔迫り合いに持ち込み、がら空きの胴体に前蹴りを突き刺す。たたらを踏むフユヒコに肉薄して剣を振り下ろす。


「略奪者の眷属風情が、私の存在を無視とはいい度胸だな!」

「ッチ。次から次へと面倒な―――!」


 赤。青。緑。黄。四種の巨大な花をマリーゴールドが出現させてアスタを撃ち殺さんとばかりに光線の乱射を始めた。一撃一撃は当たれば今の状態のアスタでも致命傷になりかねない威力を持っている。それだけの魔力を感じる。


 聖剣を両手で握って魔力を送る。イメージしろ。空に咲く花を両断する斬撃を。再現するのだ。空に浮かぶ敵を叩き落とす巨大な斬撃を。


 今なら、出来る。


「魔女が―――邪魔をするなぁっ!!!」


 気合一閃。聖剣を振りぬく。魔力によって創り出された銀色の刃が聖剣から伸び、四色の花弁を一刀の元に斬り伏せた。驚愕しているマリーゴールドに接近。袈裟に払って戦闘不能に追いやる。キラキラと花が散っていく様は戦場を幻想的な景色の中、稀代の魔法使いが地に伏せた。


「マリー殿!? 貴様ぁあっ!!」


 ゲンティウスの焦燥の叫び。遠距離からの魔法支援が無くなれば勇者陣営は一気に不利になる。ただでさえ今のアスタの戦闘力は常軌を逸している。人の身でも吸血鬼でもたどり着けない極地に彼は立っている。


「狼狽えるな、ゲンティウス! あれだけの馬鹿げた力が早々長く持つがはずない! 全力で耐えて勝機を見出すぞ!」


 フユヒコは震える両手で剣を握りしめながら、剣についたマリーゴールドの血を払う黄金の戦士を睨みつける。時間を稼げば勝てる。わかっているのにそれを手繰り寄せられる未来が想像できない。


 ―――だから、お前の精神が壊れる前に出来るだけ短時間で決着を付けろ。そのためにもう一つ、お前の進化とともに使える魔法がある。名前は……これは言わなくてもわかるよな?―――


「行くぞ―――【星斂纏いて神魔滅するギャラクシアスオーバーレイ】」


 呟きとともに黄金の闘気がさらに輝きを増す。今のアスタは神の領域に足を踏み入れている。単なる身体強化の魔法ではない。これは肉体を神のような絶対者へと変容させる超常の魔法。神に抗うために人の形をした生命が会得した五つの至高の業の一つ。


 流星が闇を翔け抜けて、勇者達の間に降り立つ。その速度はフユヒコでも辛うじて目で追える速度だったため、二人は同時に斬りかかった。だがアスタにはその動きは止まって映る。右に立つフユヒコを蹴り飛ばし、ゲンティウスの大剣を受け止め弾き、流れるような動きで無防備な身体を斬り裂いた。


「ば……馬鹿な―――!?」

「あんたには腹を貫かれたからな。そのお返しだ」


 胸に深く大きく刻まれた剣閃を呆然と眺めるゲンティウス。その鍛え抜かれた鋼の肉体を自分がされたように容赦なく貫いた。


 ガハァッ、と喀血しながら前のめりに倒れる壮年の騎士。旭光が闇に堕ちる。これで二人目。いよいよもって、勇者陣営に後がなくなった。


「残すはあんた一人だ。どうする?」

「はっ! なんだよ、もしかして見逃してくれるのか?」

「まさか。抵抗しないならすぐに楽にしてやる、って話だ。まだ抗うなら……絶望が長引くだけだ」


 すぅと剣を向けるアスタ。フユヒコは額の汗を拭いながら口角を釣り上げる。この状況はまさしく絶体絶命。仲間はみな倒れた。自分の魔法は通用しない。だからこそ心は燃える。この窮地を乗り越えた先には必ず幸せを手に入れることが出来る。


「俺は諦めねぇよぉ! あいつを食い殺せ狼どもファング! 【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】!」


 ありったけの魔力を注ぎ込み、エルスから吸収した魔法を発動させる。戦場一帯を埋め尽くす闇色の狼の軍勢。その数は上限の666体。それが一斉にアスタに向かって牙を剥いて襲い掛かる。


 だがこれはエルスの魔法を吸収し、解析して会得した模倣の魔法。原形オリジナルとなる狼達と何度も戦ってきたアスタにしてみればフユヒコの【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】は児戯に等しい。今の状態でなくてもこの数を倒しきるのは難しくはない。だがさすがにこの数を相手にするのは面倒だ。アスタは襲い来る狼達を斬り伏せながら舌打ちをする。


「……さすがに……鬱陶しいな」


 フユヒコに接近しようにも倒しても倒しても雑草のように生まれてくる狼達が壁となり行く手を阻む。傷を負うことはないが気を抜けば噛みつかれ、爪で裂かれる。刻一刻とタイムリミットが近づいて来る。わずかだがしかし確実にアスタの輝きが落ちていく。フユヒコは勝利を手繰り寄せるべく勝負に出る。


「行くぜ……ここが勝負どころだ! 集まれ狼ども! そして顕現しろ、最強種!」


 666体の狼が一斉に霧となり一か所に集中する。巨大な球体はフユヒコに呼応してうねり、蠢き、やがてその姿を伝説の生き物、最強の種族、生態系の頂点に君臨するドラゴンへと姿を変えた。


 見上げるほどの巨体。空を羽ばたくための二枚の翼。闇色に輝く鋼鉄のような鱗に何人も傷つけることのできない四肢、万物を斬り裂き、噛み砕く爪牙。おとぎ話の生物がこの戦場に舞い降りた。


「行け! あいつを……吸血鬼を殺せ!」


 空気を震わす咆哮。これが魔法によって生み出された生物とは思えない、肌を焦がすような威圧。キマイラが赤子に感じる生態系の頂点。


 だが。アスタの口元には笑みがあった。大群をちまちま倒していくより一つにまとまってくれたのはむしろ好都合。最後の切り札ラストリゾートをここで切る。


 ―――今のお前なら聖剣の力を十全に引き出すことが出来るだろう。放てば必勝。その一撃は世界に希望を齎す光となる。使いこなして見せろ―――


「あぁ……カルム。あんたが一番得意としていたこの技。俺も使いこなしてみせるさ」


 燃え昂る心を落ち着かせるように、すぅうと大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。剣を両手で強く握り、右足を後ろに下げながら天高く剣を構える。


武典解放ぶてんかいほう―――」


 聖剣に今ある大半の魔力をくべる。上質な燃料を大量に与えられて喜びの声を上げるように聖剣は世界を照らす太陽と見紛うほどの輝きを放つ。


 闇色のドラゴンが天を仰ぐ。そのあぎとに尋常じゃない量の魔力が収束していく。そこから放たれる息吹はまさしく世界を焦がす一撃となるだろう。


 神に抗う力を手にした人間アスタがその命を賭けて伝説上の最強種闇色のドラゴンの打倒に挑む。


 放つは必勝。剣に内包されしは勝利を願う人々の声と希望への祈り。その一撃の名は―――


「―――【祈り束ねた希望の剣アステル・グラジオラス】!!」


 希望が奔り、流星が吼える。


 解き放たれた光の奔流が、竜の顎よりほとばしる純黒の閃光と激突し、一瞬で飲み込みその巨体諸共呑み込んでいく。


 フユヒコが生み出した最強種のドラゴンの巨躯は魔力で構成されているが、鱗一片全てに至るまで灼熱の閃光に晒されて壮絶な絶叫を張り上げる。そして、その後ろで使役していたフユヒコは白く眩い光に身体を呑み込まれながら、心を震わせていた。


「あぁ……これが……本当の勇者の輝きか―――」


 フユヒコの意識は光に呑まれ、はるか彼方へと溶けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る