地雷原

とある電気街、オタク集まる厨二の街。

オタク狩りが流行する危険地帯となったその街で獲物について話し合う者達が居た。


「いやー、雑魚が金だけ持ってるから楽でいいわ」

「だよな、一回三桁万円に届いたときは流石に笑ったわ」

「……。」


「どうした?」

「どんな表情してんだよお前、笑うわ」

「ごめん、ちょっと帰るわ」


「は?」

「おい、お前まさか裏切って警察にでも付いたか?」

「ちげーよ」


「じゃあなんだよ」

「お前この前一番ノリノリでピザ野郎ぶん殴って落としただろ」

「……。」


「あれは笑った、お前パンチありすぎ、階級差関係ないもんな」

「……いやまじ急にテンション下がってんな」

「……。」


彼には分かったことがあった。オタクは危ない。


彼の最初の違和感。

階級差をぶっ飛ばした後に気をよくして狩りを再開した日。


彼は駅で小綺麗なイケメンを見つけた。揺れる白頭鷲のロゴのキーホルダー。

小汚い連中ばかりだと思っていた中で目立つ存在に狙いをつけた。


肩に手をかけようとするが、あと一歩が微妙に遠い。

加速しても加速しても距離があと半歩埋まらない。

突然歩く方向を変えたイケメンに追いつく瞬間。

バスから電車に乗り換える人混みに突っ込んで見失ってしまう。



別の日、陰キャを見つけた彼はさっそく接近する。

それは陰キャではなかった。本当に重厚な陰鬱の気配、後ろ暗い眼光。


突然、深刻な表情で腹を指さしてくる、腹を見ても何もない。

ゆっくり歩きながらも腹を見る陰鬱は、彼と目を合わせてもう一度、腹を指さす。

深刻な表情に悪寒を感じた彼は腹を見るが、やはり何もない。

気付けば周囲の人混みを見渡しても居ない。最初から居なかったかの様な感覚。

電柱の鴉の羽音が取り残された感覚を埋めた。



また別の日。形容しがたいフラストレーション。

雑魚しか居ないはずのオタクの中に、筋肉質な野郎が居た。

キャラ物缶バッジを身に着けて、背はそこまで高くはない。

武装は鞄の中の短い棒だけ。

彼は腕試しついでにぶちのめして金を巻き上げることにした。


真正面から堂々と殴りつけようとする。

瞬時に反応してきて体勢が不利になり、有利を取り返そうとするうち足がもつれる。

触れる前に転んだ恥ずかしさから連打、避ける筋肉野郎は視線を使っていない。

バトル系の漫画やアニメの様なキメポーズを切り替えながら避けていく筋肉野郎。

かなりの速さで数字を数えている。


「ハッハッハッハ、11、12命は投げ捨てハアッ、13、14」

「遅い、15、16どこを見ている17、18ハアッ、19止まって見えるぞ、20世紀!」


確実に顎を割るその寸止めは、彼に勝てないことを理解させた。

数字はカウンターを入れられる隙の数だった。


「世界は核の炎に包まれた!」

「痛みを知れ」


大げさな身振り手振りで一見ふざけている筋肉野郎。

穏やかな目は血走り、全身の血管が浮いているのに体表は赤くない。

その太い腕はまだ鞄の棒に伸ばされてはいない。

取り出せる刃物よりその棒の方が怖いという未知の感覚から捨て台詞が量産された。



また別の日。

オタクなのか何なのか、分類がよく分からないのが歩いている。


歩き方がおかしい。上下の揺れが全くない。ゆっくりとした一歩で異常に進む。

手足を振るタイミングの関係がおかしい。背筋が伸びて姿勢が綺麗。

いつの間にかこちらに向かって歩いてくる事に彼は気付く。

袖から手の内の暗器を特殊な持ち方で彼にだけ見せてくるそれと視線が合う。


彼は迫りくる死線から逃れた。



「おい?」

「おーい?」

「……。」


「だめだこいつ」

「なに遠い目してんだよ」


彼は思う。

二人もすぐに気づく時が来る。

この街は、病んでいる。

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