第1話:魔王を倒してきてね

「勇者アスタよ。世界を不安と恐怖に陥れる魔王を討伐してくるのだ」


 サイネリア王国国王ノーゼンカズラ・サイネリアは片膝をつき、首を垂れる銀髪の少年、アスタに魔王討伐の命を下した。だがノーゼンカズラ王の顔は苦渋に歪んでおり、この勅命が決して望んでのことではないことが伺えた。


 この世界―――ルピナス大陸―――には大きく分けて二種類の種族が存在する。それは人と人ならざる者。人族と魔族。この二種族は長い歴史の中で絶えず争い、命を奪いあってきた。


 そして人族には大きな国が三つある。そのうちの一つがアスタの生まれ育ったサイネリア王国である。剣と魔法そして世界で初めて勇者が誕生したと謂われている歴史ある大国。


 アスタを含めた勇者因子を持つ子供たちは王城に仕える教育係から以下のようなことを学んだ。


 ―――サイネリア王国はこの三大国の中で最も偉大であり、人族の希望そのものである。


 他の国に行ったことがないからわからないけれど、生まれてからずっと暮らしているこの王都に住む人たちはみんな元気がよくて優しく接してくれるとても温かい国だとアスタは思っていた。


「お主は十人いる勇者因子を持つ子供たち中で誰よりも鍛錬に励み、そして誰よりも強い。加えてまだ十歳と幼いがここにいる王国最強の騎士団長と互角の実力がある。そんな其方に我らの願いを託したいのだ」


 ギリっと悔しそうに歯軋りする音が聞こえた。


 今アスタがいるのは謁見の間。ノーゼンガズラ国王以外にイベリス王妃、アマリリス第一王女、国王を支える宰相のユダノギ、そして国を守る騎士団長とその部下三名が控えている。歯軋りをしたのはこの騎士団長の部下の中の一人。訓練の時にいつもアスタを目の敵にしている男だ。


 勇者因子。それは唯一魔王と互角に戦うことができ、さらに倒すことのできる存在である『勇者の力』のことを言い、この力を持つ者をルピナスでは勇者と呼んでいる。


 それ故に勇者とは人族にとって希望そのものであり、勇者と魔王の戦いこそが人族と魔族の戦いの本質である。


「私の娘よりも幼い其方にこんなことを頼むのはこの国を統べる王として恥ずべき事だと思う。しかし……我らには時間がないのだ。今代の魔王達は本気で人族を滅ぼす気でおるのだ」


 サイネリア王国以外の二つ国にも一人ずつ勇者がおり、北と南の魔王討伐にそれぞれ軍を率いて向かった。それがおよそひと月前の話だ。


 ちなみに。この討伐に足並みを会わせるようにと両国からサイネリア王国に要請があったがノーゼンカズラ国王はこれを拒否した。サイネリア王国にいる勇者因子を持つ者の人数は十人。これは過去類をみない数であり奇跡としか言いようがない。しかしまだ皆十歳前後の子供であったため戦地に送り出すのを王は躊躇った。


 二国の勇者はアスタ達より年長であるが全盛期ともいえる若さ。加えて勇者として十分な強さを誇ると評判だった。


 しかし彼らの奮闘虚しく軍は全滅。勇者も手足を折られ、その場で首を撥ねられて処刑された。それだけ魔王の力は残虐で恐ろしく、強大ということだ。


「歴史上類を見ない危機を我らは迎えておる。四大魔王の誰もいい。其方が倒してくれれば我らの未来に光が見える」


 四大魔王。東西南北にそれぞれ城を構えている魔族の王達。人族と敵対して絶望を齎す存在。闇そのもの。勇者が決死の覚悟で挑み、倒してもやがて新しい魔王が誕生するのも終わりのない争いとなっている。


 だが。幾度魔王の首が挿げ替わったとしても彼らは互いに干渉せずそれぞれが独立した存在であり、歴史の上でも魔王たちが協力したという記録はない。それがどういうわけか。今代の魔王たちは互いに協力関係を結んでいた。


 二国の勇者たちが敗北したのもそのため。情報によれば北の魔王には東が、南の魔王には西が援軍に駆け付けたとの事だ。


「だから勇者アスタよ。どうか人族の明日を繋ぐため。魔王を倒してきて欲しい。まだ幼い其方に頼む無力な私を赦してくれ。どうか……頼む。この通りだ」


 無礼なことだとわかっていながらアスタは思わず面を上げた。玉座に座るノーゼンガズラ国王は深々と頭を下げていた。傍に控えていた王妃や宰相が慌てて駆け寄る。その際に批判の視線を向けられて、アスタは慌てて頭を下げなおした。


「大規模な軍を率いれば魔王達に知られてしまう。そうなってしまっては先の二の舞になる。そこでアスタ君には単独・・で魔王討伐に向かってもらうことになった」


 国王に代わり、騎士団長が話を引き継いだ。だがその顔は険しく歪んでいて、飛び出た言葉にアスタはガツンと頭を殴られたような気分になった。


 王国最強の騎士。勇者でないことを国中から嘆かれるほどの剣技と魔法の実力者であると同時に身分関係なく分け隔てなく接する人格者。その者の名をカトレア・セントポリア。まだ二十代半ばのうら若き女性。


 氷を思わせるような凛としていて美しい顔立ちだがとても温かい心の持ち主で、アスタのような勇者として出来損ないでも差別することなく接する数少ない人物でもある。


 鍛え抜かれた身体に女性特有の柔らかさとしなやかさを併せ持ち、男ばかりの騎士団に置いて頂点に君臨する武人。アスタが唯一勝ち切ることが出来ない騎士。


 そんなカトレアの口から飛び出た衝撃発言に、アスタは思わず抗議の声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってください! いくら何でも僕一人で魔王討伐は不可能です! カトレアさんも知っているでしょう!? 僕の魔法は単独戦闘には向いていません!」


 アスタは十人いる勇者因子を持つ子供たちの中で一番強い。だが使える魔法の性能から欠陥勇者とも言われている。


 魔法の説明をする前に能力値―――通称ステータス―――というものについて説明しなければならない。


 ステータスは


『筋力』……腕力や膂力、攻撃力。

『耐久』……打たれ強さ、防御力。

『敏捷』……身のこなしや技巧、素早さ。

『魔力』……保有している魔力量。

『幸運』……幸運を引き寄せる力。

『魔法』……使用できる魔法の性能。威力、汎用性によって評価は変動する。

『対魔法』……魔法に対する耐性、魔法防御力。



 から構成されており、基本的には上からA・B・C・D・Eの5段階評価になっている。


 ステータスの確認方法は―――本人は感覚で自覚しているが―――『ガーベラ鉱石』と呼ばれる特殊な石から造られたプレート―――に魔力を流すことで確認することが出来る。またそれがなくても高位の魔法使いなら直接覗き見ることができると言われている。


 鍛錬を積むことで『幸運』『魔法』以外の能力値の上げることはできる。言い換えればこの二つはどうあっても覆ることのない、その人が持って生まれた才能ということになる。これは勇者因子を持つアスタ達も例外ではない。


 そしてアスタの『魔法』の評価はEX。


 EXとは5段階評価では表せない規格外の時に出現するものであるのだが、全ての場合でAより優れているわけではなく。特にアスタの場合は、その評価は瞬間的にはAを上回るが最低のEにもなるデメリットがある。


「知っているとも。アスタ君が唯一・・使える魔法、【聖光纏いて闇を断つホーリールークスオーバーレイ】は筋力・耐久・敏捷・耐魔力の評価が2ランクアップするという絶大な強化を得られる代わりに、効果終了後に最低値まで能力が低下する欠陥魔法・・・・ということはね」


 身体強化という魔法があるが、戦いに身を投じる者なら誰もが使える身体強化とは一線を画すものである。


 通常の身体強化は魔力を用いた肉体の補強。効果としては単純で魔力を用いて己の肉体の強度を高めるというもの。攻撃、防御、素早さと言った戦闘において核となる要素に多少の補正がつくがランクに変化はない。それ故に魔法より技能に近い


 対するアスタに許された魔法である【聖光纏いて闇を断つホーリールークスオーバーレイ】は『筋力』『耐久』『敏捷』『対魔法』の4つのステータスを2ランクアップさせる破格の効果を持つ。


 アスタがこれを発動した場合、これらの能力は全て一流の領域のB、もしくは人が到達できる最高点のAとなる。これがあるからこそアスタは勇者因子を持つ子供たちの中の誰よりも強く騎士団の精鋭百人と戦っても負けることはない。


 しかし破格であるが故に弱点がある。それは持続時間がわずか3分しかないこと。これを過ぎれば強制的に解除されると同時にひどい倦怠感と能力値は最低のEまで下がるおまけつき。


 回復には相応の時間を要するため、単独行動、単独戦闘は厳禁であるとアスタはカトレアから言われ続けてきた。


「でも強化状態のアスタ君に、君以外の勇者因子を持つ子供達や我々騎士団ではついていくことが出来ない。私なら問題なく君のサポートに回れるのだが……国を守る長として、ここを離れるわけにはいかなくてね……」


 カトレアは血が滲むほどきつく唇を噛み締めた。その様子を見てアスタはなんとなく悟った。


 きっとこの人は僕と一緒に行くと進言したけど自分を除いた勇者因子の子供たちよりも強いカトレアさんをこの段階で送り出すことに皆が反対したのだろう、と。


「勇者アスタよ。国王様を含め、我々は幾度となく話し合いを行い、その結果其方一人でも一対一なら魔王を倒せると判断したのだ。なれば、その期待に応えるのが其方の役目ではないのか?」


 口を開いたのはノーゼンガズラ国王の隣に立つ宰相のユダノギ・モシェンニク。加齢による衰えはあるものの未だ筋肉質で偉丈夫な国王とは対照的に、不摂生が目立つでっぷり肥えた腹部に口ひげを生やしたこの男は国の中枢を担う立場に居ながら黒い噂が絶えない。


「安心せよ。其方が魔王と戦い、倒すことが出来ればすぐさま救出のための援軍を向かわせる手はずを整えておく。魔王討伐を果たした英雄をみすみす殺させるわけにはいかないからの」


「すまない……勇者アスタよ。幼い其方に託すしかできない私を、どうか赦してくれ。そして頼む。魔王の手から我らを救う希望の星となってくれ……!」


 国王は玉座から立ち上がり、もう一度深々とアスタに向けて頭を下げた。国王だけではない。宰相も、王妃様、王女様、カトレアやその部下の騎士たちも皆一様に祈るように頭を下げていた。


 アスタの胸に熱いものがこみ上げてきた。


「……わかりました、国王様。必ずや魔王を倒し、みんなの希望の星になってみせます。それが勇者として生まれた僕に課せられた責任です!」


 アスタも立ち上がり、拳を握りながら力強く宣言した。ここまで育ててくれて、鍛えてくれた王城のみんなに恩を返す時が来た。


 この命に賭けて必ず魔王を倒す。倒してみせる。アスタはその心の中で誓った。


 そして。勇者アスタの魔王討伐に向けた出立はこれより三日後と決定した。

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