幕間【サイネリア王国】:勇者フユヒコの実力

 噂の召喚勇者がついにその実力を見せる。しかもその相手は勇者因子を持つ子供達の中で最も強いライラック。この話は瞬く間に王城に伝わり、鍛錬場には多くの見物人が集まっていた。その様子にカトレアは嘆息し、解散するように命じようとしたがそれを止める人物がいた。


「よいではないか、騎士団長。フユヒコ殿の力を皆に知ってもらういい機会ではないか」


 現れたのはサイネリア王国の頂点、ノーゼンガズラ国王その人だ。この人が許可を出してしまった以上、カトレアがそれを覆すことはできない。しかもノーゼンガズラ以外にも第一王女のアマリリスも来ており、彼女は可愛らしい笑みを浮かべながら鍛錬場の中心に立つフユヒコに声援を送っていた。守るべき王女がどこの馬とも知れない男に声をかけて手を振っているのを見て、騎士達はどす黒い嫉妬をフユヒコに抱く。


「フユヒコ様! 頑張ってくださぁい!」


 だが当のフユヒコはそれに応えることはなく。真剣な眼差しを相対する炎髪の少年、ライに向けていた。じっと、少年勇者を品定めするように見つめている。その視線にライは得体の知れない気持ち悪さを感じたが頭を振って木剣を正眼に構える。そこに立つのは野獣ではなく立派な一人の戦士。


「いいねぇ。まだガキなのに様になっているじゃないか。こいつは期待できそうだ」

「…………」


 戦う前に無駄口を叩くな。どうすれば倒せるか、ただそれだけを考えろ。ライはそうカトレアに教えられてきた。雑念を消し去り、謎の勇者フユヒコに自分がどこまで通用するのか、全力で挑むのみ。


 これはあくまで訓練だ。だから決闘のように立会人はおらずいつ始めるかは二人に委ねられている。ピリつくような緊張感が漂う中、フユヒコはまともに構えず木剣で肩をトントンと叩いていた。


「おいおい。それが十歳のガキが出す空気か? 信じられない世界だなぁ、おい」


 事実。ライが身に纏っている空気は歴戦の戦士のそれ。熟練された濃厚な闘気を発し、依然としてふざけた態度をとるフユヒコに威圧を与えている。だが、この男はその程度の圧はそよ風と変わらない、むしろ心地のいいものだった。


「確かにすごいが……でもまぁ、それでも俺の方が断然強いけどなぁッ――!」


 フユヒコがたった一歩大きく踏み込むだけの動作で間合いを制し、片手で握った木剣を上段から乱暴に振り下ろす。その鋭さに観衆は目を剥くが、ライは慌てることなく身体を横にずらしてかわし、がら空きになっている胴体目掛けて木剣を薙ぐ。だがそれをフユヒコは空いた左手でガシッといともたやすく受け止めた。


「―――なっ!?」

「こんなんで驚いてんじゃねぇよ!」


 その手ごたえはまるで岩を殴ったように固く、殴ったライの手に電流が走ったかのように鈍く痺れる。それに気を取られたライの腹に乱暴な前蹴りが突き刺さる。たたらを踏みながら肺の中の空気をすべて吐き出す。フユヒコはさらに前蹴りを放ち、ライの身体を吹き飛ばす。


 ゴロゴロと地面を転がり、早くも肩で息をしながら立ち上がるライ。木剣で肩を叩きながらもう終わりかと、期待外れだと言わんばかりの見下したような目をしているフユヒコ。ライは本気を出す。それこそ殺す気で挑む。


 狙い定める空間はフユヒコのいる空間。設置する数は彼を取り囲むように十個。威力は確実に倒せるだけ、規模は観衆を巻き込まない程度に加減する。


 五指を開いた左手を突き出し、魔法名を唱える。


「爆ぜろ―――【爆円乱れるバレンティア・万雷の賛歌エクスプロシオン】!」


 フユヒコ立っている空間に小さな赤い球体が出現し―――前触れなく爆発した。それも一個や二個ではなく、連鎖的に回避しようにも逃げ場を与えないように周囲の空間が根こそぎ爆ぜる。その爆音の数は全部で十。容赦ない絨毯爆撃。


 これが爆円ばくえんの勇者と呼ばれるライの魔法である。対人・対軍双方に使える上に威力も申し分ない。爆発させたい空間を指定し、爆円を設置。任意のタイミングで爆発させることで敵を討つ。威力や爆円の数は込める魔力に依存する。今のライが設置できる最大数は百前後。正確に狙いを定めるとなるとその数は減るが、それでもまき散らす破壊の規模は甚大だ。その気になれば一人で敵軍を壊滅に追い込むこともできる。


「ハッハッハッ―――! 容赦のない、中々気持ちのいい攻撃だったぞ! だが俺には通用しないがなぁ!」


 高笑いが轟々と立ち上る土煙から聞こえてきて、木剣の一振りで巻き起こした風圧で煙を蹴散らし、その中から無傷のフユヒコが現れる。驚き目を見張るライ。それはカトレアを含めた観衆も同様だ。十の爆円をまともに浴びて傷一つ負っていないなんて―――


「さすがはフユヒコ殿だ。あの魔法を完全に凌ぐとはの……」

「頑張れ、フユヒコさまぁぁ―――!!」


 しかしノーゼンガズラは感嘆のため息をつき、アマリリスは勝利を信じて疑わない声援を送り続けていた。


 カトレアは心中で舌打ちをし、己の浅慮を呪う。召喚勇者であるフユヒコをただ秘匿していただけのはずがない。彼は間違いなく戦う術を身に付けており、しかもその実力はおそらくライを上回っている。それをわかった上でノーゼンガズラはこの訓練を許可した。フユヒコの能力を見せつけるために。確信し、大事な教え子が壊される前に止めに入ろうと足を踏み出すが、何者かに腕を掴まれて阻まれる。


「―――誰だ!?」

「陛下がお許しになられたこの戦い。お前に止める権利はないぞ、カトレア騎士団長」

「あ、あなたは……!?」


 振り向きながら腕を払おうとするが万力を込められていて外せない。深みのある低い声。白髪交じりで彫り深い容姿の壮年の男性。その人物はカトレアに騎士としての在り方を教えてくれた恩人であり、師のような人。


「どうして……どうして何も言わず騎士団を去ったあなたがここにいるんですか?」

「それは今の私が陛下直轄の近衛部隊の隊長だからだ。そんなことより。そら、お前の教え子の雄姿を見届けなくていいのか?」


 男に促され、カトレアはハッとなってライを見た。目に飛び込んできたのは大事な教え子が容赦なく木剣を叩き込まれている様だった。


「お前が魔法を使うなら、俺も使わせてもらうぞ?」


 叫びながらフユヒコは片手で握った木剣をまるで鞭でも振るうようにライに叩きつけている。豪雨のような攻撃を必死に受け、捌き、弾く。だがその斬り合いが十合を越えた時、ほんの一瞬フユヒコの右手が光り、彼の適当だった攻撃がライの防御をかいくぐる不可思議な軌道を描き、ついにその身体を捉えた。


「―――ガハッ!」

「そらぁ! これで終わりじゃないぞ!」


 そこから先は訓練ではなく一方的な蹂躙となった。ライの反撃は悉く空振り、フユヒコの適当な斬撃は面白いようにライの身体を捉えていく。観衆達はそのあまりの惨劇に思わず目を背けたり俯いたりしている。カトレアは血が滲むほど強く唇を噛み、ノーゼンガズラとアマリリスは満足げな笑みを浮かべている。


「クソッ……【爆円乱れるバレンティア・万雷の賛歌エクスプロシオン】」


 起死回生の爆円の魔法は、しかし爆発する直前にその場からフユヒコが瞬時に退避するので直撃しない。これも何度も繰り返されてきた光景だ。その回避の動きはさながら瞬間移動のようにカトレアには見えた。明らかにおかしい。


 ライの魔法は確かに設置、爆発と言う二段回式だがその間のラグはほとんどない。常軌を逸している。


「あの男の出鱈目な攻撃は当たり、ライの攻撃や魔法は決して当たらない。一体どういうことだ?」

「それがフユヒコの魔法の正体だからさ。騎士であるお前には理不尽な魔法だ。だがだからこそフユヒコは対人戦闘では決して負けん。あやつこそが魔王を倒す男だ」


 カトレアの呟きを拾った男性は静かに、しかし力強く言った。この人が確信をもって口にしたことは外れたことがない。そのことをカトレアが一番よくわかっていた。なにせ男は自分に騎士とは何たるかを教えてくれた恩師なのだから。


「さて……この辺りが頃合いか―――フユヒコ! その辺にしておけ! これ以上はその少年が死ぬぞ!」

「あぁ? 誰だ? 邪魔すんなよ―――ってなんだ、ゲンティウスさんかよ。あんたも来てたのかよ。存外暇なんだな」


 無防備なライの脳天に木剣が突き刺さる直前。カトレアを制した男―――ゲンティウスが静止をかけた。フユヒコはやれやれと頭を掻きながら使っていた木剣をゴミを捨てるように放り投げた。二人はノーゼンガズラの元に歩いていく。カトレアは泣いているスイレンの手を取ってライの元へ急いだ。


「ライ! 大丈夫か!? しっかりするんだ!」

「ライ君! ライ君やだぁ! 死んじゃやだよぉ! しっかりして!」


 緊張の糸が切れて倒れそうになるライを抱きかかえて必死に呼びかける。その顔は痛々しいほどに晴れ上がり、まだ息があることが奇跡だと思えるほどに身体は傷ついている。スイレンはボロボロと泣きながらライの血で汚れた袖をつかみながら必死に治癒の魔法を施していく。


「ほぉ……あの女は怪我を癒せるのか。魔王討伐には重宝しそうだな」


 ライの身体を優しく包む慈愛の光を、アマリリスの腰を抱きながら眺めるフユヒコ。しかもその回復速度はとてつもなく速い。魔法を使い、再起不能に追い込むつもりで何度も何度も木剣を叩き込んだのだが、見る見るうちに元通りになっていく。


「あの女は決まりだな。それとあの赤毛も根性はあるし、あの魔法は雑魚を蹴散らすのには使えそうだ」

「ふむ。お前が魔王と戦う場を作るのにあの二人は必要、そういうわけだな?」


 ゲンティウスがフユヒコに尋ねる。彼はうなずきながら邪悪な笑みを浮かべる。


「あぁ。赤毛は途中で死のうがどうなろうが構わないが、治癒の女は別だ。あいつだけは魔王を全員倒すまでは生きてもらわないとな」


 目を覚ましたライに抱き着くスイレン。よかったと安堵の笑みを零すカトレア。手も足も出なかったことを悔しがるライ。その三人の微笑ましい様子を見ながらフユヒコは吐き捨てる。


「俺以外の勇者が何人死のうと関係ない。俺が魔王を倒す贄となれ」

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