夢想天狗の慢心無双
「ん?ここは......」
何故か木刀を握る手、綺麗な砂利道とある程度手入れされた林道、周囲は山と森。
緑が濃い。
まるで、夢の中の様だ。
澄んだ空気と景色に感心していると話しかけてくる者が現れた。
「......あなたは?いつの間に」
「俺は、何だろうな、よく分からない」
「気づいたらここに立っていた」
「その木刀、あなたも修行を?」
「ん?ああ、これか、初めて見る」
「木刀を見たことがないと?」
「いや、誰の木刀か分からないということだ、気付いたら持っていた」
「......」
「......」
その後、適当な話で茶化しているわけではないと力説し、木刀を持っていたことから修行の話に入った。
「あなたは未来から来たと?」
「そういうことになる、頭がぼやけてうろ覚えだが」
「言っておくが歴史については話さないぞ、タイムパラドックスが怖い」
「タイム?」
「異国の言葉で、時間の矛盾を指す概念だ。過去に干渉して未来が、歴史が変わってしまうことを考えるときに使われる」
「......では今あなたが私に話している事も」
「剣術の思想は継承されてきた過去だからセーフだ!まあまあ、細かいことは」
「セーフ?」
「問題はない、さあ、せっかくの機会だから手合わせしよう、本物を体験したい」
その男は話を聞くたび表情が険しくなったが、構えると気配が変わった。
しかし手合わせは体感で六割優勢、三割逆転、一割劣勢といったところ。
最後、真剣勝負のつもりでもう一手と煽ってから始まった試合は、構えての睨み合いから男の突然の突進、連撃で始まった。猛攻を仕掛けながらも冷静に動作を見極めて離れ際の足を狙ってきたところ、逆転の発想でその足を、男の足に掛けた。
よろけてこちらの足を打ち損ねた男はこちらの緩い態度への不満や、勝てない不甲斐無さからか、そのまま目の前の大岩に木刀を真剣に振り下ろした。
「おお、あなたがあの一刀石の逸話の......確か名は」
「......私の名は」
「いや、やめておこう。名を聞いてしまえば余計なことまで語ってしまう」
「タイムパラドックスか?」
「覚えが早いし話も早いな、しかし、まさかあの憧れの方と手合わせできるとは」
「圧勝して憧れ......」
「気にするな、誰でも最初から強くはない、せっかく良い師も居るのだから」
「?今は師に就いていない」
「そうか、そういう時期か」
「???」
「圧勝というがそこまでの大差は無かった。これより先、本当に強い方が現れる」
「私のように軽薄でもない、本物が現れるはずです」
「もしその方に納得出来たら弟子入りをしてもいいかもしれませんよ」
「きっと人生が変わります」
男は割れた大岩を見る。
「流石ですよ、一念岩をも通すとはこのこと」
「それでもあなたは打てていない」
「この先のあなたは打てるようになります、その一念ある限り修行は実る」
「......ならば弟子入りはしなくてもいいではないですか」
やべえこれ微妙に嫌われてる!弟子入りさせないとタイムパラドックスが!
「......剣技だけなら、それも良いでしょう」
怪訝な表情の男。
「それを使って、何を成しますか?」
「本当に斬るべきは岩ですか?人ですか?」
「......人でもない、と?」
「さあ、人かもしれません、人だとして、それも何故でしょうね?」
男は視線を外し、尚も険しい表情を続ける。
「それを考える人と縁が繋がると良いですね」
体が透け始めた。
「あの大岩は、しばらくは天狗の仕業とでも言っておきなさい」
「ゑ?」
「岩を斬れたことより、何故、岩を斬ったかです」
男の脳裏に岩を打つ瞬間の鬱屈した感情がよぎる。
「人が打てない苛立ちから岩を斬るほどの強い念が生じる」
「そんな人は怖くて弟子に取れませんからね」
「刀だけで世渡りは難しいと思いませんか?」
「......ではなぜあなたは刀を取り、そこまで強いのですか?」
「......好きこそものの上手なれ」
「未来では刃の無い刀が人を打ち、鍛え育む、と聞いたら信じますか?」
景色がより白く、より薄く。
「......!!」
夢の中だったとは言え、若き石舟斎を相手にこの振る舞い。
俺もいよいよ調子に乗り過ぎだな。
噓無く語ったとはいえ、今ならおとぎ話の人形と鼻の長さを競えてしまうだろう。
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