「武術は武道とは違う、本物の殺人術だ!」


 相当に気合いを入れて鍛錬をした武術マニアが居た。その武術観は殺気立ったもので殺傷力やいわゆる実戦性を追求している。湾曲が少ない直線的な印象の刀を使い刺突を中心に組んだ技の数々は実際に確かな殺傷力を備えていた。そしてある日の路上でその時が来た。前方で不審な男が走り出す。視線で追う者は多いが、走って追う者は居ない。


「そいつスリだ!気をつけろ!」


 武装が義務化されて以降は犯罪を行う側もしっかりと武装していることが多くなり以前のように素手の集団が犯人を取り押さえることは難しくなった。一時期は各所で一般向けに武器を展開しての包囲戦術で犯人を警察到着まで足止めするという護身術の指導がされた時期もあった。しかし犯人が、偶然に遭遇しただけの一般人に対して強行突破を試みた場合の状況悪化が顕著で、近年では指導の方針が変更されている。


 自分なら勝てる。武術マニアはついに日頃の成果を発揮する場を得たと立ち塞がる。走る犯人は蛇行を始めた。やがて接近してくると狙いが判明した。状況についていけない周囲の人が武術マニアとの間に入るように走り抜ける、肉盾戦術だ。もちろん武術マニアはこのような状況にも対応できるように鍛錬している。見事に完璧に犯人のみを攻撃した。直線的な刀で首を刺突された犯人は即死状態に。


「あんた、なにもそこまで」


パシャッ

「……犯人ざまあみろっと、よし画像上がった」


「財布のためにあんな惨い最期とか笑えるな」

「財布のためにあんな惨い私刑の間違いだろ」


「警察呼ぶぞ、早く」

「スマホ貸せ、こっちバッテリーが」


「とりあえず、鋭い動きだったな」

「まあ、それは俺も思ったけどさ」


 武装を義務化するほどの世の中、過剰防衛とはいえ重罪にならなかったのも偶然ではない。武術マニアはその後、武勇伝として周囲によくこの話をしていたという。


「本物の武術を身につけなければ何も守れない!」


 その武術マニアの噂話はそれだけ。仕事、交友関係、日常、家族構成、他。何もそれ以上の情報、近況は入ってこなかった。その武術マニアの噂話を伝えて来る人達は陰険な笑顔かと思えば、苦い気配の人も居た。一緒に聞かされる人たちも煙たがる。嬉しそうに聞いている一部の人の中には嘲笑が含まれて見えることもあった。件の武術マニアはこういった人達には何を思うのだろう。


 表情筋が動く。

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