幕間【サイネリア王国】:炎髪の少年勇者
ここはサイネリア王国の王城にある騎士団の鍛錬場。そこで今、炎髪の少年が汗を飛ばしながら木剣を振るっていた。
彼の名はライラック。吊り上がった目尻通りの好戦的で勝気な性格。特徴的な炎髪の左右を刈り込んでいるのは素行の悪い騎士団の面々の影響だ。
仲間からはライの愛称で呼ばれる彼は勇者因子を持つ子供達の一人だ。その実力は
だがライはその評価に喜ぶどころか嫌悪している。その理由はただ一つ。自分より強い子がいたからであり、その子がもういないからだ。
彼の相手をしているのは騎士団長のカトレア。型もなく、丁寧に教えてきた剣術のことなどどこ吹く風。ただがむしゃらに乱雑に、乱暴に。ライはひたすら木剣を目の前の相手に叩きつける。
「ハァァァァッ―――!」
ライは気合いを吐き出しながら最上段から木剣を振り下ろす。その鋭さは十歳の男の子が放つようなものではなく、並みの騎士が相手ならばその脳天を叩き割るには十分な一撃。だが彼が相手にしているのは騎士団の頂点に立ち、まとめ上げる最上存在。
「ふざけているのか、ライ!」
カトレアが吼える。その振り下ろしを最小限の動作でかわし、がら空きになっている右わき腹に容赦なく木剣を叩き込む。肉を切り、骨を断つ感触が手に伝わる。激痛に顔が歪み、呼吸困難に苦しみながらたたらを踏むが決して倒れない。瞳にはまだ光がある。
「まだ……やれる……ッ!」
「馬鹿者が。これが真剣なら今ので終わりだ」
呆れてため息をつきながらカトレアは木剣を下げて、治癒の魔法を使える子供を読んでくるために踵を返す。その無防備な背中に勝機を見出したライは、魔力を身体に回して身体を強化する。ほんのりと赤く身体が発光する。
「隙ありだぁぁぁぁぁ―――!」
大きく振りかぶりながら必殺の一撃を叩き込むべく距離を詰める。地面を陥没させるほどの強い踏み込み。肉体を強化したことでさらに鋭さを増した風を斬り裂く縦一閃。直撃すれば肩を粉砕する凶悪な一撃はただの鍛錬の域を遙かに超えていた。だが少年にはなんとしてでも騎士団長に勝ちたい、勝たねばならない理由がある。それ故の暴挙。しかし―――
「だから……同じことを何度も言わせるなッ!」
左足を軸にして瞬時に反転。その勢いを余すことなく木剣を少年の左わき腹に逆胴を見舞う。強化されていることを忘れるほどの痛みが再び少年を襲う。だがカトレアの攻撃は止まれない。さらに袈裟、逆袈裟を目にもとまらぬ速さの二連撃をその小さな身体に打ち付けた。
「カッ―――グアァ……ハァッ……」
炎髪の少年はついに両膝をついてカトレアに首を垂れた。はぁ、ともう一度と今度は盛大にため息をカトレアはついて血気盛んな優秀な少年勇者に優しく語りかける。
「ライ。最近の君は精彩に欠けているぞ? まぁそれは今に始まったことではないが最近は特にひどい。原因はわからないでもないが……少しは冷静になるんだ」
言いながら、自分もまた冷静になれていないことを自覚する。そうでなければ毎日のように模擬戦を申し込んでくるライに付き合うことはしない。カトレアもまた、ひと月前にこの王城から魔王を倒すために旅立ち、そして何もできずに死んだと聞かされた少年、アスタのことを忘れられずにいるのだ。
「俺は……強くならなきゃ……いけないんだ……! あいつの分まで……強く……っ!」
苦痛に顔を歪ませながらライは言う。これが最近の彼の口癖だ。これを耳にするたびにカトレアは胸が張り裂けそうになる。どうしてまだ幼い彼にこんな思いを抱かせているのか。騎士団長として情けなかった。
アスタの死をノーゼンガズラ国王から直接聞かされてからすでに一週間。他の勇者因子を持つ子供達や騎士団の面々にもすでに知られている。しかし五人目の魔王、【常闇の大森林】に住んでいるエーデルワイスの存在や、何故アスタが死んだのかは伏せられた。いたずらに不安を煽ることになるためだ。
「ライ君! 大丈夫!?」
呼びに行くまでもなく、ライと同じくらいの歳の頃の少女が慌てた様子でやって来た。少女また勇者因子の持つ子供の一人であり治癒魔法を使える貴重な存在だ。
少女の名はスイレン。紫がかった黒髪に優しい瞳。普段はどんくさくて何もない所で躓くような少女だが、誰かが傷ついたりするのを見ると嘘のような俊敏さを発揮してすぐさま駆けつけて、癒しを与える聖女となる。暴走しがちなライのストッパー役でもある。
「もう……またカトレアさんに挑んで無茶して怪我をするんだから。いい加減にしてよね、ライ君。癒す私の身にもなってよ」
スイレンの手が淡く光り、それが蹲るライの身体を優しく包む。これが彼女の対人魔法、【
回復の魔法は貴重であり、勇者因子を持つスイレンが使えばその効果は絶大。あらゆる傷を癒してします。さすがに死んだ者を蘇らせることや四肢の欠損を直すことはできないが、それでも十分破格な魔法である。
「う……うるせぇよ……頼んだ覚えねぇ」
痛みを堪えながら強気の態度を崩さないライに対して臆することなく詰め寄り目尻を上げて声を荒げる。
「ライの馬鹿! こんな調子で訓練していたら魔王を倒しに行く前に身体がダメになるよ! どうしてそれがわからないの!? 馬鹿なの!?」
「うるさい。耳元で大きな声出すなよ。痛みがひどくなる」
「残念でした! もう治癒は終わったもんね! 明日はこんなことがないようにしてよね! それとカトレアさん! 少しは手加減してあげて下さい。これじゃライが……可哀そう」
悲しげな表情でスイレンに訴えかけれて年長者であるカトレアは自己嫌悪する。ライは余計なことを言うなと喚いているが残念ながら正しいのはスイレンであり、悪いのは大人げない自分と強くなることを焦っているライの方だ。
「すまないな、スイレン。君の言う通りだ。これからはちゃんと手加減するようにする。ライにも、いやライだけじゃない、みんなにも無理をさせない。約束する」
すぅと素直にカトレアは頭を下げた。まさか謝罪されると思っていなかったスイレンは面食らって狼狽する。彼女は騎士団長に怒っていたわけではなく、ただ大事な友達であるライが無駄に傷つくのを見たくなかったからカトレアに加減するようにお願いしたかっただけ。
「あ、頭を上げてくださいカトレアさん! カトレアさんは私達のことを誰よりも気にかけてくれています。アスタのことで元気がないこともわかっています。だからその……思いつめないでください! 私達は大丈夫ですから!」
慌てた勢いそのままに言葉を発してからその言葉の意味を考えたスイレンは急に恥ずかしくなって顔を両手で覆う。穴があったら入って蓋をして閉じこもりたい気分だ。だがそれはカトレアも同じ気持ちだった。一回り以上も歳の離れた女の子に心配かけるなんて騎士団長失格だと自嘲する。
「ありがとう、スイレン。それとすまない。余計な心配をかけてしまったな。私も大丈夫だ。これ以上君達に悲しい思いはさせないさ」
守ってみせる。アスタは守ることが出来なかったが、今ここに残っている九人の子供達はなんとしてでも、自分の命に代えてでも守ってみせる。カトレアはスイレンの頭を優しく撫でながら決意する。ライは不満そうに鼻を鳴らしていた。なんとも頼もしい子達だと感心していると―――
「おい! ここに勇者のガキどもがいるって聞いたんだがいるのか!? って、そこにいるのは騎士団長様じゃねぇか。それと……っお、そこにいるガキが噂の勇者か?」
「……フユヒコ殿」
鍛錬場にやって来たのは召喚勇者であるフユヒコ・サトウ。両手をズボンのポケットに突っ込み、ニヤニヤと人を小馬鹿にする下卑た笑いを浮かべて近づいてくる。
カトレアは嫌悪感を隠すことなくスイレン達を背に庇うように立つ。彼が別の世界から召喚された勇者であることはノーゼンガズラとアマリリスの口から騎士団と子供達に知らされている。だがフユヒコがこの場に現れるのは今日が初めてで、この一週間どこで何をしているのかはカトレアでさえわからない。
「何用ですか、フユヒコ殿?」
「いやね、俺以外の勇者がどれほどの強さか知りたくなったんだよ。もうそろそろしたら魔王をぶっ殺しに行くことになるからさ。弱かったらむしろ足手纏いになるだけだから、今のうちに選別しておこうと思ってね」
思わず殴りかかりたくなるのをギリっと唇を噛むことで堪えるカトレア。そもそも彼女はフユヒコにいい印象を持っていない。初対面からして陛下の前での軽薄な態度、アマリリスとの蜜月関係、勇者であるのに鍛錬に顔を出さない不真面目さ。これら諸々があって好意的な印象を抱けるはずがない。
「後ろの女は違うな……出来そうなのは―――おい、そこの赤毛のガキ。お前は見所がありそうだ。今から手合わせするぞ」
「フユヒコ殿! ライはついさっきまで稽古をしていたんだ! それなのにいきなり手合わせなんて―――」
「俺はいいですよ。やりましょう、異世界の勇者様。俺が弱くないってことを証明しますよ」
ライはカトレアの横に並ぶと、いつも以上に好戦的かつ殺気を込めた目でフユヒコを睨みつけた。ニヤリと笑うフユヒコはパンと手を叩いて声を張った。
「おしっ! そうと決まれば早速始めるぞ! ルールはそうだな……どっちかが参ったって言うまでだな。もちろん魔法を使用しての実戦形式だ。いいな?」
「……望むところです」
ライと召喚勇者フユヒコの決闘まがいの戦いが始まる。
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