第21話:爆円の勇者と聖斂の勇者

永久とこしえの眠りにつきなさい―――【月光亡き真正の闇ルーナロア】」


 開幕早々、エルスが放ったのは永遠の眠りへと誘う闇色の煙。対人、対軍に使えるこの魔法はエルスの意思によって全てを消滅させる波導にもなれば意識を奪うだけのもやになる、絶対の死をまき散らすことも可能な汎用性の高い魔法。


「―――あの煙に触れるな!」


 壮年の男が吼える。それに合わせて若い男、黒紫の女性とライが散開して回避するがスイレンはパニックを起こして回避が遅れて霞の中に捕らわれる。


「―――スイレン!!」


 ライが叫ぶが時すでに遅く。癒しの勇者は瞼を閉じて力なく仰向けにパタリと倒れた。ライは慌てて彼女に元に駆け寄り、揺さぶりながら必死に声をかけるがスイレンは反応を示さない。今の彼女は完全な眠り姫だ。


「安心しなさい。彼女は死んではいないわ。ただ寝ているだけどよ。あなた達が大人しく帰ってくれたらすぐに起こしてあげるわよ?」

「……ふざけるなっ! 逃げるなんて選択肢はない! お前を倒してスイレンを取り戻す!」


 エルスは笑みを浮かべながら腕を組んで提案するがあえなく却下される。やれやれと肩をすくめるが、その実内心では舌打ちをしていた。見た目ほど余裕があるわけでない。開幕にアスタの知己の勇者二人を戦闘不能に追い込みたかったがライと言う少年の反応が想像以上によく、逃がしてしまった。


「アスタ君。早速だけど作戦変更。あなたには―――」

「―――僕がライの相手をします。大丈夫、あいつの手の内は知っています。今の僕なら魔法を使わなくても何とかなると思いますから」

「……ごめんね。あの二人は私が相手をしておくから、倒したら来て頂戴。くれぐれも無理はしないこと。いいわね?」


 わかりました、とアスタは言ってフードを目深に被りながら、しゃらんと剣を抜く。ライならばその刃を見ただけでこれが誰の剣かわかるだろう。案の定、彼は憤怒に顔を歪ませながら激昂した。


「それは……アスタの……俺の友達の……聖斂せいれんの勇者の聖剣だぞっ!! それを魔王の手下が持つことは許されない!!」

「…………」


 爆円の勇者が激怒しながら背中に担いだ剣を抜く。それは聖剣でもなければ魔剣でもないが、名匠が彼のために鍛え上げた業物には違いない。


 夜空に浮かぶ星の光を浴びてキラリと輝くその銀剣を下段に構え、淡い夕焼け色の朱光がライの身体から漏れだす。久しぶりに見たその燐光に懐かしさと寂しさを覚えながら、アスタも身体強化をしていく。対照的な澄んだ青空の輝きが身体を包む。


 赤と青の光が同時に地を蹴った。


 鋼鉄と鋼鉄が激突し、火花を散らす。青の剣士が上段から叩きつければ赤の剣士は下段から振り上げる。均衡は一瞬。互いの全力による反動で剣が跳ねる。後ろに流れそうになる体勢を無理やり制御して踏ん張り、アスタは追撃の一手を撃つ。


「―――【爆円乱れるバレンティア・万雷の賛歌エクスプロシオン】」

「―――くぅっ!?」


 ライは五指を開いた左手を突き出しながら、小さな声で爆円の魔法を唱える。攻撃動作をキャンセルし、アスタは防御の姿勢を取りながら後方に大きく飛ぶ。


 爆発。直撃とまではいかないがアスタの身体を焦がすには十分な威力をその身に浴びて焼けるような痛みに思わず呻く。爆風によって被っていたフードが捲れたが、幸いなことに立ち込める土煙のおかげでライには気付かれていないだろう。もう一度深く被りなおしながら魔力探知で居場所を探る。だが周囲にその気配は感じられない。ではどこに―――


「これで終わりだ、魔族」

「―――上!?」


 聞こえたのは頭上。見上げるほど高い空中で仁王立ちする朱色の勇者。その双眸に殺気を越えた憎悪を宿してアスタを睨んでいる。膝に力をためて彼のいるところまで飛ぼうとしたとき、アスタは気付く。己のいるところがすでに死地だと。見渡す限り一面に広がる大小さまざまな朱色の爆円。そして蒼い輝きを塗りつぶすように自身の身体も朱に包まれる。


「―――まずいっ!」

「遅い! 【爆円乱れるバレンティア・万雷の賛歌エクスプロシオン】」


 アスタが己に許された魔法を発動させるのと、ライが生み出した無数の爆円が炸裂して静かな夜の森に轟音を響かせるのはほぼ同時。


 炎柱が立ち上がり、新月の夜に太陽の如き光が齎される。この破壊力はまさしく破格。魔王さえも打倒し得る業火の爆発の連鎖。その中心に立っていれば、跡形もなく消し飛ぶことだろう。


 ライはかつての友が振るっていた聖剣を操る冒涜者を倒したと確信を持ちながら、しかし一切油断することなく構えていた。魔法を発動させる直前、フードの人物もまた何かしら魔法を発動させようとしていた。それが間に合っていたら生きている可能性もある。


「ハッハッハッ! こいつは想像以上だ! あれがライの本気か!? あんなのをまともに喰らったらひとたまりもないだろう!」


 くすんだ金髪の勇者フユヒコは愉快に笑い、壮年の元騎士団長ゲンティウスもわずかに口角を釣り上げる。黒紫の女は最初に眠らせたスイレンが爆破に巻き込まれないように救出していた。


「これでお前の手下は死んだぞ? 残すはお前だけだ。大人しくしていれば楽に殺してやるけど……どうする?」

「あら、私の愛しの子はあの程度・・・・の魔法では死にはしないわよ?」


 エルスは不敵な笑みを返す。強がりを吐くな、とフユヒコが口にしようとした瞬間。天を衝く炎の柱が斬り裂かれ、中から銀煌ぎんこうを身体に纏った、死んだはずの最強の勇者が姿を現した。


「さすがだよ、ライ。使わなくても大丈夫かなって思っていたけど……君が相手ならやっぱり僕も本気を出さないとダメみたいだ」


 どこか苦笑交じりの困った声で敵を称賛しながら反省の弁を述べる。フードは外れ、銀色の髪が風に揺れていた。その顔を親友ライバルが見間違えるはずもなく。


「その顔、その声、その剣、そしてその輝き。それは紛れもなく【聖光纏いて闇を断つホーリールークスオーバーレイ】のものだ! アスタ……お前は死んだじゃなかったのか!? どうしてお前が魔王と一緒にいる! 答えろ、アスタ!」

「僕はね、ライ。二度死んだんだ。一度目は王女様に渡された宝石に仕込まれた魔法で。そんな僕をエルスさんが―――魔王エーデルワイスが助けてくれた。そして二度目はそんな優しい・・・魔王を殺しに来た人達に心臓を刺されて死んだ」


 淡々と自身の身に起きた事実を話すアスタにライは困惑する。王女様に殺されかけて襲撃者に心臓を刺された? ならどうしてお前は生きている? 


「死んだ僕を生き返らせてくれたのもエルスさんだ。これまでしてこなかった吸血行為を初めてして僕を助けてくれた。死んでほしくないと言ってくれた。そのおかげ僕は吸血鬼になってしまったけれど、後悔はしていない」


 銀光煌めく勇者は聖剣を天に座すかつての友である炎髪の勇者に突きつけて決別の言葉を宣言する。


「僕、聖斂の勇者アスタは魔王エーデルワイスの剣だ。彼女の首を獲るというのならそれを阻止するのが僕の役目。相手が友である君でも……容赦はしない!」

「…………ふざけるな。ふざけるな……この……裏切者!!」


 怒りと嘆きを内包した絶叫を迸らせながら三度ライが魔法を展開する。目にも止まらぬ速さで爆円がアスタの周囲に展開。即興故にその数は先ほどよりは少ないがアスタの周囲に限定展開していることでむしろ先ほどよりも殺傷力は上がっている。


 爆ぜろ、そうライが一言口にするよりも早く、銀色の勇者が剣を振るった。


「―――ッなに!?」

「遅いよ、ライ」


 パリィイン。とガラスが割れるような殺し合いの場には不似合いな綺麗な音が鳴り、ライの展開した朱色の爆円は砕け散る。アスタの剣閃の速度は目にも映らぬ・・・速度であり、ライ視認することができなかった。


「だから……遅いって言ってるだろう?」


 自身の魔法が無力化されたことに驚愕している最中に背後から聞こえてきた親友の冷たい声。振り返るよりも早く、アスタの聖剣が己の身体を斬り裂き、噴水のように血が噴き出る。さらに容赦なくわき腹に足刀が突き刺さり地面に叩き落とされた。


「―――カハッ。嘘だろ……全く見えなかった……」


 四つん這いになり、ドバドバと胸から滴る赤い滝を抑えながら吐血する。わずか数秒の攻防でライの頭には絶望的なまでの力の差が刻み込まれた。


 王城での模擬戦でもここまで圧倒されることはなかった。アスタが魔法を使っても精々が目に止まらないくらい速さだったので全く反応できないことはなかった。だが今はどうだ。何をしたのか何をされたのかはやられるまで気付かなかった。


「ごめん、ライ。君のことは殺したくない。だから……おやすみ」


 たん、と静かにライの眼前に着地したアスタの身体は、銀から蒼に戻っていた。それは魔法を解除した証。ライはもう脅威でないと判断した証拠。ふざけるなと声を上げようとするが、アスタの容赦ない柄頭による強烈な打撃を顎に受ける。


「ア……ス、タ………」


 もう一度、親友がごめんと謝るのを聞きながら。ライの意識は暗い海の底へと沈んでいった。

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