第2話:勇者アスタの旅立ち
三日後。
出立の前にアスタは再び呼び出されて王城に来ていた。幼い身体に甲冑など騎士然とした装備は負担になる為、今彼が身に付けているのは最低限の胸当てや籠手のみ。
これだけではとても勇者に見えないが背中に担ぐ長剣がそれを否定する。鞘に収まっていても漏れ出る威圧的な空気は見る者が見ればすぐに気付くだろう。それが魔を悉く滅ぼす聖剣であることに。
「勇者アスタ、参りました」
敵意がないことを示すため、アスタはその剣を鞘ごと肩から外して自身の傍らに置いてから片膝をつける。それを観てノーゼンガズラ国王は仰々しく頷いてから言葉を発した。
「アスタよ、出立の日だというのにすまない。旅立つ前にもう一度、其方の顔が見たかったのだ。うむ……いい覇気を纏っておる。若い頃の私を遙かに上回るほどのな。これならば……魔王討伐も果たせるだろう」
「もったいなきお言葉です。僕はまだ、かつて『
ノーゼンガズラ・サイネリアは第三王子だった。しかし二人の兄たちを遙かに凌ぐほどの
そして。不幸にも弟に負けじと武功を焦った二人の兄たちが魔族との戦いで戦死したことで王位継承第一となり王位を引き継ぐと騎士を引退。魑魅魍魎が巣食う国政に戦いの場を移し、今では賢王と人々から呼ばれるようになった。
「ハッハッハッ。幼いのに随分と謙遜だな。其方くらいの年齢の者ならば己の力を誇示するところだろうに。現に、其方以外の勇者因子を持つ子供たちが騒いでおると聞いたぞ? 中には其方に決闘を申し込んだ者をおるとか。大丈夫か?」
「はい……僕に魔王討伐を命じられたことに納得がいかなかったようです。ですが決闘はカトレア団長に仲裁に入っていただけたので実際には行っておりませんのでご安心ください」
ノーゼンガズラ国王から魔王討伐を命じられて謁見の間を出た後。城内を歩いていると他の子供達から何を言われたのかしつこく尋ねられた。最初は答えるつもりはなく、無視を決め込んでいたのだが最後は9人全員に囲まれて威圧されてしまい、結局アスタは全て話してしまった。
それがまずかった。勇者因子を持つ子供たちの中で特にアスタを目の敵にしている炎髪の少年―――名をライラックと言う―――が食って掛かった。そして自分の方が魔王討伐に相応しいと声高に叫んだ。
「どうして……どうして俺じゃなくてお前なんだ!」
確かにその少年はアスタに次ぐ実力の持ち主であり、騎士団長のカトレアを除くほとんどの騎士が彼こそが真の勇者だと口をそろえる。
だから彼は自分ではなくアスタが選ばれたことに納得がいかず、挙句の果てに決闘しろと言い出した。さすがに出立まで時間がないのに無駄な闘いをさせるわけにはいかないとカトレアが一喝してその場は収まったが、それでも少年はアスタを睨みながら訴え続けた。
「戦え…………俺と戦え、アスタ! 戦って、どっちが魔王討伐に向かう勇者として相応しいか決めさせろ!」
その瞳に憎悪のようなものをアスタは感じて背筋に冷たい汗が流れた。ライラックが獣のように葉をむき出しにして今にも斬りかかろうとしているがカトレアが抜剣して容赦なく首筋にその刃を添えて制する。
「そこまでだ、ライラック。これは国王様直々の命令だ。お前に異議を唱える権限はない。身の程をわきまえろ」
「……っくそっ!」
自分より強者であるカトレアから極寒の圧と正論をぶつけられたことで冷静さを取り戻したのか。ライラックは舌打ちをしてから騒ぎを聞きつけて出来た人だかりの中を乱暴に蹴散らして姿を消した。それきりアスタは彼とは会っていない。
「信じておるぞ、アスタ。其方なら私が果たせなかった悲願、魔王討伐を果たしてくるとな」
「……その期待に必ずや応えてみせます!」
「頼んだぞ。それと、今日其方を呼んだのはある物を渡すためだ。アマリリス。あれを彼にかけてあげなさい」
はい、と小さく返事をして跪いているアスタに近づくのは第一王女のアマリリス・サイネリアだ。
歳の頃はまだ十代半ばと若く、王妃である母に似てとても可愛らしい容姿をしている。だが目元は父であり歴戦の猛者だった父に似ていて気の強さを伺わせる切れ長。
現に彼女は王族でありながら剣と魔法の実力は高く、アスタも彼女と何度か手合わせをしたことがあった。負けはしないが十分強い、そんな印象を持っていた。言ってしまえばおてんば娘であるのだが、アスタにとってはお姉さんのような存在だ。
だが今日のアマリリスは普段みせるおてんば気質は成りを潜め。厳格な王族の空気を身に纏い、厳かな口調で
「
アマリリス王女はそっとアスタに首に金色の鳥籠の中に紅い宝石が収められているネックレスをかけた。その紅玉はまるで太陽のように光り輝いているようにアスタには見えた。
「サイネリア王国で唯一採掘できるルドベキア鉱石に加護の魔法を我々王家の魔力を込めまして刻み込みました。きっと、あなたの助けとなるでしょう」
ルドベキア鉱石。サイネリア王国でのみ採掘することのできる超希少鉱石。数ある鉱石の中でも最も魔力含有量が高く、またその純度も高いことから勇者や騎士団長、王家に連なる者の武装にのみ加工が許された秘石。アスタの持つ聖剣もまたこのルドベキア鉱石から鍛えられている。
これをネックレスに加工するなど異例であり、さらに王家の者たちが魔力を込めて加護の魔法を刻み込んだとなればこれ以上な防御魔法を発動することが出来るだろう。
「どうか。生きて帰って来てね、アスタ」
最後に優しい声でアスタの耳元で囁いてから身体を離した。ぎゅっと紅玉を握り締めて、ここに詰まっている思いを胸に刻み込み、改めて誓う。
「倒します……僕が必ず……魔王を倒します!」
「其方ならできると信じておるぞ」
そしてアスタは皆に見送られて。たった一人で国を出て魔王討伐の旅に出たのだった。
*****
「うぅ……ここは……? 僕は……生きて、る?」
国王様だけじゃない、国のみんなから願いを託されて旅に出たはずなのに、どうして自分はこんなところで寝ていたのだろうか。アスタはゆっくりと身体を起こす。衣服はそのままだが身に付けていたはずの鎧も籠手はおろか切り札である聖剣もない。
それにこの場所は一体どこだ。ベッドは王城で暮らしていた時とは比べ物にならないほど柔らかくて全身を包み込まれるような感覚を覚える。窓から差し込む月明かりがとても幻想的だ。
「あら目が覚めたの? もう少し寝ていてもよかったのに。アスタ君、痛い所はない? 一応手加減もしたし治癒もかけたから問題ないと思うのだけれど。大丈夫かしら?」
「……へ?」
アスタは呆けた声を上げた。彼の目の前にいたのは黒紫色の長髪の絶世の美女。魅惑の双丘を強調しつつ肩口がばっくりと開いた服に脚線美を見せつけるぴっちりとしたロングパンツ。ドレス姿よりもラフな格好だかその美しさは一切鈍っていない。その手にはカップが握られており、それをアスタにそっと手渡した。
「はい。ハチミツ入りの温かいミルクよ。これでも飲みながら少しお話ししましょうか、勇者アスタ君?」
「魔王……エーデルワイス……」
アスタは震える声でその名を呼びながら、自分を一撃で鎮めた女性からカップを受け取った。我ながら矛盾した行動だとは思いながらもせっかく頂いたものだからとミルクに口を付ける。
甘くて優しい。そしてどこか懐かしい味がして。アスタの目から自然と涙がこぼれた。
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