鉤爪に握る地雷 ☆
「この様に振り向いて手首を取ります」
「取った手首を曲げて押し込みます」
「相手がよろけたり倒れたら逃げます」
「掴まれたケースではこのように外して同じ形にします」
「大声で助けを呼びます、もし口を塞ごうと接近してきたら金的を蹴り逃げます」
女性警察官が金的を蹴る動きをすると、お手伝いの大学職員がリアクション。
女学生を中心に囁かな笑いが起こる。
護身術の講習会、その笑いの中で珍しく硬い表情のイケメンに、友人らしき女学生の一人が話しかける。
「ふっふ、どうしたのなんか怖いけど」
「実際の犯罪を捉えた防犯カメラの映像を沢山見せた方が良いんだよ」
何かの汚れでくすんだ白頭鷲のキーホルダーを握りながら落胆に似た気配。
それはステージ上のコントと笑う学生達に向けられていると友人は感じ取った。
「うわぁ、まだ厨二やってる感じ?痛い痛い」
「はっはっはっ、……俺だけが真の護身術を知ってる、身を護りたいなら俺に聞け」
「ははっそのポージング自分で考えたの?キーホルダーで変身しそうだけど」
「特撮の変身文化に触れてくるのは予想外だわ、オタサーの姫かな?」
「あーお前金的蹴る「俺だけの護身術を」ぞー」
「いやうるせーわ厨二!そのポーズやめ!」
(ばしっ)
悪乗りしてポージングする彼の太ももを軽くはたいた所で姫の関心は他に移った。
周囲はステージそっちのけの楽しそうな雑談の気配に満ちている。
「......」
キーホルダーのくすみから声が聞こえていた。
だからこそ彼自身、主張した通りに他の多くの惨劇も見続けた。
キーホルダーのくすみのために。何かを救いたいがために。
近接戦闘の段階に突入した時点で一般人が助かるのは難しい。
しかも戦闘になればまだマシ、不意打ちの初手で致命傷ともなれば何もできない。
訓練して最も成果が上がるのは格闘技術ではないというのが彼の結論だった。
技を一つ二つ教えて護身術講習とする無責任な警察にもいっそ憎悪を感じてしまう。
不自然な見た目、不自然な持ち物、不自然な行動。不自然な視線。
家のフェンスに掛けられた自転車の番号式チェーン。不在時刻。
雪に刻んで、ゴミ箱にペンで、どこかに書かれる謎のアルファベットと数字。
家族構成について性別と人数。
犯罪者のコミュニケーションの痕跡。
挙げていけばキリがない、周囲の不自然を察知する技術。
そのためには周囲の何が普通で自然なのか、日常を認知しておく習慣。
不自然があった時、その不自然が何を示しどんな推理推測が成り立つか。
その仮説から対処を組み立てる思考。修正や変更をしながら実行していく行動力。
9.11以降の戦争を題材にした映画が多く出されたその一時期の作品群の中には、所謂リアル路線の物が多く存在する。
テロリストが多数の映画を研究しネット上の地図とヘリなどを利用して刑務所に囚われたメンバーを奪還する事件が実際に発生している。
C〇I〇A〇要員やその傘下の直接行動部隊、軍の特殊部隊、警察の麻薬対策班、他。
一部のリアル路線の作品では実際の特殊部隊員が出演したり、戦術情報を明かし過ぎて処分された隊員が実在する。
真面目な話、多くの犯罪映像と一部の有用な映画から着眼点や発想などの要素技術を考え抜いていけば、少なくとも技を一つ二つ見るだけの講習会よりは近接戦闘を含めた危機的状況を避けるための危険察知、危機管理能力は上がる。警察や研究者などが一部公開している犯罪統計データを把握しどの様な生活習慣、様式、行動が危険なのかを知ることなども非常に有効性が高い。
データを持っている警察がなぜ小手返しを教えて満足しているのか理解できない。
そんな彼の表情には再び苦悶の気配。
その本物の苦しみを、一般的な感性は厨二病と区別しないらしいことは分かる。
白頭鷲のキーホルダーを握る手が、圧力でやや白くなった。
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