第26話:星の輝きを纏う者

 エルスは自分の身体がゆっくりと崩壊していくのを感じながら、それでも剣を振る力を一切緩めることはせず、攻撃を繰り出していた。フユヒコに反撃の隙間は与えない。視認できない速度で動きながら翻弄し、片手で縦横無尽に剣を叩きつけ、浅いが確実に刻んでいく。


 それ以上はさせまいと間に割って入ってこようとするゲンティウスに対しては空いている左の拳を乱暴に叩きつける。剣腹で受け止められるが距離を詰めさせない。


 魔法を放ってくるマリーゴールドはその悉くを踊るように回避しながら【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】を牽制で放つ。その分魔力は減っていくが出し惜しみをするような状況ではない。


「ハァ―――ハア―――ハァ―――」


 肩で息をしながら、それでもエルスは止まらない。動きを止めた時、おそらく自分は敗北する。それはこの三人もわかっている。だから無理に攻め込まず、致命傷を避けるために防御を固めている。普段ならばなんてことのない、紙のように薄い守り。だが今のエルスには鋼鉄のように堅牢な守り。


「【千篇挽歌の血染め詩サウザンドティアローズ】。爆円よ、咲き誇りなさい!」


 焦燥するエルスに放たれるマリーゴールドの魔法は爆円の魔法。その数は一瞬にして百を超え、エルスの周囲を隙間なく取り囲む。そこから逃げ出す術はない。


「これは―――!?」


 まずい、とエルスがなんと脱出を試みるより、マリーゴールドが必滅の一言を口にする方がわずかに早い。


「―――散りなさい」


 闇夜の世界に光の柱が立ち上る。轟音に次ぐ轟音、そしてまた轟音。その無限とも思える連鎖が大地を揺らし、大気が震える。その地震と衝撃波でエルスの居城は崩壊。主もまた跡形もなく消し飛んだとマリーゴールド達は確信した。


「ひゅぅ。さすがだなぁマリー。今の、もしかしてライの魔法の再現か?」

「まぁ……そんなところです。私の魔法は千篇。私の想像次第で様々な魔法を再現することが可能です。ライ君の魔法はとても綺麗だったので私なりにアレンジを加えてみました」


 轟々と燃える光柱を見つめる三人。ライの魔法を再現したと言ったがその破壊力は比べ物にならない。魔王が身体強化の魔法を使って接近戦を仕掛けてきたのには驚いたがさすがにあの爆発をまともに喰らって生きているはずがない。


 あっけなかった。そうフユヒコが思った瞬間―――


「ハァァッァ―――!」


 光の柱が斬り裂かれ、そこから気を失ったエルスを抱きかかえる銀髪の青年・・が現れた。


「ここから先……お前達の相手はがする」


 少年のような幼さはなく、背も伸びて落ち着きのある精悍な顔立ちをした戦士は絶対強者としての覇気をごく自然と身に纏っている。その銀髪がサラサラと風に靡いている。


「アス、タ……くん? アスタ君、なの?」

「えぇ、そうですよ、エルスさん。俺はアスタ君です」


 そっと銀髪の青年は美女を地面に降ろしながら答えた。その苦笑いはいつも少年が戸惑った時に見せる困った顔と同じ。エルスの髪を撫でる青年アスタは力強い声で言った。


「あとは俺に任せて下さい。あの三人は俺が倒します。腹に刺された恨みもありますからね。エルスさんは安心してここで休んでいてください」

「そ、そんなことより! どうしたのその身体!? なんで急に大きくなって―――んぅん!?」


 理由を聞いて来ようとするエルスの口を、青年アスタは己の口で塞いだ。ここが修羅場だということなど関係なしに、愛を込めて唇を重ねる。初夜の時に蹂躙されたお返しだ。


「あとで説明しますから、今はここで大人しくしていてください。いいですね?」

「う、うん。わかった……」


 こくりと少女のように頷くエルス。そんな可愛い彼女の頭をもう一度ポンと叩いてから、アスタは驚愕を顔面に張り付けている三人に向き直る。その目に宿すは愛する人を傷つけられた怒りと、争わなければいけない悲しみ。すぅと剣を構えながら、アスタは尋ねた。


「引く気は……ないんだな?」

「当然だ! あと一歩のところまで魔王様を追い詰めたんだ。逃げるはずがないだろう? 少しばかり大きくなってイケメンになったくらいで調子に乗るなよ?」


 フユヒコはアスタの突然の成長に驚きながらも剣の構えは解かない。それはゲンティウスも同様だが、この壮年の王家直属の秘密部隊の隊長は震えそうになる身体を鋼の精神力で押さえつけていた。あれはなんだ? 同じ人間か?


「マリー、お前は離れていろ。隙を見て魔法をぶちかましてくれ」

「……わかりました。フユヒコさん、ゲンティウスさん、どうかお気を付けて。あの若者……強いですよ」


 あぁ、と返事をして。フユヒコは銀髪の勇者に神経を集中させる。いつ攻撃が来てもいいように【我傷つける刃はなく、我が刃から逃れる術は無し】は展開済み。もし魔法攻撃が来るなら吸収してそのまま返してやる。さぁ、来い―――!


「―――遅いな」

「……え?」


 いつの間にか横に並んでいた銀髪の青年がフユヒコの耳元で囁く。阿呆な声を出して反応した時には、フユヒコの身体を無数の斬撃が襲った。何が起きたかわからず、血を吐きながら膝をつく異世界の勇者。ボタボタッ、と血が流れ、味わったことのない痛みに顔を顰める。


「斬られた…………のか?」


 間違いなく魔法は発動していた。回避できないはずがない。エルスの攻撃ですら回避できなくとも身体が勝手に動いて受け止めることはできていた。それなのにこの男の攻撃には全く反応することが出来なかった。


「本当に何もかもが遅いな。お前がエルスさんの攻撃をかわすことができたのも、傷を負わせることが出来たのも、それは全てあの人が俺のために力を使って弱くなっていたからだ。だから決して! お前の実力ではないっ!」


 頭を垂れているフユヒコの顔面をアスタは激昂しながら容赦なく蹴り上げた。ガハッとうめき声を上げて宙を舞う異世界の勇者。


「フユヒコ―――!」

「よそ見とは……随分余裕だな?」

「なに―――!?」


 ゲンティウスが驚きの声を上げるが、その時すでにアスタは彼の背後にいた。かろうじて反応して無慈悲な剣閃から致命傷を避けられたのは魔法の力でも何でもなく、ゲンティウスの経験のなせる業。咄嗟に後ろに飛んでいなければ鍛え上げたこの身体はバターを斬るようにあっけなく斜めに断たれていたことだろう。


「さすがだな。そこの勇者もどきとは別格か。だが―――」

「よそ見はお前も同じだ、魔王の眷属! 【千篇挽歌の血染め詩サウザンドティアローズ】」


 離れたところからマリーゴールドが再び橙色の爆円をまき散らす。ゲンティウスは歯を食いしばり、膝をついているフユヒコを抱えて巻き込まれないように全力で離脱する。そのわずかな時間を利用して、アスタは魔法を展開する。それはかつて最古の魔王エーデルワイスを唯一追い詰めた男の極技。


「爆円よ、爆ぜろ!」

「だから―――遅いっ!」


 黄金の闘気をその身に纏い、流星が奔る。


 アスタは空中に展開されている百近くにも及ぶ橙の爆円が破壊をまき散らす前に一つ残らず聖剣で斬り裂いた。そのあまりにも非常識かつ出鱈目な光景にマリーゴールドは絶句した。だが同時に空に浮かぶ黄金の煌めきに目を奪われていた。


「な、なんだよ……それ……? ピンチになったら金色になるなんて……お前、どこの伝説の戦闘民族だよ……」


 静かに地面に着地したアスタの姿を見て、フユヒコはなんとか立ち上がりながら戦慄わななき声を上げる。その言葉の意味を知るのは彼だけだが、窮地に立って力に目覚めることを指しているのはゲンティウス、マリーゴールドにもわかった。


「その輝き……夜空に煌めく満天の星のような黄金の闘気は……あの人と……カルムと同じ……」


 懐かしい。もう二度と見ることはないと思っていた、遙か昔に自ら手放した初恋の男が魅せた星の輝きが目の前にあった。その主は謎の成長を遂げたエルスの愛してやまない少年で、初恋の男とは似ても似つかない。


 聖剣も再会できた歓喜に打ち震えるかのように明滅している。アスタはその刃を優しく撫でる。


「ふざけるな……ふざけるな……ふざけるなぁっ! こんな大逆転があってたまるかぁあ!!」


 鮮血が身体から噴き出るが構わず、フユヒコは理不尽だと言わんばかりに叫びながら立ち上がり剣を構える。


「ゲンティウス! マリー! まだやれるよなぁな!? へばるにはまだ早いぞぉ!」


 フッ、と息を吐き出しながら立ち上がるゲンティウス。深呼吸をして平常心を取り戻すマリーゴールド。そして。瞳に怒りの炎を灯して絶叫する勇者フユヒコ。彼らの闘志は衰えていない。


「この金ぴか野郎を倒せばあとは手負いの魔王だけだ! 死に物狂いでこいつを倒すぞ!」


 激情に燃えながら剣を構えるフユヒコとゲンティウス。いつでも魔法を放てる体勢を整えるマリーゴールド。


「この戦い……いい加減終わらせる。来い、勇者」


 対する銀髪星斂せいれんの勇者は静謐な表情で聖剣を握る。


 一瞬の静寂の後。


 最後の戦いが始まる。

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