第43話 軟禁生活のはじまりとヒルデの過去

 ラルフには結局、もう二度と投げやりになってリントヴルムに一人で戻るということを口にしてはならないと約束させられた。

 もちろん、私もまた彼には無茶をしないでとお願いをして、何とか聞き入れてもらった。でも魔法騎士である彼の立場を、尊重しないわけではない。彼もまた一人で全てを背負わないで欲しい。

 そうしてヤタも含めて、私たちはようやく今日の出来事に向き合うこととなった。今、私の立場はいったいどういう状態なのか、そしてなぜ命を狙われねばならないのか。知りたいことはいっぱいある。それに、ラルフがこうして勝手に私を隔離することが、彼の立場を悪くしないかと心配もある。

 そんなたくさんの私の疑問に、ラルフは答えをいくつかくれた。


「内通者がいるのではないかという疑念は、以前からあった。だからリズをここに隔離することは、予め了承を得ている」

「……は? でも、だってラルフあんなに怒ってて」


 演技だったっていうの? そんな器用な人だっけ?


「団長はその疑念については否定的だったが、ごく限られた人間の間で、内偵をしていた。俺は最初から、その疑念があったからリズの保護はここですると言ったんだ。だが団長が絶対に危険を回避するから待てと……それがこのザマだ」


 なるほど、そういう意味では、怒っていたのは嘘じゃなかったんだね。


「だから当初、リズの護衛に関して引くかわりに、何か一つでもあれば俺の好きにさせてもらうと言ってある。まあ、納得してない者もいるだろうが、知るか!」

「知るかって、それじゃラルフが叱られるんじゃないの?」

「リズの安全の方が大事だろう。降格でもなんでも好きにすればいい」

「そんな投げやりにならないでよ。クビになったりしないの?」


 拒否権がほとんどないと聞いているが、そもそも優秀とされ狭き門をくぐって得た立場なんだから、退団となったら世間体的にもお終いなんじゃないかと心配になる。


「そうなったらそうなったでかまわないが、恐らくないだろうな」

「そうなの?」

「放逐して質の悪い組織に入られる方が怖いだろうからな。例えば、今回リズを襲ったような人間側に」

「ラルフが? まさか」

「例えば、リズを人質にでもされたら、リズを救う交渉よりも先に、団長は俺を拘束するだろう」


 とんでもないことを簡単に言いきるラルフを、驚いて二度見する。

 ラルフが危険人物かのような扱いを、騎士団がするっていうの? まさか、そんなこと。私を驚かせようとしているのかと思ったけれど、ラルフは黙ったまま遠くの窓を眺めていた。


「エンデの一画をすべて焼き払ったのは、俺だ」


 エンデで出会った子供たちの、心に残った恐怖を思い出す。

 私はその現場を見てはいないけれど、彼が人を守るためにそうしたことくらい分かっている。でもラルフ自身、人々にどう受け止められているのか、知っているのだ。それが、どうしようもなく切ない。


「私は、怖くないよ。ラルフは全部を見捨てられるほど、冷たい人じゃないもの」


 少しだけ私を見たかと思ったのに、すぐに視線を遠くに移すラルフ。

 小さく聞こえた舌打ちと「そんなんじゃない」という呟きが聞こえ、彼でも照れるんだなと知った。


「それで、これからどうしたらいいのかな。ラルフは明日からリントヴルムに向かうはずだったよね?」

「今、リズの傍を離れるつもりはない。襲撃者は今頃、団長の尋問を受けているだろう、情報が入り次第、何かしら連絡があるはずだ。それまではリズはここから出るな」

「え、私も? ラルフと二人で?」

「当たり前だろう、リズのための結界だ。それに気に食わないがヤタもいるし、生活に困らないだけの使用人も入っている」

「でもここって、侯爵家の敷地だよね? せっかく軌道に乗った仕事に、行けなくなるってこと?」


 これからだったのに。ようやく本腰を入れて針を持てたところだった。仕方がないとはいえ、これじゃいつまでたってもお荷物のまま。

 がっくりと肩を落としていると、さすがに可哀そうに思ったのか、ラルフから妥協点を示される。


「なるべく出入りは最小限にしたいが、ヒルデなら信用がおけるだろう。仕事がしたいなら、ここに運ばせる」

「本当?」

「ああ、そのかわりリズは襲撃者の背後が分かるまで、一歩も外には出ないと約束してくれ」

「うん、うん、仕事ができるならそれくらい……って、ヒルデさんにそんな使い走りみたいなことさせて大丈夫かな。危険かもしれないし」


 大人数に襲われたら、いくら馬車で移動したってどうなるか。


「それは大丈夫だろう。ヒルデのことだ、団長をいいように使うだろう」

「ラルフはゾルゲ団長を信用しないみたいに言ってたのに、ヒルデさんは別格なんだね」


 疑うわけじゃないけれど、最初に見た二人が仲良く顔を寄せる姿が、脳裏に浮かぶ。私の仕事先に頼んだのも、ヒルデさん。こうして聞かされた話からすると、騎士団さえ心配していたラルフの、ヒルデさんに対する信用度の高さには、何か訳があるのかな。


「ヒルデは、強い。ヒルデのように大事なものを失ったら、俺は同じように前を向いて生きられるか、自信はない」

「ヒルデさん……誰かを、亡くしているの?」

「ディートリント・レフラー、先代の騎士団団長で、歴史に名を遺すだろうと言われるほどに優秀な魔法使いであり、人格者でもあった。ゾルゲ団長にとっては兄のような存在であり、レギオンの親友、そしてヒルデの夫だ」


 私は初めて知る事実に、言葉を失う。

 しかし、ある意味納得してしまう部分もある。あの店を女手ひとつで切り盛りしているのには、なにか訳があるのだろうと思っていたから。


「彼はアバタールの理解者だった。だが、相棒だったそのアバタールのせいで、魔力暴走を起こして正気を失い、市民を巻き添えにしたんだ」

「……暴走?」

「なんとか暴走を抑え、投獄された。そして治療も施されることなく、獄中で命を落とした」

「どうして、治療をしてもらえなかったの?」

「まだ当時は、研究が進んでいなかったのもあるが、ディートは逃亡したアバタールを庇ったらしい。それで一人罪を背負ったまま獄中で死んだ」

「そんな……裁判は?」

「騎士団の名誉を守るため、公にされることなく処理された。アバタールに責任を転嫁して、政府が被害者への補償をして幕引きだ。当然、当時の騎士団上層部は反対する者も多く、ゾルゲ新団長への反発もかなりあったようだ。だが政府の方針は新団長とともにあり、反発をしていた者のうち、最も地位の高いレギオンが退く形で事を収めたと聞く」


 そんなことがあっただなんて。もしかしてレギオン先生が、騎士団を辞して寺院にいるのはそれが原因?

 でもラルフが彼を嫌うのは、それだけではない気がする。


「一般には知られていないが、騎士団レベルの人間ならだれもが知る不祥事だ。そのなかにあっても、ヒルデは店を閉めることはなかった。心無いことを言う者も多かったはずだ、ヒルデの仕事に助られているにもかかわらずな」

「ラルフはそのディートリント前団長さんと、会ったことがあるの?」

「ああ、何度か。元々、ヒルデとは長い付き合いだからな」


 言われればそうかと気づく。魔力酔いと常に向き合ってきたラルフが、ヒルデさんが作る護符の力を借りるのは、当然のことだろう。イリーナさんがそうであったように。

 二人の親密さに、咄嗟のこととはいえ違う意味を見出した自分を、今更ながら恥じる。


「それじゃ、ヒルデさんにお願いして何か仕事をさせてもらうね。ここで守られているばかりで何もしないでいたら、申し訳ないもの」

「ああ、そうするといい。連絡はさせる……というか、知らせは既に行ってるだろうが」

「そうだ、アンネとレオナルさんも居合わせてたよね」


 ラルフは肩をすくめてそれには答えず、部屋の片隅に置いてあった呼び鈴を鳴らした。

 すると男性の使用人が入ってくると、ラルフと私に小さく頭を下げた。


「これは俺の執事でクヌート、警護から従者、ハウスメイドまですべての人員の管理を任せている。ここでの事はクヌートを通すといい」

「クヌート・フィードラと申します、何なりとお申し付けくださいリーゼロッテ様」


 丁寧に頭を下げられて恐縮する私に、クヌートさんは柔らかく微笑む。


「大変な目に合われた時に申し上げるのは失礼かと思いますが、こうしてお会いできる日を楽しみにしておりました。安心して過ごしいただけるよう、誠心誠意お仕えいたします。ご自宅だと思って、おくつろぎください」

「あの、ご迷惑をおかけしますが、しばらくお世話になります」


 私も立ち上がって、せいいっぱい頭を下げる。するとラルフがそんな私の手を引いて、再び椅子に戻されてしまう。

 小柄だからって、そうひょいひょい抱えたり転がしたり引っ張ったりしないで欲しいな。最近、そういうの多くない?

 そんな風に非難する目で訴えるけれども、ラルフにはさっぱり通じないようで。


「主の客に頭を下げられたら、困るのは使用人の方だ。リズは偉そうに座っていろ」

「ラルフェルト様こそ、女性をそう乱暴に扱っては失礼です」


 クヌートさんが私の言いたかったことを、すかさず伝えてくれる。偶然かなと思ったけれど、私の方をちらりと見ていたので、恐らくそう。

 ラルフも指摘されたことは否定せず、不機嫌そうな顔ではあるけれどもクヌートさんには文句をつけることはなかった。

 クヌートさんは事務的な仕草で、ラルフに耳打ちする。するとラルフはいっそう不機嫌そうな顔をするものの、クヌートさんに一切の動揺など見当たらない。そんな二人の関係性に、興味が尽きない。


「リズ、さっそくヒルデがやって来てるようだ、会うか?」

「もちろん、会いたいです」

「分かった。クヌート、面会の手配を頼む。それからリズの部屋の用意は?」

「さきほど、準備が整いました」

「では部屋に通してやってくれ」

「分かりました。それとラルフェルト様、ヒルデガルド様にはお連れ様がいらっしゃいます」

「誰だ?」

「マルガレーテ従業員のアンネゲルトという女性です」


 アンネが来てくれたんだ。あの場に居合わせたから、きっと心配しているに違いない。喜ぶ私とは反対に、ラルフの表情が曇る。


「変更だ、応接間で待たせてくれ」

「かしこまりました」


 そのやり取りを不安げに二人を見ている私に、ラルフが気づいた。


「会わせないわけじゃない。リズの部屋に入る人間は少ない方がいい。万が一のことを考えると、部屋の位置や間取りを知らない方が、アンネゲルトにとっても安全なんだ」

「……うん、わかった」


 自分が狙われているということを、改めて自覚させられる。


「そう不安になることはない。ここの結界を破れるのは、それこそリントヴルムの主かゾルゲ団長くらいなものだから」


 そうして私はクヌートさんに連れられて、ラルフの部屋とはほとんど廊下を挟んで隣のような部屋に入る。

 アプリコット色を基調とした、リネンの綺麗な部屋だった。ラルフといた部屋と間取りは同じで、とても広かった。天蓋つきの寝台の横には、座り心地の良さそうな長椅子があり、そこにいくつかのワンピースが置かれていた。


「少ないですが、着替えを用意しました。お客様は応接間にご案内して、お茶をお出ししておりますので、ゆっくり身支度をしてらしてください。ご準備が整いましたら、そこの呼び鈴を鳴らしてください」

「今、ですか?」


 ヒルデさんと会うのなら、このままでも大丈夫と言いたかったけれど、それもまた何か事情があるのなら困らせてはならない。そんなことを考え、私は言うとおりにする。

 手伝いのメイドさんを呼ぶというクヌートさんに、それだけは大丈夫だからと断りをして、ようやく一人になる。

 用意されてあったワンピースは、どれも私が遠慮しないよう、上流市民並みのものだった。そのうちの一つを手に取り、鏡の前に立つ。

 改めて見ると、自分の姿に少しだけ驚く。

 朝、エマに整えてもらってマルガレーテを出た時には、久しぶりのおめかしだった。なのに疲れきって汚れた顔、手。エマにまとめてもらい、組み紐屋さんで直してもらった髪も、乱れて後れ毛が悲惨なものだ。リボンも歪み、エマに塗ってもらったリップは見る影もなくて。……でもそれは、違う原因で。

 指で触れた感触に、はっとして私は再び早まる動悸をごまかすために、用意されていた水桶と布で顔を洗った。


 そうして着替えをして身なりを整えると、迎えに来てくれたクヌートさんに案内された。そこで、それら身支度は、はほぼ無駄な過程だったことを知る。

 応接間で出迎えてくれたヒルデさんとアンネによって、ぎゅうぎゅうと抱きつぶされてしまったのだから。

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