第4話 そのよん

 平成三十年四月二十五日

 もうすぐゴールデンウィークです。

 まあ、私なんかその週がゴールデンだろうとコールテン(織物の一種)だろうと、関係ないんですけどね。

 私の生活は仕事と趣味でできている。

 そしてそのほとんどがインドア。

 仕事は事務職(と家政婦バイト)でインドアだし、趣味は映画鑑賞(おもに吸血鬼もの)、読書(範囲は雑多)、文章を書く(おもに吸血鬼もの)と、見事にインドア派。

 ほんと、ゴールデンでもなんでも引きこもってることだけは間違いない。

 唯一、音楽鑑賞だけはたまにライブに行く関係で、微かにアウトドア。

 仕事帰りにライブハウスに行って騒いで帰ってくるだけだから、これだってほぼインドアなんですけどね。たまに遠征もしますよ。遠征は自分で書いた同人誌を売りに行くイベントの遠征の方が多いんですけど。

 え? ライブハウスでなに聴いてるのかって?

 ヘヴィーメタルなんですけど。

 イメージ的には拳振り上げて「ウオー」とか声を揚げてみたり、ヘッドバンキングしてる感じの。

 とはいえ、私ヘドバンはしません。首の筋痛めそうになりますからね。

 でも拳振り上げてウオーって叫ぶよ。これやらないとメタルライブ行った気がしないし。

 メタル・イズ・フォーエヴァー! イエー!!

 日本じゃ、メタルは斜陽みたいですけどね……十年くらい続いてたLOUDPARKも今年は中止みたいだし。

(LOUDPARK:さいたまスーパーアリーナで開催されていたメタルフェス。二ステージ、ないし三ステージ制で、会場では常にどこかのステージで大音量のライブ演奏がされているため、鼓膜を労るためにも聞きたいバンドが演奏しないタイミングでは耳栓必須のイベント。ちなみに耳栓してても音楽は聞こえてきます。廊下に出ていても聞こえます。そのくらい会場内の音量はでかい)

 守備範囲はジャンル的にはメロスピとかジャーマンメタルとか北欧系も好き。

 バンド名で行くとハロウィンやディスターブド、インペリテリ、キャメロット、シリアスブラックもいいな……トリートも好きです。プライマルフィアとか。もちろんジューダス・プリーストもね。

 あ、あとヨルン・ランデが「スゥイング・オブ・デス」ってアルバム出してるんですが、これが「ドラキュラもの」でね。良いですよ。お勧めです。

 これに限らず、一枚全部が吸血鬼ものコンセプトアルバムになってることも多いし、アルバムのなかに吸血鬼をイメージした曲が入ってることも多いし、ヘヴィーメタルとヴァンパイアは親和性があります。

 って、この辺のことを縷々述べて、だれが読むんでしょうね……

 まあ、メタルはいいぞ。と、宣伝しておきます。

 日本でのメタル復興を祈っていますよ! そしてLOUDPARK復活祈願!


 さて、今夜も張り切って家政婦バイトです。

 雇用主が新聞を読んでいるのも、坊ちゃんと嬢ちゃんが天井でかくれんぼしてるのも平常運行です。

 そうそう、最近、大蒜を持ち歩くようになりましてね。

 ジップロック二重にして、ポケットに入れています。

 掃除の邪魔をされたくないときには、ジップロックから取り出して、部屋の真ん中のほうに置いておくと、部屋の入り口にも匂いが漂ってるのか、坊ちゃんも嬢ちゃんも部屋に入ってきません。

 これで心置きなく掃除ができるってもんです。

 掃除が終わったら、ジップロックにしまい直して、部屋の窓を開けて空気を入れ換えます。

 ちなみに大蒜は自家製です。

 うち、家の庭で冬は大蒜育ててましてね。毎年六月の収穫を楽しみにしてるんです。

 美味しいですよ。

 掘りたてでジューシーな大蒜をホイル焼きにするの。

 たくさん採れるんで、軒先に吊り下げて乾燥させ、冷暗所保管しておくと、一年なら保ちます。

 皮を剥いてみじん切りにし、ラップで棒状に包んで冷凍しておくと、使いたいときに折って料理に投入すれば手間いらず。

 おうちで作るイタリアンをすこし豪華にする「自宅で大蒜栽培」。

 実はわりと育てるの簡単なんでお勧めです。プランターでも育てられます。秋口の若い葉っぱを間引きで摘み取ると、ニラの代わりに食べられますしね。

 五月下旬からたのしめる大蒜の芽を炒めるのもお勧めですし。

 ああ、また余談に話が流れましたね……

 でも、植えておいたら冬場の吸血鬼除けにはなると思うんですよ。葉っぱの部分も相当大蒜の臭いがするんで、窓から侵入しようとする吸血鬼を撃退できるんじゃないかと……民間伝承では大蒜で魔除けになるのは花の部分だけってことになっていますが、昨今じゃ大蒜の球根でもばっちり撃退されてますし。

(これも映画の影響じゃないかと思うんですよ。大蒜の花って、観たことない人多いでしょ? でも大蒜の球根ならみんな知ってるし、吊してあって「あ、大蒜だ」ってすぐに気がつくから。初期映画ではトリカブトの花が吸血鬼撃退アイテムとして良く登場していましたが(「魔人ドラキュラ」(1931年)、「ビリー・ザ・キッドVSドラキュラ」(1966年)など)結局、廃れて「大蒜の球根」になったのは、「ぱっとみて分かる」からだと思うのです)

 え? 近所に吸血鬼の心当たりはないから大丈夫?

 結構、一般人に紛れて生活してるみたいですよ? 彼ら。うちの雇用主も、そんなに積極的に隠してないのに、なぜかバレてませんしね。

 なにはともあれ、フジキノさんは車の掃除をしてるみたいですし、今日は平和だ……と思ってたんですが。


 ガシャーンと派手な音がして、「ひどいよ!」とかなんとか、叫び声が聞こえてきました。

 母屋じゃないので、フジキノさんご一家のいる離れのほうですね。

 兄弟げんかでしょうかね。

 お子さま八人とフジキノさん、合計九人もいると、いくら軽量鉄骨造り三階建て6LDKの建物といえど息苦しいときもあるでしょうし。

 あそこ、テレビがリビングにしかないし、スマートフォンの購入は「自分で」なので、高校でバイトできるようにならないと持てないんで、部屋は多いけど基本的にみんなリビングにいるんですよね。

 あと五日ほどで満月。

 そろそろ人狼のみなさんは気が立ってくるころでしょうか。

 みなさんいい人たちで、しかもちっちゃいときから人間社会で生活してるんで、人間のいる前で変身したり、乱暴を働いたりはしないんですが、満月に近いとテンションアップ。

 なので触らぬ神にたたりなしです。

 そういえば、映画「アンダーワールド」(2003年)のヒットで人狼と吸血鬼は対立しているものだという風潮になっていますが、民間伝承での人狼と吸血鬼の関わりは「人狼が死ぬと吸血鬼になる」とか、バリエーションはありますが、そんな感じです。

 敵対していません。

 雇用主一家とフジキノ一家も、仲良しですしね。

「アンダーワールド」でも、もとをただせば「ヴァンパイア」と「ライカン」はひとりの不死者の兄弟だったって設定なので、最初から敵対していたわけじゃないし。(当初は「ヴァンパイア」に「ライカン」が従っており、のちに「ライカン」族が反旗を翻して敵対に至る、という流れだったのです)

 なので、昨今「アンダーワールド」は敵対部分だけがクローズアップされていますが、作品全体的には民間伝承要素も取り入れられた作品です。

 ほかに人狼と吸血鬼の対立を描いた作品としては「ヴァン・ヘルシング」(2004年)なんかもありますね。あと「トワイライト」(2008年)。

「ヴァン・ヘルシング」においては吸血鬼と戦う「武器」として主人公は人狼になります。

「トワイライト」では、人狼はいにしえより町の人間を外敵から護るネイティブアメリカン、という設定です。

 ただ、たとえば「魔人ドラキュラ」(1931年)、「ドラキュラ都へ行く」(1979年)、コッポラ監督の「ドラキュラ」(1992年)などでは、みずから狼に変身し、かつ狼を手懐けていたりします。

「アンダーワールド」の公開を遡ること二十年前1983年に発売された菊地秀行氏の小説「吸血鬼ハンターD」には、吸血鬼リィ伯爵の下僕として人狼が仕えていたりしますから、物語の設定的には、やはり「敵対」は後付けで、当初のイメージは民間伝承的な要素を拡大解釈して盛り込んだ「仲間」「従者」そんな感じだったのだと思われます。

 藤子不二雄氏の漫画「怪物くん」のドラキュラ・狼男・フランケンのトリオの関係は、ユニヴァーサルモンスターのイメージから取ってきたと思われるのですが、まあ、ここでも三人は仲良く協力する系ですね。

 民間伝承については、詳しくはポール・バーバーの吸血鬼に関する民間伝承を集めた書籍『ヴァンパイアと屍体』、マシュー・バンソンの『吸血鬼の事典』などをご参照のこと。

 で、どうして「人狼が死ぬと吸血鬼になる」というような民間伝承が存在しているのかは、これはもう憶測の範囲で「民間伝承は、『その現象を観た』と信じる人びとの口伝」であるという基本に立ち返って考えると、昔の人びとが「人狼だった人が埋葬され、吸血鬼となって村を苦しめた」という「事実」があったんだと思われます。

 ただし、「人狼だった人」という認識は、「吸血鬼となって村を苦しめた」という「事実」があったあとで、「さては、彼/彼女は人狼だったに違いない」という後付けの認識を含みます。

 たとえば、疫病などでたくさんの死者が出たあと、おざなりに埋葬された死体がなんらかの事情で地上に露出して、そこに狼が群がっていたりするのを村人が目撃したあと、村に変事がおきるとか(変事はささいなことでもいい)。

 夜だったりすると、食害を受けてるのか、死者が変身して狼になったのか、よく分からないでしょうし。

 埋葬された死体と狼がなにか関係がある、という「事実」から死体は実は生前人狼で、死後蘇って狼の姿で立ち去ったのだ……最近村で起こった変事は(たとえば埋葬された死者の奥さんが旦那とおなじ疫病で死んだとか)蘇った吸血鬼の仕業に違いない……という話が生まれたのかもしれません。

 ここで留意すべきは、民間伝承の「吸血鬼」はあまり「血を吸わない」って点です。

 こう言い切ってしまうと、吸血鬼のアイデンティティってなんだろうって思っちゃいますが、ほんとにあんまり血を吸いません。

 大雑把には「村に災いを為す死者」、くらいの意味です。

 非常に雑駁なまとめをすると、村に災いをなす生者が人狼で、村に災いをなす死者が吸血鬼、そう言うことができるんじゃないかと思います。

 なので、人狼が死ぬと吸血鬼になる……そんな理解になったとも考えられるんですが、どうでしょうか。

 なにはともあれ、近年、「吸血鬼と人狼は遙か昔から抗争を続けている」って設定の物語は多いですが、実際、抗争設定が流行りだしたのは2000年代に入ってからなので、そんなに昔からってわけでもないですよ、ってことです。


 まあ、そんなことをつらつら考えながらいつものように洗濯部屋(ユーティリティ)で洗濯しながら雇用主のワイシャツにアイロンをかけていたんですが……

 カタン、とユーティリティの扉が開いてフジキノさん家のシロウさんが入ってきました。

 八人兄弟の七番目、中学二年生です。

 どうやらさっき離れで喧嘩していた当事者のひとりのようです。制服のズボンの裾とワイシャツの肩がぱっくり裂けて、出血しています。

 おっと……これまた派手にやらかしたもの……と思いつつ、母屋のほうには血を流していると食欲が喚起される方々がお住まいなので、とりあえず汚れている服を脱いでもらって、ぬるま湯に浸したタオルで血をぬぐってもらいます。

 ああ! いまカシャ、とか、チャリ、とか音がした! もしかしてガラス片を服に巻き込んでた?

 怪我してるところにもガラス刺さってない?

 ユーティリティに備え付けてある救急箱(私しか使わないのでここに置いてある)から消毒液と傷の塗り薬を出してみたものの、これは救急病院に行ったほうがいいかな? と思っていると……

「いまの時期ならすぐに治る」

 と、ぽつりと一言。

 観ればたしかにもう血は止まっています。

 ガラス片も、食い込んでいたものが裂傷部が盛り上がってくる過程で排出されたもののようです。すこし大きめのガラス片には血が付いています。

 便利だ……

 医者いらずとはまさにこのこと。

 着替えがないので、ただいまパンツいっちょのシロウさんにはバスタオルを被ってもらって、脱いだ衣服は洗濯ネットに入れて洗濯開始。

 あれだけざっくり破けていると、補修できない気もしますが、ほら、血の匂い付けたままなのが良くないから。

 一応、アルカリ系洗剤入れたので染みになるのも最小限で抑えられるはず。

 雑巾で床を拭き、大きなガラス片を集めた後、軽く掃除機をかけて完了。

 シロウさんは椅子に座ったままで、ちょっとくらい掃除するのを手伝って欲しいなと思いもしますが、まあ、今回は許そう。

 治ってるとは言えまだ痛そうだし。

 なんだか大変そうだし。

「家政婦さん、やっぱり兄弟は仲良くした方がいい?」

 なんですか、その大雑把な質問は。

 そりゃまあ、仲良くするに越したことはないんでしょうが、どうしても相容れないのを無理に仲良くする必要もないと思います。

 だいたい「兄弟は他人のはじめ」なんて言葉もありますし(式亭三馬:「浮世風呂」)。

 兄弟なんて歳取ってくるとどんどん縁遠くなるものですよ……とくにお互い別の家庭を持つとね。普通は家庭を優先するから。私の個人的な経験に照らしても。

 しかし人狼さんの兄弟となると、そのへんどうなんだろ? 狩りをするなら集団行動必須だろうし。

「狼男」(1941年)、「狼男アメリカン」(1982年)ほか、「アンダーワールド」以前の映画に出る人狼ってなぜか単独行動なんですよね。

 愛を求めて彷徨うロンリーウルフ。

 人間の女性を愛し、人間性と獣性のはざまで傷つけてしまう……そして最後は悲劇で終わる。

 やはり狼は集団行動しなきゃいけない気もしますけど……フジキノさんのお宅、そっち方面の経験値がありそうなお母さんが亡くなってらっしゃるしね……

 基本的に私は「仲良し信仰」は持っていないので、仲良くできる余地があるならする、無理ならしない、そういう方向の回答をします。

 無理に仲良くしなくても良いけど、喧嘩のあと、頭が冷えてきたら、相手の主張はちゃんと理解できてるか、よく考えよう。

 で、万が一、自分が相手の主張を誤解していたことに気がついたら、謝りに行く。理解しているうえでまだ腹が立つようなら放置上等。

 もしかしたら相手はシロウさんの主張をまったく理解せずに怒ってるだけかもしれないけど、それはさすがに馬鹿っぽいので、相手と同じ間違いをしないように。

 OK?

 シロウさんはこっくり頷きました。

 まあ、中学生にお伝えするにはやや過激思想かと思いますが、こちらは人間関係で面倒な部分を省力化し始めた、四十歳をとうに過ぎたオバサンなんで、許せ。

 あと、私はすでに子供の心を失って久しいので、子供向けの話をするのが苦手。

「マモル兄さんが、兄弟みんなでゴールデンウィークに熊狩に行くっていうんだ」

 ああ、そういえば冬に「春になったら熊狩に行く」とかなんとか、言ってましたね。

「でも僕、コンサートに行くつもりで……チケットも取ってて……行きたくないって言ったら、蹴り飛ばされたんだ」

 マモルさん、なかなか激しいな……

「ちなみにコンサートってどこでやるの?」

 あまり出しゃばったことを言うつもりはないんですが、解決の糸口が掴めないか、ちょっと聞いてみます。

「さいたまスーパーアリーナで、あのほら、〇〇って、家政婦さん知ってる?」

 ……おっと……関東ですか……しかも〇〇といえば秋葉原48とか襷坂46とかとおなじ女性アイドルユニット。

 ファンクラブでも、プレミアム会員でもないとなかなかチケットが取れないと長年サポーターをやってる私の本業のほうの関与先の経理部の部長さん(55歳)が仰ってました。

 要は、アイドルに興味のない私でも知ってるくらいの有名アイドルグループ。

「ファンクラブにも入ってて、何回も申込みして、ようやく取れたのに。夜行バスで行ったらなんとかなるって、嬉しかったのに」

 ああ、泣かないで!

 声がうるうるして、拭き掃除をしたユーティリティの床に水滴がぽたぽたしたたり落ちています。

 私も長年オタク趣味を嗜んでいる関係で、彼の本気は分かります。

 西日本から東日本へ、コンサートのために遠征するのは、手間暇もかかるしお金もかかる。

 フジキノさんはたぶんそこそこ高給取りですが、学生さんばっかり八人も養っている現状では、そんなに潤沢にお小遣いを渡しているわけでもないでしょう。

 あれこれと買いたいものを我慢して、ようやく貯めたお金でコンサートに行こうとしている……

 正直、言動にふんわりマッチョな香りのするマモルさんより、彼に味方したい。

 しかし、熊狩の予定はだいぶ前から決まっていたはずなのです。

 シロウさんはコンサートチケットが取れたら、日程によれば「熊狩には行けない」とお兄さんに伝えるつもりだったんでしょうが、なかなか言い出せずにいるうちに結果が出て、取れた日程がばっちりかぶってしまった……ということなんじゃないかと。

 で、こんな日程の際になって、実際に「行けない」って言って、蹴り飛ばされたと。

 なので、もともと予定が入ることが分かっていた日程でコンサートチケットを申し込んだシロウさんに非がまったくないわけではない……

 ちなみに熊狩は四月二十八日から五月二日まで、奈〇県南部と和〇山県北部を股にかけて行われる模様。

 移動手段はマイクロバスをレンタル。

 マイクロバスのレンタル料は、二十人乗り未満で一日約二万円。

 しかもマイクロバスの運転には中型免許がいるはずなので、マモルさんはマモルさんで、このイベントにかける意気込みが感じられます。

 これはなかなか悩ましい事態です。

 いや、別に私が口出しする必要はない気もしますが。


 洗濯・乾燥も終わって盛大に破けた制服が、「まあ、かろうじて身につけられるありさま」にはなったので、シロウさんにも、今夜のところは離れに帰ってもらいます。もし明日になってまだ私に用があるようなら、またおいで、と言っておきます。

 ただし、話を聞くことくらいしかできないよ、とも。


 しかしまあ、熊狩とアイドルコンサートのブッキングに悩める少年か……なかなかない組み合わせだと思いますね。

 さて、ここで良い機会なので、フジキノさんのお子さま方を紹介しておきますね。


 長男:マモルさん:大学三回生。工学部所属。バイクが趣味だそうです。バイクの大型免許のほか、自動車の中型免許も持ってる模様。変身したときの特徴は、半獣人の姿にもなれるところと、右の耳が白い点。

 長女:タツコさん:大学二回生。文学部所属。旅行が趣味で、よく旅行会社のパンフレットを眺めています。右前足が黒いです。

 次男:トオルさん:高校三年生。高校を卒業したら、いまバイトに通っている建築関係の会社に入社が決まっているそうです。マモルさんと同じくらい、いい体格をしています。灰色の胸の毛がいちばんふさふさしています。

 三男:マサオミさん:高校二年生。なんというかこう……服とかアクセサリーとか、チャラい路線を狙っているんですが、にじみ出る人の良さ。普通に好青年路線で行こうよ、なんてオバサンは思ってしまいますが、なにごとも挑戦ですね。全体に体毛は黒っぽい灰色です。

 次女・三女:ミカコさんとリカコさん:高校一年生。

 双子さんです。去年まで中学生だったひとたちの印象はあんまりないですね。私とフジキノさんちの接点は、母屋のお仕事なんで。二人はいつも二人でひそひそ話してる雰囲気です。ミカコさんは右側に、リカコさんは左側に白い毛の部分があります。

 四男:シロウさん:中学二年生。熊狩とアイドルコンサートがブッキングしてしまった彼。図らずもアイドルの熱心なサポーターであることが判明。左の足が白い。

 四女:トウコさん:中学一年生。わりと活発な印象がある末っ子さん。全体に体毛が白っぽい灰色。

平成三十年四月二十六日

 そして次の夜来たる。

 七時から清掃に入って、だいたい十時までに一通りの事を済ませて、あまり使わない部屋、庭に面した廊下の窓、子供部屋……さてあとすこしどこを掃除しようかと思っていると離れから呼び出しが。

 珍しいことにトオルさんからです。

 兄弟の話し合いがつかないので、ちょっと顔出して欲しいと。

 あ~やっぱり調整付かなかったか。

 今夜は、夕方からフジキノさんが雇用主とお出かけで、たぶんそのあと接待に連れ回されているらしくまだ帰宅していません(不動産管理を任せている不動産屋に行ってます)。

 大人の聞き役のいない状態では上手くいかなかった模様。

 兄弟間の揉め事は、いつもはトオルさんがなんとか話つけてるみたいなんですけどね。

 まあ、私が行ってもほんと話を聞くぐらいしかないんですけどね。

 でも昨日、シロウさんにも行くって言ったことだし、ここはひとつお地蔵さんになってきましょうか!


 ってことで、離れのリビングで私はみなさんのお話を聞く係です。

 身内以外の耳があるとおもえば、身内だけなら言いたい放題、収拾がつかなくなるような事態でも、ちょっと冷静になれるものです。

 ここでのポイントは、原則、口出ししないこと。

 私は仲介役ではなく、たんなる聞き役とわきまえて、静かに話を聞くのです。

 解決の糸口がもしあるとすれば(思惑やら感情やらがもつれすぎて解決の糸口がなくなっている場合もある)、それは話し合う当事者さんのなかに眠っているのであって、私がやるべきは、話し合いの人たちが落ち着いて話せるように、静かにしていることなのです。

 本業の会計事務所の仕事でも、話し合いが一通り済んで、ちょっとクールダウンした時点で「法律ではこうなってます」みたいなことは言いますけどね。それで納得するかは、また話し合いです。その繰り返し。

 まあ、お地蔵様って、そういう役です。

 ライブ系フェスティバルで、あとのバンドの演奏の場所取りに、ステージの前の場所を占拠してるのに、いま演奏してるバンドに拍手のひとつも送らない観衆のことを「地蔵」なんて言うときもありますが、それじゃありません。

 本業の方のあれこれでは、何度も何度も話し合って、なんとか折り合いを付けた例や、結局、裁判所に行かざるを得なかった例、いろいろありますけど。

(法人税関係はそうでもないんですが、特に相続税関係はよく揉めます)

 で、自身の信条に従って黙って聞いているのですが。

 そこそこ広いとは言え、リビングに九人座ると窮屈です。

 私は単に贅肉付いてるだけですが、マモルさんをはじめとした年長さんはみんな体格良いしね!

 で、会話に熱が入ると、だんだんトーンアップしてくるのが分かる。

 そのうち耳とか尻尾とか生えてくるんじゃなかろうか。

 人間の言葉を話してるのが不思議なくらいの瞬間もあるんですが、私の顔を見ると、ちょっと落ち着くわけです。あ、ここに人間いたわって。

 うんうん、地蔵効果あり。

 しかしなんというか、思ってた以上に揉めてますね。

 昨日の印象ではシロウさんVS七人かと思ってたら、私だって沖縄旅行に行きたかったのに、とか、中間試験の勉強が、とか……

 まあ、行ったら行ったでやりがいもあるし楽しいから、当初は兄貴の予定に賛成したけどシロウさんの「勝手」が許されるんなら私/俺だって違うことがしたかった……みたいな。

 異論がないわけじゃないけど、まあいいか、で済ませていたのが今回はちょっといろいろ吹き出てる感じですかね。マモルさん、リーダーシップがあるのはいいんだけど、ちょっと強引すぎたんじゃなかろうか。

 でもまあ、じっくり聞いていると、やっぱりシロウさん以外は「マモル兄貴が計画したんだし、熊狩、行ってもいいんだけど」が基本路線です。

 なので、話が空中分解してしまう前に「今回は七人で行く」とマモルさんが決めてしまえば、みんな納得すると思うんだけどな。

 行けばきっと楽しめるんだし。

 しかしマモルさん、八人で行くのにこだわってるから。

 今回は、アイドルコンサートに行きたい意志の強いシロウさんを説得するのは無理と観て、タツコさんやトオルさんといった年長組さんたちは「七人で行く」方向でマモルさんの説得に当たっていますが、上手くいっていません。

 さて、この話を聞いている外野としてはどうしたもんかな。

 このまま成り行きを見守っていてもいいという気もしますが……じつはひとつ、「材料」を見つけてはいるのですよね。

 みなさん、基本路線で熊狩賛成なら、私の「材料」を出したら巧く話がまとまる気もします。

 たぶん、私が「材料」を出したことによってこの場が空中分解するリスクは低いと観て、今回はちょっとだけ「ご提案」をすることにしました。


 今回の私の「材料」はひとつだけです。

「埼玉県秩父市 秩父地区『クマに注意!!(クマ目撃最新情報)』」

(秩父市HP:www.city.chichibu.lg.jp/item/7882.html#ContentPane)


 そう、埼玉にも熊はいるのですよ。


「翔んで埼玉」(魔夜 峰央 1983年)を紐解くまでもなく、日本全国、わりとどこでも熊はいるんです。

 頻度こそ少ないんですが東京にだって、大阪にだって熊は出没します。

 たいていは、熊の方が賢いんで、町に住んでると見かけないんですけどね。

 今のところ、「人間は怖い生き物だ」と熊が警戒しているので、熊が人間を除けているので見かけないわけです。

(それは人間にとっては幸運な誤解でして、実際のところは人間は熊にとって美味しい餌です。防御力高くないし、素手の攻撃力も高くないし、俊敏性も、逃げ足の速さもたいしたことないし、お肉柔らかいし)

 たまに観光客なんかに餌付けされて人里に降りてきた熊が話題になりますが、あれが怖いのは、近いうちに「幸運な誤解」が解けて、「人間=簡単に捕食できる餌」だと気づくからなんですね。なので、人里に降りてきた熊は早急に殺処分せねばならないわけです。

 それはさておき、実際問題、全国各地、ちょっと山の方にいけば、どこででも出くわす可能性があります。


 秩父駅から電車で、さいたまスーパーアリーナまで概ね二時間半。さいたまスーパーアリーナを二一時四十分頃出れば、終電で秩父駅まで戻ってこられます。

 そう……狩りの場所を奈〇と和〇山の県境ではなくて、埼玉県にすれば、半日ほどシロウさんは別のところに行ってますが、全員参加で熊狩りができるのです!


 と、いう次第で秩父市のHPを印刷してきた資料をソット出し。

 ついでに、お台場観光マップも。

 東京ディズニーランドとか。

 田舎者の私の偏見かもしれませんが関東に行くなら、一回くらいこのへんも行ってみたいでしょう。

 みんな狩りの最中はお風呂に入れないんですが、そのあと観光を楽しみたい場合は「大江戸温泉物語 お台場店」で温泉チケット買えば良いよ、とか。

 そりゃカプセルホテルや漫画喫茶のシャワー室でもいいんですけど、ちょっと特別感出したい、でもあんまりお金がない、って場合、大江戸温泉物語はわりとおすすめ。

 みんなでマイクロバスチャーター料金一日追加で支払って、熊狩りのあと東京観光するのはどうかな、と提案してみます。

 あくまで個人的意見。無視してくれて良いから、と、もちろん付け加えます。

 秩父駅からさいたま中心部までは車で一時間半、そこから電車で東京に移動するのはそんなに時間がかかりません。

 ええ、私もさいたまスーパーアリーナと東京駅が近いのは体験済みです。

 まあ、私が行ったのはチケット取るのも苦労しない、LOUDPARK(ヘヴィーメタルフェス)ですけどね!


 私が発言したのはこれっきり。

 でも、いつも学業とお小遣い稼ぎと家計を支えるためのバイトに明け暮れているフジキノ兄弟からすれば、「せっかく遠出するんだし! だったら遊ぶところのすくない奈〇県南部より東京で遊んでみたいよ!」と思うのが人情でしょう。

 ミカコさんとリカコさんが「ディズニー!」と色めき立ったのを皮切りに、マサオミさんは「ラーメン食いてー!」、トウコさんは「お台場でなんかスイーツ!」……etc、マモルさんを除いて、もうみなさん「どこへ行ってみたいか」「なにを食べたいか」の話題で大盛り上がり。

 マモルさんだけが、「おいおい」と困り顔をしていますが、これはどうやら「奈〇県南部の熊の出やすいところは調査したんだが、埼玉なんて俺、知らねーぞ」ということのようです。

 マモルさん、ほんとにこの熊狩を楽しみにしてたんだね……空振りにならないように事前調査したりして。

 済まない。

 でも、私、ちょっとだけシロウさんに肩入れしたかったんです……


 結局、八人で行動できるなら、とマモルさんも折れまして、予定を延長した分の経費は年長組が折半で負担するということになったようです。

 ディズニーランドの入園料なんかもタツコさんが「妹分はわたし出すよ」とか……ほんと、良い兄弟……

 東京のお土産分は各自負担。

 こういうとこ、堅実。

 あと、夏休みは奈〇県県境熊狩ツアーをやる、と言うことになった模様です。

 食べるためとはいえ、基本的に彼ら、仲良しでアクティブ……

 そんなこんなで、二十八日にみなさんでお出かけして、三日の夜に帰宅。

 残念ながら熊は、かなりいい線まで追い詰めたものの、狩れなかった模様ですが、大物は猪五頭、鹿三頭。

 そのほか、兎や野鳥関係多数。

 現地で食べきれなかった分はビニールパックしてマイクロバスに積んで帰ってきたそうです。

 そして、次回、夏休みに向けて闘志を燃やす皆さん。

 その間、私はずっと仕事してました。

 本業の方は暦通りの休みなんですが、家政婦のバイトは休みなしに入れて稼いでましたよ。


 で、イベントのお土産に、ということで、シロウさんからグッズをもらいました。

 行きと帰りの交通費が浮いたんで、たくさん買えた! って光り輝く笑顔で。

「くみぽんサイコー!」(たぶん「くみぽん」はご贔屓アイドルの愛称)なんてうきうき生写真眺めてたりするのを観てると、ちょっと嬉しくなりますよね。

 うんうん、これからも頑張ってオタクの道を邁進してくれたまえ。私は応援しているよ!

 という気持ちはあるんですが……これどうしよう……

(直径三センチくらいの小さな鏡付きキーホルダー。鏡の裏面に、彼のご贔屓アイドル「くみぽん」のイラストが入っている。ボーイッシュな髪型の元気者系女子に見える)


 しつこいようですが私は吸血鬼映画と小説のマニアでヘヴィーメタルファンなんですよ?

 で、まあ、そんなこんなで帰宅しまして、そろそろ先月分の給与が振り込みになってるはず……と思って通帳を見てみたわけです。

 家政婦バイト・本業ともに給与入金済み。

 そして私はあることに気がつきました。

 大規模修繕の一時金、貯まったのです!

 やったよ私……

 ということで、次回「吸血鬼氏の家政婦さん そのご(最終回)」に続きます!

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