第22話:激突

 フユヒコはギリっと奥歯を噛んでいた。たった今目の前で起きた一瞬の攻防に目を奪われた。ライの魔法を回避するでも吸収するのでもなく、斬り裂くという異次元のような対応で無力化し、瞬きする間に空中に接近。袈裟に払って地面に叩き落として意識を奪う。


 銀髪の少年戦士の動きを形容するなら無駄のない激流。フユヒコが憧れた絶対的な強者である勇者そのもの。そう思ってしまった自分に苛立ちを覚えた。


「どうかしら? あれが私の最愛の子の実力よ?」


 豊満な双丘がたゆんと揺らしながら魔王エーデルワイスは誇らしげに胸を張る。普段のフユヒコならば生唾を飲んだところだが、あいにくと今はそんな気分ではない。むしろ闘志の炎がさらに勢いを増していた。


「すいません、エルスさん。予想以上にライが強くて思わず魔法を使ってしまいました」

「いいのよ、アスタ君。その判断は間違っていないわ。むしろ使っていなかったらあなたが危なかったわ」


 銀髪の少年がエルスの隣に着いた。魔王の実力を推し量るための襲撃で心臓を貫かれたのは映像でこの目で確かめたが生きているとは想定外。ましてや勇者でありながら吸血鬼となり魔王を護る剣になるとは。


「お前……確かアスタとか言ったな。俺達人間を……本当に裏切るつもりか?」


 フユヒコは怒気を孕んだ静かな声で同朋に問いかける。だがアスタの答えは変わらない。その気がないならライの呼びかけで改心している。故に、アスタの返答は無言。己の主人を傷つける敵に対して剣を構えることで答えとする。


「……そうかよ。ならお前も、そこの魔王も、まとめて始末してやる」


 シュッ、と腰から剣と解き放つ。わずかに反りのある黒い剣。エルスの持つメドラウトのような禍々しさはなく、光沢のある刃は雲一つない夜空を想起させる業物。


「俺のこいつはお前達のような聖剣、魔剣てわけじゃないが、それでも首を撥ねることはできる。ゲンティウスさん。俺が魔王の相手をするからあんたはそこの元勇者を頼む」

「……わかった。本来ならば二人がかりで挑みたいところではあるがやむを得まい。すぐに加勢に行くからやられるなよ?」


 元騎士団長にして最高の騎士、そして異世界から召喚されたフユヒコにこの世界で生きる術を叩き込んだ師でもあるゲンティウスもまた、背中から得物を解放する。切っ先が地面につくとドシンッ、と大地が揺れた。幅広の超重量の武骨な大剣。それを軽々片手で持ち上げて肩に担ぐ。


「アスタ君。油断は禁物よ。あの男……かなり強いわ」

「そうみたいですね。最初から全力で行きます。エルスさんも、気を付けて。あの人……なんだかすごく嫌な感じがします」


 フユヒコの身体が碧色に輝いている。だがそれはアスタやライのような身体強化による発光ではなく彼の魔法による輝きだ。不気味な発光に同じ勇者であるアスタは怖気を感じ、エルスもまた目を細めて注視する。どちらも油断できない相手に間違いなさそうだ。


「マリー。お前はスイレンを抱えたままライの治療をしてやってくれ。戦線に復帰は無理だと思うが死なすにはまだ惜しいからな」

「わかりました。ライ君の治癒が済みましたら私もフユヒコさんの加勢に回ります。それまではどうか無理をならさぬよう」


 フユヒコは頷きをもってそれに答える。四人はそれぞれが戦うべき相手と向かい合う。勇者と魔王の激突は女魔法使いマリーゴールドがライの治癒に動いた瞬間から始まった。


「行きます―――【聖光纏いて闇を断つホーリールークスオーバーレイ】!」


 銀煌が再び奔る。狙いは大剣を担ぐ騎士。小細工無し。一直線に突貫し、魔法によって限界まで強化された肉体で力任せの上段斬りを叩き込む。


「―――グヌッ!」


 幾多の戦場を駆け抜けてきた歴戦の騎士は、未だかつて経験したことのない威力の一撃を受け止めて両腕に衝撃が駆け抜けた。この痺れが動きを一瞬だけ鈍らせて、アスタの強引な前蹴りを腹部に浴びせられて吹き飛ぶこととなる。


「エルスさん! こっちは任せて下さい! まずは確実にその人を!」

「さすがだわ、アスタ君!」


 初手で分離させられたがフユヒコは冷静だ。すでに魔法は発動済み。舞うように華麗な動作で距離を詰めてくる魔王エーデルワイス。その手にある黒赫の刃が自身の眼前に掲げられて始めて間合いを制されたことに気付いた。


「遅すぎるわよ、勇者」

「―――いいや。それは違うな、魔王」


 黄泉の国へと誘う魔王の一振りは、しかしフユヒコの身体を斬り裂くことはなく。腕がぶれて見える程度の速度で繰り出した勇者の横一閃は魔王の頬に一筋の線を刻む。ポタ、と赤い滴が落ちる。それを不思議そうな顔でぬぐい取りながら、エルスの表情からすぅと感情が消える。


「へぇ…………面白い魔法を使うのね、あなた」


「フンッ。首を落とすつもりだったけど咄嗟に身体を反らしたか。さすがは魔王様だ」


 トントンと峰で肩を叩きながら軽口を言うフユヒコに対して、エルスはただ静かに愛剣を構えて脅威判定を最大限にまで引き上げる。先の攻防で勇者が見せた回避運動は常軌を逸していた。足を引き、半身になるという最小限の動作でかわせぬはずの攻撃を回避して、反撃に転じてきた。


 その反撃もまた異常だった。エルスの顔に傷を負わせなら最低でもその剣速は目に映らないこと。腕の振りが視認できる程度ではあたるはずがない。現にアスタでさえ、未だにエルスの身体に剣を当てたことはない。にもかかわらずこのくすんだ金髪の勇者は白磁の肌に切っ先とはいえ触れてきた。


「私に血を流させていいのはアスタ君だけなのに……あなた、楽に死ねると思わないことね」

「長生きしすぎた魔王様はあんなお子様で欲情するのか? 気持ち悪いな」


 エルスの殺気にフユヒコは挑発を返す。両者の間に見えない火花が散る。


「―――お前は、殺すわ」


 アスタとの蜜月を貶されて、エルスは憤怒する。フユヒコは余裕の態度を崩さず、腰を落として次の一手に備えて身構える。


「喰い殺しなさい―――【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】!」


 這い出るは巨大な闇色の合成獣キマイラ。獅子が大口を開けて勇者をかみ砕かんと襲い掛かる。しかし、勇者は臆さない。その口元に我が意を得たりと笑みを浮かべた。


「―――お前の魔法は俺のモノだ」

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