幕間【サイネリア王国】:それぞれの夜

 スイレンに身体の傷を癒してもらったとは言え、ライの受けた傷は間違いなく重傷、一歩間違えたら死んでいたかもしれない程の大怪我だった。だが放っておくと無茶して素振りをしかねないので、仕方なくカトレアは自宅にライを連れてきて直接見張ることにした。


「な、なぁ……カトレアさん。ほ、本当に一緒に……その……寝るのか?」

「あぁ、もちろんだとも。最近のお前は目を離すと鍛錬ばかりで休んでいないとスイレンから聞いているぞ? 今日は私と一緒に寝て身体を休めろ。いいな?」


 いや、そう言うことを言っているのではなくて、あなたと同じベッドで寝ることが嬉し恥ずかしなんですが。と口にできるほどライはまだ成熟していない。


 カトレアの自宅は王城から少し離れたところにある、三階建てで質実剛健な造りの外装をした貸し部屋の一室。中は意外に広く、騎士団長として忙しい日々を送っているにも関わらず整理されている。と言うより物が少ないというべきか。


 自宅ということでカトレアはシャツに短パンと言うラフな格好をしているが、そこから覗く鍛え上げられた脚、引き締まった腰、シャツを押し上げて存在を主張している双丘など十歳男子には刺激が強い。普段は結ってある髪も流していて色香も増している。


 騎士団長として常に凛々しくあり、カッコイイと思っていた人が実はとても綺麗なお姉さんだと痛感して、ライの心臓はドキドキしっぱなしだ。しかもそんな人と同じベッドでこれから寝るのだからこのまま破裂してしまってもおかしくない。


「ん? どうした、ライ? 顔が赤いぞ?」

「な―――な、なんでもないです! 大丈夫です!」

「そうか……? どこか痛むところがあればすぐに言うんだぞ? さぁ、もう夜も遅いから寝ようか」


 はい、とか細い声で返事をしてライはカトレアに背を向けるように身体を横にする。そのつれない態度を少し寂しく思いながら、カトレアは部屋の明かりを消す。


 月明かりがわずかに差し込む暗闇。身体は疲れているはずなのに頭は冴えているライは沈黙に耐えきれず、気になっていたことをカトレアに尋ねた。


「あの……カトレアさん。今日のあの戦いを止めてくれた人は誰なんですか? 俺、あんな人……初めて見ました」

「……あの人はゲンティウス・ゲネロース。私に騎士としての在り方を教えてくれた師匠でもあり、私の前の騎士団長を務めていた人だ」


 元騎士団長にして最高の騎士。悪を許さぬ清廉潔白の豪騎士。鍛え抜かれた鋼の肉体、磨き上げた剣術、一撃必殺の魔法、全ての騎士の手本となるような漢。それがゲンティウス・ゲネロースと言う騎士であり、カトレアの憧れの人。


「だが五年前のある日。あの人は何も言わずに突然騎士団を辞めて姿を消した。今日会うまでどこで何をしていたのかは知らないが、まさか王家直属の近衛部隊の隊長になっていようとはな。裏仕事を一手に担う王国の闇とも言われる部隊になぜあの人が……」


 王家直属の近衛部隊、通称【エクテレス】。建国より王家に仕える謎多き部隊であり、その存在を知る者は少ない。わかっていることは小規模編成の部隊であることと所属している者は皆相当の実力者であるということ。そして、王家にとって都合の悪い存在を秘密裏に処刑すること。それが彼らの役割だ。それはゲンティウスが一番許さない悪のはずだ。それなのにどうして―――


「カトレアさん……カトレアさん! 大丈夫ですか?」


 答えの出ない底なし沼に意識が沈んでいきそうになるところを、ライに肩を揺すられて浮上した。心配そうに見つめてくる少年の頭をポンポンと撫でた。


「ありがとう、ライ。私は大丈夫だ。さぁ、もうお休み。眠れないなら私が抱きしめてやろうか?」


 違う。不安で抱きしめたいのは自分の方だ。頬をポリポリと掻いてから、ライは覚悟を決めてカトレアの胸に飛び込んだ。


「俺はまだガキなんで……今日だけ……甘えていいですか?」

「あぁ……あぁ……もちろんだとも。子供は甘えるのが本来の仕事だからな。今日はこうして寝ような」


 ギュッと抱きしめる。小さい身体は柔らかくてとても温かい。心が落ち着く。アスタを護れなかった罪悪感。ライに無理をさせ、ボロボロになっているのに止められず、死ぬような怪我を負わせてしまったことへの自己嫌悪。そんな負の感情がゆっくりと溶けていく。


「―――ありがとう、ライ」


 二人はすぐに眠りに落ちた。



 *****



 王城のとある部屋。そこでグラスを傾けて静かに談笑しているのは国王ノーゼンガズラ、召喚勇者フユヒコ、陛下直属の近衛部隊【エクテレス】隊長ゲンティウスの国を代表する三人。


「フユヒコ殿。今日の訓練は見事なものでしたぞ。勇者因子を持つ子供達の中で一番だというあの赤毛の少年を圧倒するとは……」

「大したことないな。ガキにしてはそれなりの圧を感じたけど、ゲンティウスさんに比べたら無風だよ。まぁあのガキより、隣にいた騎士団長の女の方がよっぽど強いと思うけどな」

「……カトレアは間違いなく現状王国一の騎士。実力も申し分ない。勇者因子を与えられた者を除けば彼女に勝てる者はおりません」


 ふむ、と考え込むノーゼンガズラ。師の口から出た意外にも高い評価を聞いて感心しながらグラスのワインを口に運ぶフユヒコ。瞑目し、在りし日のことを思い出すゲンティウス。


「ところで王様。例の五人目の魔王にはいつ仕掛けるんだ? 俺がここに来てもう五年だ。秘密にしていた俺の存在を公にしたってことはそろそろなんだろう?」


 フユヒコはグラスの中身を一気に煽り、グラスをそっと置きながら獰猛な表情でノーゼンガズラを視る。彼もまたニヤリと笑いながらワインを口に含み、静かに頷く。国王に代わって近衛部隊隊長が言葉を発した。


「お前の出番はもう少し先だ、フユヒコ。まずは我ら【エクテレス】から斥候を出す。それで魔王の実力を確かめた上で討伐に出る。なにせ五百年近く生きている最古の魔王だ。どれほどの力を有しているかわからんからな」


 ゲンティウスの言葉は重い。【常闇の大森林】に住む魔王エーデルワイスについて今わかっていることは現存する唯一の吸血鬼であること、規格外EXクラスの魔法を複数所持し、その中には治癒の魔法も含まれていること、魔法だけでなく剣術にも覚えがあること。そしてかつて人間で一国の姫だったということ。


「魔王が元人間っていうのは信じられねぇが……それでも魔王であることには代わりねぇか。それより心配なのは斥候で終わりにならないかってことだ。ゲンティウスさんより弱いと言ってもそいつらも勇者因子を持っている・・・・・・・・・・んだよな?」

「おそらく一蹴されるだろう。いくら勇者因子に適合したからと言っても、お前と違って彼らには伸びしろがなかった・・・・・・・・・からな。そこが【人造勇者】の限界だ」


 違いねぇ、とクツクツと嗤うフユヒコ。


「魔王エーデルワイスを倒すことが出来れば四大魔王も我らに迎合することでしょう。そうすればこの世界は我ら人族のモノだ。だから頼みましたぞ、混淆こんこう勇者フユヒコ殿」

「任せてくれよ、王様。この世界で初めて成長する召喚勇者となった俺が魔王を倒してみせるからよ」


 空になったグラスにワインを注ぎながら、フユヒコは自信に満ちた顔で言う。だがここまで来られたのは第一王女のアマリリスがいたからこそ。


 突然この世界に呼ばれたのが16歳の時。右も左もわからず、困惑している中でノーゼンガズラから魔王と戦って世界を救ってほしいと言われた。勇者として高いステータスを持っていようとも一介の高校生に過ぎない自分に戦うことなど出来るはずがない。死への恐怖と一人ぼっちの寂しさであてがわれた部屋にこもって震えていた。


 なぜ自分なのか。喧嘩もまともにしたことのない脆弱な子供である自分に何が出来るというのか。この世界はゲームではない。現実だ。死にたくない。帰りたい。そんなことを毎日思って泣いていた。


 そんな情けない自分に寄り添い、励ましてくれたのが他でもないアマリリスだった。彼女は引きこもるフユヒコに毎日話しかけ、この世界のことを話し、逆にフユヒコの世界のことに興味を持ち、たくさん話を聴いてくれた。


「勝手に呼んで、貴方の人生を壊しておきながらお願いするなんて身勝手だと思います。ですがフユヒコ様は私達の希望なんです。どうか私達を助けて下さい。お願いします」


 涙をこぼしながら懇願する女の子を前にして、フユヒコは震える膝に鞭を打って立ち上がることにした。世界のためじゃない。この子が泣かないで済むような世界にしよう。そのため勇者として魔王を倒す。そう決意した。


 本格的に訓練を始める前。彼にはとある処置が行われた。それは純粋勇者の血を身体に取り入れること。これはフユヒコが初めてではない。彼以外にも犯罪者や身寄りのない子供達に血を与えて実験を行ってきた。


 勇者創造計画。それがこの実験の名であり。その結果誕生したのが十人の勇者因子を持つ子供達だ。


 召喚勇者であるフユヒコはすでに高いステータスを保有しているが成長することはない。それでは魔王との戦いで負けるかもしれない。だがそこに成長し、最強に至る可能性を大いに秘めた純粋勇者の血を混ぜたらどうなるか。


 結果は成功した。眠れぬほどの激痛に耐えること三日。フユヒコは召喚勇者でありながら成長する第三の勇者、混淆こんこう勇者となった。


 それから五年間。元騎士団長のゲンティウスから戦う術を叩き込まれ、命を刈ることへの抵抗をなくすために野盗を含めた犯罪者を殺し、そこで実戦経験と自身の魔法の修練に励んだ。


 血反吐を吐きながら幾度となく死を身近に感じながら得たこの力で魔王を倒す。フユヒコは断固たる意志でこの戦いに臨む。


「五百年以上生きたんだ。もうそろそろいい加減眠りにつかせてやるよ、魔王様」


 サイネリア王国の夜が更けていく。


 魔王エーデルワイスと勇者アスタの元に、人造勇者の影が迫る。

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