第23話:窮地

 獅子の頭、大山羊の胴体に大蛇の尾。ファンタジーゲームの世界でも強敵として描かれることの多いそのモンスターを前にして、フユヒコは歓喜の笑みを浮かべていた。


 空想の世界が現実として目の前にある。死が身近にあることへの恐怖は消えないが、それでも一度は夢見た世界で、しかも強者として生きていけるのは思春期男子なら心躍らないはずがない。


 ましてや。今対峙しているのは魔王。しかもこの世界で最強と言われている最古の存在。そんな相手を己の力で倒すのは最高に気分がいい。


「【遍く才を捕食し真似る卑怯の剣コピーライトブレイカー】」


 大口を開けて捕食しに来るキマイラに対し、フユヒコはただ己の剣を向けただけ。その刃に触れた瞬間、闇色の合成魔獣は霧が晴れるかのように霧散した。エルスは目を見開き、フユヒコは身体に流れてきた強大な力に酔いしれた。


「ハハハ……こいつはすげぇ……魔獣を生み出す魔法か……しかも最高で666匹まで同時に出せるのかよ。さすが魔王様の魔法だな」

「―――あなた、何をしたの?」


 エルスは目の前で起きた不可思議な現象に理解が出来ずにいた。生み出したキマイラは斬られたわけではない。ただあのくすんだ金髪の男の剣が触れたと思ったら消えていた。まるでその刃に吸収されるかのように。そしてあの独り言は間違いなく【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】の能力だ。なぜそれを知ることが出来たのか。


「ハッハッハ―――! この魔法一つで国なんて簡単に滅ぼせるじゃねぇか! そりゃ最強って呼ばれるわけだぜ! なぁ、どうしてこんなすげぇ魔法を持ちながら世界征服をしなかったんだ?」

「……別に、世界を自分の物にすることに毛ほどの興味も感じなかったからよ。それよりも。今のあなたの魔法かしら?」


「……さぁてな? 魔法か知れないし、この剣の力かもしれないぜ? 疑うならまた違う魔法を使って試したらいいんじゃないか?」


 ここで漫画に出てくる適役ならば声高らかに説明をする場面だが、あいにくフユヒコはそんなに甘くはない。むしろ読んでいてどうして自分の力を自信満々に解説してしまうのか理解できなかったくらいだ。


「……そう。なら試してあげるわ。【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】」


 わからないならわかるまで試すまでのこと。エルスは再び闇色の狼を十数体、勇者を取り囲むように展開する。唸り声の大合唱が響く中、フユヒコはニヤリと笑って同じセリフを唱えた。


「【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】」

「―――!?」


 エルスが生み出したものと全く同じ、闇色の狼達をフユヒコは出現させた。彼は一言、行け、と呟くと獰猛な雄叫びとともに獣たちは散開し、魔王の配下へと襲い掛かる。噛みつき噛みつかれ、引っ搔き合い、もみ合い、やがて戦場に静寂が戻る。魔王と勇者がにらみ合う。


「私の魔法を奪った……? いや、もしそうなら私は使えなくなるはず……ということはその刃に触れたことで吸収して真似たのね? それがあなたの魔法の能力かしら?」

「たった一度で見抜くかよ。まぁほとんど・・・・あんたの言った通りだ。相手の魔法を吸収し、自分の物として使うことが出来る。それが俺の【遍く才を捕食し真似る卑怯の剣コピーライトブレイカー】の能力だ。どうだ、ビビったか?」

「そうね。確かに少し驚いたけど、ただの猿真似なら脅威にはならないわね」


 敵の魔法を吸収し、無力化したうえで模倣することが出来るのだから能力としてみれば確かに破格だ。だが今のように魔法同士をぶつけ合ってエルスは気付いた。フユヒコの魔法が強にならないその理由。それは―――


「同じに見えるけど真似ているのは外見だけ。中身はスカスカ。完全な再現はできない、そうでしょう?」


 【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】によって生み出された獣たちの強度はそれほど高くない。アスタとの鬼ごっこで見せた大型の獅子や大蛇になれば話は別だが、未だ舌のような狼達ならば一撃当たればそれで消滅する。それを踏まえた上で先ほどの衝突を分析すると、互いに全滅したが倒した総数はエルスの方が多かった。つまり、フユヒコが創り出した狼達はエルスのモノと比べて劣化しているということだ。


「ご明察。いや、まさか一瞬で見抜かれるとはね。さすが、無駄に年を食っているだけのことはあるな。だが、俺の魔法の能力が分かったところでどうする? 別の魔法を使えば俺に吸収されるだけだぞ?」

「そうね。魔法を使えばあなたにそれだけ手札を与えることになるから地味に面倒。けれど忘れてもらっては困るわ。私は生粋の魔法使いじゃないのよ?」


 すぅ、と剣を構えるエルス。同時に身体全体に魔力を行き渡らせて強化を施す。魔法は封じられたも同然だが彼女は一流の剣士でもある。この程度の窮地は数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど潜り抜けてきた。負ける道理はない。


「そうだよな。あぁ、そうだよな。みんなそうだ。俺と戦う奴等は自慢の魔法が封じられたとわかると剣やら槍やら拳で俺を倒そうとする。だがな―――」


 不自然なところで言葉を切ったフユヒコの姿がかき消える。


「―――剣でも俺には勝てねぇよ」


 気付いた時にはすでに彼はエルスの目の前に迫っていた。咄嗟に身体を捻るが勇者の黒刃がエルスのわき腹を抉るように貫いた。大きく飛び退き距離を取る。ぼたぼたと真っ赤な血が流れて足元に溜まりを作る。


 フユヒコの身体が碧色の輝きに包まれている。


「今のも……あなたの魔法、かしら?」

「それこそさてな、だぜ。剣で挑むなら覚悟することだ。俺の剣をお前はかわせない、お前の剣は俺には当たらない。ここから先は―――」


 首をコキッと鳴らし。フユヒコは不敵に笑い、魔王に向けて自信満々にこう言った。


「―――俺のステージだ!」


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