第37話 出張先の華たち

 仕事場に到着した早々、私は大きな壁に取り囲まれてしまった。

 ヤタを入れた鳥かごを抱えたまま、ぐるりと人の壁に囲まれている。壁と称するには充分なほど、みなさん体格がよろしくて……ただでさえ小柄な私は、成すすべもない。

 ヒルデさんはそんな私を横目に苦笑いを浮かべつつも、女性騎士団の中で一番偉いバルバラさんと挨拶をしている。一方、ミロスラフさんは黙々と道具を広げていて、助けてくれるつもりはないらしい。

 まあ、私がどうして女性騎士たちに囲まれているかというと、それは間違いなくラルフのせい、なんだけれど。


「あなたがラルフェルト様の幼馴染なのね、噂通り小柄で可愛いらしいこと」

「庇護欲を駆り立てられる気がするわ」

「まさか彼の好みが、こっちだなんて思ってもみなかったわよね」

「あらまあ怯えちゃって、私たちは取って食おうだなんて思ってないのに」

「怯えてるのはどちらかというと、彼の方ではないのかしら? 必死なようにも見えたもの」

「そうよね、ちょっと引くくらいだわ。あなたも可哀想に」

「ねえ、その子もアバタールなの? 艶やかな黒い羽が綺麗ね」

「本当に、怯える様子もなくて偉い子じゃない」


 話題は次第にヤタに移り、覗き込まれて最初は怯えていたものの、女性ばかりなせいかそれとも褒められたせいか。まんざらでもなさそうに、嘴を上げてすまし顔。

 ええとそれで……私はどうしたらいいのだろうか。

 魔法使いは体力勝負でもあるから、皆さん体格がいい方が多いとは聞いていたのだけれど、本当に壁から見下ろされているかのようで、つい身を縮こませてしまう。

 それだけではない、どの騎士も華やかな美人さんばかり。

 私は、唯一知る女性騎士の彼女イリーナだけがだと思っていた。イリーナさんはリカーの加護を受けていたこともあってか、燃えるような赤の髪が特徴の、キリリとした女性。けれども今私を囲む女性たちもイリーナさんと同じように、それぞれが特徴的な色の髪や瞳の色を有していて、はっと人目を惹く美人ばかり。

 そうか、と私は納得する。だからラルフのあの王子様然としたハニーブロンドの色にも、理由があったのだと。


「はい、あなたたちそれくらいにして、順番を決めましょうか」


 ヒルデさんと打ち合わせが終わったバルバラさんが、手をたたいて騎士たちの壁を解散させてくれた。

 そうして私は囲む壁から解放されて、ヤタを鳥かごから出し止まり木に移す。


「ここで大人しくしていてね、ヤタ」


 そうして、ようやくミロスラフさんの手伝いに入る。

 基本の護符をつけただけの、仮縫いの制服を並べながら、私が小さなため息をもらす。するとミロスラフさんが、苦笑いを浮かべながら私にそっと耳打ちした。


「珍しいもの見たさが勝ったみたいだ、彼女たちがあんな反応するなんて珍しいね。まあ悪意はなさそうだから、しばらくは甘んじて受けるしかないね」

「ラルフがあんなことするから……」


 思い出しただけでも、頬に熱が集まる。

 親愛を示してくれるのはうれしいけれど、それは時と場合と方法による。主に方法!

 そんな風に憤慨していると、ミロスラフさんの意見は違ったようだった。


「手っ取り早い牽制をしてもらったと思えばいいんだよ。リズは外部の人間だからね、横の情報網に強い女性騎士団員たちに、リズの存在価値を示しておけば、滅多なことを考える輩は出てこないだろうし」

「存在価値って……それに滅多なことって、まさか」

「きみが護衛対象なのは全ての団員に知られているところではないんだろう? ならば彼の大事な人という立ち位置は、都合がいい。彼にとっては一石二鳥だろうけどね」


 ほら、仕事仕事。ミロスラフさんは言うだけ言って、耳打ち話から一転、仕事を促してくる。一石二鳥って、どういうことか聞きたかったのに。

 けれども今は、やはり仕事中。私は最初にやってきた女性騎士に、サイズを確認して仮縫い制服を手渡していく。


「向こうの試着室の方で着てみてください。準備ができましたら細部の調整をして、次に追加護符の確認をヒルデさんの方でさせていただきますね」


 それからは慌ただしく仕事をこなす。

 基本となる制服の型から、個別にサイズを調整して、合わせていくのだ。生地はもちろんコンファーロ製の特別なもの。その中でも丈夫でしっかりとした生地なので、微調整だけでも大変な作業になる。

 作業としては、私が女性騎士の体に合わせて布をつまみ、または糸をほどいて調節し、抑えているうちにミロスラフさんが魔法で仮止めをする。その繰り返しを今日だけで七人。これを三日ほど繰り返さねばならない。もしミロスラフさんの同行が許されなかったら、いったいどれほど大変だったろうか。私とヒルデさんだけでは、何日かけても終わりそうにない作業だ。

 しかしその合間にも女性騎士たちは、楽しそうに仮縫いにつきあってくれて、あれこれと私やミロスラフさんに話しかけてくる。私の年はいくつなのかとか、マルガレーテで見かけたことがないから入ったばかりなのかとか、最近の流行りの花柄はどんなのかとか、話題はあちこちに飛ぶ。

 最初に囲まれたときはどうなることかと思ったけれど、ただ好奇心を刺激されただけのような質問ばかりだった。むしろラルフにはさほど興味がないとばかりに、もう彼の名は一度も出てこなかった。町で若い女性たちに群がられている彼を目にしたのに、あれは見間違いだったのかと思うほど。

 それだけでなく、宿り木に止まるヤタにも話しかけている。当のヤタも、騎士たちに柔らかく撫でてもらい、まんざらでもないみたい。目を細めて、自ら頭を刷り寄せているのだから。


「相変わらず、美しい紺。前のより少しだけ赤みが入っているのか、藍に近い色だ」


 今日最後の仮縫いをしたのは、バルバラさんだった。制服を受け取って、その生地を見ながら感嘆の声を上げた。

 バラバラさんの階級は中隊長で、それとはまた別に、女性騎士たちをまとめる存在だそう。今日の調整に木寺くれている女性騎士たちとは、年齢にこなり開きがある。印象では、三十代だろうか。そして属性は水なのだという彼女の瞳は、澄んだ湖のように青かった。

 ちなみに、イリーナさんは騎士として合格したけれど卒業前だから、まだ準騎士扱い。


「昨年のジエロは、よく日の光を浴びた葉を食べたようですよ。コンファーロ翁も自慢げでしたから」


 ミロスラフさんが大きな目を細めながら、バルバラさんにそう答えた。


「そういえば天候に恵まれた年だったね。炎を操る魔法使いには、制御の加護は多めにしてやらないといけないだろうが、私には相性がよさそう」

「そうでしょう、護符は多ければいいというものでもないのですからね」


 魔法に疎い私は、勉強不足のためその会話の内容がよく分からない。そんな様子が見てとれたのだろうか、ミロスラフさんが説明してくれた。


「属性とは、魔力に変換しやすい魔法との相性のことなんだ。でも得意だからと水の魔法のための魔力を練っていると、どうしても紡ぎきれない魔素が体に残る。それを循環して溜まらないようにするには、逆の属性の魔法を多少使うことが良しとされている。だが属性というのはやっかいで、上級魔法使いである騎士団員ですらも、苦手な魔法はあるんだよ」

「じゃあ、水魔法が得意なバルバラさんは、炎の魔法が苦手なんですか?」


 思わず出てしまった失礼な問いにも、バラバラさんは気を悪くした様子もなく教えてくれた。


「使えないことはないけれど、効率が悪いんだよ。魔素をよどませたくなくて使っていても、うまく魔力を紡げなければ体内でよけいに絡まって残る。騎士ほどの膨大な魔力を扱う魔法使いは特に。それを助ける護符が必要になるんだ」

「じゃあこの新しい制服の生地なら……水属性の方には、護符代わりになるってことですか」

「ああ、そのための護符が一つ減らせる」


 なるほど、とようやく納得する。

 でもそうしたら、ラルフのような炎の属性の人は?

 そんな疑問には、ミロスラフさんが答えてくれた。


「炎の増幅効果の護符が減る者もいれば、彼のように制御に全振りできる場合もあるし、人それぞれ。そのために、護符のオーダーがあるんだよ。さあ、仮縫いはこれでお終いだ、リズはヒルデの方に回ってくれるかい? 今教えたことを、学ぶよい機会だよ」


 言われてヒルデさんの方を振り向くと、彼女の前には騎士たちが並び、少し前に見た時から変わりない。


「ミロスラフさん、片付けをお任せしてしまっていいですか?」

「ああもちろん、かまわないよ。行ってらっしゃい」


 そうして私はヒルデさんの方の手伝いに入ることになった。

 そこで行われているのは、ずらりと並べられた護符のサンプルと、以前に作られた時の台帳。それらを照らし合わせながら、各々の制服に取り付けられる護符を決めていく。

 ラルフの件からも分かるように、護符はいざというときの魔法使いの頼みの綱。多ければ多いほど、混乱しないよう相互作用を考えつつ決めなければならないようで、決して気を抜けない選定になる。

 もう騎士たちも、ここでは冗談を言い合う暇はなかった。

 そうして、気づいた時にはすっかり時間が過ぎていたのだった。休憩にお茶をもらい、持参していた甘いクッキーを口に入れながら、一息をつく。

 ずっと待ちぼうけだったヤタにも、細かくちぎってあげると、とても喜んでくれた。


「初日から大変だったわね、疲れたでしょうリズ?」

「いいえ、ヒルデさんほどじゃないです。私は助手しかできなくて……」

「なに言ってるの、まだまだこれからよ。本縫いが終わってからが、リズの出番よ。そっちは期待してるわ」


 そうだった、今は唯一できることは、彼女たちの護符を縫いつけること。


「はい、頑張ります」


 ミロスラフさんからは、気負い過ぎないようにと忠告をもらってしまったけれど、役に立てると思うと俄然やる気が出てきた。

 そうして出張初日を終えた頃、ラルフとレオナルさんが宿舎に戻ってきたと連絡をもらう。私たちが仕事場にした部屋は、女性騎士専用棟。ラルフは入って来れないので、帰り支度をしてから、別の棟に移動することに。

 そこでしばしヒルデさんとミロスラフさんを待たせて、いつものラルフの制服の繕い物をしてから帰路についた。

 もちろん、今朝のおでこにキスの件は、しっかりと文句を言っておいた。ラルフはミロスラフさんの言う通り、私の件でまだ詳細を知らされていない、無関係な騎士たちを牽制するつもりだったみたい。

 そんなことでどうして牽制しなくちゃならないか理解し難いけれど、もうしないと約束してくれたので許すことにした。

 その了承も……舌打ちしながらだったけど。


 そうして私の騎士団通いが始まり、大変ながらもなんとか全員分のサイズ合わせが完了した。四日目からはミロスラフさんは、アンネゲルトに交代となった。

 ヒルデさんと私とアンネ、それから鳥かごにすっかり慣れたヤタを連れて、馬車に乗る。店で本縫いを終えた服を持ち、アンネが指示した位置に、私が護符を縫い付けていく予定。

 ようやく、ラルフ以外の仕事で針を持てる。

 なんだか、子供のようにわくわくする。もちろん気は抜けない作業だけれども、だからこそやりがいがある。

 そうして今日も、私は胸踊らせながら、騎士団宿舎に向かったのだった。

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