影灯篭の女 ☆
極彩色のレーザーが駅の壁面を飾る。
かつてこの壁を飾った血潮は今でも鮮明に思い出せる。
通り魔。
短刀を隠し持ち、人混みの喧騒に一人分の穴を空けてまわる何者か。
決して姿を現さず、影も形も掴ませないとの噂は耳にしていた。
その夜、私は不運にも犯行を目撃してしまいその場で襲われた。
元々運動不足気味の足腰は恐怖に腑抜けてしまい、両腕には防御創が刻まれる。
周囲の人々は慌てて距離を取りながらある者は武装し、ある者は警察を呼ぶ。
人混みに隠れてきた犯人はこの時ついに姿を晒し包囲された。
結果的に逃げ道を失った犯人と動揺して動けない私は再び向き合う。
自棄を起こした犯人が持ち替えた大型ククリナイフが街灯を受けて輝く。
辛うじて小太刀を手に持つことは出来た。なのに痛みと恐怖で構えも取れない。
そこに小太刀ごと押し切るつもりの猛烈な振り下ろし。
「おとなしく一刺しで死んどけやこのアマァ!」
とっさに一歩体軸を傾けるも避けきれない事が過去の稽古から分かってしまう。
警察官に武道を教えていた父に厳しく稽古された幼き日が、これが走馬灯。
ただ一度だけ稽古のあまりの厳しさに怒り、不意打ちを仕掛けたあの時。
横に一歩踏み出した父の体軸を捉えて振り下ろすあの瞬間。
体軸を戻しながら貫手を胴に。
犯人の胸に刺さった小太刀を見ながら思い出す在りし日の父。
吐きながら呪った。睨みつけもした。偏屈だった父のあの表情。
無意味で理不尽に厳しいと思っていた眼光。
犯人の狂気を目の当たりにした今、その明らかな違いが鈍い私にも分かる。
生きろ、輝け。
血に濡れて壁に寄りかかりながら、心に火が灯るのを感じた。
周囲を無数の人影が踊る。照らしていたのは赤色灯だろうか。
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