第20話:五人の侵入者

 魔力探知によって判明している敵の数は五人。随分と少ない数だとアスタは思ったが、エルスはむしろ褒めていた。


「私の魔法を見て、大人数で仕掛けて来ても意味はないと判断したのでしょうね。それに私達の元に来るには森の中を抜けないといけない。となればそこにこの子達を放てばどうなるか―――」


 エルスが闇色の狼達を召喚した。彼女の【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】によって生み出された五人の狩猟者達にとって、規則正しい列をなして向かってくる獲物を狩るのは容易いことだ。それに彼女の口ぶりかするにアスタの知らない魔法を使ってあの襲撃者を倒しているようだし、まだまだ最古の魔王の底が知れない。


「とりあえずこの子達に様子見をしてきてもらいましょうか。まずは敵の戦力を知らないことには作戦の立てようもないしね」


 いつも森の中でアスタと鬼ごっこをする狼たちが「任せて下さい」と言うように一吼えして、闇夜を駆け抜けていった。アスタは新しくエルスが用立ててくれた顔を隠すフード付きの闇色の外套を羽織って彼女と一緒にバルコニーに出た。


 狼たちが侵入してきた五人と接触するのにそんなに時間はかからないだろう。エルスは鬼ごっこをする時と同じように狼とは別に偵察用の鴉も同時に飛ばしている。


「さて……敵を補足したわ。男が二人、女が一人に……これは―――子供? それも二人?」

「まさか……勇者因子を持つ子供!?」

「見たところ、アスタ君と歳は変わらなさそうね。あら、一人は男の子で……燃えるような赤い髪をしているわ。誰かわかる?」


 ライ。そうアスタが答えようとした瞬間。森からド派手な爆発音が鳴り響いた。しかも一発ではなく連続して五発。生まれた衝撃波が粉塵とともにアスタ達まで届き髪を揺らす。狩猟者たちが一撃で撃退されたことを意味する爆散音は、間違いなくアスタの知る少年の魔法によるものだ。


「爆円の勇者ライラック。炎髪が特徴的で、僕に次ぐ強さの勇者です。今のは彼の【爆円乱れるバレンティア・万雷の賛歌エクスプロシオン】という魔法です。空間に爆円を設置して好きなタイミンで爆発させることが出来る対人・対軍に使える高威力の魔法です」

「なるほどね。見たところ、一撃に重きを置くことも、周囲を包囲するように設置することも自由自在。対人よりは対軍向きの魔法ね。魔王軍をこれで蹴散らしつつ、アスタ君が魔王と一対一の状況を作ることが出来れば、四大魔王は危なかったでしょうね」


 エルスの分析にアスタは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。ライと背中を預けて一緒に戦える日が来ることを夢に見なかったわけではない。むしろ騎士団長のカトレアはこの二人の組み合わせこそが魔王討伐の最適解だと言っていた。だがアスタの気持ちとライの気持ちが必ずしも同じであったかはわからない。


 それにもう彼とともに戦う未来はない。


「アスタ君……辛かったらいいのよ?」


 気遣うように声をかけるエルスに、アスタは静かに首を横に振った。もう決めたことだ。この魔王のために戦うと。魔王を倒しに来るというのなら、それがかつての仲間であろうと自分の敵だ。


「大丈夫です。あなた一人に戦わせたりしません。僕も戦います……戦えます」


 そう、とだけエルスは言って視線を森へと戻した。


 爆円の魔法はそこまで脅威ではないとエルスは分析した。闇色の狼たちは瞬殺されたが獅子や大蛇など、アスタを苦しめた大型種ならすぐにやられるということはないはず。キマイラならば恐らく戦闘不能に追い込むことはできはずだ。


 それより脅威なのは女の方だ。他の若い男や壮年の男性、子供達二人に気付かれることなく偵察用の鴉を破壊した。魔力を圧縮して放つだけの単純な技だが、それを仲間に悟られることなく静かにやってのけるとは。


「少し……面倒かもね」


 エルスの調子は戻りきっていない。アスタから生命力を与えられて幾分か力は戻っているがそれでも本調子の六割と言ったところか。さらに新月ということもあってもう一段階下がるので、出せても半分が今のエルスの全力だ。若い男と壮年の男性が恐らく前衛、ライという爆円の勇者が中衛、女が後衛で少女は支援特化か。


「ねぇアスタ君。お友達の中に治癒魔法が使える子とかいなかった?」

「……います。一人だけ。癒しの勇者と呼ばれている、とても優しい女の子です。名前はスイレン。もしかして彼女も―――?」

「五人編成でとてもバランスがいいから、ライって子と一緒にいる女の子がもしかしたらって思ったのよ」


 もし治癒魔法を使える子があの少女ならかなり面倒だ。倒しても倒しても、少女の魔力が尽きるまで傷を回復させられたのでじり貧だ。となれば最優先目標は少女を癒しの勇者と想定してまずそこを叩く。それから残りの四人を戦闘不能に追い込んでいく。


「作戦は至って簡単。まず私がアスタ君のお友達二人を眠らせる。それから男二人をそれぞれ倒しましょう。女の魔法が厄介だけど、そこは私が受け持つわ。アスタ君は白髪交じりの男の人をしっかり倒すことに集中して。いいわね?」

「わかりました。エルスさん、無理しないでくださいね」

「大丈夫よ。私は吸血鬼の真祖で最古の魔王のエーデルワイス。勇者に後れを取ることはないわ」

「―――その不敗神話は今日で終わりだな」


 森の出口から自信満々な男の声がした。目を向けるとそこには五人の勇者が無傷で立っていた。アスタはフードを目深に被りながら、少年と少女が誰かを確かめる。夜闇でも映える炎髪の少年と肩口まで伸びる深い黒紫色の少女。間違いない。ライとスイレンだ。唇をキリッと噛むアスタの撫でながら、エルスは五人のリーダーらしきくすんだ金髪の青年に言葉を投げる。


「まったく。この前もそうだったけど、人間には常識というものがないのかしら? こんな夜更けに愛し合う二人・・・・・・の棲家を訪ねてくるなんて野暮じゃない?」

「ハッ! 魔王の分際で愛し合うだと? 寝言は寝て言えババア。お前達は存在するだけで人間にとっては脅威なんだ。大人しく死んでくれ。手間かけさせるなよ?」


 似非金髪の青年は腰の剣をしゃらりと抜いて切っ先をエルスに向ける。魔王はヤレヤレと被りを振りながら、アスタを抱っこしてふわりと浮いて地面に降り立った。


「あなた達をさっさと片付けて……私は彼と愛し合うの。だから、早く始めましょう。私の名前はエーデルワイス。名乗る名があるなら聞きましょう。名乗るつもりがないのなら―――」


 エルスの手に黒赫の魔剣【メドラウト】が現れる。アスタもまた背中に担いで剣柄に手をかける。抜くのはライとスイレンを無力化してからだ。


「―――愚か者として記憶しておくわ」


 魔王エルスとその従者アスタと勇者たちが激突する。

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